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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
5章 過去の影
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わかっていても動けない

 クロスタウンから出発して数日が過ぎた。街道上に点在する宿場町を利用しているので、今のところ野宿をしたことはない。幹線道路はこういう点が便利だ。


 ノースタウンまでの街道近辺はずっと平地だ。人工物はほとんどない。宿場町の他には、枝分かれしている細い道くらいか。遠くに集落や農地が見えることもあるけど、あれはもう完全に景色のひとつだよなぁ。


 一方、これが自然となると周囲に溢れている。草原や荒野はもちろん、丘陵、潅木、池、森など意外に多彩だ。たまに野生動物も見かける。非常にのんびりとした風景だ。


 でも、進むにつれて荷馬車の残骸が目立つようになる。通行の邪魔になるので街道の脇に押しやられているそれらの状態は様々だ。長い年月を経て朽ちたものからつい最近やられたもの、ほとんど無傷なものから原型をとどめていないものまで色々ある。


 「ああいうのを見ると、嫌な気持ちになるわね」

 「魔法学園にやって来るときは、気にもしませんでしたわ。でも今は」

 「ひとつ間違えたら、明日は我が身やもんな。他人事とは思えん」

 「せめて身ひとつで逃げおおせていられればよいのだが」


 たまに荷馬車の残骸を見ると、四人はじっとそれを眺めながらそれぞれ何かを思う。盗賊に襲われて護衛に失敗したときの話をよく聞いている俺としても、やっぱり嫌な気分になる。


 「そうゆうたら、この辺りは警邏隊はおらへんのか? クロスタウンを出てから一回も見かけてへんけど」

 「レサシガムからウェストフォートまでの旧王国公路だとその辺はしっかりしているんだけどな、クロスタウンからノースタウンみたいな小道を拡張した新道じゃ、なかなか期待できないんだ。宿場町を守るので精一杯だよ」


 旧王国公路沿いだとかつての資産をそのまま活用できるが、新たな街道にはそれがない。そして、そういった街道整備に投入できる資金と労力もないレサシガム共和国は、結局在地の領主に全てを任せるしかなかった。しかし困ったことに、その領主も小規模なところばかりなので余裕がないのだ。


 「去年の春頃から盗賊の活動が活発になったと聞いていますけど、よくそれ以前は治安を維持できていましたわね」

 「シャロンの言う通りだな。俺もそう思う」


 全体の情報を把握しているわけじゃないから、その辺りの事情は俺にはわからない。たぶん、誰にもわからないような気がする。


 「ねぇ、ユージ先生。改めて思ったんですけど、どうして隊商の人たちはばらばらに移動するんですか? 一塊になって行動すれば、襲われにくいように思うんですけど」

 「うーん、それなぁ」


 クレアの質問はもっともだ。しかし、実際には色々とやって失敗した過去がある。


 例えば、個々で護衛を雇った隊商がいくつか一塊になって移動したことがある。そして、いざ自分が盗賊に襲われたときに、他の隊商に助けてもらえなかったことがあるのだ。盗賊側がある隊商に狙いを絞って襲撃し、手出ししなければ他には手を出さないと宣言したからだ。


 次に、複数の隊商が共同で護衛を雇う場合に、誰がいくら出すかで話がこじれやすい。そして、その問題を解決できても、今度は盗賊に襲われたときに護衛の手数が足りなくて、襲われるがままとなる隊商が続発した。護衛を囮でおびき出してから手薄なところを襲われたらしい。盗賊にも知恵の回る者がいるようだ。


 他にも、扱っている品物によっては、大集団を組める相手を暢気に待てない場合がある。毎日値段が変化する食料、特に穀物なんかは急いで運ばないといけないこともあるもんな。


 というような理由で、現在の隊商は個別に対処するという方針で動いている。


 「師匠の話を聞いていますと、結局は隊商側に付け入る隙があるのが問題なんですね。しかも、どうにもならない事情もあるから対処しきれない」

 「そうだな。盗賊としては結構なことってわけだ」


 世の中うまくいかないよな。あんまり上手くいきすぎると、冒険者の食い扶持が減ってしまうから痛し痒しな面もあるけど。


 そんなことをみんなで話していると、前方の荷馬車がゆっくりと止まった。充分に間隔を開けているからぶつかることはない。俺も荷馬車を止めた。


 周囲は見晴らしの良い平地だ。あちこちに小さい林が点在している。今はまだ三月だから緑は少ないけど、春になったら色が変わるんだろうな。人工物は街道以外にこれといってない。景色は至って平穏なものだ。


