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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
5章 過去の影
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偉い人の興味本位

 シャロンがノースフォートを離れるのは、俺がフォレスティアに行くと宣言したときより三日後ということになった。そして、クレアが治療院で奉仕活動をするのはその後ということも決まる。


 残り二日については俺も含めて五人で遊んだ。そして今回は俺主導でノースフォートを巡ってゆく。前世でライナス達とどういう所を回ったのか案内をしたのだ。こういうことは本にも書いてないことなので、何も知らない四人には大好評だった。


 そうしてついに、シャロンがノースフォートを出発するときがやってきた。当日の朝、ホーリーランド夫妻と俺達五人は揃って朝ご飯を食べる。そしてしばし歓談をした後、屋敷の前に待たせてある馬車まで移動した。


 「さて、これでいよいよ本当にお別れか」


 馬車の前で全員が立ち止まると、俺がぽつりと漏らす。


 今朝のシャロンは、今まで来ていた冒険者用の旅装ではない。貴族用の簡素な服だ。もちろん、貴族の水準で簡素なだけである。光沢のある布地は触るとなめらかで、白いワンピースには細かな刺繍が施してある。平民には一生関係なさそうな衣服だな。


 「初めて会ったときは、うちより押しが強いから随分と困ったもんや。けど、今はすっかりいて当たり前になっとるさかい、こうやって別れるってゆうんが信じられんなぁ」

 「スカーレット様にそう言っていただけて、わたくし、本当に嬉しいですわ」


 苦笑いをしながら心境を吐露したスカリーにシャロンは目を潤ませる。憧れの人にそんなことを言ってもらえたんだ。さぞ嬉しいだろう。


 「シャロン、実家に帰って落ち着いたら手紙をちょうだい。わたしも書くわ」

 「ええ、必ず。でも、クレアはしばらくユージ教諭達と旅をするんですわよね。でしたら、急ぐ必要はないかしら」


 この世界にも一応郵便制度というものはある。ハーティアとノースフォートの間なら王国公路が健在なんだし、手紙のやり取りは比較的簡単かつ確実だろう。この二人の家の実力ならば、部下に直接届けさせるという手段も使えるから尚更だ。


 「ハーティア王国の王都へはまだ行ったことがないな。機会があったら寄らせてもらうとしよう」

 「ふふふ、アリーのような魔族はハーティアでも珍しいですから、きっと皆が驚くでしょう。好意的な反応ばかりではないと思いますが、わたくしを訪ねてくだされば歓迎いたしますわ」


 今回の留学で初めて人間の世界にやって来たアリーは、まだレサシガム共和国しか知らない。もしハーティアを訪れたときにシャロンを頼れたら、大きな力になるだろう。


 「図書館で初めて話しかけられたときは冷たい印象があったのに、仲間になってからは明るい女の子だとわかって驚いたな」

 「ふふ、それはお許しくださいませ。初めて話しかける殿方でしたから、わたくしも緊張していましたのよ」

 「そうか。これからの親との話し合いで、思うように生きられるようになるといいよな」

 「ありがとうございます。ユージ教諭もハーティアへ立ち寄られたときは、是非わたくしを訪ねてくださいな」


 あくまでもシャロンは悠然と受け答えする。もっと感極まって泣くかなと思ったけど、そんなことはないらしい。カイルと同じように笑顔の別れにするようだ。


 「それでは、名残惜しいですがこれにて失礼いたします。ジェフリー様、ディアナ様、今回は本当にありがとうございました」

 「構わないよ。機会があれば、また訪ねてきてくれ。歓待するよ」

 「そうね。王都の話もたくさん聞きたいわ!」


 最後にホーリーランド夫妻に一礼をすると、シャロンは従者が開けた扉から馬車へと乗り込む。そして設えられた腰掛け台にシャロンが座ると、扉が閉められた。


 「皆さん、それではご機嫌よう。また会う日まで」


 窓越しにシャロンが笑顔を見せながら手を振ってくる。俺達五人もそれに合わせて手を振り替えした。


 御者台に従者が乗り込むと御者が馬に鞭を入れる。そして、ゆっくりと馬車はハーティアへと向かって進み始めた。


 俺達はその馬車の姿が見えなくなるまで、ずっと道の脇でシャロンを見送った。




 シャロンとの別れの余韻が冷めやらぬ俺達は一旦屋敷へと戻る。そしてこの後、俺、スカリー、クレア、アリーの四人は、ホーリーランド夫妻と一緒にノースフォート教会へと赴くことになっている。


