とある授業風景
四月の間は学生が授業を変更できるとはいえ、授業はどんどん進んでゆく。
俺も完全とは言えないが、いくらかは体系的に体の使い方や武器の使い方を学んだことがある。それをスカリー、クレア、アリー、カイルの四人に教えていた。
この中では、アリーが武器の使い方に最も優れ、カイルが体術に最も秀でていた。さすがに武術や体術を学びたいと言っていただけある。というか、アリーは専属の教師を付けて習っていたらしい。カイルは自己紹介のときに街の道場で学んでいたと言っていたよな。正直なところ、この二人に教えることはあまりなかったりする。
一方、スカリーは本当に一から教えないといけなかった。クレアは実家でいくらか習っていたらしい。まぁ何にせよ、冒険者になるとしても魔法使いと僧侶になるんだろうから、徹底的にやる必要はない。
ということで、授業はスカリーとクレアには基礎から教えて、アリーとカイルにはより実践的なことを教えている。これが基本で、アリーとカイルには更に、スカリーとクレアの指導の手伝いをさせたり、お互いに対戦させたり、俺が相手をしたりしている。
尚、最初は武術と体術で戦い方を身につけてほしいので魔法は使用禁止にしている。スカリーは不満そうだが、どうせ後で魔法を交えた訓練をすると話をすると渋々納得してくれた。
「この授業を受けた次の日は、筋肉痛になってしゃぁないわ」
「うう、普段使わない部分を使うので、体を動かすだけでも大変です」
それでも、普段あまり体を動かさないスカリーとクレアは、この授業だけ体をよく使うので苦しんでいる。遙か昔、まだ日本にいた頃なら俺も全面的に同意していただろう。
「しっかし、うちらんところの授業だけ内容が全然ちゃうな。他のところなんて魔法が飛び交ってんのに」
「そうね。でも、ユージ先生も後で魔法使った戦い方を教えてくれるって話されていたじゃないの」
「いやまぁそうなんやけどなぁ。必要なことってわかるんやけど、うちの本業と違うしなぁ」
「俺にとっちゃ、今の授業は合ってんな! ユージ先生って魔法の方が得意って聞いてたけど、こっちもやるやん」
「そうだな。さすがに教師をされているだけのことはある。ただ、正統派というようりも奇をてらう戦い方を得意としておられるようだ」
アリーはよく見ている。実践で強いといえば聞こえはいいが、低い武術と体術の能力を魔法で補っている魔法戦士だからな。教師としては学生の才能が高くて嬉しいが、冒険者としては困ったものだ。まだ四月の終わりだというのに、アリーとカイルには教えることがほとんどなくなってきている。
現在は、毎週二回授業をしている。午前中いっぱいだ。時間にして約三時間、休憩を挟みながら指導している。最初は変な癖がつかないように密な指導をするべきなのだが、スカリーとクレアは俺の授業を受けている以外では戦闘訓練はしておらず、他で変な癖を身につけてしまうことはない。一方、アリーとカイルはそんなことを気にするレベルではない。むしろ、俺が下手に教えて、体が覚えていることを狂わせないようにする必要がある。
ただ、もうそろそろ四月が終わろうかというときになって、少し気になることが出てきた。
「どうして俺の授業に乗り換える学生がいないんだろう?」
年二回ある学期の最初の月は授業を乗り換えられるようになっている。だから、教員の間でもよく話題になる。ところが、俺はその話に加われない。担当している授業が今のところこれひとつということもあるんだが、俺の授業に乗り換えたいという学生が一向に現れないのだ。
「まだユージ先生がどのような方なのか、みんな知らないからじゃないですか?」
「今年入ってきたばっかりなんやろ? そうなると、上級生も知らんやろうから調べようがないもんなぁ」
俺の独り言を聞きつけたクレアとスカリーが、学生の認知度が低い点を指摘してきた。
「俺やアリーみたいに選択肢がなかったり、スカリーとクレアみたいに他の先生から勧められへん限りは、やっぱり何も知らん先生の授業って選びにくいでっせ」
「それと、同じ時間に訓練場でやっている他の授業を受けている学生が、たまにこちらの様子を眺めている。もしかしたら、それが噂となって学生に伝わっているのかも知れないですね」
「四人しかおらん上に、授業も他と違うもんなぁ。みんな冒険者になるにしても魔法使いが多いやろうから、この授業は避けたがるかもしれん」
