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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
5章 過去の影
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関所を越えるには

 レスターの隊商を見送った後、再び俺達は五人に戻る。ついさっきまで十五人でいたからいささか寂しい。しかし、そんなことを言っている場合ではない。


 「今から宿場町の東の外れに移動しよう。そこでまず同行できる隊商を探す」


 今日一日はこの宿場町に滞在することになるが、荷馬車を置く場所を変えておく。これは、相手次第ではすぐに出発する可能性があるからだ。


 四人が荷台に乗り込むのを確認すると、俺は荷馬車をひく馬に軽く鞭を入れた。動き始めた荷馬車は、人通りの多くなってきた街道を北へと進む。


 しばらく街の中を進むと東へと分岐する道が見えてくる。この分岐した街道の両脇にも宿が建ち並んでいるが、南北に通じる街道に比べてずっと少ない。すぐに宿場町の東の外れに着いた。


 「うわ、こりゃまた随分と寂しいな」


 南の外れに比べて隊商の数、というより荷馬車の数がずっと少ない。しかも、荷馬車一台のみというところが大半だ。


 「なぁ、これノースフォートまで行く隊商ってあるんか?」

 「いや、たぶん大半がレサシガム共和国内の地方へと向かう荷馬車だと思う」


 この宿場町から東の地方は、経済的な結びつきでいえば、本来ならノースフォートとのつながりが強い。しかし、ノースフォートがハーティア王国側に残ったために、政治的な理由から昔のように大っぴらな交易ができなくなってしまっている。そのため、今はこの宿場町を起点にして共和国内各地域と交易をしているそうだ。ただ、経済的には元々貧しい地域なので、商売は細々としたものになっている。それがこの東の外れの様子に現れていた。


 「国内の各領地へ向けた荷馬車が大半だけど、中にはノースフォートへ向かう隊商もいるんじゃないかしら。例えば、ほら、あそことか」

 「うん、荷馬車一台のところは国内向け、二台以上がノースフォート行きだと思う。だから、そこを中心に話をしてみるつもりだ」


 クレアが指さした先には、二台の荷馬車が寄り添うように止まっている。こういうところから交渉していくわけだ。しかし問題なのは、二台以上の荷馬車をまとめた隊商というのが、他にひとつしかないことだな。


 「ユージ教諭、先に隊商と交渉するんですの? それともノースフォートまでの道のりのお話を集めますの?」

 「たぶん同時にできると思う」


 この東の外れに集まっている商人達は、いずれもノースフォート方面へ行くか、それともそちらからやって来た者達だ。ならば、そのまま街道と国境の様子を聞けばいいだろう。


 ということで、早速クレアの指さした隊商から交渉をしていったわけなんだが、同行に関してははっきりと断られてしまった。ノースフォートへは行くが、知らない集団と一緒に行動はできないそうだ。


 ならばせめてと、街道と国境の状態についての話を聞こうとしたら、金銭を要求された。まぁこのあたりは予想できたので支払う。すると、特に何もないという一言が返ってきただけだった。これには一緒に来ていたスカリー、シャロン、アリーの三人が怒ったが、俺はため息をひとつついてさっさと引き上げた。


 「なぁ、ユージ先生! あんなんええんか?! 詐欺やんか!」

 「そうですわ! 何もないなら一言伝えてくれるだけでいいですのに、金銭を要求するなんて!」

 「いやまぁ、気持ちはわかるけどな。少なくとも、この先は安全だっていうことがわかっただろう?」


 まだ怒りが収まらないスカリーとシャロンに対して、俺は違った見方を教える。


 「師匠、あの話をそのまま信じるのですか?」

 「まさか。他のところでも色々聞くよ。でもとりあえず、この先は安全そうだという話がひとつ手に入ったと思っている」


 情報を集めるときにはできるだけ金銭を惜しんではいけないが、金銭をかけたからといって有用な情報ばかりが集められるわけじゃない。中には大金をはたいたのにスカを掴まされたということもある。しかしだからといって、情報収集を手控えるわけにはいかないところが難しい。


 「しっかし、さすが商売人だよな。何もないところからでも金を稼ごうとするなんて」


 商人の錬金術といったところか。稼いだ額は小銭だが、それでも稼ぎには違いない。


 その後、別の隊商とも交渉したが、どこも同行は許してくれなかった。どこの誰か知らないからというのと、四人の女連れというのが怪しく見えたらしい。


 ただ、街道と国境についてわかったことがいくつかある。


 まず街道についてだが、これは特に大きな危険はないようだ。クロスタウンとノースタウンの間のように盗賊が襲撃してくる可能性は低いらしい。これは国境に近い地域であるため、各領主が軍備を整え領地内の治安に力を入れているからと聞いた。領内が乱れていると戦争になったときに出征できないからだという。