 三日前に話をしていたときは、クレアが教会に戻るだけでよかった。しかし、ペイリン家に守護霊認定された俺、そのペイリン家代表のスカリー、そして前世を知っているオフィーリア先生の代理としてのアリーと、ノースフォート教会の総責任者が面会をしたいという話が持ち上がったんだ。


 教会とホーリーランド家は相当近い、というより一体化しているように見えるから、ジェフリーさんから話があったんだと思う。そして、勇者と聖女の権威を利用している教団としては、その勇者の守護霊の転生者というのは見過ごせないということなんだろう。


 「さて、用意ができているなら、早速教会へと行こうか。バーナードが待っている」


 事前にジェフリーさんから教えてもらった話によると、これから俺達が会うのはバーナード・ヘイズというノースフォート教会の総責任者らしい。ジェフリーさんとは旧知の間柄で元気な人だという。え、元気な人?


 「ふふふ、ずっと昔に求婚されたんですけど、わたしはジェフリーを選んじゃいましたの」


 などと横合いからディアナさんにいらん知識も一緒にもらってしまった。それを俺が知ってどうしろというんですか、奥さん?


 ともかく、これからみんなと一緒にノースフォート教会の一番偉い人と会わなければならない。おかしいな、こんな予定はなかったはずなんだけど。


 しばらく間を置いてから俺達はホーリーランド夫妻を先頭に教会へと向かった。


 教会の作りは二百年前と何も変わっていない。いや、俺の記憶が結構曖昧だから、細かいところを覚えていないというのもあるけど。ただ、その場所を知っているというだけで、初めての場合よりも落ち着いていられるというのは精神的に楽だ。


 俺達を見かけると周囲の人たちが一礼してくる。正確にはホーリーランド夫妻とクレアにだ。しかし、俺、スカリー、アリーには一様に怪訝な表情を向けてくる。さすがに客人ということがわかるようで何も言ってこないが、向けられる視線でよくわかった。


 そうしてやがてとある執務室に到着する。いよいよ面会かと思っているとノックもせずにジェフリーさんは中に入った。


 「これからバーナードに連絡をするよ。それまではここで待っていよう」


 なるほど、まずは取り次いでもらわないといけないのか。さすがにいきなり突撃というわけにはいかないようだ。


 ジェフリーさんが秘書らしき人に使いを頼む傍らで、俺達四人はディアナさんと応接の空間で座って待つ。


 「えっと、ディアナさん。この面会ってただ単に俺と会って話がしたいってだけなんですか?」

 「多分そうだと思うわ。そもそも勇者に守護霊がいたなんて一般には流布していないんだし、取り込んでも宣伝にはあんまりならないと思うのよね」


 今まで考えていたことをディアナさんにぶつけてみる。すると、ディアナさんからは肯定の返事が返ってきた。


 「ディアナはん、そもそも、うちらの場合やとご先祖様の話は一族のごく一部にしか伝えられとらんかったけど、ホーリーランド家は教会にも知らせとるんですか?」

 「上層部のごく一部にはね。何でも、聖女ローラの親代わりになっていた方が、最初のお相手だったそうね」


 ディアナさんの言葉に、俺は心当たりのあるひとりの尼僧の顔を思い浮かべる。確かにあの人は信用できたもんなぁ。


 「では、今回は単に会うことが目的でいいのですね、ディアナ殿?」

 「そうね。自分の目で一度確認しておきたいっていうのは、たぶんあると思うのよね」


 アリーの確認の質問に対して、ディアナさんは小首をかしげつつも答えてくれる。俺としては面倒なことになりそうなら全力で逃げるだけだな。


 「お父様、おじ様がユージ先生との面会を求めている理由はわかりますか?」

 「恐らく個人的な理由からだろうね。元々昔話にはあまり興味を示さない男だから。ただ今回は、クレアが旅に出る許可をもらわないといけないから、会って終わりというわけにはいかないけどね」


 なるほど、クレアの話にかこつけて俺と会おうとしているのか。それだけなら別にいいんだけどな。


 「俺の場合、会ったらそれでおしまいって考えていいんですよね」

 「そうだね。バーナードに関してならそう断言できる。あいつは絶対興味本位で呼んでいるだろうから」


 力なく笑うジェフリーさんの気苦労が察せられる。立場上知らせないといけないけど、知らせたせいで苦労しているっぽいな。そうか、何か親近感が湧くと思っていたら、俺とサラ先生の関係に近いのか。ああ、それは大変だ。


