ホーリーランド家を訪問
城塞都市ノースフォート。かつて、王国公路が全ての都市とつながっていた頃は、その北回り街道上に存在する重要拠点だった。二百年前はレサシガム共和国が独立前だったので、王国中部と西部を分ける都市でもあった。
現在は、王国公路の西端に位置する都市であり、都市より西側の王国公路は共和国独立後に放棄、消滅した。しかし、軍事拠点として再度重要になったこと、そして台頭してきた光の教団聖女派の拠点として栄えている。
夕方、俺達はそんな重厚な作りの街に入った。俺としては二百年ぶりの再訪だ。街全体の作りはほとんど変わっていない。ただ、兵隊の数が随分と増えている。ライナス達と訪れたときは、軍事拠点としての役割を失っていた上に、王都戦線に出兵していたから兵隊の数が少なかったんだよな。今は国境の重要な拠点だから本来の姿に戻ったともいえる。
とりあえず、最初にしなければいけないことは、荷馬車を冒険者ギルドに返すことだ。丸々一ヵ月使った荷馬車ともこれでお別れである。
「さて、やっとノースフォートに到着したわけだけど、これからどうしようか?」
冒険者ギルドの待合場所の一角に座ってから、俺は他の四人に向かって質問を投げかけた。
もう夕方なのだから、もちろん寝る場所を確保しないといけないわけだが、今までと違って宿を探す必要はない。ここが目的地なんだから、ホーリーランド家の屋敷に向かえばいいだけだ。しかし、シャロンは違う。王都へと戻るためにここから派遣された馬車に乗って更に東へと向かうことになっている。問題としているのは、シャロンは今晩どこに泊まるのかということだ。
「あら? ユージ教諭にはお話していませんでしたか? 今晩はクレアのお屋敷に泊めていただくことになっていますのよ」
「え、そうなの?」
「はい、使いの馬車も、今月からそちらのお屋敷で待たせていただいているはずですわ」
俺の間抜けな声に対して淀みなくシャロンは答える。なんだ、もう決まっているのか。思わず視線を向けた先のクレアが頷いた。
「はい。お屋敷に行けばわかりますよ」
「師匠、シャロンのことを話し合うためにここへ寄ったのですか?」
「他になんも話すことがないんやったら、さっさとクレアの家に行こか」
スカリーがにやにや笑いながら俺に提案する。くそ、そりゃ学校を出発する前に確認しなかった俺が悪いんだけど、なんか悔しいな。
いきなり相談する内容がなくなった俺は、仕方なくスカリーの言う通りすぐクレアの屋敷へと向かうことにした。
クレアの実家であるホーリーランド家の屋敷は、ノースフォート教会の近くにある。元は中堅貴族の屋敷だったらしいが没落してしまい、ホーリーランド家が買い取ったらしい。ペイリン本邸と比べたら狭いそうだが、それでも俺にとっては充分に広い。
そんな屋敷に夕方、俺達五人がやって来たわけだが、クレアの姿を見た途端に屋敷中が大騒ぎになった。何しろ三年ぶりにご令嬢が戻ってきたんだ。手紙であらかじめ知らせていたとはいえ、実際に本人が戻ってきたのを見たら喜びもするだろう。
しかしそれにしても、出会う執事から使用人まで全てが本当に嬉しそうだ。中には涙ぐんでいる者もいる。
「周りの人の様子を見ていると、いかにクレアが愛されているかわかるよな」
「う、ユージ先生」
応接室で待つ間、俺はクレアを見ながら感嘆の言葉を漏らす。それを聞いたクレアは顔が真っ赤だ。
「ふふふ、本当ですわね。ここまで愛されているなんて、そうそうありませんわよ」
「クレアは誰であっても分け隔てることなく接するからだろう。大したものだ」
「そうやなぁ、昔は犬や猫にも出会う度に挨拶しとったもんなぁ」
「それ、ずっと昔のことじゃない?!」
最後にスカリーが昔話を持ち出したところで、別の意味で赤くなったクレアが突っ込む。なんでも、みんなに挨拶するようにと教えられた幼いクレアは、動物にまで挨拶をしていたことがあったらしい。随分とかわいらしいことをしていたな。
そうやってわいわいと話をしていると、やがて応接室の扉が開く。入ってきたのは二人の人物だった。二人とも光の教団の平服を身にまとっている。
「本当にクレアだわ、ジェフリー! ああ、クレア!」
