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私の日常は神隠しに遭ってしまった  作者: ひつじ めい
1/1

彼女の遺言


迫り来る死から逃げるために、

人間がここまで走り続けることが

できるとは思わなかった。


普段は深海のような

目の届かない部分で眠っている

生を支える細胞が、

緊急事態にひとつ残らず覚醒しているようだ。


底を尽きない体力に今は甘えて

ひたすら私は逃げ惑う。


だけど、私を追いかける死の恐怖は

遠ざからない。

しっかりと落ち着いたまま私を捉えて、

注意深く私の通りすぎた道をなぞってくる。


相手は、今の私のような目に恐らくは

何度も何度も遭って、

極限状態をその体ひとつで乗り越えてきた人だ。


敵うはずはない。

でも、私が納得できないのは

どうしてあなたが追いかけてくるの。

どうしてあなたが私を殺そうとするの。


初めて踏み入る工場内の階段を昇ったり降りたり

して、進み続けられる限り足を止めない。


なんで、どうして、こんなことになってしまったんだろう。


闇に侵食された夜の工場は

ほとんど何も見えなかった。

ガラス窓から差し込む赤みがかった大きな月と、

外から照らされる工場の敷地内のライトが

辛うじて差し込んでいる程度だ。

今の私はそれを頼りに前へと進む。

体中がほつれたり破けたりして傷んだ古着のように

もうボロボロだ。

でも、死にたくなくて私は逃げ続ける。


こんな時、いつも彼が助けてくれた。

彼の機転が効きすぎた戦い方を見るたびに、

この人はこうしたことが出来なければ

生きる環境にいられなかったのかもしれないと

胸を痛めた。

私たちが身につけていはいない技術、

血しぶきがあっても力を緩めない格闘、

良心を切り捨てた身体的苦痛を伴う決断と、

それを実行する能力。


どうして ―


あなた自身も、それを悲しんでいたじゃない。


「今のこの力は、おまえを守るためにあると

思えば、俺は ―」

いつか、珍しく気を落とした彼が言おうとしていた

言葉。あれは ―


「あぁああぁっ!!」


背中を横一直線の痛みと熱が掠める。

ショックで私はとうとう顔面から派手に床に

倒れ伏す。


― た、立たなきゃ。


錆か血の匂いかわからない。

両方が充満している。

口の中に広がっている。


― 痛い。


体は擦り傷だらけで痛かったが、

背中から信じられないほどの痛みを感じる。

この、匂い ―


「え……? き、切られ」


軽く背中に手を回す。

「あぁああぁっ!!!」

触れたことのない血の量に勝手に嗚咽が漏れる。

私の方へ歩み寄る靴音に、

私はただ振り返る。


自分の体に何が起こっているのか理解できない。


― あぁ、死ぬんだ。


だって、敵うはずがない。

覆せるはずがない。

今まで散々見てきたんだ。

いや、今となっては見せつけられてきた、

思い知らされている彼の実力。

誰にも負けなかった彼を前に、私が勝てるわけが ―


― こ、殺されるんだ、私。

今まで、私を守ってくれた人から ―


「シ、シェイド……」


彼との出会いは唐突だったが、

任務のためとは言え、明らかにそれ以外のところでも

こんな私に構ってくれてた。

励ましてくれた。

楽しいことをたくさん教えてくれた。

それも、彼だったのに。


どうして? 全部嘘だったの?

違う、これが真実だったの?


