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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
5章 過去の影
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そういう話は勘弁していただきたい

 五月になるとインフルエンザもどきの病気もかなり沈静化してきた。街全体もようやく落ち着きつつある。ノースフォートを出た商人や冒険者はまだ戻ってきていないが、病気を恐れて去るという動きはなくなったと聞く。あとは戻ってくるのを待つしかない。


 アリーと住宅街の様子を見に行ってから一週間が経過すると、治療院へやってくる患者の数も通常に近くなってきた。インフルエンザもどきの患者も、本来の看護師だけで対応できるようにまで落ち着く。


 これは、クレアの開発した水付与回復ヒーリングウィズウォーターをある程度の神官や信徒が身につけたからでもある。魔力を効率よく使うことができるようになったので、以前よりも治療に余裕が出てきたのだ。この流行病が完全になくなると、今後は更に多くの人を治療できるようになるだろう。


 ということで、俺、スカリー、アリーの三人は治療院での仕事から解放された。俺なんかは三週間近く屋敷と治療院を往復する日々だったわけだが、それもやっと終わりだ。


 「はぁ、やっと終わったぁ」


 日没前にスカリー、クレア、アリーの三人と一緒に戻ってきた俺は、屋敷に戻るなり椅子にへたり込んだ。


 「いやぁ、しんどかったなぁ。一枚ずつ調査資料にある位置を地図に描き込んでたけど、単純作業ってつらいわ」

 「修行で剣を振り続けることはしていたが、あれとはまた違った疲労だな。私もしばらくはあの作業をしたくない」


 俺とクレアが治療していたのに対して、調査活動をしていたスカリーとアリーは延々と単純作業をしていたらしい。それは病気の発生源を処理した後もだったらしく、今日まで同じ作業を丸一日していたそうだ。最後に外へ出て調査したのは一週間前と聞いている。


 「わたしはもう少し奉仕活動をしないといけないから、その間はみんなゆっくり休んでいてね」


 そう、俺達三人はただの手伝いだったので流行病に目処の付いた時点で解放されたが、クレアはもうしばらく治療院で活動しないといけない。俺達はゆっくりできるけど、クレアだけはしばらく大変だ。


 「けどこれで、クレアもまた一緒に旅ができるんやな。大変な目に遭った甲斐があったってゆうもんや」

 「そうね。魔界にも大森林にも行ってみたかったし、嬉しいわ」


 笑顔で話をするクレアだった。


 しかしそうなると、クレアを実家へと送り届けるという俺の役目は一体何だったのか、という思いが心の奥底から湧いてくる。他にもここへやって来ないといけない理由はあったので、実際には全くの無駄ではないことはわかっている。でもね、一番重要な仕事をふいにされた気分なので、なんかもやもやとするんだ。


 そういう意味では、アリーも同じだろう。何しろ俺がフォレスティアへ行くのに同行すると既に宣言している。その許可を得るためにデモニアまで行くと考えたら無駄ではないのかもしれないけど、それってどうなんだろう。いや、女の子をひとりで旅させるわけにはいかないんだけどさ。


 「それで師匠、これからクレアが奉仕活動をしている間はどうされるのですか?」


 何となく納得いかないことをぼんやりと考えていたら、アリーからノースフォート滞在中の予定について質問された。


 「どうするのかと言われてもなぁ。特に何も考えていないんだけど……いや、ひとつあったな」


 そうだ。どう考えてもレサシガムへ戻る時期は遅くなるんだから、遅れることを知らせておいた方がいいよな。


 「なぁ、スカリー。レサシガムに戻るのが遅れることを、サラ先生に知らせておいた方がいいよな?」

 「確かにそうやなぁ。知らせんまま遅れると拗ねそうやもんな」


 怒るんじゃなくて拗ねるのか。いかにもあの人らしいけど、子供っぽいよなぁ。


 「だったら明日はその手紙を書こうか。あ、その後にフォレスティアへ行くことも一緒に」

 「それやったら、うちも今回の出来事をおかーちゃんとおとーちゃんに書こっか」


 本当についでといった感じでスカリーも俺の話に乗ってきた。まぁ、今回は大変な目に遭ったもんな。書くことならいくらでもある。


 「ふむ、ならば私は庭先でも借りて素振りでもしていようか。ここしばらく何もしていなかったからな」

 「かまわないわよ。そんなに広くないお庭だけど」


 アリーの独り言にクレアが言葉を返す。


 「手紙を書き終わったら、この屋敷でごろごろしていようかな。しばらくは顔を出して歩けそうにないし」

 「お母様は喜んでいらっしゃいましたよ。教会のいい宣伝にもなったって」


 そのせいで、使われた俺の方はお天道様の下を歩けなくなってしまった。あのときは後先考えずに治療することを引き受けたけど、街中であんなに呼び止められるようになるとはなぁ。顔を隠して治療するべきだったか。


