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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
5章 過去の影
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増え続ける患者と原因の調査

 傷病者を治療するという大変さを思い知った翌日、俺達は再びノースフォート教会の治療院に赴いた。今日はインフルエンザっぽい患者を片っ端から治していく作業に没頭しなければならない。


 クレアを先頭に治療院へと入ると最初にディアナさんと会う。そこでスカリーを街の調査へ加えてもらうようクレアが相談した。


 「うーん、そうねぇ。それで根本的な原因を取り除けるならいいんだけど」


 調査員の一角に加えたところで、土地勘すらないスカリーがどれだけ役に立つのか考えているんだろうな。


 「今一番の問題は風邪をこじらせたような症状の患者を減らすことです。治療に関して言えば、光属性の魔法を使えないスカリーはその対応ができないので、治療院から離れても大きな問題にはならないと思います」


 だからといって調査員として役に立つかはわからない。ただ、スカリーが治療から抜けても大勢に影響がないことを補足する。


 「でもスカーレット、あなたは調査員として何をする気なの?」

 「最初に患者の自宅と仕事場の位置を調べるんです。病気の発生源に長く晒されるほど病気になりやすいですやんか。そやから、一日で一番長くいる場所が集中してたら、その周辺に病気の発生源があると思うんですわ」

 「そういえば、運び込まれてくる患者は、いずれも街の住人で外来者はいないわね。なるほど、いいところに目を付けたわね。自宅はともかく、仕事場までは気が回らなかったわ」


 ディアナさんは手を合わせて喜ぶ。どうも自宅にしか目が向かなかったらしい。


 「わかったわ。そういうことなら、スカリーも調査に加わってもらいましょう」


 一度決断するとその後の動きは速い。ディアナさんはそばに控えていた部下のひとりに、スカリーを調査に加えるように命じる。


 「みんな、絶対病気の発生源を見つけたるさかいな!」


 俺達にそう声をかけたスカリーは、案内人の後をついて去って行った。


 それに続いて、アリーが負傷した患者の治療を補佐するためにこの場を離れた。ディアナさんの元に残っているのは俺とクレアだけだ。


 「お母様、いえ、司祭様、今日のユージ先生ですけど、風邪をひいた患者の治療に専念させてもらえませんか」

 「あら、水付与回復ヒーリングウィズウォーターを使った治療ではないの?」


 昨晩、ディアナさんは治療院での対応が忙しくて屋敷に戻って来ていない。そのため、昨日俺達が話し合ったことをまだ説明していなかった。だからこそ、クレアの提案に首をかしげる。


 「魔力に関しては充分ありますから、丸一日治療し続けることもできますよ」


 ただし、逆に俺の体力と精神力が保つか怪しいけどな。


 「そんなことできるの……ああ、そうでしたわね。ユージさんならできるのでしょう」


 どんなに大量の魔力を持っているという術者であっても、光の魔法を使って百人も治療できる人物などいない。だからこそ医術や薬を併用することで、多数の患者を少数の看護師がどうにか面倒を見ることができている。そんな常識を知っているディアナさんは一旦無理と頭を横に振った。けれど、俺の正体を思い出して納得してくれたようで、思い切り苦笑いする。


 「わかりました。そういうことでしたらお願いします。あなた、この方を風邪の患者のところまで案内してください」


 ディアナさんが控えていた部下にそう命じると、その人が俺に一礼してついて来るように促してきた。


 「じゃ、行ってくる」

 「はい、ユージ先生。頑張ってください」


 俺はクレアに一言声をかけると、案内してくれる人について行った。




 一言で言うとその辺り一帯は屍累々といった様子だった。担当者の話を聞くと、処方した薬はほとんど効かず、光属性の魔法を使える者も少ないので、患者はいつまで経っても減らない。それどころか、次々と患者がやって来るので増える一方だという。更に悪いことに看護師の数は増えない。必死になって働いている神官や信徒はここ数日の激務ですっかり疲弊していた。


 「これはまずい」


 思わずそうつぶやいてしまうほど、案内された医療現場の状況は危うく見えた。これは崩壊するのも時間の問題だ。


 「今から回復ヒーリングで患者を治療するから、俺の所に片っ端から連れてきて」


 近くにある椅子に座ると、俺は案内してくれたディアナさんの部下にお願いした。最初はひとりずつ患者を回ろうと思ったけど、この数だとどう見ても長期戦になる。俺の体力が先に尽きないように始めから考えておく必要があった。


