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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
5章 過去の影
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旅先での危険

 「あ~、酷い目に遭った」


 俺は荷馬車の御者台で規則的な振動に揺られながら、今朝のことを思い出していた。


 レサシガムで旅に使う馬車を借りようとしたところで喧嘩の原因となってしまい、何とか切り抜けたと思ったら結局巻き込まれてしまう。そして、冒険者ギルドの警備員の厄介となって、出発はかなり遅れてしまった。


 喧嘩の原因は、スカリー、クレア、アリー、シャロンが美人だったからだ。たぶんひとりだけだったとしても同じように周囲の男の気を引いたんだろうけど、さすがに四人も集まると吸引力が違うのかもしれない。そういえば、体から発する臭い、いや香りは明らかに違うもんな。


 座布団代わりに毛布を使っているとはいえ、たまに臀部をほぐしてやらないと痺れてくる。その際に、俺は荷台の方に目をやった。


 荷台は以前ウェストフォートへ向かったときに使ったものと同じだ。その幌つき荷台で四人が談笑している。雑談の内容は、それぞれのお国自慢といったところか。最初は冒険者ギルドでの災難についてだったが、やがて飽きたのかいつの間にか変わっていたのだ。


 四人のお国自慢の中では、唯一デモニアの話だけが新鮮だ。というのも、レサシガム、ノースフォート、ハーティアは、前世の体験もあって散々滞在したところだからな。それに対してデモニアは何も知らない。いや、正確には魔王の城にだけは行ったことがあるけど、かなり混乱していたときにこっそりと忍びながら入っただけだしなぁ。


 再び視線を前にやると、ずんぐりむっくりとした体型の馬の尻と背中が視界いっぱいに映る。競技用のサラブレッドなんていないし、荷台を引く馬はみんなこんな体型だ。ええと、あれ、道産子みたいなやつ。


 その馬の臀部が延々と規則的に動いているわけなんだけど、ぼんやりと眺めていたら、なぜかクレアの大きなお胸さんを思い出してしまった。そうそう、歩いているとあっちも揺れるんだよな。でも真正面から見ると通報されてしまうから、少しでも視界に収まるように色々と努力したんだ。いや、自分でも駄目なことをしているのはわかっていますよ? でもね、やっぱり正常な男としては仕方ないと思うんです。


 俺は一体誰に言い訳しているんだろうと首をかしげたが、気にするのを止めた。どうせ誰も見ていないし。


 「ユージ先生、代わりましょうか?」

 「うぉ?!」


 驚きのあまり変な声が出てしまった。まさか当の本人が声をかけてくるとは思わなかったぞ。


 視線を横に向けると、クレアが御者台へと身を乗り出していた。そのため上半身が陽の下に晒されているわけだが、正に今、夢想していたものが荷馬車の振動に合わせて小刻みに揺れている。またなんという自己主張の仕方をするんだ。


 思わず触りたくなったので慌てて一旦視線を真正面に据える。うん、さすがに馬の臀部には興奮しない。大丈夫、俺、正常。


 「どうしました?」

 「あ、いや、なんでもない。それで、何か用か?」


 スカリーがこの様子を見ていたら絶対茶化してくるだろうなと思いながら、クレアに用件を聞く。昼ご飯はもう食べたよな?


 「御者の番を代わりましょうか? 朝からずっとユージ先生ばかりがやっていますから、なんだか悪い気がして」

 「そんなことを気にしていたのか。今回は俺の仕事みたいなものだから、気にすることなんてないのに」


 今後、クレアが荷馬車を扱うことなんてないだろうから、四人でずっと話をしていればいいのに。


 「そういうわけにはいきません。恩師に雑用をさせているみたいで気が引けるんです。それに、こんなときでもないと馬車の御者なんてできませんから」


 なんだ、結局御者をやりたいだけか。俺は思わず小さく笑ってしまった。それを見たクレアは口を尖らせてこちらを睨めつけてくる。


 「わかった。それじゃ代わってもらおうか」

 「やった!」


 俺が場所を空けるとクレアはそこに滑り込んでくる。手綱を渡すと入れ替わりに俺が荷台へと引っ込んだ。そしてクレアが御者台の中央に座り直す。


 「あれ? なんや、番を代わったんかいな」

 「そういえば、ずっと師匠に御者の役をしてもらいっぱなしでしたね。迂闊でした。次は私がします」


 御者の交代に気づいたスカリーとアリーが声をかけてきた。俺は三人の輪の中に入る。


 「いやぁ、御者から解放されて何が嬉しいって、自由に尻をほぐせるところだよな」

 「ユージ教諭、最初の言葉がそれなのは、あまりにも下品ではありませんこと?」


 シャロンが半目な視線をこちらへと向けてくるが、事実なのだからどうしようもない。体の向きを自由に変えられる君達とは違うのだよ。


 「とゆうことは、今のクレアはあんまり身動きできんわけか」

 「スカーレット様?」


 何やら真剣な表情で考え込むスカリーにシャロンが声をかける。しかし、反応はない。


 「ふむ、これはちょっと試してみよか」


 そして、何らかの結論に至ったスカリーは邪悪な笑みを浮かべる。ここは止めるべきなのかもしれないが、アリーとシャロンは呆れて、俺は期待してスカリーの行動を見るばかりだ。つまり、クレアを守る者は誰もいない。