 「けどこうなると、教会も黙ってへんのと違うかな。ユージ先生、信者にならへんかって誘われたことあらへんの?」

 「それが今のところ全くないんだよな」


 あれだけ超人的な働きを見せたんだから一回くらいは誘われるんじゃないのかなと身構えていたけど、なぜかそんなそぶりがない。一緒に働いていた神官や信徒は言いにくいから黙っていたのかもしれないけど、ディアナさんやジェフリーさんなら冗談でも誘ってきそうなのにな。


 「師匠、なんだか不気味ですね」

 「このまま何もなしで旅立てるんだったら、それが一番いいんだけどな」


 案外、俺がペイリン魔法学園で教師をしているから遠慮しているのかもしれない。人を引き抜くようなまねをして、わざわざ魔法学園との火種を作ることなんてないしな。


 そんなふうに夕ご飯前の雑談に興じていると、ジェフリーさんとディアナさんが一緒に帰ってきた。


 「ただいま! みんな揃っているわね」

 「お父様、お母様! お帰りなさい」

 「ただいま、クレア。その様子だと、夕食はまだのようだね」


 クレアとの挨拶を済ませたジェフリーさんとディアナさんが、その様子を眺めていた俺達へと声をかけてくる。


 「お帰りなさい、ジェフリーさん、ディアナさん。二人一緒に戻ってくるなんて珍しいですね」


 俺が見た限りでは初めてだ。地位が違うんだから合わないというのもあるだろうが、最近はインフルエンザもどきの対応があったから、特に一緒に帰るなんて無理だっただろう。


 「ようやく流行病の対策が落ち着いてね。帰りがけにディアナを誘ったら、彼女も帰るところだったんだ」

 「まるでディアナはんをナンパしてるみたいに聞こえますなぁ」

 「そうそう、結婚前に初めて誘われたときなんてね──」

 「いきなり昔話をするのは止めてくれないか?!」


 男にとっての黒歴史をなぜか当たり前のように話そうとするディアナさん。心の準備もできていないうちに話されるなんて怖すぎる。


 「そうそう、ユージさん。今回の活躍は教会も知るところなんですけど、バーナードからお誘いがかかるかもしれませんよ」


 無理矢理にでも話題転換を図りたかったジェフリーさんが、いきなり俺へ本題を持ち出してきた。予想はしていたけど、まさかこんな形で切り出されるとは思わなかったな。


 「お誘いって教会に転職しろってことですか?」

 「ああそうか、ユージさんはペイリン魔法学園で教師をしているんだったね」


 今になって思い出したらしいジェフリーさんが顔をしかめた。そう、実はこれ、引き抜きのお話になるから、事は俺だけの問題じゃないんだよな。


 「うちのおかーちゃんの様子やと、簡単に引き抜きを認めるとは思えへんけどな」

 「そうだよな」


 まさかノースフォート教会と真っ正面からやり合うとは思わないけど、裏で相当な駆け引きをしそうな気がする。


 「ふふふ、残念ね。わたし達もペイリン家と対立する気なんてないわよ。ね、ジェフリー?」

 「そうだな。さすがにそこまでは。わかった、バーナードにはそう伝えておこう」


 可能なら引き入れたいという程度だったのか、ジェフリーさんはあっさりと引き下がった。ああよかった。あっさりと終わって。


 「それで、今度はわたしからのお話があるの」

 「ディアナさんがですか?」


 にこにこと俺に近づいてくる。なんだろう、どうして逃げたくなるんだ。


 「えっとね、ユージさんってもう結婚しているの?」

 「いえ、まだですけど」

 「付き合っている人や好きな人は?」

 「いないですが」


 これって、あれだよな。まさか自分がそんな質問をされるとは思わなかったけど。クレアの顔もだんだん引きつってきている。


 「そう、よかった! それじゃ、クレアのことはどう思う?」


 やっぱり! このディアナさんの様子だと、さっきのジェフリーさんの話は前振りだったんだな。


 「非常に優秀な学生さんだと思いますよ」

 「そういうことが聞きたいんじゃなくてね?」

 「お母様、一体何の話をしているんですか?!」


 俺がだんだんと追い詰められているところに、首筋まで真っ赤にしたご本人からの手助けが入る。ああよかった、これでどうにか切り抜けられそう。


 「何って、クレアの結婚相手を探しているのよ? あなたもいい年頃なんだし、そろそろ落ち着かないと」

 「だ、だからって、こんないきなり先生に言うなんて!」

 「何を言っているの。ジェフリーなんて──」

 「だからいきなり昔話を持ち出すのは勘弁してくれないか?!」