「ど、して……」


彼は表情ひとつ変えずに鎌を振り上げる。


そのとき彼の青かった目が、血の色に染まっていることに

私は気づいた。

今夜の月に、よく似た色。


「俺は」

鎌を振り上げたまま彼は言った。


「ずっと、おまえを邪魔だと思っていた」



****************************




『変わりたい』


そう思っていた頃の私は、未来という希望に酔いしれることができた。


少なくとも今よりは輝いていたし、毎日は楽しかったし、

なんで楽しいかって、それは未来があったから。


想像するだけで今を頑張れて、努力を重ね続ければ叶いそうな気もしていた、

眩しすぎてよく見えなかった未来。


当時の生きるエネルギー。

いつからだろう。自分の中には特別な力があって、恐竜の卵のようにそれは

殻の中で少しずつ成長していき、いつか周りがあっと驚くような進化を遂げるんだー

なんて信じていたのが、中二病だと気づいたのは。

でも、気づいてしまうまでの生活のなんと楽しかったことか。


戻りたい。盲信が許されていた時期に。


もう随分長いこと「変わりたい」や「成長したい」という気持ちから音沙汰は

ないし、また「楽しい」「嬉しい」「幸せ」といったフレッシュな感情も、

異国でしか見れない目新しい花のようなものになってしまったのだ。

わざわざ本屋へと足を運び、専門雑誌や語学、コンピュータといったような

コーナーを探し当て、求める物がのっていそうな本をひとつ選んでページを

開いて、やっと見ることができるような、そういう類の花。


写真でしか見れないような、距離を感じさせる、遠い国の花。


そんなことをぼんやりと思いながら、

私は今日もベルトコンベアに乗せられて流れる商品のように

黙々と学校までの道のりを辿る。


最後にちょっぴり頑張ったことと言えば、

可愛らしいという理由で髪型をボブにしようとしたことだ。

クラスの男子にはおかっぱだと笑われ、『トイレのおしりさん』と、

名前と掛けられて呼ばれることになったが。

だから、それを最後に、もう本当にやめた。


メガネをコンタクトにするのも、やめた。

そもそもメガネは自分の目の小ささを隠すためのものだ。

もちろん視力が低いという適切な理由もあるのだが。


肌は特別白いわけでもないし、

顔も冴えないし、胸はないし、

体の線は細いほうだけれど、

男子が喜ぶような肉付きは皆無。

誰かには鉄棒、と笑われた。


閉店したガソリンスタンドを自分の人生と重ねつつ通り過ぎながら、

毎日毎日同じようなこと、似たり寄ったりなことを考えて、

この先なんの糧にもなりそうにないくだらないことに時間を費やす。


そう、これからも私は生産性の価値のないことばかり考えて、

自分の快楽のためにだけ外出して、ついでに空気を吸って、でもそれだけの

人生を過ごしていくんだろう。


あぁ、私はなにか大事なものを捨ててしまった。

それもたくさん。

だから何を捨てたのか、思い出せない。


こんな私の日常なんて、神隠しにでも遭ってしまえばいい。


そう願いながら、私 ― 押凛子は月丘学校へと

踏み入った。



3階建ての校舎は築何十年かは知らないが、結構古いほうだと思う。

全体的に年期を感じるし、過去に数回起こった地震のせいで

廊下が盛り上がっているところすらある。

生徒用玄関は2箇所あり、西口は1年生と2年生用で

真反対の東口は2年生用だ。

2年生用の下駄箱においては、使われていない下駄箱が

数列にわたって放置されたままだ。かつては生徒がもっといたのだろう。


この学校はなぜか2年生が独立していて、

1年と3年がお互いに近しい関係にあるように思える。

それも、クラスの階まで隔離されてしまっているからだろう。

彼らは3階、私たち2年生は2階の北側にクラスが2組並んでいる。

ちなみに、職員室は向かい側の南側に位置している。

所謂ロの字型に設計されているこの校舎は、中庭が中央に

あって、どこの廊下からも庭に咲き誇る花々を愛でる機会が

与えられるわけだが、残念ながら美化委員会はサボりがちらしい。

教師が口出ししないのが不思議なくらい、実に残念な眺めである。


5月にもなればクラス替えされたメンバーにも慣れて、

グループなんてすっかりできてしまっている。

しかし、今年のクラス替えを話し合った教師たちは

本当に話し合う気があったのか疑わざるを得ない。


なに? 1人は寝ていたの? 1人は欠席したの?

1人はまだ生徒の顔と名前が一致していなかった?

呆れた残りの先生が、

「じゃあ、あみだくじで決めちゃいます?」

なんて提案しちゃった?

