靴下の可能性
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ゴトゴトゴト……
馬車が行く。シャリアータの町に向かって。
行きはよいよい、帰りは怖い。
何故ならば、帰りの馬車には、鬼が乗っているから。
「ウガッウガッウガッ」
「面白いだろう?ドロンズったら、不審者情報で発信されちゃうんだもんー!リアルに幼女に泥団子指導したらダメだよねえ」
「ガアッ」
「クリソックスよ、お主とて、人の生活に憧れ、靴下屋を始めようとしたが、戸籍も身分証明も無くて頓挫したではないか!」
「ああっ!黒歴史!」
「ガッガッガッ」
クリソックス達は、鬼と楽しい帰り道を過ごしていた。
冒険者用の馬車は、わりと大きめに作ってある。
パーティーを組んで乗る場合が多い上、拡張機能付きの魔法袋にも入りきらない分を積んで帰る事もあるからだ。
しかしそれでも、オーガのニックの体は大きいため、馬車の中にギッチリで、皆密着する形になっている。
クリソックスとドロンズはともかく、ナックにとってはオーガと狭い空間でくっつき合うなど、ゾッとする状況であった。
だが、ナックとてシャリアータという大きな町のギルドマスターにまでなった男だ。
冒険者としての腕前もそうだが、冒険者としての経験や度胸、判断力、貴族や政治に関わる知識と教養、コミュニケーション能力など、様々な分野に精通し、これまで何度も危機的な局面を乗りきってきたのである。
彼は自分の感情を押さえ込み、この元オーガジェネラルを町に入れるための方策を考えていた。
「おい、本当にそこのオーガを仲間にするんだな?」
「するさ」
「もちろんだよ」
ナックは二柱の答えに、苦虫を噛み潰したような表情で告げた。
「ならば、まず、門の詰め所で許可証をもらわねばならん。そうして、町で暴れた時のために動けなくするための処置を施す」
「処置とは、何を?」
ドロンズが尋ねた。
「隷紋だ。テイムしたとはいえ、魔物だ。何がきっかけで暴れ出すかわからんからな。実際、テイムした魔物が暴れて死傷者が出る事もある。だから、所有者の意に反したら動きを止める隷紋を施さねばならん」
「なるほどのう。ニック、よいかの?」
「ガウッ」
「そうか。という事じゃ、ギルマスのナックよ」
「いや、わかんねえよ!肯定か拒否か、どっちの『ガウッ』だ?!」
「『いいけど、痛くしないでね。痛いと暴れちゃうから』の『ガウッ』だよ?」
クリソックスの通訳に、ナックは肩を落とした。
「『ガウッ』のどこに、そんな長文が入る余地があるんだよ……ちょっと待て。痛いと暴れんのかよ!」
「ガアッ?」
「『そりゃ、そうでしょ?』だって」
ナックは頭を抱えた。
「隷紋を入れるの自体は、痛くないはずだ。だけどお前ら、何かあってこいつが暴れ出したら絶対すぐ隷紋発動しろよ!タイムラグで死人が出るぞ!!」
「わかった」
「了解ー」
「ガッガッガッ」
「笑い事じゃねえよっ!!」
ナックも、ニックが笑っている事くらいは判別できるようになったようである。
「あ、そうだ!ニックに服を着せないと」
クリソックスが、ポンと手を叩く。
「だって、全裸だし。全裸は良くないんだよね?」
「そうじゃの。わしらも全裸みたいなものだがな!」
「アハハッ」
「ガッガッガッ」
ナックは怪訝そうに二柱の格好を眺めた。
「お前らは今服を着てるだろ。だいいち、そのオーガに合うサイズの服なんて、すぐすぐに用意できないぞ?」
そんなナックを、クリソックスは「フッフッフー」としたり顔で見やった。
「大丈夫!私に考えがあるから!」
クリソックスは、ヨミナに頼んで馬車を止めると、ニックを連れて外に出た。
ナックとドロンズも外に出る。
ヨミナも御者台から、何が起こるかと興味深々だ。
クリソックスは自分の前にニックを立たせると、両腕を高く上げ、高らかに叫んだ。
「靴下カモン!!」
とたんにノルディック柄の巨大な靴下が現れる。赤、白、緑が基調のオーソドックスなクリスマス柄だ。
クリソックスは、すかさず、両腕をニックに向けて下ろし、また叫んだ。
「靴下ラッピング!!」
な、なんと!
