色々と思うところがありまして
クレアを送り届けるという名目でホーリーランド家に赴いた俺だったが、思った以上にあっさりと前世が守護霊だと認めてもらえた。既にペイリン家で認められているので、仲のいいホーリーランド家としても認めやすかったんだろう。俺としては楽だったので何も言うことはない。
その後だが、スカリー、シャロン、アリーの三人はしばらくホーリーランド家の屋敷に滞在することになった。今後四人全員で会える可能性はほぼないので、四人一緒に最後の思い出作りをするためだ。今回の旅で急ぎの用事はないのから、気が済むまで遊べばいいと思う。
その間、俺はジェフリーさんに頼んで『冒険の書』と『探求の書』を読ませてもらった。ライナスとローラが記した本だ。ライナスは、物心ついてから真銀製長剣をフォレスティアに預けて戻ってきたときまでのことを書き残していて、ローラは、魔王討伐隊に参加してから晩年までについて書いている。
最初にライナスの書いた『冒険の書』から読んだんだけど、恐らく記憶に残っている限り全てを記そうとしているみたいだった。読み書きは一応できるけど、俺が一緒にいた間にはまとまって何かを書いたことがなかったから、文章は上手じゃない。だからだろう、『冒険の書』はエピソードごとに日記風で書かれていた。
これがまた読んでみると懐かしいものばかりだ。小さい頃、村の子供達と一緒に冒険者ごっこをしたり、剣の師匠の元でバリーと一緒に修行したり、幼いローラと別れたり、記述されているのを見る度にそれらを鮮明に思い出す。
もちろん村から出た後のこともたくさん書いてある。初めて王都ハーティアを見てその大きさに圧倒されたこと、怪しい老婆に魔王討伐隊を結成させられたこと、そしてその後大陸中を駆け巡ったことなどもだ。
このノースフォート関連で言えば、離れていたローラと再会したのがここの教会だったよな。ちょうど大規模な魔物討伐のために教会から騎士団を派兵することになって、それに一緒に参加することになったんだ。もちろん俺も一緒に活躍したわけだけど、見つかるわけにはいかないから手柄を全部ライナスに押しつけたんだっけ。
その『冒険の書』の後半は、俺が剣の中で眠りについてからのことが色々と書いてあった。王国中はもちろんのこと、魔王死亡後で混乱する魔界の中にも足を運んだらしい。俺を復活させる手がかりがないか探すためだ。更に大森林へも入り込んだことがあると書いてある。でも、結果はメリッサの記録の通りだった。
最後にライナスは、俺が眠る剣をフォレスティアのレティシアさんに預けることにしたと書いている。理由は、人間の世界だとこの剣がいつどんなふうに扱われてしまうのかわからないので、長命種族のエルフに預かってもらうことにしたそうだ。
そして最後に、ローラの待つノースフォートへ戻ったところで、この『冒険の書』は終わっている。必死になって俺を復活させようとしている四人の姿が思い浮かぶようで俺は嬉しかったが、同時に知らない間に目覚めた上に転生までしていて申し訳ないとも思う。サラ先生にも愚痴を言われたもんなぁ。
次は『探求の書』だ。こっちはえらく達筆な字で書かれている。さすがにきちんと上級教育機関で学んだエリート様だ。そう言うと本人はすごく嫌がっていたけど。
ローラはノースフォート教会から魔王討伐隊に参加したので、ライナスの『冒険の書』を読んでからだと途中から記述されているみたいに見える。どうして生まれ育った村のことから書かなかったのかはわからない。
ともかく、ライナスが私的なことも含めて一個人の立場から色々と書き残しているのに比べて、ローラは私的な部分が少ない代わりに自分達の立場や周囲の思惑について書き残している。
何しろローラは、この魔王討伐隊として駆け回っていたときから光の教団に聖女扱いされていたから、自分達に対する周囲の接し方について敏感だった。特に光の教団についての記述が多く、本人の口からもよく聞いていた不満が記されていたりもする。余程鬱積していたんだろうな。
そこまで考えて、ローラが魔王討伐隊への参加以前のことを書かなかった理由が何となくわかってきた。たぶん、王都に行ってからのことを書きたくなかったんだろうな。俺が聞いている話だと、出自のせいであんまりいい思い出はなかったようだし。書くと不満ばかりになってしまうからかもしれない。
それはともかく、魔王討伐隊時代と俺の復活する方法を探している時代の記述に関しては、ライナスとは別の視点から記述されているという感じだった。その後は、ライナスとの子供を出産して、子育てや宗教活動についての記述が中心となる。たまにメリッサと会って魔法学園の運営を手伝っていたみたいだけど。
