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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
1章 ユージ、教師になる
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なぜ選んだ?

 四月になった。新学期の始まりである。


 日本の学校と比べて、ペイリン魔法学園の年中行事は驚くほど簡素だ。

 入学式は体育館かどこかの会場を借りて、教員と新入生一同が集まって派手なだけの式典をするものと思っていた。しかし、訓練場に新入生を集めてひとかたまりにすると、学園長のお話が十分もしないうちに終わって、次に別の先生が諸注意を説明した後に、後は各自授業選択という流れに移る。三十分もかかっていない。


 「こりゃ楽でいいなぁ」


 学園長と諸注意担当説明の先生の言葉を聞き流しながら、俺は簡素な式典に感心していた。受ける学生側はたるくないし、式典をする教員側も手間が少なくていい。最初だからということで見学していたけど、魔法学園の良いところを見つけたみたいでちょっと嬉しくなった。


 ちなみに、レサシガム共和国でも人間の共通語として王国語を使うが、発音はハーティアとは違う。日本で言うなら、ハーティア近辺の発音は標準語であり、レサシガム近辺は関西弁だ。前世でその発音を聞いたときは本当に驚いたが、更に西側へ行くとなまりがきつくなる。仕事で寄ったところでは、もはや日常会話が喧嘩腰という地方もあった。


 だから俺みたいな標準語を使う人間は基本的にここじゃ珍しいんだが、いろんな人種がいる冒険者ギルドとペイリン魔法学園ではその限りじゃない。おかげで助かっている面はある。


 それはともかく、翌日から授業が始まった。

 この学校では、四月から七月が前期、九月から十二月が後期、そして二月が試験期間となっている。それ以外の八月は夏期休暇、一月は冬季休暇、三月は春期休暇だ。


 特徴としては、前期と後期に取る授業には期末試験がないということだ。試験はまとめて毎年二月の試験期間にやることになっている。


 こんな形式にしているのは、この学校の方針として自学自習を掲げているからだ。そのため授業も、基礎的なものはともかく、難易度が上がるに従って読むべき本、本の読み方、調べ方を教えるだけになっている。極端な話、座学関連の授業は独学のこつさえ掴んでしまえば、最初にちょろっとでるだけでいいらしい。まぁ、要領の良い学生ならそうなんだろう。


 それで、本当に学んだことが身についているかはさっきも言った二月にまとめて行うわけだ。選択した授業によって試験内容は様々だが、どんな方式で実施されるのかは先生に聞けばいつでも教えてくれることになっている。学生達は、これを最低三年間繰り返さないといけない。


 二月の試験に合格する自信さえあれば自由気ままに学生生活を謳歌できるが、そうでなければかなり厳しい生活が待っている。何しろ、授業をする先生がそのまま試験官になるわけじゃないから、温情で単位をもらうということが期待できない。あれだな、予備校に通って大学試験を受けるようなものだ。こういえば、試験の厳しさがわかってもらえると思う。


 話がだいぶ逸れた。

 ということで、基本的に魔法学園の授業風景というのはのんびりとしたものだ。決して緊張感がないというわけではないものの、鬼気迫る迫力もない。


 四月はまだお試し期間ということもあって、授業が合わなければ別の授業に乗り換えてもいい。それでたまに受講生が減りすぎて凹む先生もいるそうだが、俺はどうなんだろうな。




 さて、俺は今、訓練場の一角にいる。実技担当として、これから戦闘訓練を学生に施すためだ。


 「俺が今日からみんなの戦闘訓練を担当する、ユージだ。以前は魔法戦士として冒険者をやっていた。これから授業を始めるわけだが……」


 俺は目の前にいる四人の学生に次の言葉を発しようとして、一旦口を止める。

 そう、目の前には四人しかいない。あれ、おかしいな。普通教師一人に学生って十人とか二十人とかつくものじゃないのか? 訓練場の別の場所で俺と同様に授業を始めようとしている集団を見ると、多いところでは三十人以上いる。


 「とりあえず、一人ずつ自己紹介からしようか」

 「よっしゃ! それならまずはうちからや!」


 真ん中にいる女の子から元気な声が返ってきた。

 燃えるように赤く少しウェーブのかかっている髪の毛は肩まで伸びており、同じように真っ赤な瞳は相手を射貫くように鋭い。体型はローブに隠れてはっきりとはわからないが、可もなく不可もなくといったところか。身長は俺より頭半分低い。


 続けてしゃべるように促すと、腰に両手を当てて口を開く。


 「うちは、スカーレット・ペイリン。ファミリーネームでわかるやろうけど、この学園の創立者一族や。けど、そんなん気にする必要はないで。入学したらみんな一緒やさかいな! スカリーって呼んでくれたらええわ」