 最初の患者がやって来た。憔悴しきった表情で激しい咳をしている。顔が赤いから熱もあるんだろう。信徒のひとりに支えられて俺の目の前で床に座り込む。


 「我が下に集いし魔力マナよ、神の奇跡を我らにもたらせ、回復ヒーリング


 俺が遠慮なしに多めの魔力を使って回復ヒーリングを使ったおかげで、患者の症状は一気に全回復した。なるほど、これは多すぎたのか。


 「な、治った?」


 ついさっきまで苦しんでいた症状が突然なくなったことで元患者は驚いている。また、連れてきた信徒もその劇的な効果に驚いていた。後で聞いたら、こんなにでたらめな量を毎回つぎ込んでいたらすぐに魔力切れを起こしてしまうので、普通は出し惜しみをするらしい。


 「完治させた人から退院させてください。患者は今も増えてますから、治った人を相手にしている暇はないですよ」


 俺は魔力について気にしなくていいので、後は時間との勝負だ。一刻も早く患者の数を減らさないといけない。


 こうして俺の治療が始まったわけだが、その後延々と回復ヒーリングをかけ続けることになった。いや、予想していたとはいえ、本当にいつまで経っても終わらないんだよな。ざっくり計算して一時間当たり百人くらい治療していたはずなのに、ある程度減ったかなっていうくらいの変化しかない。


 ただ、この作業によって俺の評価は劇的に高くなった。魔力の出し惜しみをしてもひとりの術者で五十人も治療できないのに、八百人をきっちり完治させたんだから当然だろう。治療開始一時間でみんなの態度が変わったね。


 座りっぱなしで痛くなったお尻をほぐしながらディアナさんの所へ行くと、クレア、スカリー、アリーも揃っていた。


 「座りっぱなしってつらいな。なんかまだ違和感がある」

 「ご苦労様。報告は聞いているわよ。本当に丸一日治療し続けていたのね。今日だけで八百人も治したそうじゃないのよ!」


 職場なのに家にいるときと変わらない様子になってしまっているディアナさんが、俺の活躍に大喜びする。しかし、俺は浮かない顔をしたままだ。


 「それだけ治療したのに、治療院内の風邪ひき患者の数はそんなに減っていない。昨日よりもやって来た患者の数が増えてきているって聞いているから、このままだと二日後には昼間だけの治療じゃ間に合わなくなってしまう。感染経路を何とかしないと」

 「ユージ先生、それなんやけどな、いくつか怪しいところがわかってきたわ。まだもう少し特定に時間はかかるけど」


 養豚場なんかがあって、それが原因だったらわかりやすくていいんだけどなぁ。


 「わたしの方は、みんなが水付与回復ヒーリングウィズウォーターの扱いに慣れてきたわ。こっちの患者はいつもよりも減ってきているから、そちらへ応援を回せるかもしれない」

 「負傷した患者の方は相変わらずだそうです。私も作業には慣れてきましたけど、頭数以上の働きができていなくて歯がゆいです」


 クレアとアリーの話によると、通常の患者の数は少し減った感じなんだ。水付与回復ヒーリングウィズウォーターはクレアの目論見通り効果があったというわけだな。


 「今日はみんなのおかげで、急増した患者の数を減らすことができました。本当にありがとう。今日はゆっくり休んで、また明日もお願いね」


 そう言って、ディアナさんは俺達を屋敷へと戻してくれた。




 治療院で働き始めて三日目、俺は再びインフルエンザもどきに罹っている患者の治療を始めた。夜中の間にも患者が駆け込んできていたようで、昨日よりもその数はずっと増えている。脳裏に浮かんだ元の木阿弥という言葉で肩が重くなった。でも、このままじっとしているわけにはいかない。


 今回も俺の前に患者に並んでもらって治療をしようとしたが、その前に重篤で動けない患者から治療することにした。昨日は数を捌くことを優先した結果、危うくこの人達が死にかけたからだ。こんなに患者が増え続けるなんて思わなかったから、いつまだ経っても手が回らなかったんだよな。


