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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
5章 過去の影
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現実はけっこう厳しいけれど

 クロスタウンから一緒に連れ立って北上してくれる隊商がようやく見つかった。出発日が一日ずれたが誤差の範囲だ。翌朝、朝一番に冒険者ギルドから荷馬車に乗って北門の外で合流する。


 いきなり余談だが、何人もの商人と交渉していたとき、実は荷馬車を冒険者ギルドに置きっ放しで北門に来ていた。もしレスター以外の商人と首尾良く交渉に成功してすぐに出発するなんて言われていたら、一旦冒険者ギルドまで荷馬車を取りに戻らないといけないところだった。間抜けすぎる。


 ともかく、問題なく旅を再開することができた。当面の目標はノースフォートへと続く分岐路だ。


 レスターの隊商は荷物を満載した荷馬車二台を中心に進んでいる。その歩みは人の徒歩と大して変わらない。そして、荷馬車の前方に護衛の馬車が、後方に俺達の荷馬車がそれぞれある。


 「他の隊商に混ぜてもろたからもっと何かあると思うてたけど、意外となんもないなぁ」

 「そうそう何かあったら困るでしょう」


 俺が御者を務める荷馬車の荷台で、スカリー達が暢気に雑談をしている。基本的に移動中は馬車単位で行動するから面子はいつもと同じだし、隊商の面々とは交流できない。つまり、いつもとほとんど何も変わらないのだ。出発前に挨拶を交わしたくらいか。


 「スカーレット様、宿場町に止まったときに、色々お話を聞いてみてはいかがですか?」

 「私もそうすればいいと思う。商売のために人間界にまで来ている者達だから、気安く応じてくれるだろう」


 旅をしているときの醍醐味はなんと言っても交流だ。良いことも悪いこともあるけど、やっぱり刺激がほしいよな。異種族であり、なおかつ本来の身分差もあるから、会話はきっと面白いものになるだろう。


 とはいっても、今はまだ荷馬車で移動中だ。交流は夜まで待たないといけない。


 予定では、八日間ちょうどでノースフォート方面への分岐路に出くわす。ここでレスターの隊商とはお別れだ。そこからはひたすら東に向かってノースフォートを目指すことになる。


 問題なのはそれまでの経路で盗賊に襲われるのかどうかだ。話によると、分岐路までは日に日に襲われる確率が高くなるらしい。レスター達も盗賊に襲われたことがあるそうだが、小規模な盗賊団だったおかげで撃退できたそうだ。


 もっとも、魔族の場合、そもそも人間よりも身体能力が高い上に、誰もが何かしらの魔法を使えるということなので、レスターや使用人達も戦力として当てになるのが大きい。苦労して見つけた同行者だけど、案外一番当たりを引いたのかもしれないな。


 「師匠、つかぬ事を伺いたいのですが」

 「え、なに?」


 ぼんやりと前方を走る荷馬車の後ろ姿を見ていた俺は、横合いからアリーに話しかけられて顔を向けた。ふと気づくと、他の三人もいつの間にかこっちに寄ってきている。


 「仮にこの隊商が盗賊に襲われたとしたら、何人までなら対応できそうですか?」


 ああそうか、これからのことを考えているのか。初日の今から考えて対応策を練っておくのもいいな。暇潰しにもなる。


 「最初に確認しておきたいことがある。アリー、一般的な話でいいんだけど、人間と魔族の身体能力差はどのくらいあると思う? 例えば、魔族ひとりで人間を何人まで相手にできそうだ?」

 「難しい質問ですね。ただ、私が人間の賊を相手にしたときのことを考えますと、マイルズ殿のような戦いを専門としている方ならば五人か六人、レスター殿のような素人でも二人は相手にできるかと思います。ただし、これは相手が魔法を使えず、練度もそれほど高くない場合です」


 そこまで正確に戦力を弾き出せているんだったら、もう答えはわかっているようなものじゃないのだろうか。というか、そもそも人間の賊なんていつ相手にしたの?