 堂々たる態度で自己紹介を済ませるスカーレットさん。さすが学園創業者一族の出身と言ったところか。人前でしゃべるのに慣れているな。


 「そうそう、うちは生まれも育ちもこの魔法学園やねん。せやから、小さい頃からいろんな授業に出入りしてたさかい、座学は全部単位を取得済みなんや!」

 「それじゃ何のために入学したんだ?」


 俺の質問に他の三人が頷く。


 「いやな、まだお前には早いっておとーちゃんとおかーちゃんにゆわれて、実技の授業は制限されとってん。せやから、この三年間でいろんな研究をやったり、戦う術を身につけたりするんや!」


 なるほど、座学以外に手をつけるためか。納得した。


 「それじゃ次は、君かな」


 今度は俺より頭ひとつ分背の低い女の子を指名する。背中の真ん中まで伸びた金髪のストレートロングに優しそうな碧い瞳という、日本人が思い描いている典型的な白人美人だ。しかし、この子の特徴はそこではない。男なら絶対に一度は見てしまうその大きな胸である。光の教徒がよく着ているゆったりとした白いワンピースが盛り上がっているぞ。身長が低いだけにやたらと目立つ。


 「えっと、わたしはクレア・ホーリーランドです。ノースフォートからやって来ました。スカリーとは小さい頃からの友達です」

 「せやな! これからは毎日一緒や! それと、うちがかのメリッサ・ペイリンの子孫なら、クレアはあの勇者ライナスと聖女ローラの子孫なんやで!」

 「やめてよ、スカリー」

 「なんでや、自慢できるご先祖様なんやから、みんなに言いふらしたらええやん!」


 スカリーとは反対に、クレアは気が弱いんだな。将来はちょうどいい凸凹コンビになるかもしれないが、今は明らかにクレアが押されてる。


 「はいはい、ペイリンさん落ち着いて。ホーリーランドさんが困っているだろう」

 「こんくらいいつものことや。それと、うちはスカリーでええってゆうてるやん」

 「あ、私もクレアでいいです」

 「あーうん、わかった」


 俺としてもそっちの方が言いやすい。本人がいいって言ってるならそう呼ぼう。


 次は、提携校からの留学生だ。腰の辺りまで伸びた漆黒の髪に病的なまでに白い肌、人形といえるくらい生気がないように見えるところも誰かさんとそっくりだ。ついでに、クレアとは真逆な胸も。背の高さが同じだから、見据えられると多少気後れしそうだ。どうしても昔を思い出してしまうんだよな。


 「私の名は、アレクサンドラ・ベック・ライオンズだ。ペイリン魔法学園と提携しているライオンズ学園からやって来た。見ての通り魔族だ。これから三年間、共に学ぶことになる。私のことはアリーと呼んでくれ。アレクサンドラは呼びにくいだろうからな」


 そう自己紹介すると、アリーは俺達に一礼した。

 オフィーリア先生はお嬢様然とした人、いや魔族だったけど、アリーは武人みたいな感じだな。


 「アリーは確か、ライオンズ学園の学園長の孫やったっけ?」

 「そうだ。オフィーリアお婆様の孫だ」


 スカリーの言葉にアリーは頷いた。この三人の中では、昔の知り合いの面影が一番強いな。


 「それじゃ最後に、君の自己紹介を」

 「待ってました! 俺は、カイル・キースリーっちゅうんですわ。貧乏貴族の三男坊で、家にいてもどないにもならへんからこの学校に来たんです。学校卒業したら、一旦冒険者になって、それからどっかの騎士団に入ろうかなって考えてますねん。これから、よろしゅう頼んますわ!」


 これまたなまりのきつい話し方だな。それでも、性格はからっとしてて付き合いやすそうなのは好印象だ。彫りの深い顔に角刈りがよく似合ってる。


 さて、これで一応自己紹介が終わった。なのでさっさと授業に入ってもいいんだが、少し雑談をして打ち解けるように仕向けようか。


 「自己紹介はこんなものでいいか。なら、少し雑談でもしようかな。それじゃ最初に俺からみんなに聞きたいことがあるんだが、どうして俺の授業を選択したんだ?」


 戦闘訓練を担当する教員は他にも何人かいる。現に今いる訓練場には何十人という学生を指導している教員が授業をしていた。学生は学校から提示された教員の一人を選択してこの授業に臨んでいる。俺は自分を選んでくれた理由を知らなかったので、質問してみたのだ。