 そんな話をしていると、ちょうど使いっ走りをさせられていた秘書が戻ってきた。ジェフリーさんに耳打ちをしている。


 「今からバーナードが会うそうだよ。行こう」


 軽くため息をついた後、ジェフリーさんは気を取り直して俺達にそう伝えてきた。いよいよか。どんな人なんだろう。




 ジェフリーさんの案内で執務室に入ると、そこには顔の厳つい中年男性が執務机の奥で座っていた。この教会の総責任者というには若いような気もするが、威厳は充分あるように見える。


 「よく来たね! 私はバーナード・ヘイズ、このノースフォート教会の総責任者だよ!」


 いきなり明るい口調で迎えられて俺は面食らった。この教会で一番偉い人と聞いていたからもっと厳めしい態度だと勝手に思い込んでいたけど、こっちの予想と全然違う。


 「バーナード、こちらが勇者ライナスの守護霊だったユージさんだよ」

 「あなたが! ほほう。しかし、黒髪に黒い瞳という以外は、至って普通に見えるけど」


 執務用の椅子から立ち上がってこちらへと寄ってきたヘイズさんは、俺の周囲をぐるりと回って観察をする。実に落ち着きがないな、この人。


 「転生してからは普通の人間ですよ」

 「おお、話が通じるのか! 初めまして!」


 満面の笑みで差し出される右手を俺は思わず握った。するとヘイズさんはぶんぶんと手を振る。まるで子供みたいな人だな。


 俺はジェフリーさんに視線だけを向けた。すると、軽く首を横に振っている。諦めてくれってことか。


 ヘイズさんは続いて、クレア、スカリー、そしてアリーの順番に挨拶を交わしてゆく。三年ぶりに再会したというクレアとは抱擁を交わし、その親友であるスカリーとは満面の笑みで握手を交わし、そして初めて見る魔族のアリーは俺と同じように一周回ってよく見てから挨拶をした。


 「ジェフリーから話は聞いていたけど、今日はみんなと会えて本当によかったよ!」


 言葉だけを聞くともうお開きのように思えるが、もちろん来たばかりですぐに帰るわけにはいかない。


 「バーナード、そろそろ話を進めようよ」

 「うん? ああそうだね。私個人としては、もう目的を果たせたからいいんだけど」


 ジェフリーさんの言う通りだった! このまま帰っても怒られずに済みそう。


 「クレアのことについてだったよね」

 「うん、そうだったね。クレアが治療院で奉仕活動しつつ、新しく作った魔法をみんなに教えるっていうのはいいと思うんだ。元々クレアが望んでいたことでもあるしね。でも実は、ちょっとこれから病人が増えるから人手が足りなくなるんだ。そこで、ユージ達にも手伝ってほしいんだけど、どうかな?」


 これから病人が増える? どういうことなんだろう。ジェフリーさんへと視線を向けるとこっちも頷いていた。どうも知っているらしい。


 「どこかで疫病でも流行ったんですか?」

 「どうも最近みんな一斉に風邪をひいたらしくてね。ここ数日患者の数が急速に増えつつあるんだ」


 うーん、最近涼しかったけど、それが原因かな? ともかく、そういった理由なら協力しないわけにはいかない。


 「わかりました。それなら俺達も治療に参加します」

 「助かるよ! これが終わったら、クレアは好きにしていいからね!」


 あんまりにも軽いノリで言われたものだからクレアは驚いている。家の手伝いが終わったら遊んでもいいっていう感じだもんな。


 「しかし、風邪か。この時期に珍しいよな」

 「せやな。しかも集団でやろ? そんな簡単にみんな罹るもんなんかな?」

 「昨日まで街の中をあちこち歩いていたが、そのような症状の人間は見かけなかったぞ。そうなると、発生源は私達が行かなかった場所かもしれないな」

 「発生源は住宅街かもしれないわね。私達はそっちへは一度も足を運んでいないから」


 三人が俺に続いて首をかしげる。確かに、今日ここでヘイズさんに話を聞くまでそんな兆候すら見かけなかった。そうなると、まだ風邪は広がり始めたばかりということになる。


 「ともかく、治療中は俺達が風邪をうつされないように気をつけないといけないな」

 「清潔な衣類と消毒液ならこちらで用意するわよ!」


 いつも通りの調子でディアナさんが俺の懸念に答えてくれる。さすが、レサシガムの治療院と違って設備が整っているな。あっちにも分けてあげたいくらいだ。


 「それでは、早速治療院へ向かいます。おじ様」

 「うん、クレアも他のみんなも気をつけてね!」


 目に見えない相手と対峙するのは何とも不安になるが、風邪ならば例え移されても休めばどうにかなる。


 俺達はディアナさんを先頭に治療院へと向かった。

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