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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
4章 夜明け前の助走
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卒業試験2

 進級試験の結果発表が今日で全て終わった。去年と一昨年ならばこの時点でみんなと一緒に食堂で慰労会を開いていたが、今年は違う。卒業試験はまだ終わっていない。


 既に卒業発表も終わったスカリーとクレアは完全に気が抜けている。クレアはもちろんだが、あのスカリーでさえも気合いを入れた発表の後は何もできないらしい。


 「あ~もうあかん。なんもできんわ」

 「そうね、何もしたくない」


 小森林の遠征後でもこんなに疲弊していなかった気がする。まぁ、人前で話をするというのは肉体労働とはまた違った疲れ方をするので、こんなものなのかもしれない。


 次の発表はシャロンだ。論文の題名は『魔法発動後の命中率と効果の向上を補佐する理論と実践』だ。攻撃魔法をいかに相手へと当てるのかということについての研究である。


 研究をするきっかけとなったのは、シャロン自身がここ一番というときに魔法攻撃を外してしまうため、これを何とかしたいと思ったことだ。どんな強力な魔法も当たらなければ効果を発揮しないからな。


 今回のシャロンは、その問題を魔法発動後に攻撃魔法の軌道を変化させるという方法で解決を試みた。それがあの魔法操作マジカルコントロールだ。白い真円の中に攻撃魔法を通すことで、以後その魔法の軌道を自在に変化させることができる。


 ちなみに、どうして個々の魔法を弄らなかったのかというと、存在する全ての攻撃魔法を修正しなければいけなくなってしまうからだ。さすがにそれはやっていられない。


 シャロンの発表は続いている。その理論の部分は何となくわかる程度でしかないが、周囲を見ると学生は似たようなものらしい。自分の専門外だとこんなものか。


 「さて、理論だけではつまらないでしょう。今日は実際に魔法の軌道が変化するところをご覧いただきたいと思います」


 発表の終盤になって、シャロンは自分の理論が実用的であることを示そうとする。さて来た。俺の出番だ。今回、実演を手伝う約束をしていたのである。


 俺は立ち上がると教室の一番奥へと向かう。俺はそこに立つと、小さい土人形ゴーレムを作り出して長机の上に置いた。その土人形ゴーレムは長机の上をちょこまかと動く。そして、その十アーテムほど前に俺が立った。


 標的である土人形ゴーレムとシャロンの間は約四十アーテムだ。散々やった実験のときと同じである。


 「今からユージ教諭の奥にある土人形ゴーレムを射貫きます。もし、見事命中すれば、皆さん、拍手をお願いしますわ」


 そう、今の俺は壁だ。実はちょっと怖い。


 「我が下に集いし魔力マナよ、突き抜けし魔法を操れ、魔法操作マジカルコントロール


 シャロンが手慣れた様子で呪文を唱えると、その目の前に直径五十イトゥネックの白い真円が現れる。


 会場内全員が、シャロンとその白い真円に注目する。問題はここからだ。


 「我が下に集いし魔力マナよ、火となり貫く牙となれ、火槍ファイアスピア


 教室内、しかも大勢の人がいる中で火属性の魔法はどうなのかと思うが、晴れの舞台なのでそこは考えないことにする。幸い、出現した火槍ファイアスピアも小さいものなのでシャロンもわかっているのだろう。


 その現れた小さい火槍ファイアスピアは、白い真円の中をくぐり抜けた。普通ならそのまままっすぐ俺にぶつかるわけだが、それは大きく斜め右上へとそれてゆく。


 「ああ」

 「おお?!」


 それほど速くない速度で進む火槍ファイアスピアを目で追いかけていた学生の一部が、外れたという感情を漏らす。ふふん、こいつの真価はここからだ。


 一方、魔法は普通直進しかしないことを知っている教師達は、曲線を描いて標的から外れていく火槍ファイアスピアを見て驚いている。


 そんなことなる態度を引き出した火槍ファイアスピアは、壁代わりの俺付近まで近づくとその進路を急激に変化させる。向かう先はもちろん標的である土人形ゴーレムだ。


 「おお!!」


 この急激な変化を見た聴衆は一斉に大きな声を上げた。そんな中を何事もないように火槍ファイアスピアは進む。そして、長机の上をちょこまかと動く土人形ゴーレムに命中し、これを破砕した。


 この瞬間、会場内には割れんばかりの拍手が鳴り響いた。その中でシャロンは満足そうに微笑む。発表は大成功だった。




 卒業発表で見るべきものは見た。残るはアリーとカイルの卒業試験のみだ。護身教練の卒業試験は土人形ゴーレムとの単独対戦の試験が終わり、四人から六人のパーティを組んで複数の土人形ゴーレムと戦う試験が行われている。


