レスター隊商との別れ
傭兵を装った盗賊団だったのか、それとも傭兵兼盗賊の集団だったのかはわからないが、俺達は襲撃者を倒した。死体の数は十六人分全てあったので逃がした者はいない。
「さて、脇に埋めるか」
「え、これを全部ですの?!」
「そうだよ。このまま放っておくと大変なことになるからな。後片付けも仕事のうちだ」
心底嫌そうな顔で質問してきたシャロンに、俺は大雑把な返答をする。
街道上にある襲撃者の死体は、通行の邪魔になるのでそのままにしておけないのはわかるだろう。ならば脇に捨てておけばと思うかもしれない。しかし、腐った死体から漂う死臭は思った以上に強烈で、風向き次第では遠くまで届く。通りがかった時にそんな臭いを嗅がされるのも嫌だが、野生の肉食動物を引き寄せてしまうことにもなる。そのため、街道を安全に使うためにも、死体はしっかりと埋めておくというのが街道利用者の常識だ。
「あと、死霊系の魔物を自然発生させないようにするための対策でもある」
「話には聞いとったけど、こういうところから湧いてくるんやったな」
土属性の魔法で地面の一部をほぐして掘りやすくしているスカリーが、俺の話を聞いてぽつりと漏らす。
特に戦場跡なんかだと死体は野晒しのままが多いので、死霊系の魔物が多い。街道を通っているときに死霊系の魔物に襲われたとしたら、何らかの理由で死体がそのまま放っておかれた可能性が高い。
「師匠、それならいっそ燃やしてしまったらいいのではないですか?」
「人ひとりをきっちり燃やすのは、思ったよりも大変なんだ。かなりの火力がいるんだぞ?」
俺がその話を初めて知ったのは、まだ日本から転移する前だった。親戚の葬式で最後まで付き合ったことがあったときのことだ。納骨するために骨までしっかり焼くためには、密閉された空間で高火力が必要になると聞いた記憶がある。こっちの世界に来てからまだ試したことはないけど、火属性の魔法で敵を殺したときに、中まで灰になったことなんて記憶にない。表面しか焼けないことが大半なんだ。
スカリーがほぐした地面を、俺、マイルズ、戦士三人、そして使用人三人が掘ってゆく。深さ一アーテム強で十六人分だが、八人が四人一組に分かれて交互に掘っていった。マイルズ達四人が実に頼もしい。
墓穴を掘れたら次々と死体を文字通り放り込む。自分たちを襲いかかって来た連中なんだから、埋めてやるだけでも慈悲深いという考えだ。クレアはその様子に眉をひそめていたが、何も言わなかった。
「神よ。彼の者達に安らぎを与えたまえ」
俺達が穴に土をかぶせている間、クレアが襲撃者の死後の平穏を祈っていた。それを見ていたレスターなんかは「仕事熱心だねぇ」と苦笑していた。
最後にぼろ荷馬車を脇にやって、ようやく後始末完了だ。実は戦っていた時間よりも後始末の方が長かったりする。事前準備や事後処理にやたらと時間がかかるのは世の常だ。
「さて、やっと終わったか! それにしても、お嬢ちゃん達が戦い慣れているなんて意外だったぜ! 最初の方は見ていなかったからこいつらに聞いただけだが、何でも攻撃魔法の軌道が曲がったんだって?」
レスターが感心したように四人へと話しかけている横で、俺は戦闘終了直後に聞いたあらましを思い出していた。
俺やレスターが戦い始めてからすぐに、草むらに隠れていた六人が一斉に突撃してきたらしい。
本来なら奇襲になるはずだったが、俺の指示で既に警戒していた上に四人全員が捜索でその存在を確認していたので、落ち着いて対応できたという。ちなみに、前衛がアリーと使用人二人、後衛がスカリー、クレア、シャロンという形で最初から待ち構えていたそうだ。
それで襲撃者が行動を起こした瞬間、後衛の三人が攻撃魔法を同時に放った。もちろん狙われた三人は避けようと横っ飛びに飛んだり、地面を転がったりと回避行動に移る。普通なら直進するしかできない攻撃魔法はそのまま飛び去ってゆくはずだから、その行動は正しい。
だが、スカリー達は襲撃される前に魔法操作を発動させており、攻撃魔法はその真円の中を潜っていた。三つの攻撃魔法は軌道を変更し、避けたと確信していた襲撃者三人へと命中したそうだ。
魔法の直撃を受けた三人が吹き飛ぶ中、初めて見る光景に残りの襲撃者三人の足は止まる。そこへアリー達前衛三人が攻勢に転じたということだった。俺が最初に確認したのはちょうどこのときだった。
「そういえば、四人ともペイリン魔法学園を卒業したばっかりだって言ってたよな。あそこの学園の卒業生はみんなそんなに優秀なのか?」