 次に国境についてだが、明確な国境というものは実のところないらしい。というのも、各領主がどちら側につくかで勢力圏が決まるのだが、共和国と王国の境に近い領主ほど、あっちについたりこっちについたりして一定しないそうなのだ。そのため、国境を越えるための検問というのはないとのことである。


 しかし、注意しなければいけないことがある。それは各領地にある関所だ。ここを通るためには検査を受けて許可をもらわないといけないのだが、結局のところ金次第らしい。しかも通行税だけでなく、役人への賄賂が必要なところもあると聞いた。


 俺達は交渉と情報収集を終えると、一旦自分達の荷馬車へと戻った。留守番をしてくれていたクレアが御者台から降りてくる。


 「ユージ先生、どうでした?」

 「残念だけど、自分達だけで旅をしないといけないみたいだ。街道と国境に関してはわかったことがあるから、今から話すよ」


 ついさっきまで集めていた情報をクレアにも話す。すると、クレアもうーんと唸った。


 「襲われる心配はなさそうだけど、関所の通過が問題よね」

 「そうなんや。関所の数にもよるけど、通行税と賄賂が馬鹿にならん額なんやなぁ」


 クレアに続いてスカリーも腕を組んで唸る。


 「クレアとシャロンにひとつ尋ねたいことがある。二人は魔法学園に来るときにこの街道を通ったのだろう? そのときは一体どうしたのだ?」


 アリーにとっては、この関所の多さが意外なものだったらしく、かつて通過したはずの二人に素朴な疑問を投げかけた。


 レサシガム共和国では、基本的に主要な街道上に関所を設けて交易活動を妨げてはならないというお達しが出ている。そのため、クロスタウンを中心に、レサシガム、ウェストフォート、ロックホール、そしてノースタウンへと延びる各街道には関所がない。しかし、ノースフォートへと続くこの街道だけは、唯一戦争になる可能性のある王国へと続いているために、例外的に関所の設置が認められているのだ。


 そういった事情で、アリーが魔界からレサシガムへやって来るときには、関所なんてほぼなかった。そのため、そんな乱立している関所をどう通過したのか興味を持ったようだ。


 「わたくしは、お付きの者に任せていたので知らないですわ」

 「実はわたしもなの。ただ、すんなりと通れたから、通行許可証みたいなのがあったんじゃないかしら」


 俺はクレアの言葉を聞いて嘆息する。しまった、その辺のことをサラ先生に頼んでおくんだった。


 「その通行許可証というものは、今はないのか?」


 アリーの問いにクレアとシャロンは首を横に振る。そうだよな、普通はお付きの従者が持っているもんな。


 「こうなったら、クレアの名前を前面に押し出して通るってゆうんはどうやろ?」

 「どうしてクレアの名前なんだ?」


 クレアの名前が通行許可証代わりになる理由がわからない。


 「ほら、クレアって勇者ライナスと聖女ローラの子孫やん。せやから、信心深い信徒なら恐れおののいてしまうやろし、そうでのうても勇者ライナスは人気があるんやから、そのまま喜んで通してくれるんとちゃうやろか?」


 スカリーの提案にシャロンとアリーが感心している。なるほど、名声を利用するわけか。


 でも、その案には問題点がある。


 「このクレアが、ホーリーランド家のクレアであるとどうやって証明する気なんだ?」


 相手の兵士や役人にとって、このクレアが本物であるかどうかなんてわかるはずがない。だからこそ、それを証明するために装飾過多な証明書や豪華な馬車、それに多数の従者を用意するんだ。最初はあんな無駄なものなんて思っていたけど、あれはあれで実は意味があるんだよな。


 「しかも、俺達が乗っているのは冒険者ギルドから借りている荷馬車だ。とてもじゃないけど、そんな立派な人物が乗っているようには見えないぞ」


 クレアをどこかで見かけたことがあるという兵士や役人がいたら、あるいはスカリーの提案でもなんとかなるかもしれない。でも、こっちの主張が認められなかったときは大変なことになる。


 「スカリー、あなたの案を実行してわたし達の主張が認められなかった場合、貴人の名を騙った罪に問われて捕らえられてしまうわよ」


 危うく急ごしらえの主人公にしたてられそうなクレアが、顔を引きつらせてスカリーに反論する。ああ、俺もかつて戦地でやったローラさんの学芸会みたいな芝居を思い出すなぁ。


