街道上での戦い
いきなり襲いかかってきたジョンの第一撃を受け流した俺だったが、状況は悪いままだ。
隣りにいたレスターは地面を転がってジムの剣から逃れていた。そのまま後ろに下がり、代わりに使用人が短剣を抜いてジムの前に立ちはだかった。
「チッ、商売人なんぞに避けられるとは思わなかったぜ」
「マイルズの剣裁きに比べたら止まって見えるぜ」
体勢を立て直して戻ってきたレスターが、短剣を構えてジムに言い返す。あ、ジムのこめかみに青筋が立った。
レスターと使用人は二人がかりでジムと相手をするので有利に見えるが、短剣と長剣というのが気になる。あとは三人の技量と魔族と人間の身体能力差で決まるはず。
一方、ジムとジョンの後方ではマイルズ達が敵と戦い始めたところだ。薬師と魔法使いも近接戦闘に巻き込まれているようだが、詳細がわからない。更にその奥でも乱戦になっている。
「レスター、二人がかりでジムを押さえてくれ。こいつを倒してから三人で畳みかけるぞ」
「はっ、てめぇなんぞが俺に勝てるわけねぇだろが!」
雑魚扱いされたジョンが横から口を挟んでくるが、こいつに負ける気はしないな。俺の見た目は若いけど、年季はかなり入っているんだぞ?
そのとき、背後から喊声が上がったかと思うと、すぐに悲鳴へと変わった。後ろで何が起きているのか大体想像がつく。
「な、なんだ……と」
俺と対峙しているということは、俺の背後で行われている戦いを目にするということだ。それを見たジョンは呆然とつぶやく。ジムに至っては声も出ない。
そして、せっかく仲間が作ってくれたこんな隙を俺は逃さなかった。一気に詰め寄ってジョンの顔めがけて鎚矛を突き出す。
「うおぁ?!」
ほとんど鎚矛に触れるかどうかというぎりぎりで、ジョンは俺の攻撃を避けた。しかし、体勢は完全に崩れており、のけぞるような姿勢からは反撃もできない。
見逃す理由なんてないので俺は一気に畳みかける。
尻餅をついたジョンは剣を突き出して俺を牽制しようとした。しかし、俺はそれより早く、振り上げた鎚矛をジョンの右手めがけて振り下ろす。鎚矛は狙いよりも少しずれて右手首に当たった。
「がっ!!」
鎚矛から肉を叩く鈍い感触が伝わってくる。ジョンの右腕は地面に叩きつけられて、その衝撃で剣を手放した。
「我が下に集いし魔力よ、大地より出でて貫く牙となれ、土槍」
「ごぁ……!!」
俺は地面から生えるように土槍を射出させて、悶絶しているジョンを串刺しにした。ただの鎚矛でとどめを刺そうとすると、滅多打ちにしないといけないからな。
すぐそばを見ると、レスターが使用人と共にジムを追い詰めていた。ただ、二対一だからなのか、身体能力差のおかげなのかはわからない。
「我が下に集いし魔力よ、彼の者を絡め取れ、拘束」
レスター達に追い詰められていたジムは、荷馬車を背に戦っていたせいでほぼ身動きがとれないでいた。そして、俺から注意が完全にそれているのがわかったので、魔法で動きを押さえる。
「え、なんだぁ?!」
突然体の動かなくなったジムは何が起きたのか理解できていない。ただ、致命的な状態に陥ったことだけは理解しているようで、顔にかなりの焦りを浮かべていた。
ジムが動かなくなって驚いたのはレスター達も同じだが、二人は巡ってきた好機を逃すことなく短剣をジムに突き立てる。
「がふ……くそ、商人なんぞに」
「ふん、魔族を嘗めんじゃねぇ! てめぇみたいなひょろい人間なんぞにやられるかよ!」
やけに獰猛な笑顔を浮かべてジムに言い返したレスターは、突き刺した剣を思い切り引き抜く。その腹に開いた傷口からは血が大量に流れ出てきた。