 「クレアさ~ん。ちょっと戯れへんかぁ?」

 「スカリー、あんたまた何か企んでるわね?!」


 堂々と背後から忍び寄る親友に不穏なものを感じたクレアの声色が固くなる。うん、クレアの危機察知能力は正常に働いているな。けど、残念ながら御者台で手綱を持っているせいで動けない。


 「なぁ、ちょっとそのおっぱい揉ませてぇなぁ」

 「ちょっ、なっ?! やめ!」


 後ろからクレアの脇の間を通して両手を前に突き出したスカリーは、その両手に収まらないほどのお胸さんをがっちりと掴むと、思い切り揉みしだき始めた。くそ、荷台からだとほとんど何も見えないぞ!


 その瞬間、クレアから強烈な悲鳴が上がったかと思うと、弾みで手綱を操ってしまい、馬が暴走してしまう。そのため、俺達は激しい揺れで荷台を転がり回ることになってしまった。


 今回の教訓、御者にいたずらはやめよう。




 そんなのんびりとした荷馬車での旅を一週間ほど続けて、俺達はクロスタウンに到着した。課外戦闘訓練で一泊した交易都市だ。西はレサシガム、東はウェストフォート、南はロックホール、北はノースタウンへと通じている文字通り街道の十字路にある。ここ数十年で急速に力を付けてきた都市だ。


 荷馬車をクロスタウンの冒険者ギルドに預けると、俺は建物内の待合場所で待たせていた四人のところに戻ってきた。


 ここでも四人は男所帯の冒険者達から大きく注目されるが、幸い今のところちょっかいはかけられていない。たまたまなのかクロスタウンの冒険者がおとなしいのかはわからないが、こちらとしては都合がいい。いつ困った奴が声をかけてくるかという不安は常にあるが。


 ともかく、これで後は宿に入るだけだ。本日の業務は終了しました。


 「これでやっと一息つけるな」

 「なぁ、ユージ先生。もちろんここで一日休むんやんな? うちのお尻はもう限界やで」


 すっかり疲れた表情を顔に浮かべたスカリーが、微妙に誤解されそうな発言を吐く。もちろん、固い荷台と荷馬車の振動にやられたものだ。毛布を座布団代わりにしても一週間の旅路は相当堪えるもんな。


 「馬車に揺られるのに慣れてしまったせいか、今も体が揺れているように思えますわ」

 「うん、わたしも。落ち着かないわよね」


 シャロンとクレアも荷馬車の振動には辟易しているようだ。完全に錯覚なんだけど、体は周囲の環境に慣れようとするためこんなことになってしまっている。実は俺も体の調子が変だ。


 「師匠、この街で一日休むということは、また以前のように観光しても良いということですか?」

 「うん。というか、みんなにいろんなところを見て回ってきてほしいんだ」


 俺の発言に四人が怪訝な表情を浮かべる。


 「どういうことですか?」

 「去年の秋頃だったかな。カイルが入るはずだったパーティが、盗賊に襲われて壊滅したって話があっただろう?」

 「確かに、ノースタウンへ向かう隊商護衛をしている最中の話でしたよね」


 俺とアリーの会話を聞いて他の三人も思い出したようだ。五人中三人が殺されたんだよな。


 「俺達はこれからノースフォートへ向かうわけだが、同じ街道を途中まで使うことになる。そこで、これから使う道がどうなっているのかを調べるんだ」

 「そうか、この先がどうなってるかなんて、なんもわからんもんな」


 そうだ。俺達はまだクロスタウンとノースタウンの間がどうなっているのか知らない。本当はレサシガムで調べようとしたんだけど、馬鹿な騒動に巻き込まれてそれどころじゃなかった。だからここでしっかりと調べておかないといけない。


 「でもそれならば、冒険者ギルドで確認すればよろしいのではありませんこと?」

 「急いでいるときなら別にそれだけでもいいんだけどな。今回はどうせ丸一日滞在するし、観光がてらいろんな話を集められたらと思ったんだよ」


 確かにシャロンの言う通り、冒険者ギルドは有力な情報を持っていることが多い。中には大金をはたいても手に入れた方がいい情報もある。しかし、完璧ではない。それに、そういった情報は、周辺にある一見するとどうでもいいような情報と組み合わせることで、より価値あるものになることだってある。そのため、情報収集は手間暇を惜しんではいけない。今回みたいに自分の命に関わるようなことは特にだ。