 「アリー、あんたいつ人間の賊相手に戦ったんや?」

 「ペイリン魔法学園に向かう途中だ。あのときは護衛もいたから大したことはなかったぞ」


 その話を聞いた俺達は納得した。なるほど、道理で最初から強かったわけだ。


 「でもそれだったら、もう答えは出ているんじゃないかしら? マイルズさんのパーティは六人で、レスターさん達は四人だから、三十八人から四十四人くらいかしらね」

 「それでわたくし達もいますから、最大で……あら? ユージ教諭、わたくし達はどの程度の強さなのでしょうか?」


 シャロンが首をかしげて尋ねてくる。そうだなぁ、俺達五人だと魔法を使えたら結構いけるんじゃないだろうか。


 「ひとり頭二人でいいんじゃないか?」

 「ならば、最大で五十四人くらいになる計算ですわね」


 単純に計算するとそうなる。結構大規模な盗賊団も相手にできそうだよな、理論上は。


 「よし、なら最大で五十四人と戦えるとしよう。で、実際に五十四人が一斉に襲いかかってきたとしたら、本当に対処できると思うか?」

 「無理です。つまり、実際はそんなに相手はできないわけですね」


 アリーが即答した。まぁ、想像したらすぐわかることだよな。


 「理想的な環境で戦えたら可能なんやろうけど、そんな前提がそもそもあり得へんもんな。相手も自分の都合で戦うやろし」

 「では、どのくらいまでなら対応できるんですの?」


 シャロンの問いかけにすぐ答えてもいいんだけど、せっかくだからひとつずつ解いていくことにしよう。


 「シャロンの問いかけは一旦脇に置いて、次の質問をしよう。五十四人は相手にできないことがわかった。それじゃ、これが二十七人だったらどうだろう?」

 「こちらは十五人いるから、対処できそうですよね」

 「他に何の条件もなければ……いや、一斉に襲いかかられたとしたら、勝てはするだろうが、こちらもただでは済まないな」


 クレアとアリーが慎重に答える。そうだな、こっちの人数と相手の数だけを比較した場合、アリーの言う通りだ。


 「ただで済まんときに真っ先にやられるとしたら、やっぱり弱い奴からやんな。そうなるとうちらの場合は、レスターはん達からかいな。あー、こりゃあかんわ」

 「マイルズ達にとっては護衛隊商ですものね。とても許容できることではありませんわ」


 お、スカリーとシャロンが気づく。俺は「正解」と一言言って頷いた。


 「それじゃ、更に半分の十四人だったら?」

 「こっちとほぼ同じ人数か。それならどうにかできそうやねんけど」

 「盗賊団の練度がそう高くなく、魔法を使ってこない場合ですと、隊商の者達が全員魔族ならどうにか切り抜けられそうです」

 「そうだな。つまり、俺達を含めた隊商が全員生き残れると言い切れるのは、大体その人数以下で襲われた場合なんだ」


 スカリーとアリーが達した結論は、レスターの隊商にとって最低条件だ。自分達が生き残ること。


 「でも、レスターは商人だ。荷馬車の商品も守らないといけない。それを考えると、十四人という数はどうだろう? もし荷物を奪えないと判断した襲撃者が、一斉に火矢を射かけてきたら?」


 全員が黙る。そう、隊商だけじゃなく、護衛対象がある仕事の難しさがここにある。純粋に戦力という面から見た場合、護衛対象は足手まといだ。慣れていないとその点がよく抜け落ちる。


 「そうなると、現実的には襲撃者が十四人もいれば、立派な脅威になるわけね。守りながら戦うって難しいわね」

 「これで魔法の使えない練度の低い盗賊団となりますと、条件が変われば更に対処できる人数は減ってしまいますわね」


 クレアとシャロンが難しい顔をして考え込む。


 「ということで、実際に完璧に対処できる襲撃者人数は十人程度までだろうな」


 俺達も戦力として見た場合、純粋な戦闘要員はマイルズのパーティも合わせて十一人だ。しかし、レスター達四人と荷物を確実に守るのならば、それ以上の数の襲撃者は危ない。まぁ、マイルズが俺達をどの程度使えると見ているかはわからないが。


 「盗賊が見えた時点で、遠くから魔法で攻撃したらええんと違うの?」

 「それができる状態ならな。中には隊商に化けて近づいてくる連中がいるぞ。あれ、かなり厄介なんだよな」


 真っ正面から『盗賊です!』というような出で立ちで襲ってきたら、確かに俺達ならば魔法による火力制圧ができる。でも、相手だって色々考えているからな。馬鹿正直に挑んでくるとは限らない。いやほんと、もう面倒くさいのなんのって。


 「師匠、もし、十人以上の盗賊がやって来たらどうするのですか?」

 「真っ正直に襲ってくるなら、魔法で牽制して逃げ続ける。何人か倒せば諦めることも多いしな。けど、二十人以上だと荷物を捨てて逃げることを考えた方がいい。三十人以上はもう駄目だ。対処できないから身ひとつで逃げる」


 俺の話を聞いて四人が再度黙る。もっと威勢の良い回答を期待していたのかもしれない。でも、現実は厳しいんだよな。突出した能力があっても、条件によっては大して役に立たない。