遅れてアリーとカイルも話に参加してきた。こっちは俺と授業について指摘してくる。魔法学園なんだから魔法使い志望の学生が多いという話には妙に納得してしまった。うん、確かにそれだと俺の授業は選べないな。
しかしそうなると、むしろ四人も集まったことを喜ぶべきなのか。その内の三人は出自が劇薬指定な子達なので困ったものなんだが。
「まぁそれでも、まだ先生はええ方と違うんかな。運が悪いと、成績が悪かったり素行不良で退学寸前の学生ばっかりを押しつけられることもあるしなぁ」
「え、何それ?」
「ここしばらくはないみたいやけど、何年も前にはどうしようもない連中もおってな、貴族の紹介状がない新人教師に丸投げすることが多かったらしいんや。もちろん全然ゆうことなんて聞かん連中やったから、そりゃもう大変やったらしいわ」
スカリーの話では、そこだけス〇ー〇〇ォー〇も真っ青な状態だったらしい。質が悪いのは、下手に親の身分が高い学生もいたので教員の方も強く出られないことがあったそうだ。
「で、結局そいつらはどうなったんだ?」
「おとーちゃんが全員放校にしたらしいで。そいつらの実家ともめたらしいけど」
「やっぱり卒業できなかったのか」
「まともに試験も受けんのに卒業できるわけないやん」
そりゃそうだ。そこで貴族相手に突っぱねられた学園長も大したものだと思うけど。
「まぁそれでも、毎年成績が悪い学生は一定数おる。そんな連中を相手にせんでもええんやから、幸せなんと違うかな」
たぶん、できの悪い学生を相手にするより、地雷付きの学生を相手にする方がもっと大変だと他の先生は考えたんだろうな。できの悪い学生は毎年いるから扱い方がわかるけど、地雷付きの学生は個別に対応しないといけないからなぁ。しかもそれをまとめてとなると、俺だって避けたくもなる。
「そうなると、前期はこの四人でやっていくんか。うーん、組み手の相手がもう何人か欲しかったんやけどなぁ」
「相手がいるだけでもよかろう」
やっぱり相手はたくさんほしいよな。授業の組み立て方をもっと魔法寄りにすればよかったか。
結局のところ、四月が終わった時点で俺の授業を受ける学生の面子に変化は全くなかった。ちらっとでも見に来てくれたらよかったんだけどな。
俺の担当する授業は今のところあの四人が受ける戦闘訓練のものだけだ。本当はもういくつか担当させたいらしいけど、最初は慣れないだろうからということでこうなっているらしい。秋から徐々に増えていくそうだ。
授業以外の時間は雑用や他の先生の手伝いをしている。雑用というのは荷物運びや書類整理などであり、手伝いというのは補助教員として担当の先生と一緒に授業をすることだ。戦闘訓練の場合、一対一や多対多の実践形式の訓練をするとなると、どうしても教員の数が不足する。それを解消するために雇われたのが俺だが、学校側の思うように役立つのはまだ先の話なので、今はこんな形で貢献しようとしているわけだ。
五月になると補助教員形式で、他の授業に出入りすることが多くなる。本格的な授業が始まり、対戦することも増えてくるからだ。
今日はそんな授業のひとつ、アハーン先生の授業で補佐をしている。俺の採用試験で試験官をしてくれた先生だ。
「よし、基本動作と手順はわかったな。それでは、今から練習をするように。みんな、お互い充分に離れるようにな!」
魔法を使った基礎的な戦闘技術のひとつを説明したアハーン先生は、二十人の学生にやってみるように指示を出した。すると、学生は言われた通りに散って思い思いに練習を始める。
今、学生が始めた練習は、魔法の光明を出した後に、これまた魔法の水を続けて出すというものだ。この水の部分は、火でも風でも土でもいい。そして、完成度や威力も考慮しない。とりあえず光明の次に連続して魔法を出せたらいいというものである。
「それではユージ先生、あちら側をお願いする」
「はい、わかりました」
おおざっぱに割り振られた辺りを俺はゆっくりと見て回る。誰もが初めてらしくその動作は拙い。それでも、やり方を忘れたり間違っていたりしている学生以外には、極力口を出さないようにする。
「やった、できた! 先生、今の見てたよな!」
「ああ。後は繰り返し練習して、自然にやれるようになればいいよ」
「はい!」