 これについてはいい機会なので四人に再度説明をしておいた。


 「わかりました。それじゃ、わたし達は楽しみながら街でお話を集めてくればいいんですね」

 「うん。こっちはこっちでやっておくから、前に見物できなかったところも見てきたらいいよ」


 必要な情報は大体俺の方で集められると思う。だから、他の四人にはそう気負うことなく観光を楽しんできてほしい。


 一応話したいことは話せたので、俺は宿を探すために立ち上がった。




 翌日の夜、宿屋が経営している食堂で俺達は晩ご飯を食べている。多少疲れた顔をしている者もいたが、今しっかりと食べて寝たら翌日には回復しているだろう。


 昨日冒険者ギルドの待合場所で相談した通り、俺達は一日かけてクロスタウンを歩き回っていた。しかし、五人が一塊になってではなく、四組に分かれてだ。ほぼ単独行動をしていたことになるな。


 一通り食べて胃袋を落ち着かせると、俺達は今日の成果を報告することにした。


 「観光の話は一通り聞いたし、そろそろ明日以後の旅に関することを話し合おうか。まず俺からだけど、ここからノースタウンまでの街道には、盗賊がよく出没するらしいことが確認できた。去年の春頃から活動が活発になっているらしい」


 比較的小規模な領主の領地を根城にしていたり、遊牧民みたいにあちこち移動していたりしているそうだ。小領主だと討伐隊をなかなか組めないだろうし、確固たる拠点がない場合はどこに討伐隊を差し向けたらいいのかわからない。ということで、なかなか厄介なことになっているという話だった。


 「冒険者ギルドに討伐依頼は出ていないのですか?」

 「依頼を出せる金がない、討伐してもすぐに復活する、根城はもぬけの殻だった、返り討ちに遭った、という話が多いな。あんまり討伐は成功していないみたいだ」


 アリーの疑問にすぐ返答する。こういった話はどこでも聞くけど、今回はその割合が他の地域よりも酷いということだ。


 「レサシガム共和国だと、聖騎士団もほとんどないから、光の教団も打つ手なしなんですよね」


 申し訳なさそうにクレアが会話に参加してきた。クレアは昼頃にクロスタウンの教会に足を運んだのだ。そこで話を聞いてきたらしい。


 ハーティア王国ならば領主や冒険者ギルドの他に、聖騎士団というまとまった戦力がある。しかし、いまだ光の教団の勢力が弱いレサシガム共和国では、聖騎士団の活躍は望めないのだった。


 「そのせいなんやろな。市場で魔界の品の値段が去年から値上がりしているで」

 「二倍以上になった品物もありましたわよ」


 スカリーとシャロンは市場を中心に街を巡ったそうだ。他の都市からの品物に値段の変化はないらしいので、たぶん盗賊が暴れ回っているからなんだろうな。


 「私は同郷の魔族と偶然出会って話を聞いてきた。それによると、旅人の間でも、北に向かうときは特に注意するようにという話が広がっているらしい」

 「魔族の旅人なんて珍しいですわね」


 シャロンやスカリーによると、基本的に商用で人間の世界にやって来るものらしい。


 「みんなの話を聞いていると、どうもあちこちに盗賊が出没して、隊商や旅人を見境なく襲っているようだな」

 「つまり、うちらも充分狙われる可能性があるってゆうことか」


 隊商みたいに金目の物を満載している連中だけじゃないんだな。ということは、小規模な盗賊団も割といるということか。


 「あ、そうだ。身ぐるみ剥がされて殺されるっていう話はあったか?」

 「いえ、そういう話はほとんどありませんでした、師匠」

 「わたしも教会の方に話を聞いた範囲では少なかったです」


 俺もない。ということは、単純に食い詰めた連中が盗賊になっているだけか。


 「ユージ教諭、どうされますの?」


 シャロンが尋ねてくるが、自分達も危険だということがわかったくらいで、その回避方法は特に思いつかない。いや待て。ひとつあるか?


 「どこかの隊商に混ぜてもらおうか」


 自分達だけだと危険なら他人と組めばいい。隊商は隊商で危ないけど、俺達だけで旅をするよりかはましだろう。


 「明日ここから北上する隊商に紛れ込むんやな? うちもその方がええと思うわ」


 スカリーの言葉に他の三人も頷く。


 よし、これでとりあえず方針は決まった。明日は朝一番から隊商と交渉だな。受け入れてくれるところがあるといいなぁ。

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