「そうだったんですよー、押さん気づいちゃいました?」

とお答え頂いた方が、こちらもこのクラス替えの結果については

腑に落ちるというもの。


2年2組の扉を開ける。HRまであと5分を切っている。

席に座って、教科書を順番通りに引き出しに入れて、

文房具類をていねいに机に並べている間に先生は来るだろう。


ところがこの時、教室を出ようとしていた

『彼女』と運悪く目が合ってしまった。

『彼女』も極力私の目を見ようとはしないので、

お互いが油断していたために起きた事故っだった。


目にかかるくらいの前髪を横に流して、

両サイドを耳より下の部分で緩くお団子に

結んでおり、肩くらいまで垂れ下がった赤いリボンが

揺れているのが可愛らしい。

人形のように形のいい、目尻がやや下がった両目は、

表情を作らずとも穏やかさを湛えている


― が、


案の定、すぐに目を逸らされる。

目が合った一瞬の時すら、軽蔑のこもった

眼差しを向けられた。

すれ違いざま、小さなため息も聞こえた。


だけど私は、あなたにそんな態度を取られる覚えはない。


『彼女』の友達が『彼女』に声をかける。

「ゆかぁ、もうHR始まるよ。どこ行くの?」

「トイレ。すぐ戻るー」

友達だからではない。『彼女』は、私以外の人には

宝石でも見て感動したような素敵な笑顔を

浮かべるのだ。

柔らかい雰囲気で、落ち着いていて、

ゆっくり喋るマイペースな『彼女』 ― 華宮結花は、

私にだけ人が変わったような表情を見せるのだ。


私にしか、わからないように。


言葉を交わしたことなんか、一度もないのに。


現国の授業中、まさかと私は考えた。

現国は一文と真摯に向き合って唸るだけあって

思考力がフル稼働する。

しかも、普段なら有り得ないことも

受け入れる懐付きだ。


もしかして、華宮結花と私は過去に何か

因縁があったのではないか。

そして結花は何度かタイムリープしているのだ。

そう、つまり過去と言うよりは、寧ろ未来。

すなわち起こるべきイベントが彼女にはわかっている。

私は忘れている、基、知らない。

だが、彼女は知っている。

だから私を敵のように睨みつけてくるのか。


― バカバカしい。

私は、引き出しから文庫本を取り出した。

男性同士が多少密着する部類の本を。

現国の教科書を盾にして、前回読んだページの

少し前から読み直す。

前回のテンションを呼び覚ますためだ。


バカバカしいが、他に理由も思い当たらない。

本人に尋ねる度胸も勿論ない。

勘違いで済まそうと試みたこともあったが、

諦めに変わるくらいには睨まれてきた。

考えたら失礼な話だ、向こうも何も言ってこないのだから。

なんで今年まで同じクラスなのか。

まあ、2組みしかないのだから五分五分の確率は揺るがないけれど、

先生たちだって私たち両者の間にしか漂わない険悪さなんて

感じ取れなかったかもしれないけどさ。


明らかに、結花のあの目は恨みや嫌悪といった

負の感情が刻み込まれている。

ただ存在しているだけでは、いちいちそんな見方は

しないはずだけれど。

人違い、ではないだろうか。


いかんいかん、BLに集中ロックオンと

心の中で唱えたとき、先生の怒った声が聞こえた。


「こらっ! 奈良橋!」


現国の教師 ― このクラスの担任でもある

寺塚先生がこちらに歩み寄ってくる。

私の前の席にいる奈良橋京介から何かを取り上げた。

「授業中になにラブレターなんて書いてるんだ!」

「あー、やめてよ寺ちゃんマジでいきなりの公開処刑、

俺恥ずかしい人じゃん」

その言い方からして恥ずかしい、と心の中で突っ込む。

だが、冷めた気持ちではなく、どちらかと言うと

やれやれと苦笑するようなものだ。


奈良橋京介は、このクラスで唯一私にふつうに

接してくれる ― しかも男子生徒なのだ。


髪は明るい茶色に染めており、

先生にも度々注意されるくらい目立ちきっているが

一度も色を落としたことはない。

だが、茶色の瞳は彼の髪の色とよく合っている。

その風貌から、学生らしからぬ事に関わっているような

印象を与えがちだが、彼と言葉を交わせばその不安は

吹き飛んでしまう。

子犬のように誰にでも人懐っこく、

元気に走り回っている彼は、誰とでも仲良く

話しているようだった。


このクラスで話し相手のいない私にも、

そんなこと知らないように話しかけてくれる。

その笑顔に、声に、哀れみや気遣いは一切感じられない。

彼の自然な笑顔を向けてくれる。

彼は、唯一の話し相手でもあった。


寺塚先生は、私を一瞥して奈良橋に告げた。

「おまえも押を見習えっ!」


― いや、先生。

間違いなく、見習うに値するのは奈良橋です。

現実相手に必死に恋心を認めている彼のほうが、

見習うに相応しい存在だと思います。


すべては、心の中でしか呟けない。


放課後は華宮結花から解放されるので、

少しは肩の力が抜ける。

ひとりぼっちを寂しく思う気持ちは

あんまり残ってもいないし、

今の状況や彼女との関係性を変えようなんて

気持ちは少しもないが、

この教室に蔓延る空気は気分が悪い。


奈良橋が話しかけてくれるのは嬉しいが、

