205号室 八木昇也
おはようございます。こんにちは。こんばんは。いずれかの時間のご挨拶。早音芽改め、矢光翼です。
苦手な苦手な長編に、再びチャレンジしてみようと思います。不届きものですので、何処で失踪してもいいように、あらすじに言い訳を書き記しておきました。
以後、よろしくお願いいたします。
人が抜けては集まる町、坩堝町。そこでは様々な価値観が生まれ、淘汰され、発信されていく。夢を求める者、刺激を求める者、とりあえず来る者。何者もこの町は拒まない。そんな中にそびえる一棟のマンション「ピースフル」。ここにまた、坩堝に嵌りに来た者が一人。
≪205号室≫ 八木昇也
「荷物は運び終わったから。うん、もう大丈夫」
心配性の母からの電話はいつになっても尽きない。もう実家を出て六年が経とうとしているのに、まだ何かあるごとに電話を寄越す。最初こそ鬱陶しかったが、今ではありがたみを感じられるようになった。
俺はありがたーく母の心配をあしらい、部屋を見回した。
まだ荷解きを始めてすらいない荷物が引っ越し屋のお兄さんの親切心で整えて置かれている。広い部屋だ。こんなに荷物があっても狭さを感じない。
俺はありがたーく荷物を適当に積み上げ、もう少しだけこの広さに浸ることにした。
ただ生きることに疑問を感じた。それが一年前の話。俺は大学に通いながら、皆がやってる就活に乗じて自分も安定した職を手に入れ、どこかのタイミングで結婚して、不自由じゃない人生を送るんだろうな、と思っていた。
それがある日、何の切っ掛けか「そんなの自分の生き方じゃない」と気付いてしまった。皆の、誰かの常識的な生き方をまねて、ただ生きてるだけになってしまいそうだと。この就活は、緩やかな終活なんじゃないかと。
思い立った俺は就活を断念し、何か熱中できるものを探した。それは思いのほかすぐ見つかった。絵だ。上手いわけじゃない。まして経験なんて自由帳に描いたそれぐらいのもので、言うなれば道楽程度のもの。でも、ハマってしまった。
才能があるだとか、そういうことは思わない。ただ、こんなに楽しいのは初めてだった。
この坩堝町は、俺の再発進の場所とする。新たな場所で心機一転、一から自分を育てたいという俺の望みに答えるように、この町は俺に住めと言って来た。実際は不動産屋に紹介されただけなんだけど。
「ここが俺のアトリエ且つ、城になるんだ」
言葉にして、じわじわと嬉しくなってきた。気分も、場所も、何もかもが新しい。俺の始まりが、始まる。
荷解きは後回しにして、家から出る。内見などで何度か来てはいるものの、ゆっくり見て回ったことはなかった。履き続けているはずの靴も、なんだか新しくなった気分だ。きっと俺は雰囲気に流されやすい。今はそれでいい。
部屋を出て、エントランスを抜ける。今日からここに住むことになる。芸術や流行の発信地として多くの人が知る坩堝町。俺にぴったりだ。
俺は胸いっぱいにここの空気を吸い―――。
背中に強い衝撃を受けた。
「ンっごぇ!?」
突然のことに驚きつつ、急速に地面に近づく視界の端に捉えたのは、
十歳ばかりの女の子だった。
この町は何者も拒まず、何者も追わない。そして、何者も救わない。
この町で起こる出来事にむきになってはならない。何事もあり得るこの町で、一つの出来事に目を向けている暇などないのだから。
読んでいただきありがとうございます。これはどの時間でも共通のお礼。矢光翼です。
パソコンが重くて困っています。なんかあの、ウイルスバスター入れてないんですよ、僕のパソコン。それが悪いんだと思います。