こうやって見ると、みんな一生懸命俺のために八方手を尽くしてくれていたことがよくわかる。十代後半は魔王討伐のため走り回っていたけど、二十代は俺のために費やしてくれていたみたいだもんな。ほんと、いい仲間を持ったと思う。
ただ、思い出したことはいいことばかりじゃない。悲しいことや嫌なことも思い出した。
悲しいことといえば、旧イーストフォートの領主の話だ。領主とその一族は何も悪いことをしていないのに、騙されて自分の街を滅ぼしてしまった。最後はローラが領主を浄化したけど、何ともやりきれなかったよな。
一方、嫌なことといえば、やっぱりあのばーさんのことだ。この世界に転移して以来魔王を討つ寸前までの付き合いだったが、当初から一貫して怪しかったもんなぁ。こっちから相談をしたらきっちり乗ってくれるから支援者としては申し分ないんだけど、俺達を逃げられないようにしてからいいように操ってくるんだから良い印象なんてない。
しかし、働いた分だけの見返りはしっかりと与えるという主義らしく、魔王討伐後のライナス達に何かと支援をしていたようだ。途中で眠ってしまった俺はその見返りをもらい損ねてしまったが。
そういえば、現代でばーさんに立場も性格も一番似ているのって、サラ先生になるよなぁ。そんなこと本人に言おうものなら、にっこり笑いながら酷いことをされてしまうので絶対に言わないけどな。うーん、あの学校からは離れた方がいいのかもしれない。
二つの書物を読み比べていると、そうやって良いことも悪いことも色々と思い出してくる。それだけあの二十年くらいにたくさんの経験をしたということだ。
最後に、ライナス、ローラ、メリッサの三人の記録を読んで、もうひとつだけ気にかかる内容があった。
それは魔王を倒した直後についてだ。なんと魔王配下の四天王同士で争いがあったらしく、フールという奴がもう一方の体を乗っ取ったらしい。無茶苦茶なことをするもんだと思う。後に魔族同士のいざこざで殺されてしまったそうだが、本当に死んだのかは怪しい。何しろ同僚の体を乗っ取ってしまう奴だ。また別の奴の体を乗っ取って生き延びているのかもしれない。
これだけ見たら魔族内でまだ何かあるかもしれないんだな、という感想だけで終わりだ。でも、問題はここからだ。俺達魔王討伐隊はばーさんから色々と支援を受けながら活動をしていたが、他にもある聖騎士に支援してもらっていたことがある。
その聖騎士とはフランク・ホーガンという人物だ。この人も相当怪しいんだけど何が一番怪しいって、聖騎士団の記録の中に当時から更に二百年前も遡ったときから、同一人物らしい聖騎士がたびたび記録されていたんだ。
更に、同姓同名の聖騎士が旧イーストフォートを破滅に追いやっている。もしかしたら俺達を支援していた聖騎士と、旧イーストフォートを破滅させた聖騎士が同一人物なのかもしれないと思えた。もちろん、ただの人間が何百年も生きられるわけがない。でも、あの聖騎士だけは、なぜか輪郭がぼやけて見えた上に妙な圧迫感があった。他の人間や魔族にもそんな奴はひとりもいなかったのに。
そして俺は、そのフランク・ホーガンとフールが実は何かしら関係があるのではと一瞬思った。俺が眠りについた直後にライナス達はフールと会っていたようだけど、俺が見たらもしかしたらあの聖騎士と同じように見えていたのかもしれない。
とりとめもなくそんなことを想像していたが、もういずれも終わったことだった。今も生きているというのならともかく、その生死すらわからないのであれば探すことすらできない。
やっぱり二百年という年月は長いなぁと思いながら、俺は本を読み終えた後もしばらく物思いに耽っていた。
とある日の夜も、俺達五人はホーリーランド夫妻と一緒に夕食を食べていた。ここ数日は、俺から見た魔王討伐隊の面々についての話をしている。かつてペイリン本邸でやっていたあの話だ。やっぱりこっちでも大好評だった。
「それでですね、このテントの中で暇を潰すために、ライナスとバリーがローラの手紙を読もうとしたところで、面白いことがあったんですよ」
「まぁ! どうしてローラ様の幼少の頃のお手紙をライナス様は持っていらしたのです?」
「同じ質問をローラもライナスにしていましたよ。大切なものだからずっと手元に置いておきたかったらしいです」
俺の話を一番喜んでいたのはディアナさんだった。やっぱりこういう話は尼僧であっても食いつきがいいみたいだ。
ある程度話をして落ち着いたところで、次は今後の話へと移ってゆく。もうこの屋敷に来て一週間近くなるのだから、そんな話になってもおかしくはない。口火を切ったのはジェフリーさんだ。
「それで、ユージさんはいつ頃アレクサンドラを故郷へ送り届けるつもりなんですか?」
「特に急いでいるわけではないので、シャロンの出発に合わせるつもりです」