 「それにしても、重篤な患者だけでも昨日より増えていないか?」

 「それが、今朝になって大量に運び込まれてきまして、私達も驚いているんです。これが流行病だとすると、本格的に広まってきているのかもしれません」


 休憩がてら、患者から自宅や仕事場の位置を聞き取っている助手と話をしていた。この情報はスカリー達へ定期的に送られている。


 昨日、この場を離れる前に重篤な患者は全員治療したはずなのに、今朝来てみると同数以上の患者が横たわっていたのだ。このインフルエンザもどきが本格的に流行し始めているとしたら、今後運び込まれてくる患者の数は今までの比にならない。


 こうなってくると住民に外出禁止令を出して、これ以上の感染をできるだけ防がないといけない。問題があるとすれば、この命令をノースフォート上層部が出してくれるのか、禁止令が出たとして住民がちゃんと守ってくれるのかということか。


 今日は日没後になってようやく一区切りをつけることができた。今回はたまに重篤患者を治療するために歩き回っていたのでお尻は痛くない。他の三人は先に屋敷へと帰ったらしい。


 「あら、ユージさん、ご苦労様です」

 「ディアナさん、こっちの風邪ひき患者ですが、やっぱり昨日よりも運び込まれてくる患者の数が増えています。この数ですともう流行していると判断していいんじゃないですか? 難しいのはわかりますが、外出禁止令を出さないと今に街中が感染者だらけになりますよ」


 受け入れられるかどうかはともかく、まずは提案だけでもしておく。この様子だと予防措置は完全に失敗しているだろうけど、せめてこれ以上の拡大は防がないといけない。


 「わかっています。既にヘイズ卿が動いてくださっていますから、安心してください。それと、聞いている範囲では患者は住民ばかりなんですよね?」

 「そういえばそうですね。冒険者や商人はまだ見かけてないな」


 治療に集中していてそこまで気が回らなかったけど、この町の住人ばかりだった気がする。ということは、発生源は住宅街か。


 「調査班の方では、住宅街の中のいくつかが病気の発生源だということを突き止めることができたそうですよ。明日から三日ほど住宅街限定で外出禁止令を出して、調査と対策をすることになっています」


 スカリーがどれだけ活躍しているのかはわからないが、原因に目星を付けて行動できるようになったのはいいことだ。できればこれが正解であってほしい。


 「ということは、上手くいけば解決するってことですか」

 「原因を特定できればですね。断言できるのはその後です」


 あーもーなんかもどかしいなぁ。こう、すぱっと解決しないものか。


 俺はもやもやしたものをうちに抱えつつ、疲れた体を動かして屋敷へと戻った。すると、既に三人は夕ご飯を食べ終わっていて、食後の団らんへと移っている。


 「ただいま~」

 「お帰りなさい、ユージ先生」

 「お、やっと帰ってきたんか、先生」

 「師匠、お疲れ様です」


 クレアを先頭にスカリーとアリーも挨拶を返してくれる。ああ、職場から解放された感じがするなぁ。


 「患者の数が全然減らない。治しても治しても次々にやって来るのはきついな」

 「ユージ先生、それなんやけどな、発生源をいくつかに絞り込むことができてん! 明日から本格的に調査と対処をすることになってるんや!」


 スカリーが嬉しそうに話をしてくる。聞けば情報が多くて用意した地図に位置を書き込むのに苦労したそうだが、おかげで場所を三ヵ所に特定できたらしい。


 「師匠、その街へ出て行う調査に私も参加することになりました。スカリーと一緒です」

 「異変を探り当てるには、街に慣れた人と不慣れな人を混ぜて探すんが一番やしな」


 アリーは魔族だけどな。それはともかく、普段との違いをあぶり出すためにノースフォートの調査員を、全く新しい視点で調べるためにスカリーとアリーを用いると言いたいらしい。まぁ、考え方としては理解できる。


 「そうなると、明日は俺とクレアは治療院で患者を治療して、スカリーとアリーは住宅街で調査ということになるのか」

 「そうみたいですね。これで病気の原因が突き止められたらいいんですけど」


 俺もクレアと同じ意見だ。放っておいたら俺が徹夜で治療しても間に合わなくなってしまう。


 「スカリー、アリー、明日は是非原因を突き止めてくれ。そして、できれば対策も取っておいてほしい」

 「任しとき! 明日を境にもう患者が出んようにしたるわ!」

 「はい。私としても早急に原因を見つけて対応します」


 二人は俺に対して自信を持って言葉を返してきた。幸い場所は特定できているみたいだし、本当に解決できる可能性はある。


 俺はそれを期待しつつ、遅めの夕ご飯を食べることにした。

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