「ユージ、助かったぜ。最後に魔法か何かを使ってこいつの動きを止めてくれたんだよな?」
「ああ。それよりも他の連中のことだ」
使用人が剣を引き抜いたことで崩れ落ちたジムが地面にぶつかる音を聞きながら、俺は周囲の様子を探る。
マイルズ達の方に視線を向けると戦いは互角だ。薬師と魔法使いをかばいながら戦っているせいで、マイルズともうひとりの戦士が縦横に戦えないでいる。その更に奥で戦っている孤立した二人は四人相手に善戦している。
一方、隊商の後方で戦っているアリー達を見ると、既に勝負は決しつつあった。立っている敵は残り三人だ。アリーと使用人二人が真正面から剣を交え、他の三人が支援に回っている。あ、アリーがひとり倒した。こっちは大丈夫だな。
レスターも俺に合わせて周囲に視線を巡らせると、のんびりしている状態じゃないことに気がついたようだ。
「おっと、急がないといけねぇな。ユージ、マイルズ達を助けるぞ!」
「俺ひとりで行く。雇い主を危険に晒すのはマイルズも嫌がるだろう」
「でもよ」
「あっちは俺が参加するだけで均衡が崩れる。三人もいらない」
自分達も加勢しようとするレスターと使用人を俺は止める。戦力になるとはいえ、商人を最前線に向かわせるわけにはいかない。
「しょうがねぇ。そこまで言うんなら任せるぞ」
問答している時間はないと判断したのか、レスターはあっさりと折れてくれた。俺はひとつ頷くとマイルズ達のところへと向かう。
「レスターは無事だ! 敵の二人は殺したぞ!」
「ユージ?!」
その場にいた八人が俺の言葉に一瞬驚く。しかし、続いての反応は両極端だった。マイルズ達は勢いづき、敵は焦る。
一番近くで戦っているのは魔法使いだ。杖を使って器用に相手の剣を捌いている。やけに近接戦闘に慣れているな。
「加勢する!」
「助かる!」
俺が割って入ると魔法使いは一旦後退する。
「てめぇ、邪魔すんな!」
魔法使いを自由にするということがどういうことかは、さすがに相手もわかっているらしい。より激しく攻め立ててきた。しかし、俺はそれをひたすら受け流すだけだ。
「我が下に集いし魔力よ、魔の敵討つ槍をこの手に与えよ、闇槍」
魔法使いの詠唱が終わる直前に俺はその場を飛び退く。魔法を使う者として、そのタイミングは間違えない。
目の前の俺が突然いなくなったことで驚いた敵に、魔法使いから放たれた闇槍が迫る。近距離から放たれた魔法を回避することは難しい。
「げっ!」
鳩尾辺りに突き刺さった闇槍は尚も前に進もうとする。それに引っぱられるように敵は仰向けに倒れた。
「マイルズ!」
「こっちはいい! 向こうの二人に加勢してくれ!」
魔法使いがひとり自由になったことで、こちらの戦力の均衡は崩れた。薬師が心配だが、マイルズはどうにかできると判断しているらしい。だったら、その指示に従えばいいだろう。
戦っているマイルズの脇を抜けて、俺は何も言わずにぼろ荷馬車へと向かう。
そこでは二対一の戦いが繰り広げられていた。マイルズの仲間二人が四人を相手にしている。どちらも戦士系らしく、剣と斧を使っていた。最初見たときは四人相手に善戦していると思っていたが、今改めて見ると圧倒している。
そのせいだろう、簡単に片付くと思っていたはずの敵側は、予想以上に強い相手に焦りの色を浮かべている。たぶん、普通の商人と護衛だと思って襲ったんだろうなぁ。意外と魔族の強さは知られていないのかもしれない。
ともかく、これはこれで都合がいい。敵をひとり倒せばこっちの勝ちだ。
「ひとり引き受ける!」
手近にいた敵に鎚矛で殴りかかると、強引にそいつをこちらへと振り向かせる。