 時刻は昼前だからまだ荷馬車を止めるような時間じゃないんだけどな。


 「何があったんやろ?」

 「ちょっと見てくる」


 スカリーの問いかけに短く答えると、俺は御者台から降りて前の荷馬車へと向かった。


 俺は目の前を進んでいた荷馬車の御者台にたどり着く。二人いるはずの使用人が一人しかいない。


 「なぁ、何があったんだ?」

 「わからねぇ。今相棒をレスターさんのところへやってるんだ」


 礼を言うと、俺もレスターの荷馬車の御者台へ向かう。そこには、レスターと二人の使用人がいた。ただ、そのうちのひとりはすぐに後ろの荷馬車へと戻ってゆく。さっきの使用人が言っていた相棒だ。


 「レスター、何かあったのか?」

 「ユージか。目の前に車輪の壊れた荷馬車が止まっていたんだ。それで、助けてほしいんだとさ」


 護衛の馬車の先、約二十アーテムほどのところに問題の荷馬車があった。非常に傷みの酷い荷馬車だ。しかも街道のど真ん中で擱座している。実に迷惑きわまりない。


 「相手はどんな連中なんだ?」

 「小さい傭兵団らしい。これから国境へ向かうところなんだとよ」


 レスターの話を聞きながら、俺はその傭兵団の傷んだ荷馬車に視線を向ける。こっちからは護衛の魔族二人が車輪をひとつ運んでいるところだ。相手側は柄の悪い傭兵二人がその車輪を受け取ろうと待っている。


 なんだろう、あの傭兵、単に柄が悪いっていうだけじゃないような気がする。そう、どっちかっていうと盗賊っぽいよな。くそ、嫌な感じがする。


 俺は念のため捜索サーチを使った。隣りにいるレスターが怪訝な表情を浮かべてこっちを見るが無視する。


 設定した条件は人間、武器、防具の三つだ。傭兵団を名乗る連中は荷台に八人、交渉のため外に出ているのが二人だ。


 「おい、ユージ。捜索サーチなんて使って何を調べてんだ?」

 「どうにも嫌な感じがするから、連中が何人いるのか確認したんだ。向こうの荷馬車には八人乗っている」

 「全部で十人。こいつらは盗賊だって言いたいのか?」


 俺は黙って頷く。盗賊が傭兵団に化けたなんて聞いたことはないけど、傭兵が盗賊化するという話は聞いたことがある。実際にそんな連中と出会うとどっちなのか判断しにくいな、これ。


 「ユージもそう思うか。俺も嫌な感じがするんだよな。マイルズも警戒しているだろうが、車輪を運んだ二人が危ねぇ」


 やっぱりレスターもマイルズも警戒していたのか。


 再度向こうに視線を向けると、相手の荷馬車からぞろぞろと男達が降りてきた。どいつもまっとうな感じがしない。そいつらが車輪を受け取ると、交渉していた傭兵二人がこちらに向かって足を向けてきた。


 「おい、こっちに来るぞ」


 たぶん、レスターに挨拶でもするんだろう。本当に単なる挨拶だったらいいんだけどな。


 俺は再び捜索サーチで周囲に誰か潜んでいないか確認すると、俺達の荷馬車の後方約三十アーテムの草むらに六人分の反応があった。くそ、当たりか!


 (柄の悪い傭兵団が助けを求めてきたが、こっちを襲う可能性がある。俺達の荷馬車の三十アーテムくらい後方の草むらに六人隠れているぞ。向こうが仕掛けてきたら、全員レスターの二台目の荷馬車の位置で迎撃してくれ)


 自分の荷馬車に戻っている時間がないので、俺は精神感応テレパシーで四人に指示を出す。短い返事が全員から返ってきた。これで隠れている敵との位置は約四十アーテムになる。魔法を使う時間が少しでも稼げるだろう。


 「レスター、後方に伏兵六人が隠れている。この六人と傭兵団に関係があったら、あいつらは俺達を襲うだろう。アリー達を後ろの荷馬車の隊員と合流させて迎撃させる。こっちに近づいている二人は俺達でどうにかするぞ。だから、マイルズのパーティは事が起こったら孤立している二人の救援に向かわせてくれ」

 「なんだって?」


 俺の提案にレスターは驚くが、後方でアリー達が荷馬車から降りているのを見ると、一瞬険しい視線をこちらへと向けた。


 「おい、連中に動きがあったらこっちは気にせず全力で二人を助けろとマイルズに伝えろ」


 レスターが使用人のひとりに指示を出す。その使用人は走って護衛の馬車へと向かった。


 それと入れ替わるようにして傭兵団の二人が目の前にやって来た。


 「いやぁ、助かったぜぇ! 小さい所帯とはいえ何人もいるからよ、荷馬車が動かねぇとどうにもならねぇ! これで出稼ぎに行けるってもんさ」

 「そりゃよかったな。困ったときはお互い様さ」

 「俺はジムってんだ。傭兵団の隊長をやってる。こっちはジョンだ」


 なんとも嫌な感じでしゃべる男だ。わざとやっているんじゃないのかっていうくらい不快な思いをさせてくれる。レスターはそれに対していつも通りに話している。


 傭兵団の荷馬車に視線を向けると、男達が車輪の取り替え作業に取りかかっているように見えた。作業をしているのは六人で、うち二人はマイルズの仲間だ。


 視線を少し近づけて護衛の馬車に移すと、マイルズ達四人が馬車から全員出ている。そして、傭兵団の四人が何やら話しかけようとしているところだった。うわ、あれじゃ孤立している二人をすぐに助けられない。