彼の想い人は ―

別にちゃんといるから、私は『変化』という期待を

望むまでには至らない。


平穏じゃないか。

神様も、隠そうなんて思わないか。


この学校で帰宅部は認められない。

必ず部活には入部しなけらばならないが、

特に目立った強豪の部があるわけではない。

高校試験の苦労を減らすため、

生徒が悪いことに費やす時間を減らすため、

目的がすり替わっているタイプの推奨。

故に、放課後をダラダラ無目的で過ごせる部活が

あるかというと、そこは絶望的なまでにない。


まず、数が少ない。

唯一このあたりでは強い部類に入るかもしれない

サッカー部に

野球部、吹奏楽部、テニス部、弓道部、バレー部に

美術部で以上だ。


私は奈良橋には内緒で、彼が入る部活に合わせた。

無論、マネージャーポジションだ。私は活動する心意気なんてない。

そして、華宮結花とは絶対に被らない部活であることも

重要だった。

奈良橋と結花が重なる可能性もあったが、そのときは

美術部に入ろうと思っていた。

最初から美術部にしなかったのは、マネージャーという

仕事がないことと、アニメは好きでも芸術には

興味がなかったからだ。

リアルな絵や彫刻、風景画を黙々描いているほうが

あるいは楽かもしれないが、一番部員の数が少ない部なので

先生の監視の目が行き届いている。面倒だ。

幸い、結花は仲良しの友人たちと吹奏楽部に入部した。


教室でジャージに着替えてから弓道場に向かうと、ちょうど彼女 ―

奈良橋の想い人が的を射たところであった。

「さすがゆっちぃ、かっこいい」

「すげーな本当に。失敗とかしないのかよ」

周りの歓声に彼女、五田川百合は軽く微笑んだだけであった。

だが、周りが喜ぶにはその笑顔で十分だ。


「ゆっちー、さすがだなー」

奈良橋も百合を取り囲む輪に入って行った。

「いやあ、ゆっちーの次に打つのはプレッシャーが

半端ねーや」

「うん、奈良橋くんの番だね。どうぞ」

「ゆっちーに言われたら頑張るしかねえなぁ」

部活で憂鬱な点があるとすれば、奈良橋と百合が一緒にいるところが

見えてしまうことだろうか。

それは、教室でも変わりはしないけれど、

ここは人数が教室よりももっと少ないから。


私は、奈良橋に恋心を寄せているわけではない。

好きか嫌いかで言えば、勿論好きだ。

それ以前に感謝している。こんな私に、本当に自然に

さり気なく話をしたり笑顔を向けてくれる彼に、

私も気を遣わずに、そして私にしては珍しく

素の部分で接することができる。


そんな彼が、彼女といるとこを見ると ―

ただ、不安になるのだ。

もう、私に話しかけることを彼が忘れてしまうんじゃ

ないかって。


彼の隣に立つ五田川百合は、才色兼備の頂点を極めし存在だと思う。

左右対称の整った顔立ちは、非の打ちどころ一つない。

本当に中学2年生なのか、ニキビや体育の日焼けなどの

悩みなどないと言い切れるだろう真っ白な肌に、

自然に赤みがかった頬が控えめな色気を漂わせている。

形のいい上品なことしか言わなさそうな紅い唇も

いいが、何よりもやはり彼女は目が素晴らしい。


ぱっちりと見開いているが、大きすぎず

きれいな線を描いている二重だ。

不思議なことだ、睫毛や眼の仕組みなんて人間そんなに

変わらないはずなのに、何がそんなに違うのか

彼女の目の拡大写真を撮らせていただきたい。


自分の小さな目と比較してみたくなる。


誰よりも艶がかっている綺麗な黒髪は

肩より少し長いくらいだ。

彼女のその髪型に憧れて、同じようにしている

女子も多い。


そう、奈良橋だけじゃない。

学校中が教師生徒老若男女まとめて彼女の虜だ。

ファンクラブがあり、応援団があり、

モデルのスカウトをされたことだってある彼女は、

学年で成績一位で家族構成も素晴らしい。

ひとつくらい欠陥というか、欠点があっても

いいくらい。というか、あるのが人間のはずなのだが、

見た目、性格、環境 ― すべてにおいて彼女には惜しい

部分が見つからないのだ。


完璧超人、唯一無二。

彼女は、全宇宙における最高級の物質で

出来上がっている。




弓道部のマネージャーである私の仕事は、

道具の準備や片付け、選手の補佐や記録などだ。

あとは、応援を少々心の中で唱える。


加えて暇を持て余すときには、決まって百合を観察する。

これは私に限ったことではなく、他の人も同じことだ。


そんな百合を羨ましいと思ったことはある。

だって、彼女は私の対極。思わないはずはない。

でも、手が届かないということがわかっていて、

それ以上に何があるというのか。


こんな毎日は飽きる。

タイムリープしているのは華宮結花ではなく、

私のようだ。同じ光景、思考、結末。


あとは、この気持ちが死んでしまえばいい。


変化を、心の奥底でひっそりと待っている

自分が、いなくなってしまうだけ。


このタイムリープをしている感覚が無くなれば、

どれだけ楽なのだろう。


部活動に終わりを告げる音楽が流れ始めた。

私は適当に近場にある弓矢を集めて

用具室へと向かった。


いつものように、誰よりも早く

片付けに取り掛かるはずだった。

1人でのんびりと、気を紛らわすように。