 あの二人は誰と組むのか気になったので、単独対戦が終わった後に会って尋ねてみた。すると、驚いたことに二人で組んで試験をするように指示されたらしい。


 「どうして二人だけ仲間はずれみたいになっているんだ?」

 「仲間はずれってゆわんといてくださいよ。それで、俺らが二人だけなんは、他から浮いてるからって説明されましたで?」

 「実力差が大きかったというのもありますが、私達は二人だけで訓練をすることが多かったので、あまり他の学生と連携がうまくとれないと判断されたようです」


 二人の意見を聞いて微妙な気分になる。今更言っても遅いが、もっと二人を他の学生となじませるような対策をしておくべきだったかもしれない。特にアリーは。


 「二人だけで大丈夫なのか?」

 「大丈夫でっしゃろ。試験を受けるパーティの人数と同じ土人形ゴーレムを相手にするみたいですし」

 「ただ、単独対戦の試験で私が対戦した土人形ゴーレムは他と違いました。もしかしたら今回も同じかもしれません」


 やっぱりアリーも気づいていたか。いくら何でも倒せないものではないだろうから、俺はそこまで心配していない。でもそうか、以前の試験の内容も少し変えられていたのか。そうなると、わざわざアリーとカイルだけを組み合わせたんだから、他とは違うんだろうな。


 何となく疑問に思っていたことがほぼ解消されたので、すっきりした気分で観戦することができた。しかし、実際にアリーとカイルのパーティ戦が行われる試験場を見て驚いた。


 四面ある一角のそこには四体の人形ゴーレムがいるのだが、どれも種類が違う。なんと、火属性の火人形ファイアゴーレム、水属性の水人形ウォーターゴーレム、風属性の風人形エアゴーレム、土属性の土人形アースゴーレムだ。ちなみに、アースゴーレムというのはゴーレムの正式な呼び方である。


 それはともかく、他の試験場には土人形ゴーレムが人数分配置されているだけなのに、あの二人だけ明らかに難易度が違う。それだけ実力が高く評価されているのか、それとも嫌がらせなのかがわからない。


 遠目で見ていると、さすがに二人も戸惑っているようだ。そりゃそうだろう。けどもう時間だ。試験場へと向かわなければならない。


 そして、開始が宣言される。すると、四つの試験場で全員が一斉に動き始めた。開始と同時に単独対戦のときよりもはるかに多い魔法が飛び交う。見ている方は派手で楽しいが、やっている方はたまらない。何しろ、三回当たった参加者から順次脱落していくからだ。


 人形ゴーレム側の戦術はどこの試験場でも同じようで、配置された数の半分が学生へと近づいてゆく。前衛役なんだろう。それに対して学生側も応戦するが、基本的に戦士がほとんどいない歪な編成なので、前衛役の人形ゴーレムと距離をとりながら地道に魔法を当てることになる。


 ところが、後衛役の人形ゴーレムがそれを邪魔するべく魔法攻撃を仕掛けてくるからたまらない。三面の試験場では、パーティ戦というよりは乱戦に近い戦いが繰り広げられていた。


 一方、アリーとカイルのところは様子が違う。四体中、二体の人形ゴーレムが前進してきたのは同じだ。しかも、火人形ファイアゴーレム風人形エアゴーレムである。的確に二人の苦手なところを突いてきたな。


 アリーが使えるのは四大系統の火と風属性、二極系統の闇属性、そして無系統だ。また、カイルは四大系統の土属性と無系統である。この中で、四大系統に関していうと、唯一水属性が使えない。つまり、火属性の魔法を相殺する手段がないのだ。


 これは前衛役の人形ゴーレムを攻めあぐねている二人を、後衛役の支援攻撃で倒す戦術なんだろう。なにこれ、本気で勝ちにきているじゃないか。


 「アリー! 前の奴は無視して先に後ろの奴を仕留めるで! 最初は水人形ウォーターゴーレムや!」

 「なるほど。わかった!」


 そんな人形ゴーレム側のやり方を見た二人は、二手に分かれて前衛役の人形ゴーレムの脇をすり抜けようとする。しかしもちろん、人形ゴーレムだってそう簡単には思惑通りにさせてくれない。四体が巧みに二人の意図を挫こうと連携する。


 しかしそれでも、アリーとカイルは止まらない。アリーは火人形ファイアゴーレムの拳を避け、水人形ウォーターゴーレムが撃った魔法を弾く。一方のカイルも、拳と魔法による攻撃を地面に転がって必死に避けた。


