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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
6章 過去からの伝言
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今とこれからの状況

 ノースフォートから出発した俺、スカリー、クレア、アリーの四人は、十五日かけてノースタウンへと到着した。クレアの両親から借りた馬車に乗っての旅だったわけだが、荷馬車と違って人が乗るためのものなので随分と快適だった。少なくとも、お尻は痛くなりにくい。


 他にももうひとつ旅が快適な理由として、関所をほぼ無視して通過できたことも大きい。ホーリーランド家の家紋がある馬車と特別な通行許可証があるため、審査の順番待ちを無視した上に許可証を見せて無審査通過できるのだ。それはレサシガム共和国の勢力圏へ入っても変わらない。


 ということで、全く予定が乱れることなく俺達は人間世界の玄関口の街に立っている。予定通り馬車はここでノースフォートへ引き返してもらった。ここからは自分達でどうにかしないといけない。


 ここで俺達が今いるノースタウンについて説明しておこう。


 この人口三千人程度の街はレサシガム共和国の最北端に位置する街である。魔界へ向かうために越えなければならない、最北の森と大北方山脈に備えるための拠点だ。そのため、魔界との交易が始まってからは栄えている。事実、ここではクロスタウンで見かけたような品物がたくさん溢れていた。


 それともうひとつ、この街では魔族をたくさん見かける。病的なまでに白い肌に黒髪なのが特徴だ。アリーやレスターと同じである。魔界との交易の最前線なのだから当たり前となのかもしれない。しかし、他の街ではクロスタウンでさえもそんなことはなかったので、俺達の目にはとても珍しく映った。


 「へぇ、思った以上に賑やかだなぁ」


 俺は素直に感心した。


 機に聡い商人達、力持ちな隊商の隊員達、そして商魂逞しい店舗の商売人達が、買い付けにやって来た仕入担当の役人や旅人相手に商いをしている。クロスタウンの市場でもそういった光景は見ていたが、この街ではどこでもそんな調子で商売が盛んに行われている。


 「三年前に通過したときと同じですね。ここから北に向かって、まずはロッサを目指します」


 同族をよく見かけるようになったおかげか、何となくアリーがいつもより落ち着いて行動しているように見える。魔界へと入ったら、今度は俺達が落ち着かなくなるんだろうな。


 「それでユージ先生、これからどうするんですか? 魔界へ向かうための準備をするんですよね」

 「ここにも冒険者ギルドがあるやろうから、まずはそこへ向かうべきやな」


 クレアとスカリーの言う通りだ。最低限、この街と魔界までの道のりについての情報を集めないといけない。


 俺達はたまに客引きにまとわりつかれながらも冒険者ギルドへと向かう。


 冒険者ギルドの建物は、レサシガムやノースフォートのものに比べると随分小さい。しかし、街に活気があるということはそれだけ仕事があるということだ。中に入ると、仕事を求める冒険者でごった返していた。


 「昼過ぎだっていうのに、こりゃまた盛況だな」

 「隊商は一日中、ひっきりなしに街へ出入りしていますから護衛の仕事が多いのです。以前、マイルズ殿から話を聞きました」


 なるほど、魔界と人間界を結ぶ交易地点だから隊商護衛の依頼が多いのか。


 「それにしても、魔族の冒険者も割とおるな。みんなしてうちらのことを見とるけど」

 「どこを見ても男の人ばかりですものね」


 レスター隊商のマイルズ達を知っているので、魔族の冒険者を見ても俺達に驚きはない。ただ、どうも男女の比率は魔族も同じようで、男一人に女三人の俺達は完全に浮いて見える。しかもそれが上品な娘さん三人ともなれば、一度は視線を向けてしまうのも無理はない。


 幸いなことに、レサシガムのときのように三人へ声をかけてくる男はいなかった。訳ありの集団と考えて手を出さないのか、それとも声をかけるほどの興味がないのかはわからないが、厄介なことにならないのは嬉しい。その代わり、嘗めるような視線に晒されてはいるが。


 ギルド内部の造りは他の都市や町と同じなので、俺は建物の奥にある受付カウンターの右側を目指した。


 「いらっしゃいませ。ご用件は?」


 レサシガムの発音に似た訛りの、幾分棒読みな言葉が俺に投げかけられる。


 それに対して俺は、このノースタウン、街に出入りする隊商、最北の森、大北方山脈、そして最初の目標拠点であるロッサについて、無料で聞けることを尋ねた。それで大雑把なことがわかった。


 まずノースタウンだが、クロスタウンまでの街道に現れる盗賊の被害が表面化しているらしい。物価が値上がりしているのだ。特にクロスタウンからの品物が滞ることがたまにあるので、同じレサシガム共和国内なのに食料の値段が他都市の五割増しにもなっている。そのため、ノースタウンとしても街道周辺の治安には力を入れているが、ノースフォートへの分岐路から南は手が届かないので困っているそうだ。