作業を止めてはいけない。

思考が働いてしまう。考えがめぐり始めると、私は ―

きっと、なんだか、少しだけ泣いてしまいそうになるのだ。

だから、私は片付けに集中しないといけない。

感じないことに、全神経を傾けるのだ。

そしたら、きっといつかこの日常は ―


「見つけた」


私1人しか居ないはずの

狭い用具室に、いきなり男性の呟きが聞こえた。

強制的に私の全細胞がフリーズする。

幽霊だったらどうしよう、なんてテロップが

脳内で流れながら視線だけが声のした右側へ

スライドする。


私の隣に、しかも結構近くに男の人が1人、

立っている。

両目を横に流しただけでは彼の顔は見えなかった。

怯えたまま、私は今度は顔を上げる。


視線を上へと、エレベーターが上昇するように。

うわ、男の人だ、と思いながら。


彼も私を見ていた。

自分の中で生まれた分不相応さから

今すぐにでも背を向けて用具室を後にしたいほど、

彼は整った顔立ちをしていた。


自分の顔なんて、こんな至近距離で見せていたくない。

ご丁寧に、夕焼けが用具室の小さな窓から差し込んでいて、

彼の格好良さは際立っているが、私の立場は灼熱の炎に

炙られているような気分だ。


だけど、結局彼から目を逸らすことなどできなかった。

そんなことできないくらい、その人の容姿はあまりにも完成していて。

私は、初めて異性に釘付けになり、私ではなく時が止まったのを感じた。

これが、きっと魅入るるということなのだろう。

私は、初めて百合を越えるかもしれない魅力の持ち主を見つけたかも

しれなかった。


彼の顔は、目、肌、唇といったそれぞれのパーツの専門家が手がけたかのように

精巧で質が良く、まるで作ったあとにネジを巻くなりして命を吹き込まれたよう

だった。

何より近くで見上げた彼の両目が、彼の思考や感情の流れにレースのカーテンの

ような薄い幕を引いていた。

注意深く目を凝らさないと、そこに何があるのかわからない。


深海のような静けさが広がる目の中心に、青色の光が控えめに揺らめいている。

瞳孔の周りは、少し暗みがかった海色の影響を受けて、淀みのない群青に囲まれて

いる。まるで日食のように神秘的で、その美しさを見届けるくらいしか

私にはできなかった。早い話、彼の目の仕組みがわからない。

色が違うとか、そんなわかりやすい違いだけではなく、細部に至って

彼の目は丁寧に色が重なりあっていた。


瞳の中心に向けて、外側の落ち着いた色から、捉えた者の心を突き動かす計算を

したような美しいグラデーションで形成されている。


きれいな二重の線が瞬いて、同じく私も観察されているのだとわかっていながら、

逸らすことができない。


私より艶のいい黒い髪は、特に整髪剤を使っていないようだ。

自然のままに流れているだけだが、彼はそれで十分に完成していた。

やはり腕の良い専門家たちが集って、まるで彼の品質をチェックしたかのように、

彼には余分なものも、不足しているものもなかった。

何もかもがちょうど良くて、すべてが違和感なく組み合わさっていた。


彼もどうやら私の観察が終わったらしく、納得したように瞬きをして、

私の勘違いかもしれないが、微かに頷いたようにも見えた。

そして間を置かずに、彼は私に向かって微笑んだのだ。


彼が表情を変えたことによって、今まで素敵だとか素晴らしいとかを

チェックしていた私の計測器が、ロケットが打ち上げられるが如く

判定域を超えてしまった。

私は物理的に彼から一歩下がり、今度こそ素早く背を向けた。


これ以上、こんな素敵すぎる人とは向き合えない。

いや、私が向き合うに相応しい人間ではない。


「なんで逃げるんだよ」


触れられたわけでもないのに、両方が跳ね上がった。

自分の体が自分のものではないような感覚を、今私は初めて味わっているわけ

だが、あまりいい気分ではない。


私がそのまま固まっていると、彼は回り込んで私と再び目を合わせてきた。

「やっと、見つけた」

私もその時やっと、彼の服装を怪訝に思うことができた。

彼は制服でもなく、体操着でもなく、ましてや私服でもなく。

全身がすっぽりと隠れる真っ黒なローブを羽織っていたのだ。

まるで、文化祭の衣装のようだ。

彼の顔 ― 主に蒼色に揺らめく目と

その漆黒のローブの姿を2、3度交互に見て、

私はひとつの可能性に思い至った。


「な、なんのコスプレですか?」

彼が怪訝そうな表情をする。

「素敵なカラコンですね」

もしアニメ好きなら、そこを入口に二言三言くらい

交わせるかもと考えて

最大限に笑顔を振り絞ってみたが

彼の表情は変わらないどころか、

「おい、大丈夫か」

と体を少し曲げて詰めよってきた。


おいおい、イケメンだからっていきなり私にそんな接近技

ぶちかますんじゃないよ!

顔がいきなり近づいて、私は竦んだ。


「え、えと……」


あー、ついにアニメ以外の何か、

気の利いたことを言わないといけなくなってきた。


私、今日は奈良橋とも挨拶しか交わせていないし、

ついでに授業も当てられなかったから

自信も勇気もないんだけど。


この人、『大丈夫』って私に声かける前に何か言ったよね?

