まさかの再会
ノースタウンは南北に延びる街道を挟み込むようにして発展している町だ。元々宿場町から始まったのだからそのような形になっている。そのため、宿泊している隊商が荷馬車を駐車させるのは、ロッサ行きなら街の北側、クロスタウン行きなら街の南側だ。そのため、俺達は街の北側にある駐車場へと向かった。
そこには何十台という荷馬車が街道の両脇に別れて駐車していた。そして、行き交うのは人間と魔族が半々といったところか。スカリーとクレアからすると、人間の数が圧倒的でない風景というのは初めてだろう。
「うわぁ、いよいよこれから魔界へ行こうとしてるんやなぁ」
「本当ね。まるでご先祖様の軌跡を追体験しているみたいね」
二人の会話を聞いているアリーが視線をこちらに向けてきた。あのときは半分訳もわからずに魔界と人間界を行ったり来たりしていただけなんで、実はあんまりよくわかっていなかったりする。何しろ魔方陣を使ってひとっ飛びだったもんな。
それはともかく、四人で周囲の風景をなんとなく見てゆく。単に通過地点でしかないのか、荷物はしっかりと積み上げられたままの荷馬車があるかと思うと、その場で商談が成立したのか、荷物を別の荷馬車に移しているところもある。更には、街からやって来た客に小売りをしている隊商もあった。
一方、街道はたまに往来する荷馬車のせいで土煙がいくらか舞う。隊商は十台以上の荷馬車が連なって北からやって来ては、数台の荷馬車が南へと出発する。もちろんその逆も同じくらいの頻度であった。
「こうやって見ていますと、みんな善良な商売人にしか見えないですね、師匠」
商談に失敗したのか悪態をついている商人もいるが、一見すると旅人の弱みにつけ込むようなことをするような人はいないように見える。でも、こんないい加減な感じでぼんやりと見てもすぐにわかるほど悪い奴なんて、逆に滅多にいない。だからこそ厄介なんだよな。
さてどうしたものかと考えながら歩いていたら、北の端にまで来てしまった。
「誰と交渉したらいいのかなんて、全然わからないわね」
「そやな。それにうち、人の胸の内なんて読めへんしなぁ」
それはみんな同じだ。察することくらいはある程度ならできるけど。
「師匠、今度は街道の反対側の隊商を……え?」
途中で言葉を切ったアリーを不審に思ってそちらへ顔を向けると、呆然としていた。一体何を見たのか気になったのでその視線の向こうを見てみる。
「え、レスター?」
街道を挟んだ向こう側の駐車場の一角で、俺達と同じように呆然としているレスターの姿がそこにはあった。
「はっはっは! いやぁ、まさかこんなところでお前達に会うとは思ってなかったぜ!」
豪快な笑い声を響かせながらレスターが俺の肩を叩く。手加減を忘れているのか、なかなか痛い。
「それはこっちの台詞だ。あんたはロッサに戻ったんじゃなかったのか?」
「おう、戻ったぜ。それでまた商品を抱えてクロスタウンまで行って、戻って来た途中なんだよ」
「え? 確か別れてから二ヵ月だよな? その期間でまたクロスタウンへ行って戻ってくることができるのか?」
「俺達のような隊商にとっちゃ、街道の往来なんぞ慣れたもんよ。もう何十回も通っている道なら尚更な」
その話を聞いて俺は驚いた。最初は二ヵ月間もノースタウンにいたのかと思っていたが、どうも違うらしい。
「ということは、ここでレスターはんに会うたんは全くの偶然なんや」
「そうだな。毎回ここへ寄ったときは必ず一泊するって決めてんだよ。だから、今日一日休んで明日には出発するつもりなんだ」
レスターの話によると、ロッサからクロスタウンまでは三週間かかるらしい。そのうち、ノースタウンまでの日数は九日だという。
「ノースタウンからクロスタウンまでが十二日だから、そんなに変わらないんだな」
「ああ。やっぱり大北方山脈を越えるのはきついぜ」
何度も往来しているはずのレスターでさえ、あの山越えは厳しいのか。こりゃ、悪質な商人を見分ける以前に、無事山越えができる隊商を見極めるところからだな。