「てめぇ! 余計なことを!」
「だからいいんじゃないか」
戦っているときは相手にとって嫌なことをするのが基本だからな。そうやって困ってくれるってことは、俺のやっていることは正しいというわけだ。
これで、俺と斧使いの戦士が敵を一人ずつ、剣使いの戦士が二人のままとなった。二対四が三対四へと変化することで、形勢は一気にこちらへと傾く。
「ウオオォォォ!!」
斧使いの戦士が、今までの鬱憤を晴らすかのように猛攻を仕掛けた。対する敵の顔色は一気に青ざめた。あの肉厚な戦斧を自分めがけて振り回されるんだから、その気持ちはよくわかる。
しかし、そんな重量級の攻撃を何度か受けた敵の剣は、一瞬乾いた音を立てて折れてしまう。
「ま、待って!」
敵は降伏しようとしたが斧使いの戦士はそれを無視。首の根元に戦斧を叩き込み、鳩尾辺りまで切り裂いた。
「な、なぁ。見逃してくんねぇかな」
その様子を見ていた俺と対峙していた敵だったが、相手は戦斧で切り裂かれた仲間の様子を見て怖じ気づいていた。
斧使いの戦士が死体から戦斧を引き抜いて、剣使いの戦士の方へと向く。次の相手はどちらかを引き受けるらしい。
それを横目で見ながら正面の相手に返事をする。
「まずは降伏してからだな。お前をどうするかはあっちにいる商人次第だ。勝手なことをすると俺が怒られるし」
「ちくしょう!」
事実上の死刑宣告と受け取ったらしい相手は、叫びながら俺に切り込んできた。俺はその剣を鎚矛で受け流して後退する。そして、その間に呪文を唱えた。
「我が下に集いし魔力よ、彼の物に力を与えよ、魔力付与」
武器に魔力を付与するのは、幽霊などの非物理的な存在を攻撃するためだけじゃない。単純に物理的な攻撃力も上がる。だから俺みたいに直接攻撃が得意じゃない奴にとっては、結構重宝する魔法だ。
俺が何か魔法を使ったことに焦りを覚えた相手は、一層激しく攻撃をしてくる。俺は尚もその攻撃を受け流すが、もう後ろへは下がらなかった。そしてしばらくすると、耐えきれなくなった相手の剣が半ばくらいで折れる。
頼りにしていた武器が折れたことで驚愕した相手が硬直する。その隙に俺は折れた剣を握りしめている右手を鎚矛で粉砕した。
「ああぁぁぁ!! いでぇぇ!!」
砕かれた右手をかばうように背中を丸めた相手の脳天が、俺に向かって差し出されるような形になる。それにめがけて、俺は再度振り上げた鎚矛を思い切り振り下ろした。
鎚矛は敵の頭にめり込む。その衝撃で顔から眼球や体液をまき散らしながら、相手は地面に倒れ込んだ。
死体から鎚矛を剥がして周囲を見ると、戦士二人は残る敵二人を倒していた。さすが本職、一対一だと仕事が速い。
「タ、タスカッタ」
斧使いの戦士が俺に礼を言ってくる。人間の言葉を一応使えるようだが、実にぎこちない。
『俺は魔族語でもわかるよ』
『そうか! ははっ、そりゃ楽でいいな! 助かったぜ!』
試しに魔族語で返事をしてみると、実に機嫌良さそうに言葉を返してきた。やっぱり人間語に慣れてなかったんだな。
他のところがどうなったのか気になったので、まずマイルズ達の方を見てみた。マイルズが最後のひとりと戦っている。もう決着がつくな。あ、倒した。
アリー達最後尾へと視線を移すと、あっちは既に終わっているらしい。こっちに顔を向けていた。
立っているのは俺とレスターとマイルズの仲間だけ、そして誰も欠けていない。始まりはかなり危なかったけど終わってみれば完勝だ。
『おい、ユージ。戻ろうぜ!』
斧使いの戦士が俺に声をかけてくる。うん、そうだな。じっとしていてもしょうがない。
俺は戦士二人とレスターのところへと足を向けた。