あれ、忘れた。コミュニケーションって相手の言うことを理解

することからだよね? どうしよう、聞き逃してしまった。

あぁ、もう駄目だ。わかんない。


「あの……」


そもそもあなた誰? って聞き方は失礼だよね。

こんな時、あのキャラなら ― と、脳内でお気に入りの

アニメキャラをリストアップする。


「どちら様かしら?」


あ、しまった! こんな聞き方じゃ敬語寄りの上から目線!


ところが彼は気分を害した様子はなく、

顔を離しながら「あ、そうだった」と納得したようだった。


「悪かった。力も目覚めていないし、おまえは俺のこと

まだわかんないよな。俺はシェイド・シュデリット。

アル・ハレイとの約束でおまえを護りに来た」

私が表情ひとつ変えずにいると、彼は私にまた顔を近づけてきた。

真剣な眼差しだった。


力が目覚めてるとか関係なく、彼の今言ったことが

日本語というところで言葉が拾えて10パーセントは

耳に入ったはずだけれど、内容にあたる90パーセントがまったく 

わからない。


彼は声を潜めて、

「シュリアの暴走を止めないといけない。

そのためにおまえのスティーズの力を目覚めさせるんだ。

おまえは偽りの浄化に集中すればいい。

身の安全は俺が保証する」

と付け加えてきた。


― いや、暴走してんのはあんただよ。


突っ込むと同時に、私の火照っていた熱が

問答無用で冷水に浸けられる。


そして、ついには冷静さを取り戻した証のように、

彼が私に向かって言った最初の言葉 ― 『見つけた』を

思い出してしまった。

そうだ会話、会話をしないと。


「あの」

「ん?」

「まだ見つけてないと思います」

職員室を出るときのようなお辞儀をして、

背を向ける。

「失礼します」


「あ、待って」

コミュニケーション云々は、彼との会話においては

取り下げても問題ないだろう。

だって、この人上級者すぎる。

その格好良さも、お言葉も。

私にできるのは待てないことを詫びることだけだ。

すみませんね、何の役にも立てないモブキャラクターで。

一応、声に出して謝っておこう。待てませんって。

「すみませ、」

「話を聞いてくれ」

いきなり背後から左腕を掴まれる。

異性に触られたショックがカーレース並に

全身を通りすぎた。


「ひゃ、はに、なして!」

「落ち着け、危害は加えない」

「うわー! うわー!」

「おまえからスティーズ・リースの気配がする。スザンベルを包んでいた

結界。浄化の力をおまえからしっかりと感じるんだ。人違いなわけがない」

なんだこの人、まだ必死で訳のわかならないことを言ってくる。

私は断固持てる力を振り絞って逃避を臨む所存だ。


「わけ、わかりゃ、はなせー!!」

「あ、悪い」

私の必死の抗議で、彼はとりあえず手を離したほうがいいと

理解したらしい。

だがいきなり離されると、お約束で私は急に

倒れ込むしかない。


その時だった。

用具室の扉が見計らったように開いて、

入室者が私の尻餅を防いでくれた。


「奈良橋っ!」

奈良橋の胸に助けられたようだった。

だが、彼はこちらを向いていなかった。

その目は黒髪の変質者を捉えている。

奈良橋にしては鋭い視線だった。


だが、私が不思議に思ったときには

幾らか緊張の解けた面持ちで

「あの、ここ弓道部なんですけど」

と彼に柔らかい笑顔を向けていた。


黒髪の彼は笑顔には応えず、奈良橋を

じっと観察するようにしばらく見続けていたが

やがてまたこちらへ歩み寄ってきた。


「おかしいな」

何がおかしいのは解らないが、

相変わらずきれいな青色の瞳で私を見下ろしてきた。

近くで見ると、それはとてもコンタクトには見えなかった。

でも、まさか本当に本物の色なの?

「あの、ですから、あなたは一体」

誰ですかと続けようとしたところで、彼は私たちの

横を通りすぎた。


奈良橋が、慌てたように声をかける。

「おい、おまえっ! その格好で出て行くのはまずいぞ」

彼はぴたりと止まって、そして無表情のまま奈良橋の方へ振り返った。


突如、奈良橋が胸元を掴まれる。

「奈良橋っ!」

私が声を上げた頃には、彼は無理やり弓道着をほぼ脱がされかけていた。

なんとおいしいシーン、ではなく止めないと!

いつの間にか上がり始めていた自分の口角に叱責する。

奈良橋がピンチなのだから、ここは私が止めないと!


― と、決意した頃には彼は弓道着を奪われ、

黒髪の彼は着替えを終えようとしていた。


しかし、信じられないくらい素早い手捌きだった。

奈良橋の抵抗する手をすべて受け止め、ねじ伏せ、

衣服を剥ぎ取る目的、推定10秒ほどしか経ってないような。


彼は、用具室にある弓矢を手にして

あっという間に出て行った。


その一連の動作で、私の中にあらぬ不安が浮かんだ。

アニメの観過ぎだろうか。

これから少し先の未来、鮮血のシーンが浮かんだのは、気のせい?