「ところで、ここにいるってことは、ユージ達も山を越えるつもりなのか?」
「ああ。アリーをデモニアまで送り届けるんだよ」
「そういや、そんなことを前にも言ってたっけなぁ」
二ヵ月前の雑談を記憶の底からなんとか引っ張り出せたレスターが、俺の言葉に相槌を打ってきた。しかし、同時に別の記憶も引き出したらしく、小首をかしげる。
「あれ? そういえば、ノースフォートに行ったのはクレアを送るためだったよな? なのにどうして、そのクレアがここにいるんだ?」
「えへへ、実は以前から魔界に行ってみたかったんで、ついてきたんですよ」
照れ笑いをしながらクレア本人がレスターの質問に返事をする。何のために送ったのかわかんねぇなと言われたときは、四人全員で苦笑するしかなかった。
「なぁ、ユージ。お前達、山越えをするアテでもあるのか?」
「いや、今探していたところだよ。そうしたら、偶然あんた達を見つけたんだ」
本当に驚くほどの偶然だ。しかもロッサに戻る途中だもんな。
「お、そうかい。なら、俺達と一緒に山を越えるか?」
「助かるよ。酷い商人もいるって聞いていたから、どうやって見分けようか困ってたんだ」
手間が省ける以上に、安心して大北方山脈を越えられるのは素直に嬉しい。
「よし、決まりだ! あ、そっちは荷馬車はあるのか?」
「いや、普通の荷馬車で山越えができるか不安だったから、今回は借りていないんだ」
「そりゃ正解だな。こっちは荷馬車二台にマイルズの馬車が一台ある。二人ずつくらいならどの馬車にでも乗れるぜ」
途中で壊れると修理がほぼできないので、山越えをする場合は丈夫な馬車を用意する必要があるらしい。冒険者ギルドで借りられるような荷馬車では心許ないそうだ。
「ところで、マイルズ殿を見かけませんが、街に出かけているのですか?」
「今日はあいつが休みの日だからな。護衛の半分は羽を伸ばしに街へ繰り出しているぜ」
どうりでさっきから姿を見かけないわけだ。アリーもその説明に納得する。
「合流は明日の朝一番でいいのか? こっちも旅の用意をしておきたいんだ」
「合流する時はそれでいい。でも、食い物や毛布なんかはこっちで分けてやるぞ」
「分ける? 無料ってことか?」
「もちろんタダじゃねぇよ。ロッサまで護衛をしてほしいんだ。特に巨鳥が厄介でよ。あれを追い払うだけでも一苦労なんだ」
なるほど、納得した。こっちとしては安心して山越えできるなら、護衛の仕事を引き受けてもいい。
「わかった。護衛の件は引き受けよう」
「よし、なら契約成立だな! 期待しているぜ!」
俺はレスターと握手を交わした。冒険者ギルドを通さない仕事になったが、運賃代わりの労働だから仕方ないだろう。
ノースタウンの宿で一晩宿泊した俺達は、朝一番にレスターの隊商へと向かった。到着すると既に出発の準備は終わっている。
「おはよう、レスター」
「おう、ユージか! いい朝だな!」
早朝だというのに随分と元気がいい。そういえばアリーも早起きだったな。魔族はみんな朝に強いんだろうか。
「レスターも複数の隊商がまとまって行動するんだろう? 今回はどのくらいの隊商が一緒に行動するんだ?」
「確か五つだったな。荷馬車が八台、護衛の馬車が一台だ。全員魔族だぜ」
「その編成だと、荷馬車に護衛の冒険者が乗っているのか」
「そうだ。一台につき最低一人、普通は二人乗せている」
そうなると、荷馬車に俺達を二人ずつ乗せて、更に護衛のマイルズ達六人を引き連れているレスターは、かなり重武装なんだな。ということは、俺達四人に荷馬車の護衛をさせて、マイルズ達は遊撃戦力として使うつもりか。仲間の隊商を助けるのに六人丸々使えるのは大きい。
「護衛が十人もいるなんて、ここの隊商はよっぽど金持ちだって思われているんじゃないのか?」
「馬鹿言え、そんなこと言ったら妬まれるか、言いように使われちまうだけじゃねぇか。お前らはあくまでも旅人なんだよ」
そう言うと、レスターはにやりと笑う。あれ、他の隊商は助けないのかな?