「クレア、おかえり」
「お母様、お父様!」
クレアも立ち上がって、応接室に入るなり声をかけてきた両親に歩み寄る。あの二人がクレアの親なのか。
母親の方はクレアそっくりだ。恐らく同じ年代になったらクレアもあんな感じになるんだろう。一方、父親の方は一見すると優男に見える。ただ、落ち着いた雰囲気のせいかチャラくは見えない。
言葉と抱擁を交わして再会の喜びを表し終わると、ホーリーランド一家の三人はこちらへと向き直る。
「すまない。三年ぶりに娘と再会したものでね。ついはしゃいでしまった。あなたがユージ先生ですか?」
「そうです」
笑顔でこちらに声をかけてきてくれるクレアのお父さんだったが、目は俺を値踏みするかのような感じだ。警戒されるのは仕方ないにしても、こうやって見られるのは嫌だなぁ。
とりあえず、俺は立ち上がって一礼する。それに続いて、スカリー、シャロン、アリーの三人も立ち上がってホーリーランド夫妻に礼をした。
「ああいや、いいんだ。椅子にかけたままで構わないよ。それと」
「まぁ、スカーレットじゃないの! 最後に会ったのはいつだったかしら? こんなに大きくなって! お父上とお母上を困らせてはいない?」
言葉を続けようとしたクレアのお父さんの言葉を途中でぶった切って、お母さんがスカリーの前までやって来る。そして、まだ立ったままだったスカリーと抱擁を交わした。
お父さんの方は少し口をぱくぱくとさせた後、苦笑いをしながら肩を落としている。普通、当主の言葉を遮るのは無礼なはずなんだけど、この家では少し事情が違うらしい。
「まぁ、失礼。久しぶりに友人のお子さんを見て舞い上がってしまったわ。ジェフリー、もういいわ」
「そうか。あーそれで、次は自己紹介をしたかったんだよね。僕はジェフリー・ホーリーランド、クレアの父親だ。光の教団、ノースフォート教会の大司教を務めている。それと、スカーレットの横にいるのが僕の妻であるディアナだ。彼女は司教だよ」
ジェフリーが紹介すると、ディアナが俺達に向かって一礼する。大司教っていったらほとんど雲の上じゃないか。司教も俺のような下っ端からすると結構な地位のひとだ。
ということで、今度はこっちの番だな。クレアがやってもいいんだろうが、立場上俺が紹介するのが筋だろう。
「ペイリン魔法学園で教師をしているユージです。この四人の担任をしていました。こちらはシャロン・フェアチャイルド、ご存じかと思われますが、フェアチャイルド家のご令嬢です。次にこちらは、アレクサンドラ・ベック・ライオンズ、魔界にあるライオンズ学園を経営されているライオンズ家のご令嬢です。ちなみに、ペイリン魔法学園とライオンズ学園は交流促進のために提携しております。クレアとスカーレットについては、お二人の方がよくご存じでしょう」
俺の紹介に合わせてシャロンとアリーが夫妻に向かって礼をした。対して夫妻もそのたびに頷く。
「あなたがシャロン嬢でしたか。お話はフェアチャイルド公からも伺っています。馬車は既に当家へ着いていますのでご安心ください」
「この度は、わたくしのわがままをお聞き入れくださり、誠にありがとうございます。改めてお礼を申し上げますわ」
という口上から始まって、ジェフリーさんとシャロンの貴族な会話が始まった。
一方、アリーに興味津々なディアナさんがアリーへと近づく。
「あなたがクレアのご友人のアレクサンドラなのね! とても良くしてくれているってクレアの手紙に書いてあったのよ!」
「いえ、私もクレアにはお世話になっています」
「まぁ、そうなの? ところでぶしつけですけど、あなたは魔族だそうですね。本当、きれいなお人形みたい!」
どうも初めて魔族を見るらしいディアナさんは、アリーを相手にはしゃいでいる。アリーが一瞬クレアに視線を向けると、申し訳なさそうな顔をしていた。アリーは初対面の相手に騒がれて困っているようだが、悪気があるわけでもないので失礼にならないように接している。
そのせいで、しばらく俺はスカリーとクレアと共に手持ちぶさたとなってしまった。とりあえず、ホーリーランド夫妻の話が終わるまで待つとしようか。