いや、私だって奈良橋以外の人はほとんど憎いよ。

でも、そこまでじゃないよ。

とにかく、彼は何をするつもりなの?

弓矢を持っていったってことは、考えられる可能性があまり

穏やかではないのだが。


私は、心配で追いかけた。



「ちょっと!!」

予想が当たるとは思わなかった。

彼は弓矢を群衆に向けて構えていたのだ。

百合や、彼女を取り囲む人々に向けて。


誰も、まだ彼の向ける矢に気づいていない。


しかし、私が次の言葉を言う前に、矢は放たれてしまった。




おそらく、弓矢が放たれるほんの一瞬前、

百合だけが黒髪の男性の存在に気づき、

目を見開いた。


だが、早かったのは狙いを定めていた彼だった。


悲鳴も、悲惨な結果を想像する思考力も

追いつく暇はなく、結果は紡がれた。

人の目では捉えることのできない速さで

矢は百合たちの輪を一瞬で通過し、

その向こう側 ― なぜかそこには知らない金髪の小さな男の子

がいた ― その子目掛けて飛んでいったのだ。

ところが、その男の子に突き刺さるはずだった矢は、

男の子自身が回避することによって矛先を変えた。


弓道場がざわつく。


小学校低学年に見える男の子の手に握られていたのは、

台所用の包丁。鋭利な刃先が光っている。

なぜそんな物騒なものをここに持ち込んでいるのか。

その包丁を盾にどうやら矢を弾いたらしいが、

早すぎて本当のところはよくわからない。

わからないことだらけだ。


その男の子は見事な金髪だった。

天使を連想させるように緩くウェーブがかかっており、

本来なら大変愛くるしいはずなのだが、ここから見える形相はまるで

鬼か悪魔であった。


この状況に誰も判断を下せないのであろう。

部員たちの不安な声はすぐに止み、

みな固唾を飲んで展開を見届ける態勢に入る。

無論、私もだ。


彼 ― シェイドとか用具室で名乗った男性は、

いつの間にか次の弓を構えていた。


「悪いけど」

金髪の小さな男の子へ向けていた鋭い視線を

一瞬だけ外して、彼の後ろにいた私を一瞥する。


え? なんで? なんでここで私を見るの?


私はと言えば、腕を伸ばしかけて口は開いたまま。

つまり、彼が弓を射るのを止めそこねた無様な姿のまま

動けないでいた。

そんな私の姿勢には表情ひとつ変えずに彼は言い放つ。


「この女は俺がもらったから」



弓道場が先程よりも数十倍の声量で

ざわつき始めた。

映画館でひそひそ話をしていたのが

一番最初のざわつく声の大きさだとしたら、

今はさながら映画の予告が始まったときくらいで

まったく違う!!


遠慮ない声量で「趣味わりぃ」とか聞こえるし、

あなたたちこそ、私という本人を目の前にいいご趣味で!!