巨大な靴下でニックの体が覆われたかと思うと、下部分に二つの穴ができ、まるでパンツを上げるように、ニックのムキムキの足が穴を通ってあらわになっていく。
靴下の上部分のゴムはニックの雄っぱ……大胸筋の上部分をずり落ちぬように締め、腰のあたりはどこからともなく現れたリボンが、万が一上がずり下がっても危険なものが見えぬよう、防波堤となっている。
「リボンの色、赤にしたけど、緑の方がよかったかなー?どう思うー?」
「どっちでもええわい。それよりお主、別に手を上げたり、呪文みたいに唱えたりせんでも出来るだろうが。見ていてなんか恥ずかしかったぞ!」
「もう!そういう事言わないでくれるかな!(照)一度やってみたかったんだよお」
ナックとヨミナは唖然として、ニックの服を見ている。
それはもう、靴下とは思えない。
ニックの体にぴったりフィットしているそれは、例えるなら、水着だろうか。ノルディック柄のニットの肩出し水着だ。
可愛い。
ニックも初めは驚いていたものの、己れのまとう可愛い水着?をずいぶん気に入ったようである。
しきりに体をチェックしながら「ガッガッ」と笑っている。
ナックは呟き続けている。
「なるほど、これが『靴下』のスキルか……。そうか、『靴下』のスキル……そうか……」
ヨミナも呟いた。
「凄い。本当に凄いけど、使い所がニッチすぎる」
疲れた顔のナックとヨミナ、何だかんだと冒険者活動を満喫中のクリソックスとドロンズ、お洒落可愛くなったオーガニックは、ゴトゴトと馬車に揺られながら夕刻前には町の入り口についた。
そこに姿を現したファッション魔物に、門周辺は恐慌状態となったが、ギルマスのナックの説明により、なんとか鎮静化。
無事、魔法で隷紋を入れてもらい、登録完了となった。
ナックはこの時点で、ハビット公爵の元に使いを頼み、『冒険者がオーガをテイムしたので、町に入れる』と伝えてもらっている。
なんとかニックと共に町の中に入れたクリソックス達であるが、従魔の証を首から下げたニックが馬車から出た途端、シャリアータの町はやはり大騒動となった。
『オーガはテイムされない』。
これは、この世界の人々の常識である。
続々と冒険者ギルドから武器を持って飛び出す冒険者。
逃げ惑う町の人々。
そこへハビット公爵の所の一個師団が出動。
門の所でナックが送った使者が公爵邸で伝えた話が、たまたま公爵本人が来客中であったため、本人に伝えられなかった。
そして伝言ゲームの結果、『危険なオーガが町に入った』という知らせとして公爵に伝わったのだ。
ナック達は、ニックの首にかけてある従魔の証を見せながら、『テイムした魔物』である事をなんとか伝えた。
最終的に、クリソックスとドロンズがニックと手を繋いで、スキップしながらあたりを一周し、三人で組体操の『扇』をして見せた事で、オーガ退治に集まった者達は、やんややんやと盛り上がり、拍手と共におひねりまで飛んできた。
こうして、オーガニックの安全性アピールは成功し、ニックは町に受け入れられたのだった。
「あ、でもゴブリン狩りは達成できてないから、後日再試験で」
ヨミナの無情な一言で、次の日違う森で再試験が行われ、グレーウルフを仕留めた二柱は、無事Eランクに昇格できる実力を示す事ができたのである。
「靴下……靴下って、凄いんですね、ナック」
「靴下って、凶器だったのか……」
その日、『靴下無限召喚』により爆散したグレーウルフのなれの果てを見下ろしながら、ナックとヨミナは認識を改めたという。