「いやすまない。三年ぶりに娘と再会して僕も浮かれているらしいね。お客人のもてなし方をすっかり忘れてしまっていたよ」
「本当にごめんなさいね。わたしもついはしゃいでしまって」
シャロンとの会話を一通り終えたホーリーランド夫妻は、俺に対して謝罪してきた。この中だと、社会的な地位は俺がぶっちぎりで最低なんだから、この程度の扱いはなんてことはない。
「いえ、構いません。それで、招待状をいただいた件なんですが、これはどうしたらいいんですか?」
「ペイリン家が認めているのなら必要ないんだろうけど、僕たちにも証明してもらえるかな?」
実際にこの目で確認したいという気持ちはよくわかる。ということで、俺はホーリーランド夫妻の目の前で、かつてペイリン夫妻にやったことと同じ事を披露した。
最初に手のひらの上で、四大系統の火、水、風、土を出現させては消した。
次に、クレアの武器に光属性魔力付与、アリーの武器に闇属性魔力付与をかける。
その次に、火の精霊、水の精霊、風の精霊、土の精霊を自分の背後に出現させた。
そして最後に、天井近くに光明を発動させる。
これで四系統七属性の魔法を全て無詠唱で使った。
誰も言葉を発しない。それはあのときと同じだが、スカリー、クレア、アリーは既に一度この光景を見ているから驚きはない。驚いているのはジェフリー、ディアナ、そしてシャロンの三人だ。どうしてシャロンも驚いているのか不思議だったけど、後から聞いたら、話に聞いていただけで実際に目の当たりにしたのはこのときが初めてだったらしい。俺はてっきり見せていたものとばかり思っていた。
そして、夫妻は顔を見合わせて頷くと俺の目の前で跪く。
「我が一族の始祖、勇者ライナスと聖女ローラのご友人でいらっしゃるユージ様、先ほどの無礼な態度、誠に申し訳ありません」
「平にご容赦を」
あ、なんか似たようなことを言われたことがある。というより、またこれか。
「立ってください。そういうのはもういいです。こっちも慣れてないんでやりにくいんですよ」
「はは、ご先祖様の手前、最低一回は礼儀を尽くさないといけないんですよ」
「これ、まだ我が家だからこの程度で済んでますけど、教会でやったら大変なことになるんじゃないかしら?」
やめて。というか、教会は関係ないでしょうに。
このままじゃ落ち着いて話ができないので、俺達はジェフリーの勧めで全員が腰を落ち着けた。
「そうだ、ペイリン家ではメリッサからの手紙を受け取ったんですけど、ホーリーランド家にも俺宛に手紙があったりするんですか?」
俺は一番気になることを最初に尋ねた。あるのなら是非見たい。
「そうか、ペイリン家は手紙だったんだ。我が一族には、勇者ライナスが記した『冒険の書』と聖女ローラが記した『探求の書』があります。これを望まれたらご覧に入れるようにと言い伝えられていますよ」
ジェフリーの言葉に、俺は以前クレアが話してくれたことを思い出す。確か、ライナスは、ライティア村に住んでいたときから真銀製長剣をフォレスティアに預けて戻ってきたときまでのことを書き残していて、ローラは、魔王討伐隊に参加してから晩年までについて書いているんだったよな。
「それなら、後で見せてください」
「わかりました。いつでも申しつけてください」
これで俺絡みの件も終わったわけか。なんかあっさりしたもんだなぁ。
「それで、今晩はユージ様とシャロンはここに泊まるのよね?」
「あ、ユージでいいです。一介の平民に様なんて付けていたら怪しまれますよ」
「え、でもご先祖様のご友人を呼び捨てにするのは、さすがに失礼じゃないかしら?」
「ディアナ、それじゃユージさんと呼ぶことにしよう。これならいいでしょう?」
ディアナさんに助け船を出したジェフリーさんが俺に視線を向けてくる。妥協案というやつか。まぁ、それならぎりぎりなんとかなるか?
「クレアの先生ということで、周りの人も納得してくれるんならいいですけど」
「わかりました、ユージさん!」
嬉しそうにディアナさんがこくこくと頷いた。
「では、今晩はクレアの帰宅、そのクレアの友人の来訪、そしてご先祖様の友人との邂逅を祝して晩餐をしよう!」
上機嫌にジェフリーさんが宣言する。俺達は手を叩いて喜んだ。