 「現実は厳しいですね」

 「全くですわ。護衛というのは地味な上に大変な仕事なんですのね」


 クレアとシャロンがため息をつく。そう、みんなを普段護衛している騎士や警護兵は大変なんですよ。


 「とまぁ、ここまでが一般論だな。実を言うと、魔法を上手に使うとかなりの人数まで対処できたりするんだな、これが」

 「「「「え?!」」」」


 四人が目を剥いてこちらを見る。はっはっはっ、なんだか気持ちがいいな、これ。


 「俺達に関して言えば、だけどな」

 「え、うちらもなんかできるんか?!」

 「それ教えてほしいです!」

 「もったいぶらないで、早く教えてくださいませ!」

 「師匠、是非その方法をご教授願います」


 みんなの食いつきが凄い。これが純粋に女の子から迫られていたらもっと嬉しいんだろうけどなぁ。


 「ああわかった、みんな落ち着け。まず最初に、捜索サーチを使って敵を探す。武器と防具、あるいは人間で探せばいい」


 俺達以外でなおかつ街道以外の場所にそんな反応が複数あったら、まず間違いない。


 「スカリーとシャロンなら探索範囲が広いだろうから、奇襲はこれで全部防げる。クレアとアリーも平均以上の範囲は探索できるから大体はいけるだろう」

 「師匠、先ほど隊商に化けていた場合のことを例に挙げていましたが、このときはどうすればいいのですか?」


 他の三人もアリーの質問に頷く。もちろん判別の仕方はある。


 「やっぱり捜索サーチで人間を探せばいい。普通、隊商の荷馬車の荷台には売り物が満載されていて人が入り込む余地なんてないだろう? でも隊商に化ける襲撃者は、その荷台の中に何人も人間を忍び込ませている。だから荷台の中に複数人の反応があったときは要注意だ。これに武器と防具の反応も一緒に出たら間違いないな」


 それでも油断してやられてしまう例はいくらでもあるんだけどね。みんなはそうならないでほしい。


 「盗賊を発見する方法はそれでええとして、撃退する方法はどうなん?」

 「真正面から攻めてくる場合は、シャロンが作った魔法操作マジカルコントロールを使えばいい。襲撃者を対象にして攻撃魔法を撃てばまず外れないから、数百アーテム先の相手も狙える」


 例え魔法で遠距離攻撃できても、今までは直線にしか飛ばせられなかったので、お互いかなり接近しないといけなかった。しかし、魔法操作マジカルコントロールを使えば気兼ねなくかなりの遠方にいる相手にも魔法を撃てる。これは決定的な利点だ。


 「わたくしの作った魔法が、こんな形で役に立つなんて!」

 「凄いじゃない、シャロン!」

 「なるほどな、使い手の能力次第で出鱈目な距離からでも攻撃できるんか!」


 クレアとスカリーに両側から賞賛されて感極まるシャロン。しかし、実際に凄いと思う。これが普及したら、魔法を撃ち込まれた側が一気に苦しくなりそうだ。


 「確かに今の話で、私達ならあらゆる襲撃に対してかなり対応できることがわかりました。しかしそれなら、わざわざ隊商に同行しなくてもよかったのではないですか?」


 俺の話を聞きながら考え事をしていたアリーが、予想していた質問をしてきた。


 「確かにそうなんだけどな。やっぱり数の力には最終的に勝てないんだ。それに、襲撃者の目標が俺達だけの場合と、他にも複数ある場合では危険度がまるで違う」


 例えば、相手が三十人で攻めてきた場合、俺達だけだと最初から最後まで三十人全員を相手にしないといけない。しかし、レスターの隊商と一緒にいれば、荷馬車二台と馬車一台も含めて四つに目標が分散される。単純に計算すると、目標ひとつに対して七人半だ。どちらが対処しやすいかは誰にでもわかるだろう。


 え、荷馬車を犠牲にしていいのかって? 良くはない。でも、俺達はたまたま同行しているだけであって、護衛として雇われたわけじゃないからな。荷馬車を守る義務はない。それはレスターも承知の上だろう。逆に言えば、七人半の襲撃者はこちらが引き受けることになるし、俺達に犠牲が出たところでレスター達に損はない。まぁ、それは俺も承知の上ということだ。


 「なんや世知辛い話やなぁ。非難なんでうちにはできひんねんけどな」

 「確かに。そこまで考えないと冒険者はできないんですね、師匠」


 さすがに生々しすぎたのか、四人とも微妙な表情を浮かべる。


 「まぁ、みんなは冒険者になるわけじゃないから、これに関しては、そこまで考えなくてもいいんだろうけどな」


 でも、実家の政治にはどうしたって巻き込まれることになるから、別の分野でこれ以上に酷い考えを身につけないといけないけど。


 「ともかく、無茶をしなければ上手く切り抜けられるから、必要以上に心配しなくてもいいよ」

 「「「「はい!」」」」


 ただでさえ慣れない旅をして疲れてしまうんだから、余計に緊張させてはいけない。現実を教えつつもあまり不安を抱かせないよう、他にも色々と四人に教えながら旅を続けた。

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