 次に街に出入りする隊商についてだ。本来なら比較的安全なはずのクロスタウン行きが、大北方山脈を越えるとき並に危険になってしまっていて困っているらしい。付加価値の高い商品ならまだ扱う価値はあるものの、単価の安い商品は割に合わなくなっているそうだ。


 この二つの話を見るに、この街で準備をするとやたらと費用がかかるということがわかる。路銀はホーリーランド家からももらったので当面は困らないが、全ての面で予定外の出費を強いられそうだ。


 次はこれから向かう地についてだ。


 最初は最北の森である。ノースタウンのすぐ北に広がるこの森には、俺も二百年前に行ったことがあった。当時はもちろん道なんてなかったが、今は森の中に隊商が往来できる街道がある。そうなると気になるのは森の獣だが、ほとんど襲われることはないらしい。たまに街道を横切ることがあるそうだがそのくらいだ。逆に黒妖犬ブラックドッグのような魔物には気をつけないといけない。こいつらは見境なく隊商を襲ってくる。


 ちなみに、魔界産の黒妖犬ブラックドッグがどうして最北の森にいるのかは誰もわからない。撤退する魔王軍が嫌がらせで放ったとも交易でやって来た魔族が捨てていったとも言われている。真相は誰にもわからないままだ。


 そのまま北上すると大北方山脈にぶつかるが、ここが一番の難所だ。交易を始めるにあたって、かつて魔王軍が王国への侵攻路として使った道を再利用しているが、それでもこの山越えは厳しい。山脈の中で最も南北の幅が狭く標高も低いところを通っているが、それでも南北は百オリクもあり、標高は最も高いところで二千アーテムくらいに達するそうだ。霊体の頃の俺なら平気だが、生身の体を持つ今はどうなるかわからない。


 そして、この大北方山脈が厄介なのは地形だけではない。ここに生息する魔物だ。目撃例として、オーガ地獄の猟犬ヘルハウンド岩蜥蜴ロックリザード巨鳥ビッグバードが挙げられる。困ったことに、こいつらは隊商を襲えばいい餌にありつけることを知っているらしく、見つかれば積極的に襲ってくるらしい。特に空から襲ってくる巨鳥ビッグバードは誰からも嫌われている。そうだよな、俺もかつて龍の山脈で空からの襲撃には苦しんだ。


 最後はロッサだが、これは人間界へ向かうための魔界側の拠点だ。森の中にあるらしい。やはりノースタウンと同じように交易で栄えているそうだ。ノースタウンから見ている限りにおいては、特にこれといった問題はないらしい。


 「大体こんなものか」


 受付カウンターを離れた俺は、近くにあった待合場所の椅子に座った。他の三人もそれに続く。


 「なぁ、アリー。あの受付のおっちゃんがゆうてた話って実際のところはどうなん?」

 「あの通りだ。ロッサで聞いても同じような話が返ってくるぞ」


 丸テーブルの対面に座ったスカリーとアリーが、さっきの説明について質疑を交わす。概略なんだからどこで聞いても似たような話になるのは当たり前だろう。


 「アリーが三年前に通ったときは、どうだったのかしら?」

 「やはり大北方山脈を越えるのが大変だった。平地を歩くときよりも多少息切れしやすい」


 俺の正面に座るクレアからの質問にアリーは一番厄介な点を説明する。そうなんだよな、運良く魔物に出会わないことはあっても、標高が上がるにつれて空気が薄くなるのは避けられない。酸素ボンベのような文明の利器があればいいんだけど、そんな便利なものはないしなぁ。


 高山病の対策としては、確かゆっくりと体を慣らしながら登るんだっけ。あれも一体どの程度の標高で罹るんだろう。後で調べておくとしよう。


 「それと、ここからどうやってロッサまで行くかだよな」


 手段としては、徒歩、借りた荷馬車、隊商護衛の三つか。このうち、徒歩は避けたい。山道を歩くだけでも大変なのに、更にたくさんの荷物を背負うことなんてできそうにない。そうなると、残るは二つだ。


 「そうだ。師匠、ノースタウンからロッサまでの道のりですが、途中に宿場町の類いは一切ありません。私達だけで向かうときは、そのことを考慮して準備をする必要があります」

 「そうか、それは盲点だったな」


 レサシガム共和国内だと主要街道には必ず宿場町というものがあった。大体半日から一日くらいの間隔で点在しているのだが、これのおかげで野宿せずに済む。更に、有料だが馬の面倒を見てくれたり馬車を修理してくれる店もあるので、道中に立ち往生することも少ない。