心の中では部員たちに腹を立てながらも、

私は自分のうしろに誰か居やしないか

一応確認した。

まあ仮に居たとすれば、この先には用具室しかない。

半裸状態の奈良橋しかいないわけで、

どちらにしても詰むんだけど。


私や部員の反応を見兼ねたのか

シェイドが小さくため息を吐いて訂正を入れた。

「厳密に言うと、この女が持っている

スティーズの力をもらったから」

「さ、最初っから厳密に言え!!」

思わず心の中でしか言わないつもりが

声に出てしまった。

「悪かったよ。あのガキに伝わればよかったから」

どうやら彼は、この場にいる人たちに

この状況を説明するつもりはないらしい。


もう一言何か言おうと私が口を開きかけると、

小さな男の子に視線を戻した彼の目の色が

瞬きひとつで変わった。


その ― 殺気立った、とでも言えばいいのだろうか ―

視線に、迷わず言葉を飲み込む。

うまく言い表せないが、これまでに感じたことのない恐怖が

冷や汗となって背中を伝う。

水を差すのは危険行為だと、本能が知らせているようだった。


見目の良さや、それに伴う雰囲気だけではない

何かが、彼の存在を際立たせている。

何か不穏で、物騒な空気が纏わりついているのだ ― 


「早く出て行けよ。ぐずぐずしていると、手を離すぞ」


誰も完全には理解していない状況の中、

しっかりと漂う緊張感。

金髪の男の子とシェイドがしばらく互いを

睨み合う。まるで視線でやり取りをしているようだ。

どちらも引きそうにはない空気だったが、

先に構えていた武器を下ろしたのは金髪の男の子だった。


「お兄ちゃんに邪魔されるとは思わなかったなあ」

声変わりをする前の随分可愛らしい少年の声。

唯一少年の印象を裏切っているのは、その物騒な

駆け引きを楽しんでいる表情だけだった。


突如少年の周りを虹色に煌く蝶々が舞い始める。

どこから現れたのか、少年の体を囲うように

次々と現れて、やがてその姿をすべて覆うと同時に

彼ごと消えていなくなってしまった。

幽霊が透けて、幽霊のうしろの景色と混ざり合うように

ゆっくりと、だが最後にはしっかりと

痕跡を残すことなく消えてしまったのだ。


当然本日3度目のざわめきが起こった。

「き、消えた?」

「え? だよね、消えたよね?」

それぞれに自分たちが見た信じ難い光景を

確認しあう生徒たち。


シェイドと名乗った謎の男性は、

そんな彼らを面白そうに見渡したあと

私の方を振り向いて、にかっと笑った。

そこにはもう、先刻の張り詰めた空気はない。

「おまえのスティーズの力が目覚めていたら

こいつらの記憶を消すよう頼めるんだけどな」

無邪気な笑顔で、人知の理解を超越したことを言う彼に

私は内心白目を向いた。

「冗談だよ」

「冗談であってほしいです。できれば用具室での会話から」

「はは。俺だって、そうであればいいとは思うけど。

まあ、できない相談だな」

「……」


何か言葉を返すべきか。

だけど、私には会話を続ける力はない。

ところが彼はそんな私の独白に気づくはずもなく

話を続けた。


「これからのことを考えれば、いちいち記憶を消す必要もないけど。

まさかこの世界であいつらから仕掛けてくるとは思わなかった。

思ったより侵食されているな、ここは」

内容は理解できないが、あまり良い状態ではないらしい。


だが無念、やはり返す言葉は見つからず、

答えを求めるように視線を泳がせていると、

騒いでいる輪を他所にこちらを見つめる百合がいた。



そのとき、私はこう思った。


どうして、彼が話しかけるのが

彼女ではなく私なのだろう。


彼女に話したほうがいいよ、と。

今目の前にいる彼に教えたくなった。


同じ時間の中で、

進む会話も深まる関係も、

私と彼女では桁違いだ。


ヒロインはあっちです、って教えたほうが

いいかな?

うん、そうしよう。


「え、とですね……」

「おまえ」

私が言葉を続ける前に、被せるように彼が口を開いた。

私の声は届いていたはずだ。

不自然なタイミングに、まさか遮られたのかと訝しむ。

だが答えなど知る当もなく、結局彼の次の言葉を待つことになった。

「おまえ、名前は何て言うんだ?」

え? な、名前ですか。

「え、と……、押凛子」

「おし、り……」

どこまでが苗字でどこからが名前なのか区別がつかないらしい。

これがどうやら本気らしく、眉を潜める彼の表情は

判断が下せないもどかしさに包まれていた。

とりあえず、苗字で呼ばせることにする。

「押って呼んで」

「凛子」

― このっ!

「押です!!」

間髪入れずに人の神経を逆なでする選択をした彼に、

私もつられて訂正の声を荒らげた。


私を見下ろす彼の瞳は面白がっているようにも

見えて、余計に怒りを表したい欲求が収まらない。


「よろしくな、凛子」

そう言って、彼 ― シェイドは背を向けて

弓道場の出口を目指した。



よろしく、と言われても

正直困るのだが。

呼び方を改めることもないし。

とにかく為すすべはなく、かける言葉もないとなれば、

今は黙ってその背中を見送るだけだ。


我が校一番の美少女、私の中ではヒロインに位置づけれらる

百合も、今は弓道場を出て行くシェイドを

静かに見届けているだけであった。

ただ、私からは百合がどんな表情をしているのか

窺うことはできなかったが。


これから始まるであろう日々に不安を覚えて

眉を潜めているかもしれないし、

彼の格好良さに惚れ惚れしているかもしれないし、

ヒロイン特有の特別な力があれば、

この場の誰よりも何がしかを悟っているかもしれない。

わからない。どれも違うかもしれない。


ただ、なんとなく慌てる様子が見えないから、

いろいろと勘ぐってしまった。


先程の出来事から、これから何かが起こると

仮定するならば、私は百合こそが大いに関わっていくべきかと

思うのだが。

誰よりも思慮深く、器用な彼女なら、何でもうまく乗り切るだろう。


いや、ふつうはそうなるはずだ。


私がモブで、彼女がヒロイン。


ちなみに、先ほどの怪奇現象に収まらない生徒たちの

熱気に一区切りをつけたのは、

職員会議で遅れてやって来た顧問だった。


時間が経てば特別な空気も薄められ、

生徒たちは片付けの続きなど日課をこなさなければ

いけなくなる。

日常を繰り返すことは、すなわち非日常を和らげる薬だ。


私は誰よりも急いで用具室へ向かい、

ショックで固まっていた奈良橋に

予備の弓道着を与えつつ、

ドア越しに事の顛末を報告したのであった。


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