秘密の共有?
寝返りを打って、目が覚めると、外は、すでに明るく蒸し暑い朝だった。
昨夜、先輩からメールが届いて、明日は、会える時間ができたと送られてきた。
服に着替えながら、ふと、デスクの上の参考書が、目に届いた。
ふふ、昨日のプチ同窓会、楽しかったなぁ。
また、皆と会えるといいけどなぁ。
でも…
私は、昨日の出来事を思い出して、顔が、どんどん熱くなってきた。
昨日の午後――
「片桐、翔平が、腹の調子が悪いらしいから、トイレまで案内してくる。」
「え?内田君、大丈夫?」
真っ青な顔で、内田君は、米沢君に連れられて、部屋を出た。
かなりしんどそうだなぁ。大丈夫かな?
私は、気になりながらも、おとなしく米沢君の科目別の参考書を、見せてもらったいた。
ページを捲ると、何かが、挟まっていた。
ん?
ハガキ?
私は、
思わず読んでしまった。
『残暑お見舞い申し上げます。米沢君、元気にしてますか?何も言わずに、学校を辞めてしまってごめんなさい。』
これって…
ハガキを見ていると、後からスッと、ハガキを取り上げられた。
「…あ。」
「…ったく、勝手に見るなよ。」
いつの間にか、米沢君が戻ってきて、ハガキを取り上げていた。
「ご、ごめんなさい。」
「…はぁ。…見られたものは仕方ねーけど。」
米沢君は、壁に凭れて腕を組んだ。
「…ごめん。勝手に見ちゃって…。内田君に、プライバシーがあると言ってたくせに、どっちがだよって、感じだよね。」
私は、居たたまれなくなってうつ向いてしまった。
「…別に、故意に見つけたわけじゃないだろ?」
「…そうだけど…。」
「…気にすんな。参考書に挟んでそのままにしてた俺も、バカだし。」
「…で、でも。」
「…引き出しに入れとけば良かったんだけど、嫌でも目に付くから、無意識にそれに、挟んだんだ。」
米沢君は、遠い目をしながら、何かを憂いていた。
そのハガキの人は、もしかして、米沢君の好きな人?
そして、今でも、まだ好きなんだなぁ。
「…その人、学校の教師でさ。終業式に、告白したんだよ。」
「…え?」
米沢君は、ポツリポツリとハガキの相手のことを話した。
「来年の春に、結婚するからって、振られた。自分でもわかっていたんだけど…あの人の傍にいたくて、夏休み中、ずっと、学校に会いに行ってた。」
米沢君は、目を閉じて話を続けた。
「…でも、あの人は、何も言わずに学校を辞めてしまったんだ。」
うつ向きながら、米沢君は額を、右手で、押さえていた。
「…初めてだったんだ。こんなに、人を好きになるなんて。」
「…初恋だったの?」
「…そう、だな。」
「…そっか。」
米沢君って、モテそうだから、彼女くらいいたのかと勝手に思ってたけど…
そうじゃないよね。
初恋なら、尚更…。
「…米沢君は、まだその人のことが好きなんだね。」
「…そう…かもな。女々しいって、思われるかもしんねーけど、あの人のことまだ好きだよ。」
「…うん。好きな人に、振られても、すぐには忘れられないモンだよね。」
私は、米沢君の頭をそっと撫でた。
「…やれやれ。まさか、片桐に慰められるとは、思わなかったな。」
米沢君は、私の手首をとって抱き寄せた。
「…よ、米沢君!」
「…少し、このままでいさせてよ。」
米沢君は、私の肩に顔を埋めて弱々しい声で言った。
「…もう!内田君が、戻ってきたらどうすんの?」
「…あいつ、腹壊したら、30分はトイレにこもってるから大丈夫だろ。」
「…もう!今だけだよ!」
「…ふっ、サンキュ…」
米沢君は、そう言いながらしがみつくように、抱きしめた。
私は、そんな彼の頭を優しく撫で撫でした。
こんな弱々しい米沢君、初めて見たかも。
なんか、可愛いな。
「…なぁ、片桐。このことは、翔平には言うなよ?」
「え?なんで?」
「あいつに言えば…からかわれて、大笑いしやがるからな。」
「そ、そんなことは…」
あはは!