「ユージ、久しぶりだな」
「マイルズか! そういえば、昨日は会えずじまいだったな」
「ロッサまで一緒に行くんだってな。昨晩隊商に戻ったときにレスターから聞かされたときは驚いたぞ」
「俺もまさかここでお前達に会えるとは思っていなかった」
おかげで商人との交渉をひとつ省くことができたし、安心して山越えもできるようになった。レスター様々だ。
そうやって話をしていると、知らない顔の魔族がレスターに出発を告げに来た。
「よし、それじゃ出発だ。ユージ、お前達はどの馬車に乗るんだ?」
「俺とアリーが一台目の荷馬車、スカリーとクレアが二台目だ。これならマイルズ達は好きに動けるだろう?」
「なるほど、悪かねぇ。わかった。それじゃ乗ってくれ」
これは昨日の間に決めていたことだ。魔法での攻撃に長けている俺とスカリーが分かれて、何かあったときの治療のために回復を使えるクレアにスカリーと一緒にいてもらうことにした。
俺達が荷台に乗り込んでしばらくすると荷馬車が動き始める。マイルズの乗っている馬車を先頭に進むようだ。
「へぇ、レスターの隊商が先頭集団なのか」
荷馬車の横から前後を見ると、マイルズ達の先には誰もいない。そして、後方には何台かの荷馬車が連なっていた。レスターの話によると全部で荷馬車は八台だったか。
ノースタウンからロッサまでの道のりはほとんどが森か山だ。しかし、ノースタウンから半日程度の範囲は見晴らしのいい平地である。この開放的な風景が楽しめるのも今のうちだけだ。
「それにしても、思ったよりも狭いですね、師匠」
俺達は品物の詰まった荷台に身を置いているが、アリーの言う通り狭い。荷物を優先させないといけないから仕方ないものの、早いところ座れる場所を確保しておかないと、変な格好で立ち続ける羽目になってしまう。
現在の俺とアリーは、荷台の後方で座る場所を確保するべく色々と模索している。大半の荷物は縄で固定してあるので動かせないが、詰め物みたいに差し込まれている荷物をどかせて、自分達の居場所を作っていた。
「こんなところかなぁ」
「そうですね。少し狭いですがやむを得ません」
荷馬車の揺れで俺達の言葉も微妙に揺れる。やっぱりあんまり快適じゃないなぁ。
荷台の後方には約十アーテムの間隔を開けて次の荷馬車が進んでいる。あれにスカリーとクレアが乗っているんだよな。今頃荷台の中で苦労していることだろう。
「アリー、ここからデモニアまでは一ヵ月くらいだったよな?」
「はい、何事もなければ。あ、ロッサからどうやってデモニアに行くのか考えないといけませんよね」
「その通りなんだけど、まずは大北方山脈を越えることだよな」
レスター達にとっては慣れた道なのだろうが、俺にとっては未知の場所だ。不安は尽きない。
「最北の森は気にしなくてもいいと思います。大北方山脈は魔物さえ撃退できればどうにかなるでしょう」
「問題は空から襲ってくる奴か」
こっちにはシャロンが開発した魔法操作があるものの、巨鳥がどんな動きをするのかわからないので少し不安な面がある。飛翼竜と戦った経験はあるけど、だいぶ忘れているところがあるんだよなぁ。
「アリーが三年前に山を越えたときは、どんな魔物と戦ったんだ?」
「鬼と岩蜥蜴でしたね。幸い、巨鳥には襲われませんでした」
そのときの話を聞いてみると、あまり参考にならなかった。アリーの場合は、あの黒い長剣で何でも一刀両断だったらしい。鬼はともかく、岩蜥蜴もか。ということは、地上を徘徊する魔物は、アリーに任せてもいいわけだ。数にもよるけど。
「今晩、野営するときに、マイルズ達から魔物対策について聞いておくとしようか。無策はまずいだろう」
「そうですね。私も隊商を護衛しながら戦う方法を教えてもらうことにします」
マイルズ達は隊商護衛を専門としている。それだけに、何かを守りながら戦うということに長けているはず。俺の場合はいろんな経験はあるけれども、どれかに特化しているわけじゃないから、どうしても器用貧乏になるんだよな。これを機に、俺もマイルズから色々と聞いてみようと思う。
こうして、雑談をしたり周囲の風景を眺めたりして時間を潰す。この辺りの平地は、ノースタウンの警邏隊がきっちりと押さえてくれているので心配はいらない。本格的に警戒するのは最北の森に入ってからだ。
俺とアリーは昼頃までのんびりと荷馬車に揺られて、ゆっくりと北上していった。