 「ふむ、危険が大きい割に、成功する確率も低いのか。それならば、やらない方がいいな」


 俺の意見とクレアの反論を聞いたアリーが冷静に判断する。


 「けど、馬鹿正直に通行税なんてはろうたら、いくら銭があっても足りひんで?」

 「サラ先生から路銀をもらっているから何とかなるよ。帰りはホーリーランド家に通行許可証を発行してもらおう」


 この辺りは完全に俺の手落ちだな。隣国に行くとわかっていたのに、こんな重要なことが全く思い浮かばなかった。サラ先生も教えてくれたらよかったのに。


 特に名案を思いつくこともなかった俺達は、結局そのままノースフォートへ向けて出発することにした。本当は一日かけて情報収集をしようと思っていたけれど、既に必要な情報は手に入れられたので、さっさと向かうことにしたんだ。




 レスター達と別れた宿場町からノースフォートへは、何もなければ荷馬車で十一日間かかる距離だ。関所が乱立しているから簡単にはいかないだろうと思っていたけど、いきなり予想外のことが発生した。


 それは、関所での検査待ちだ。最初の関所ではまじめに検査をしているらしく、そのため一回にかかる時間がやたらと長かったのだ。初めて見たときは列が短かったのですぐに終わると思っていたら、たっぷり三時間も待たされてしまう。ただし、ここでは賄賂は要求されなかった。


 次の領主の関所では、訳ありの女を俺が国外に連れ出すのではと疑われた。何しろ、貴人みたいな風貌の若い女が四人も荷台に乗っているもんな。これは弁明するのに相当苦労した。卒業した学生を送り届けるからですって説明しても、最初は信じてもらえなかったのには困った。結局、クレアとシャロンの卒業証書を見せることで、何とか納得してもらうことに成功した。


 次の関所では、なんと役人の身の上話を聞かされることになった。その関所では賄賂を要求されたのだが、見ればその役人はかなり疲れ切っている。その理由を聞くと、俸給だけでは生活していけないので、通行税以外にいくらか通行者からもらっているらしい。そんなことをする羽目になった理由は、数年前にあった紛争で領主が結構な損害を受けてしまい、軍の再編を急ぐために他を切り詰めているからだそうだ。つい同情してしまった俺達は、いくらかの金銭を役人に手渡した。


 「関所ごとに随分と事情があるんやな。うち、もっと賄賂ばっかり要求されるかと思うとったわ」

 「しかも賄賂を求める理由が生活苦からだなんて……」

 「生真面目すぎる関所に、疑い深い関所、それに仕方なく賄賂を求める関所と、それぞれの領主の性格がうかがえますわね」

 「私なんかは、この際、むやみに足止めされなければ、賄賂を渡すのもやむを得ないと思ってしまうな」


 こんなにいろんな理由で関所にとどめられるとは俺も思わなかった。


 次の関所は、いよいよハーティア王国側の領地に近いということもあって、関所での仕事は軍が担当していた。では規律正しく厳正な仕事をしているのかというと、残念ながらそんなことはない。


 今回要求されたのは、なんと金銭ではなく女だった。しかも全員。いきなり外れな領主軍に当たってしまった。さすがにそんな要求は飲めないので責任者の騎士を呼び出した。随分と横柄な態度の騎士だったが、クレア、シャロンの卒業証書を見ると顔を真っ青にさせる。下手をしなくても手を出せば、自分どころか領主もろとも破滅することが理解できたからだ。まるで疫病神を追い払うように早く行くよう追い立てられた。


 このとき全員が理解したのだが、このペイリン魔法学園の卒業証書って、身分証明書として使えるんだ。卒業証書なんてただの紙切れだと思っていたけど、全然そんなことない。


 「うちの魔法学園の威光って、やっぱり凄いんやなぁ!」


 スカリーが、思わぬところで出身校の権威を目の当たりにして上機嫌だった。


 まぁ、書いてある名前が俺のだったら鼻で笑われている可能性が高いけどな。あの二人の名前だからこそ通用したわけだ。それにしても、貴人の名前が記入されていれば、領主の発行する公式の証書と同じ扱いとは恐れ入った。


 そしてここに至って、サラ先生が何も言わなかった理由がやっとわかった。卒業証書が通行許可証代わりになることを知っていたからだ。なるほどな。それでもやっぱり教えてほしかったけど。


 後は簡単だ。関所にたどり着く度にこの卒業証書を見せればいいだけである。思惑通り、クレアとシャロンの卒業証書は某ご隠居の印籠のように役立ってくれた。


 そうして十二日後、予定よりも一日遅れて、ついに俺達はノースフォートへとたどり着いた。

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