それは、あるかもね。
なんとなく、目に浮かぶ。
内心、そう思って苦笑していると…
「…まぁ、それは、冗談だけど…なんで相談しなかったんだって、あいつは、怒るだろうからな。」
「うん。…そだね。」
内田君の性格なら、きっと、怒るだろうなぁ。
「…片桐。」
「ん?何?」
「…キスしていい?」
「ええ!なんで!」
「翔平に、チクらないように…?」
「チ、チクらないよ!」
「…じゃあ、…もっと、慰めてよ。」
甘く切ない声音が、耳元を掠める。
ううっ。ズルい!これってイヤだと言えない状況じゃない!
私は、どんどん顔が熱くなってくる。
「…こ、こういうことは…好きな人と、しないと…」
私は、照れくさくて、俯いてしまった。
「…顔、上げてよ。」
米沢君の右手が、勢いよく私の顎を掬い上げた。
「……っ!」
米沢君の唇が、優しく触れてきた。
ゆっくりと離れていき、お互いを見つめ合った。
「…ふっ、片桐の唇、柔らかくて気持ちいいな。」
米沢君は、笑みを浮かべながら、親指の腹で、私の唇をなぞってきた。
米沢君ったら、本当にズルいよ。
唇同士が、触れ合った瞬間何も考えられなかった。
ううっ、心臓が、バクバクいってるし…。
「…も、もう!…米沢君も私も好きな人がいるんだからね!」
私は、恥ずかしくて俯いてしまった。
「…まぁ、そう言うなよ。慰めてくれた礼と口止め料なんだし。」
「何それ!」
焦る私を余所に、米沢君は腕組みをして、私にこう言った。
「翔平に、チクれば嫌でも今のこと思い出すだろ?だから、口止め料だな。」
「そこまでするの!?なんかズルくない!」
淡々と話す、米沢君に呆れながらも文句を言う。
「…まぁ、友人同士、夏休みに秘密を共有するってのも、悪くないだろ?」
米沢君は、私の頭をポンポンして答えた。
「も、もう!米沢君の意地悪!なんかイメージが崩れたよ。」
「どんなイメージだよ。俺だって、普通の人間で男だっつーの!」
「そうだけど、いつまでもクールでイケメンな米沢君でいてほしいってのが、女子の心情なの!」
私は、懸命に訴えかけたけれど…
「アホらしい。意味わかんねぇし。」
米沢君は、ため息混じりで答えた。
「こういうことは、本当に好きな人としないとダメだよ?私は、友達だから秘密は守るけど、他の女子に同じことしたら、セクハラで訴えられるからね!」
「はいはい。片桐に、説教されるとはな。さすがに、彼氏持ちの先輩は、違いますねぇ。」
米沢君は、からかいながら頭をポンポンする。
「もう!真面目に言ってるのに!」
そう言ってると、携帯からメールが届いた。
画面を見ると、母親からだった。
「彼氏か?」
「ううん、お母さんからだよ。」
メールを返信して、私は、米沢君に向き合った。
「ごめん、米沢君、私帰るね。」
「…ああ。」
急いで、部屋を出ようとした時…
「片桐、忘れ物!」
そう言って、参考書を渡してくれた。
「ごめん、ありがとう!内田君にも謝っといてね。」
「ああ、わかった。…片桐話、聞いてくれてありがとうな!」
笑う米沢君は、さっきの切ない表情とは違い、穏やかだった。
「うん!じゃあ、また会おうね!」
私は、足早に米沢君の家を出るのだった。
結局、米沢君との秘密を共有することになった。
ううっ。
先輩には、口が避けても、言えないよ!
内田君にも、そのまま顔合わせずじまいだったし。
もう!米沢君ってば!
ちょっと、イケメンだからって、何やっても許されると思って…!
でも…
彼は、そんな人じゃないとわかってる。
それだけ、ハガキの人が大好きで、どうしょうもない気持ちを誰かに、聞いてもらいたかったんだと思う。
いつか、米沢君の心が癒されますように!
そして、今度は、素敵な恋愛が出来ますように!
そう祈りつつ、先輩との、久しぶりのデートに、胸を弾ませながら、身支度をする私だった。
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ご愛読ありがとうございました。
結月千冴。