「この四人はその中でも特別だよ。全員がこんなに優秀なら、今頃冒険者は卒業生ばっかりになっているはずだろ」
「はは、そりゃそうだ!」
俺の切り返しを聞いたレスターが豪快に笑う。
「ユージ、改めて礼を言う。お前が加勢してくれたおかげで助かった」
握手を求めてきたマイルズに対して、俺も右手を差し出す。
「しかし、アリーがゆうてたけど、魔族ってのは身体能力が高いんやな。あの二人なんて、ただの一般人やのにアリーと一緒に戦ってたやん」
レスターの二台目の荷馬車に乗っている使用人のことだ。レスターもそうだが、よく短剣で長剣とあれだけ渡り合えるよな。
「はは、実は種明かしをするとな、俺達のような隊商の隊員になる奴ってぇのは、どこかで兵隊をやっていた連中が多いんだ。街で店を構えているような奴なら、さすがにここまで対処はできねぇぜ」
その話を聞いて俺達五人は納得した。そりゃそうだよな。いくら身体能力が高くても、訓練するか経験がないと戦えるはずがない。レスターの話を聞いて俺は安心した。
「聞きたいことがあるのだが、あの魔法の軌道を変えることは、ペイリン魔法学園の卒業生なら誰でもできるのか?」
今度はマイルズから話を振られてきた。やっぱり気になるらしい。
「マイルズ殿、あれはこのシャロンが作った魔法です。それと、使えるのは今のところ私達だけですよ」
「そうか」
アリーの返事を聞いたマイルズは、どことなく安心するように肩の力を抜いた。魔法操作の使い手と敵対する可能性を考えていたのかもしれない。
「そう簡単には扱えませんから、普及させるのも難しいですわね。まだ手を加える余地はありますわ」
「教えてもらったけど、設定や制御はそんなに簡単じゃないものね。あと、魔力をたくさん使うのも」
誇らしげに語るシャロンに対して、実際に使ったクレアが疲れた笑みを浮かべて説明を補完する。あれでも以前よりはかなり簡素化と効率化しているんだけどな。
「ま、話は後にしよう。遅れねぇようにすぐ出発するぞ!」
そうだった。もう時間は昼下がりなんだよな。昼休みをなかったことにすればほとんど遅れていないことになるけど、そうなると昼ご飯は荷馬車に乗りながらか。
「昼飯は移動しながら干し肉でも囓っとけ!」
レスターはそう宣言すると荷馬車へと乗り込む。マイルズ達と使用人達もそれに倣った。
「あー、温かい昼ご飯を食べそびれたな」
「師匠、宿場町に着いたらいい物を食べましょう」
呟いた言葉を聞かれたらしく、アリーが慰めてくれた。そうだな、愚痴っていても仕方ない。俺も四人に馬車へと戻るように促す。
それからすぐに隊商は北へ向かって再び動き始めた。
襲撃された後の旅は至って順調だった。街道の治安が良くなったからではなく、たまたま俺達には何も起きなかったからだ。相変わらず、街道の脇にはたまに荷馬車の残骸を見かけるし、何より宿場町の酒場で他の隊商と情報交換をすると、盗賊に襲われた話なんていくらでも聞けた。
幸い旅程が狂うことがなかった俺達は、予定通り八日目にノースフォートへと続く分岐路のある宿場町にたどり着いた。他の宿場町と同じように街道に寄り添うように街が形成されているため、分岐路は宿場町の中にある。
ノースフォートとの交流が活発ならば、この宿場町もクロスタウンのようになれるかもしれない。しかし、今のところそんな兆候はないため、その他の宿場町と大差なかった。
そんな宿場町の南端でレスターの隊商は一旦止まる。周囲には、今晩この宿場町で止まる荷馬車が多数駐車していた。
「よぉし、今日はここまでだ。駐車の準備ができ次第、当番以外は自由にしていいぞ!」
レスターの声が周囲に響く。それに使用人達とマイルズのパーティが反応した。
「う~ん、やっと着いたなぁ」
「ほんまやなぁ。前の襲撃みたいなんはあってほしないけど、なんもないとお尻が痛いしなぁ」
荷馬車から降りたクレアとスカリーが背伸びをしてから体をほぐす。その隣で、シャロンとアリーが話をしている。
「ここから東へと進むと、ノースフォートへたどり着きますわ」
「確か真東に向かうのだったな」
「そうですわ。荷馬車なら十日、いえ、十一日くらいでしたかしら」
「結構かかるんだな。私は一週間くらいだと思っていたぞ」
「早馬でしたらそれくらいでたどり着けるかもしれませんが、普通の旅ではそんなに早くは無理ですわ」
俺も御者台から降りて背伸びをしたり屈伸運動をしたりしている。すると、レスターとマイルズが声をかけてきた。
「よぉ、ユージ。お前達とはここまでだな」
「そうだな。随分と世話になった。同行を認めてもらえてよかったよ」