 伝言を伝え終わった使用人が戻ってきた。レスターはあの二人の傭兵とまだ話をしている。


 「それにしても、そっちには大した上玉の嬢ちゃんがいるもんだねぇ」

 「全くですぜ。一度お相手してもらいてぇもんです」


 話題がこっちに移ってきた。ジムとお付きのジョンが、奥にいる四人に視線を巡らせてゆく。嘗め回すようにというやつだ。


 ジムとジョンはとりとめもない雑談でこちらに話しかけてくる。マイルズ達四人は傭兵四人と何か話していた。こうなると、相手が仕掛けるとすれば、車輪の修理が終わったときか。


 内心緊張しながら周囲の状況を窺い続ける。考えられる相手の作戦は、レスターを人質にとってマイルズと俺達を無力化するか、孤立している二人を四人で殺してからマイルズ達を全滅させてレスター達を降伏させるか、後方からの奇襲でアリー達を殺してからやっぱりレスター達を降伏させるかだな。というより、俺達を襲う気なら、三つ同時に仕掛けてうまくいったやつで進める気なんだろう。


 最初からわかっていたら対処のしようもあった、と言いたいけど、街道を遮るようにぼろ荷馬車を置かれているから、結局はこうなっていただろう。なかなか知恵の回る連中だな。


 救いがあるとすれば、こっちの隊商は全員魔族だから使用人であっても戦力として数えられること、アリー達四人が女だから油断してくれる可能性が高いということだろう。あとは盗賊団の質次第だ。


 もう一度状況を整理しよう。自称傭兵団のぼろ荷馬車には、護衛の二人があっちの傭兵四人と車輪の取り替え作業をしている。そこから約二十アーテム離れたところに護衛の荷馬車とマイルズ達四人、それと傭兵四人が話をしている。更に約十アーテム離れて俺、レスター、使用人の三人が傭兵隊長のジムとジョンの相手をしている。そしてまた約十アーテム離れたところにアリー達四人と使用人二人だ。あとはその後方約四十アーテムの草むらに何者かが六人隠れている。


 これ、人間の隊商だったら完全に詰んでいたよな。レスター達も戦えるからこそぎりぎりどうにか対応できるんだ。


 ここまで差し込まれてしまっていたら、形勢を逆転させるためにも先手を打った方がいい。例えば、アリー達に草むらに隠れている六人を魔法で先制攻撃させるというようにだ。


 しかし、ジム達が俺達を襲う気なんてなかったら? そして、草むらに隠れている連中もそんな傭兵団の仲間だったら? そんな可能性がわずかにある。こっちがジム達を疑っているように、あっちも俺達を疑っていてもおかしくないんだ。そうなると、このまま車輪を取り替えておしまい、ということだって考えられるんだよな。


 俺はほぼ確実にこいつらは傭兵団に偽装した盗賊か、傭兵兼盗賊だと思う。人の配置があまりにも仕掛けるのに都合がいいからだ。


 けど、俺は勝手に動けない。先制攻撃を仕掛けるかどうかの判断は、レスターかマイルズがしないといけないんだ。俺は単にこの隊商に同行しているだけ。決定権はない。レスター達を切り捨てるならば好き勝手に動けるけど、さすがにそれはなぁ。


 そんなことを考えていると、ぼろ荷馬車の方から歓声が聞こえてきた。何だろうと視線を向けると、傭兵達が喜んでいる。どうも車輪の取り替え作業が終わったようだ。


 「お? どうやら終わったみてぇだなぁ」

 「そのようで」


 ジムとジョンがにやにやしながら、自分達のぼろ荷馬車にちらりと視線を向ける。そしてこちらに向き直るなり、腰の剣を抜いて斬りかかってきた。


 「ははっ! 死ね!」

 「くそっ!」


 警戒していた俺は同時に鎚矛メイスを手にして迎え撃つ。ジョンが上段から振り下ろしてきた剣を俺は鎚矛メイスで受け流した。一方、レスターはジムに斬りかかられたが、すんでのところで躱していた。


 あーあ、やっぱりこうなるのかよ! これなら先に仕掛けりゃよかった!

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