 その甲斐あって、二人とも攻撃を受けずに前衛役の人形ゴーレムを突破できた。


 これにより、前後から挟み撃ちをされる可能性は高くなった。しかし、実のところ危険性はそんなに変わっていなかったりする。理由は、流れ魔法がいつどこから飛んでくるのかわからないせいで、常時挟み撃ち状態だからだ。


 流れ魔法に注意しながら、アリーは水人形ウォーターゴーレム、カイルは土人形アースゴーレムに肉薄する。この時点で役割を切り替えたのか、さっきまで前衛役だった二体が魔法を撃ち出して来た。


 「アリー、行け!」

 「おう!」


 カイルのかけ声に押されたアリーが更に加速する。間合いに入る直前に、火属性魔力付与ファイアエンチャントをかけた木剣を走りながら構える。アリーの背後へ飛んできた火槍ファイアスピアは、カイルが土壁アースウォールで防いだ。代わりに、土人形アースゴーレムの拳をカイルは受ける。ぎりぎり木剣の腹で受けたようだが、吹き飛んで転がった。


 「はっ!」


 アリーは目の前の水人形ウォーターゴーレムの拳を避けると、気合いと共に木剣を振り抜いた。同時に、左肩から右脇腹まで水人形ウォーターゴーレムはきれいに切断される。地面に上半身が落ちると、水人形ウォーターゴーレムはただの水へと戻った。


 「カイル!」

 「こっちはええ! それよりそいつを挟むぞ!」


 地面に倒れていたカイルを見たアリーが声をかけたが、すぐに起き上がったカイルは次の指示を出す。


 現在は、土人形アースゴーレムを挟み込む形で二人が立っていた。後衛役へと変わった火人形ファイアゴーレム風人形エアゴーレムは離れたところにいる。しかし、さすがにまずいと思ったのだろう、火人形ファイアゴーレムがこちらに向かって来た。二対一の状況を活かすなら今しかない。


 先に動いたのはカイルだった。風人形エアゴーレムの攻撃魔法を土壁アースウォールで防ぎつつ、土人形アースゴーレムへ向かって突撃する。一瞬アリーの方へ向き直ろうとした土人形アースゴーレムは、それを止めてカイルを迎撃しようとした。


 しかしそれは、アリーに背を向けるということだ。近づいてくる火人形ファイアゴーレムをあえて無視し、アリーは土人形アースゴーレムの背中を縦に一閃した。すると、土人形アースゴーレムは崩れ落ちる。


 これでようやく二対二だ。しかし、まだ油断できない。


 火人形ファイアゴーレムと対峙しようとしたアリーだったが、背後から流れ魔法が飛んできたのに気づいて脇へと避ける。更にそこへ火人形ファイアゴーレムの拳が襲いかかってきた。文字通り火傷をするのでしゃれにならない。


 「っく!」


 アリーはカイルのように転がってその拳を避けるが、今度は風刃エアカッターが飛んできた。さすがに起きた直後では避けきれなかったようで、アリーは風壁エアウォールで防いだ。故意なのか偶然なのか、攻撃がアリーに集中している。


 ただ、今までに攻撃を防ぐために出現させた土壁アースウォール風壁エアウォールは解除されていない。そのため、この陰に入れば風人形エアゴーレムの遠距離攻撃は防げる。それに気づいたのか、風人形エアゴーレムがこちらに近づいてきた。そうか、また二対一の形になっているのか。


 今度はアリーが先に動く。火人形ファイアゴーレムの真っ正面へと突っ込んだ。それを拳で迎え撃った火人形ファイアゴーレムだったが、アリーの木剣に弾かれてしまう。


 「よっしゃ!」


 ところがその背中にカイルが魔力付与済みの木剣を叩き込む。身長一アーテム半程度の火人形ファイアゴーレムの火勢が弱くなった。しかし、まだ消滅はしていない。


 「はっ!」


 カイルの攻撃によって動きを一瞬止めた火人形ファイアゴーレムの隙をアリーは見逃さない。カイルとは逆にアリーは真正面から火人形ファイアゴーレムを唐竹割りにして仕留めた。


 「そこまで!」


 火人形ファイアゴーレムが消滅した時点で、主審が二人に宣言した。さすがに風人形エアゴーレム一体ではもう勝負にならないと判断したのだろう。四面中、一番最初に試験が終わる。合格だ。


 「よっしゃあ! 勝ったでぇ!!」


 カイルが両腕を上げて雄叫びを上げ、その隣ではアリーが満面の笑みで感慨に浸っている。これで、アリーとカイルの卒業は確定した。

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