 「私は、ユージ殿しか選択肢がなかったからだな」

 「どういうことだ?」

 「ペイリン魔法学園へ来たのは、もちろん魔法について研鑽を積むためだ。しかし、私個人としては、できれば武術も学びたかった。そうなると、魔法使いの指導教員ではな」


 なるほどな。実のところ俺だって魔法使い寄りの魔法戦士だったりするんだけど、それはまだ言わなくてもいいか。


 「かぁー! アリーのゆうことはようわかるわぁ! 俺もおんなじ理由でユージ先生一択やったもんなぁ」

 「カイルも武術が習いたいのか?」


 同じ考えの仲間がいて嬉しいのか、アリーの表情が柔らかくなった。


 「そうやねん。ただ、俺の場合、魔法が苦手でね。武術や体術を中心に戦い方を組み立てようと考えてるんや」

 「あんた、街の道場に通った方がよかったんとちがうのん?」

 「この学校に入学するまでは通っとったで。けど、苦手なりに魔法が使えたから伸ばしたかったんと、この学校卒業したら箔が付くさかいに入ったんや」

 「ああ、騎士団への入団対策かいな。へぇ、なんも考えてへんと思うてたけど、そうやないんやな」


 騎士団は基本的に腕の立つ者を常にほしがっているが、もちろんどうせならより身元がはっきりとしている者の方を雇いたいし、客観的に実力を証明するものがあれば尚よい。


 そういった先のことまでカイルは考えているらしい。実は将来のことなんか何も考えていない俺よりもしっかりしている。これも内緒にしておこう。


 「うちは、無理矢理先生を指名したんや」

 「どういうこと?」

 「学校から提示された教師が、全員冒険者の経験がないやつばっかりやったんや。たぶん、うちが将来研究職に就きたいっていつもゆうてたからなんやろうけど」

 「何か問題でもあったの?」


 クレアが不思議そうに首を傾ける。


 「うちは見聞を広めるってゆう意味でも、一回世界中を回ってみたいねん。そうなると、どうしても実戦経験者から戦い方を学んだ方がええやろ? 教員採用試験で土人形ゴーレムを倒したんなら、文句なしやん!」

 「で、本音は?」

 「かたっ苦しい年寄りや大上段に構えたおっさんの相手なんか、もう嫌なんや!」


 最後に力一杯本音を漏らしたスカリーに、カイルは微妙な笑顔を向けた。


 「それならモーリス先生でもよかったんじゃないのか?」


 見たところ、スカリーも冒険者をやるなら魔法使いになるはず。それなら、モーリスの方が適任に思えるんだが。


 「先生、もちろん一番最初に相談したで。そしたら、『魔法使いより魔法をうまく使えるから、絶対ユージ先生の方がいい』ってゆわれたんや」

 「あ、俺も『武術も魔法もどっちも学べるだろうからお勧め』ってゆわれたなぁ」

 「私はアハーン殿に『採用試験のときに土人形ゴーレムを倒すという偉業を成し遂げた、ユージ先生が一番だ』と勧められたぞ」


 俺は三人の言葉を聞いて文字通り絶句した。そりゃ、モーリスもアハーン先生も元魔法使いなんだから間違いじゃないけどな? あいつら、全力で面倒な学生を押しつけてきてるじゃねぇか!


 「ク、クレアはどうして俺を選んだのかな?」

 「え、えっと……わたしは、他の先生と違って、普通に接してくれそうだったからです」

 「どういうこと?」

 「ほら、わたしってご先祖様が有名じゃないですか。そのせいで小さい頃から、必要以上に持ち上げられたり比べられたりしてたんです。でも、わたしはそういうの苦手で、魔法学園に入ったらそいうのがなくなるかなって期待してたんですけど……」


 この四人の中で一番重い話だな。兄弟姉妹と比べられるっていうのは聞いたことがあるけど、先祖と比べられるのか。


 「あー、うちんとこの年寄り連中ほど期待できんわなぁ、それ」

 「うん。でも、先月の入学手続きのときに、ユージ先生とモーリス先生、それにアハーン先生だけは普通に接してくれたから」

 「あれ、それだと俺でなくてもよかったんじゃないのか?」

 「モーリス先生とアハーン先生から、『ユージ先生のところへ行けば、スカリーと一緒に学べる』って聞いたんです」


 あ、い、つ、ら。

 新人教師に何もかも押しつける気か! しかもスカリーとクレアの仲まで利用したのかよ!


 「ユージ先生、なんかあの二人の先生に嫌われるようなことでもしたんでっか?」

 「何やら仕組まれているような気がするな」


 カイルとアリーが微妙な表情を俺に向けてくる。うん、その推測は正しい。けど、絶対にしらばっくれられるけどな。


 「まぁ、いいや。とりあえず、授業を始めるか」


 この子らに罪はないし、真っ当な性格ばかりみたいなのは幸いだな。何かあったときの責任は重たいままだが。

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