 さすがに自分の過去の話を持ち出されるのは我慢ならないらしい。一体何をしたんだろう。気になる。


 一方、完全に置いてけぼりのスカリーとアリーは引いている。こんなにあからさまな誘いは、さすがにスカリーでものけぞってしまうらしい。


 「う、うちのおかーちゃんを見てるみたいや」

 「そうか、私もお婆様を思い出したぞ」


 どうやら自分の親に姿を重ね合わせている模様。うん、俺もそれは思った。


 「えっと、俺は結婚することは考えていないですよ?」

 「クレアのどこがダメなの?!」

 「いや、結婚そのものについて、まだする気はないって言いたいんです」


 うぉ、危ねぇ。どうやってもねじ込んで来ようとするぞ、この人。


 「それじゃぁ、婚約だけでも」

 「駄目です。それ結婚するのと同じじゃないですか。あんまり断り続けているとクレアに悪いんで、この話はここまでにしましょう」


 そのうち俺が押し切られてしまいそうな気がしたからでもある。もちろんそんな理由は内緒だ。


 「いや、すまないね。ディアナが暴走してしまって」

 「いえ、いいです」


 不満そうなディアナさんがクレアに止められている横で、ジェフリーさんが謝ってくれる。止めなかったジェフリーさんもこの話は承認していたんだろうけど、被害者に見えるのはどうしてなんだろうな。謝るその姿に疲れた雰囲気を漂わせているからだろうか。


 「立ち話はこのくらいにして、久しぶりにみんなで揃って食事をしようか。今のやり取りで更にお腹が減ってしまったよ」


 うん、その意見には賛成だ。俺もいい加減疲れてきた。


 ジェフリーさんはそう宣言すると、クレアと一緒にディアナさんを宥めながら食堂へと向かう。俺は微妙な表情をしたままのスカリーとアリーを伴ってその後に続いた。




 一週間後、インフルエンザもどきの流行病はほぼ沈静化した。再発する様子もないので、もう極度に恐れる必要はないだろう。


 これにより、クレアは治療院での奉仕活動から解放された。普通なら三年ぶりに帰ってきて一ヵ月の奉仕をしてまた旅立つというのは問題になる。しかし、本人の功績と俺のお供をするということで認められたらしい。


 クレアが奉仕活動をしている間の俺、スカリー、アリーは思い思いに過ごしていた。俺はサラ先生へ手紙を書いた後、アリーの修行に混ぜてもらった。しばらくろくに体を動かしていなかったので、以前の勘を取り戻すためだ。ひとりで修行するよりもずっと楽しいとアリーは喜んでくれた。一方、スカリーは教会の図書館へ通って本を読んでいたらしい。たまに俺達の修行に参加することで、なまった体をほぐしてこれからの旅に備えてはいたが。


 俺達は更に三日ほど屋敷に滞在した。これはクレアの休養のためだ。さすがに疲れたまま連れて行くわけにはいかない。


 そうして五月半ば、ついに俺達はノースフォートを旅立つことにした。気づけば一ヵ月以上もここに滞在していたことになる。当初は数日だけのつもりだったから、随分と延びたものだ。


 「クレア、気をつけてね」

 「今度の行き先は魔界だ。人間の世界とは違うのだから、油断しないように」

 「はい、お母様、お父様」


 俺達の前で、ホーリーランド一家が別れの挨拶を交わしている。あちらからしたら、わずか一ヵ月で再び娘が旅立つんだから、寂しさもひとしおだろうな。


 今回は、来た道を戻ってノースタウンへと向かい、更にロッサへと北上する予定だ。そこから先はアリーの案内でデモニアまで向かうことになっている。


 それと、ノースタウンまではホーリーランド家の馬車を借りることになった。さすがに娘を自宅から荷馬車で送り出すのは憚られるらしい。これは好意というよりも体裁のためだ。俺としては楽ができるならどちらでもいいや。


 「それでは、クレアのことはお任せしますね、ユージさん」

 「旅の間の面倒はしっかり見ますよ」


 俺の返答に不満そうなディアナさんが口を尖らせた。油断も隙もない。隣でジェフリーさんが苦笑している。笑ってないで止めてください。


 「名残惜しいですが、それでは行ってきますね」


 クレアを先頭に俺達は馬車に乗り込む。全員が乗ると扉が従者の手で閉じられた。


 今日も良い天気だ。もうすっかり春なので早朝でもそれほど寒くない。


 御者台に乗った従者が隣に座っている御者に声をかけると、馬に鞭が入る音がした。そして、ゆっくりと馬車が動き出す。


 俺達の乗った馬車は、朝日を背にして一路ノースタウンへと進み始めた。

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