たまたま一通りの動作を眺めていた学生が、一連の動作を最後までやりきって嬉しそうに俺へと声をかけてきた。割と飲み込みが早い学生のようだ。
二巡ほど回って元の場所に戻ると、俺はアハーン先生に声をかけた。
「要領の良い学生はもうできてますね」
「全然できない学生はいなさそうですな」
「これは例年よりもいいんですか?」
「いや、毎年こんなものですぞ」
今年も可もなく不可もなくと言ったところだそうだ。さすがに魔法学園へ入学する学生だけあって、魔法が扱えないという学生はいない。
「ま、ユージ先生の担当している学生には劣るでしょうけどな」
「能力以外の部分で扱いが大変ですよ」
「はっはっは。楽な授業などないですからな。何事も経験です」
俺はあの三人が集められた原因を作った人物を半目で睨むが、笑顔で受け流された。まぁ確かに、この基本的な訓練だとスカリーとクレアならすぐにできてしまいそうだ。まだ魔法を使った訓練は少し先になるけど。
「よし。それでは、基本動作ができた者同士で組み、一対一となるように。どちらか一方が攻撃側となり、もう一方を回避側とする。今から私とユージ先生で実演してみせるから、その通りにやること!」
アハーン先生は頃合いを見計らって、できる者とできない者とを分ける。そして、できる者だけを集めて、次の課題を俺と共に実演して見せた。
今回の俺は回避側だ。
攻撃側のアハーン先生は、まずゆっくりと呪文を唱えて光明を俺の目の前に発現させる。
「うぉ、まぶし!」
わかっていても、まぶしいものはまぶしい。
そして、アハーン先生は続いて素早く水の呪文を唱える。その魔法で発生させられた水は、ホースで散水するときのような感じで緩やかな弧を描いてこちらへと向かってきた。
別に水を被っても害はないのだが、俺は模範としてその場から横飛びに避けた。ごろんと一回転して立ち上がる。
「このように、攻撃側は相手への目眩ましを行った後、素早く次の魔法を相手に撃つように。ただし、今回は火の使用を禁じる。万が一火が移ったら大変だからな。それと、土を使う者は石を混ぜるなよ。当たると痛いぞ」
アハーン先生がいくつかの注意事項を話した後、周囲にいた学生は二人一組になって訓練を始める。幸い人数は偶数でひとりだけはぐれる学生はいなかった。
「それじゃ、できていない学生を見ときますね」
「任せました」
できない学生はあと六人だ。それぞれ惜しいところまでいっているのだが、詰めが甘い。もうひとつ集中しきれていないんだな。
というような感じで、日々の授業をしたり手伝ったりしている。アハーン先生の授業も一回三時間で週に二回だ。他にもモーリスの授業も週二回手伝っているから、全部合わせると合計で三日分は戦闘訓練をしていることになる。あれ、既に結構やっているな。
「これだったら、いきなり複数の授業を任せてもよかったなぁ」
それを知っているモーリスなんかは冗談めかしてこんなことを言ってくる。
「けど、今の授業って四人しか学生がいないぞ? しかもみんな仕方なく選んだ学生ばかりだ。他の授業を任されても、誰も来ないんじゃないのか?」
「確かにね。みんな最初はそんなものさ。だから補助教員として他の授業で手伝いをするんだよ。そうして学生に対して知名度を上げて、担当授業を選択してもらえるようにするのさ」
あんまりにも学生に選ばれない場合、最悪解雇されてしまうらしい。それはかっこ悪いのでできれば避けたいなぁ。
こうやって地味に活躍しているわけだが、これは学生が平民中心だからだ。貴族の子弟のみの授業はさすがに近づけない。そういうところは、貴族出身の先生が担当することになっている。もちろん補助教員もだ。
平民と一緒に授業を受けるのも平気な貴族の子弟はともかく、それが駄目な学生は本当に拒絶反応を示すらしい。もう感情の問題だそうだ。そのため、貴族の子弟のみを集め、できるだけ地位の高い貴族出身の教員に指導させると聞いている。もう、学校の中にもうひとつの学校があるみたいだよな。
そういった学校内部の問題もあって、俺の担当は主に平民中心となりそうだ。俺は特に貴族出身のマルサス先生に目を付けられているので、そうならざるをえない事情もある。
ともかく、いろんな事情を抱えながらも、俺は少しずつ魔法学園に慣れてきていた。モーリスに顎で使われているというのは気にくわないが、それも時間が解決してくれるだろう。
今はひたすら、目の前のことに対処するのみだ。