 しかし、アリーの話ではロッサまでそういった場所が一切ないらしい。つまり、何か問題が発生したらたちまち立ち往生してしまうわけだ。襲撃、事故、病気の危険が山のようにある場所で周囲の支援が得られないというのは、そのまま死に直結する。


 「そもそも一般の隊商や旅人が、どうやってロッサまで行っているのかを知らないんだよな、俺達」

 「もう一回、受付のおっちゃんに聞いたらどうですのん?」


 アリーの経験は特殊な部類なので、その話は役に立つ場合は立たない場合がある。この話の場合だと役に立たないので、俺は席を立って再度受付カウンターに向かった。


 「あれ? まだ聞き足りないことでもあるんですか?」

 「ええ。ここからロッサまで行く隊商や旅人って、どうやって旅をしているのか教えてください」


 職員によると、基本的に隊商も旅人も固まってロッサまで向かうらしい。間に宿場町が一切ないので、問題が発生したときに助け合うためだそうだ。隊商は複数の隊商とその護衛から成るので割と大きな集団になる。一方、旅人の場合はどこかの隊商に同行するのが基本らしい。そもそも人間の旅人で魔界に行くなんていう物好きはあまりいないし、逆も同様だ。つまり、数が揃わないので隊商にくっついていくしかないのである。


 「ただ、隊商にはピンからキリまでありますから、その見極めは注意してください。ただで同行させてくれる隊商なんてまずないですよ。現地での荷物下ろしなんかの手伝いと引き替えに乗せてくれるところが一般的です。それが嫌なら運賃を支払う必要がありますが、値段次第で待遇が変わります。あと、悪質な隊商なんかですと、山の中で法外な追加料金を取ることだってありますから」


 その忠告に引っかかるところがあった俺は、それをそのまま質問してみた。


 「他の隊商と集団で行動するんですよね? そんなことをしたら周囲に悪評が広まりませんか?」

 「隊商内部のことは、基本的にお互い不干渉なんです。旅人との運賃交渉ももちろん内部のことですから、他の隊商に訴えても誰も相手にしてくれませんよ。それに旅人がそんな悪評を流しても、隊商としては痛くもかゆくもありません。だって、本業の商売相手じゃないんですから。そちらで誠実な取り引きをしている限り、旅人とのいざこざなんてないも同然です」


 その話を聞いて俺の顔は微妙なものに変化した。なるほどね。旅人は部外者だから何をしてもいいってわけか。


 「ちなみに、そういった悪質な隊商がどこなのかは──」

 「もちろん有料でお話しいたしますよ?」


 受付カウンターの職員がにやりと笑う。だよなぁ。


 「ちなみに、悪評を金で防ごうとする奴との話し合いには応じているんですか?」

 「察しがいいですねぇ」


 ああそうですか。つまり、本業に差し支えのあるくらい酷いことをする隊商については、積まれた額次第では教えてもらえない可能性があるわけだ。微妙に使えねぇ。


 とりあえず、山越えの方法についてはこれでわかった。今度は高山病についての話を聞いた。


 この職員によると、ロッサまでの道のりで山酔いになる者はまずいないそうだ。最も高い山頂を目指すならばともかく、高くても標高二千アーテムくらいではそうそう起きないらしい。ただ、防寒対策などはしておくべきだと忠告される。


 必要な話を一応聞けた俺は、三人の待つテーブルに戻って聞いたことを全て話した。


 「う~ん、ユージ先生の話やと、単独行動は自殺行為っぽいなぁ」

 「でも、隊商選びは慎重にしないといけないのよね。いえ、慎重にしても、悪質な商人かどうかなんて見抜けるものじゃないわよね」

 「こうなると、レスター殿と別れたのは残念だな。いや、仕方がないのはわかっているが、どうにもな」


 うん、俺もレスター達のことを思い出した。あの商人なら全幅の信頼を置けたんだけどなぁ。


 「さすがにレスター達はもうここにはいないよなぁ」

 「あれから二ヵ月ですからね。さすがにずっとここに滞在していることはないでしょう」


 淡い期待をつい抱きたくなってしまうが、俺だってそれが都合の良すぎる話だって事くらいはわかっている。言ってみただけだ。


 「ということは、どこかの隊商と同行の交渉をせんといかんわけか」

 「不安よね。あ、それなら、今日一日隊商が集まっているところを見に行かない? どうせなら、どんな人たちが集まっているのか最初に見ておいた方がいいと思うの」


 クレアの提案は思いつきではあったが、それも悪くないと思う。その上で必要だと判断したら、冒険者ギルドに金を払ってある程度の情報を集めたらいい。


 「よし、なら早速駐車場へいこうか」

 「「「はい!」」」


 俺達はとりあえず、ロッサ行きの隊商が集まっているノースタウン北側の駐車場へと向かった。まともな隊商がいますように。

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