「いや、世話になったのはこっちだぜ。お前達がいなけりゃ、賊に襲われたときに無傷で切り抜けられなかったしよ」
「その通りだ。特に後ろにいた伏兵は、そこの四人がいなかったらレスターを捕らえていただろう。そんなことになったら、俺達は役目を果たせなくなっていたところだ」
俺としては、同行して一方的なお荷物にならなくてよかったと安心した。どうせなら対等でいたいしな。他の四人も自分たちの働きが認められて嬉しそうだ。
「で、明日からはノースフォートへ向かう隊商と一緒に行くのか?」
「いや、一日ノースフォート方面の話を集めて、同行できそうな隊商を探すよ。もし隊商が見つからなかったときは、自分達だけで出発する。」
要所要所で情報を集めるのは重要なことだし、同行させてもらえる隊商を見つける苦労はクロスタウンで身にしみた。休息という意味も兼ねて一日ここにとどまった方がいいだろう。
「ノースフォートまでの道のりの様子を探るってのは大切だ。途中にゃ国境もあるしよ。それと、ノースフォート行きの隊商が少ねぇし、同行できそうな隊商を探すのに二日以上もかける必要はねぇな」
レスターのような商人から見ても俺の方針は間違いではないらしい。俺としてはなんだか嬉しかった。
「俺達は明日になったらここを出発するから、一緒に飲めるのは今晩だけだな」
「あー、今晩の荷馬車の番は俺だから」
「ユージ先生、今晩はうちとクレアとシャロンで荷馬車の番はするさかい、アリーと二人で行っといで」
「こんな事もあろうかと、あらかじめ決めていたんですよ」
「師匠、そういうことです」
俺が最後まで言い切る前にスカリー達が口を挟んできた。それを見た俺とレスターとマイルズは顔を見合わせる。
「だそうです」
「はははっ! 気がきくじゃねぇか、なぁ!」
「そうだな」
苦笑いする俺に対して、レスターとマイルズは快活に笑う。昼間に何か相談をしていると思っていたら、これのことだったのか。
「わかった。せっかくだから三人の好意に甘えるとしようか」
「そうそう、それでいいですわ。二人とも今晩は楽しんできなさいな」
シャロンが聞き方によっては問題のある発言をして送り出してくれる。誰も気づいていないようだから俺も知らないふりをしておこう。
そして俺とアリーは、荷馬車の番を除いたレスターの隊商とマイルズのパーティメンバーと一緒に宿場町の酒場へと繰り出した。
そういえば、俺って魔族と初めて本格的に酒を飲んだんだけど、こいつら本当に底なしだな! どこに入るんだっていうくらい、浴びるようにずっと飲んでいやがった。アリーもかなり飲めるというのをこのとき初めて知る。俺はエールが中心だったから悪酔いはしなかったけど、腹がだぼだぼで最後は苦しかった。でも、今まで飲んだ中で一番楽しかった酒盛りだったな。
翌日、胃袋が酒樽になったような錯覚を抱きながら起きる。荷馬車の外に出ると、既にアリーが起きていた。
「おはよう、アリー。俺は平気だけど、お前は二日酔いになっていないか?」
「おはようございます、師匠。二日酔いにはなっていません。ただ、その……」
「え、なに? もしかしてやっぱりどこか調子がおかしいのか?」
「いえ、そういうわけではないのですが、少し……が多くて」
「え? 何が多いって?」
体の調子が悪いなら一日休ませる必要がある。珍しくなぜか顔を真っ赤にさせてもじもじとしているアリーを、俺は更に問い詰めようとした。
「朝っぱらから二人してなにええ雰囲気で盛り上がっとるんや。うちら三人もおるんやで?」
と、そこにスカリーを先頭に三人が荷馬車から出てきた。
「何を想像しているのかは知らんが、アリーの体調が良くないらしいんだ。それで、肝心なところを聞き逃したから聞き直しているところだよ」
「わかりました、私達が尋ねてみますね」
クレアを先頭に三人がアリーを囲んで何やら内緒話を始める。そしてすぐに「あー」という脱力した感じの声が三人から漏れた。何やら仲間外れにされた感じだな。
「ユージ教諭、問題ありませんわ。ちょっとした生理現象ですわよ」
「生理現象って?」
「乙女の秘密です」
そんなかわいく言われても、俺には原因がわからない。アリーは未だに顔を赤くしてこちらをちらちら見ている。
「おーい、ユージ! 嬢ちゃん達! それじゃ俺達はこれから出発するぜ!」
「え? ああ! じゃあな!」
レスターが自分の荷馬車から俺に声をかけてきたので、慌てて振り向いて手を上げた。そして御者台に乗り込むとそのまま北に向かって出発していく。
アリーの件は結局うやむやになりそうだなと思いながら、俺は四人と一緒にレスターの隊商を見送った。