こっちとしてはいつでもいいわけだから、四人の気が済むまで待てばいい。『冒険の書』と『探求の書』はもう読み終わったけど、暇のつぶし方なら他にもあるしな。
俺の返答をきっかけに全員の視線がシャロンへと向けられる。そのシャロンは小首をかしげて少し考え込んでいた。
「そうですわね。できればいつまでも一緒にいたいですけれども、そういうわけにもまいりませんし。あと数日でお終いにしますわ」
「いよいよお別れかぁ」
シャロンの回答にクレアが寂しそうにつぶやいた。やはり別れがたいらしい。
「わかりました。ではそのように心得ておきましょう。ところで、ユージさんは魔界から戻られたら、再びペイリン魔法学園に復帰されるのですか?」
ジェフリーさんの言葉で、今度は俺にみんなの視線が集まる。う、なんだか緊張するな。
「最初はそのつもりだったんですけどね。あの二冊の本を読んでからやりたいことができたんで、教員復帰は先延ばしにしようかと思っているんです」
「まぁ、どうするつもりなの?」
ディアナさんがジェフリーさんよりも先に問いかけてきた。この人、自分の興味あることになると猪突猛進するんだな。
「フォレスティアへ行くつもりです」
「なんでまた、そんなところへ行くのん?」
全員を代表してスカリーが質問してくる。突然フォレスティアなんて言葉が出てきたんだから当然か。
「そもそも、俺自身がどうやって目覚めて転生したのかさっぱりわからないんですよ。俺が目覚めて転生する直前に、エルフの長であるレティシアさんと師匠の妖精ジルがその場に居合わせていたんで、話を聞きに行ってきます」
別に知らなくてもいいことなのかもしれないけど、今の自分の起点となることだけにどうしても知っておきたいんだ。
「そうですか。それなら私もお供します、師匠」
「え、なに言ってんの?」
お前はデモニアに帰る身でしょうに。一緒についてきたら意味ないだろう。
「里帰りした後に、お婆様にお願いしてみます。きっと許してくださるでしょう」
うん、なんか簡単に許可が出そうな気がする。オフィーリア先生はそういう人、じゃなくて魔族のように思えるから。
「あ、そんならうちも一緒に行くで」
「お使いのついでみたいに気軽だな、お前」
たぶん、サラ先生もあっさり許可を出しそうな気がするんだけど、その前に俺がフォレスティアに行く許可をもらわないといけないんだよな。最悪退職かなぁ。
「さすがにわたくしは無理ですわね。お父様のお許し以前に時期が合いそうにありませんわ。おとぎ話に出てくるフォレスティアに興味はありますけれども」
残念そうにシャロンが発言する。これから王都に戻って将来のことを話し合うんだから仕方ない。
「うーん、私も一緒に行きたいなぁ」
控えめな声で、俺と自分の両親を伺うようにしてクレアが自らの意思を示す。俺はともかく、ホーリーランド夫妻がなんと言うか。
「せっかく帰ってきたばかりなのに、また出て行ってしまうの?」
「事がご先祖様絡みのことだから行くなとは言いにくいが、しばらくは家にとどまるべきだろう。教会への報告はすでに終わっているが、奉仕活動もそろそろしないといけないしね」
この辺りはホーリーランド家として教会の付き合いがあるそうだ。何かと面倒そうなので俺は深入りしたくないが。
「お父様、奉仕活動はどのくらいすればいいのですか?」
「どのくらい、か。うーん、期間の問題ではないんだけどなぁ」
そう言って難しい顔をしてジェフリーさんは考え込んでしまう。たぶん、相手がある程度納得するまでなんだろうな。そうなると目に見える成果があれば一番わかりやすい。
「だったら、クレアが開発した回復魔法をみんなに教えたらどうだろう。ノースフォートにも治療院があるんだったら、そこで奉仕活動をしながら回復魔法を教えるんだ。患者の数が劇的に減るという形で成果を出せば、周囲の人にも納得してもらいやすいと思う」
今度は逆に引き留めたくなるだろうけど、それ以前に評判を落とすわけにはいかないからな。
「お父様、それでいいですか?」
「なるほどね。目に見える形で成果を出してくれれば、こちらとしてもやりやすい。ユージさんの案に乗るとしよう」
「はい、ありがとうございます!」
クレアの顔に笑顔が戻る。
「たぶん、期間としては一ヵ月くらいあったらどうにかなるんじゃないかな。レサシガムの治療院の様子を見ていたらそんな気がする」
ノースフォートの方が何もかも規模が大きいだろうけど、それだけ設備と人員が揃っているはず。ならば、俺の見立てはそんなにおかしくないだろう。
ということで、これからどうするかは大体決まった。あとは、クレアが奉仕活動をしている間、俺、スカリー、アリーの三人が何をすればいいのかということくらいだな。