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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
4章 夜明け前の助走
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卒業試験の直前

 今年も新年はペイリン本邸にお邪魔している。そういえば、この学校で働き始めてから毎年お邪魔しているな。クレア達と一緒だから今まで意識していなかったけど、これってどうなんだろう。


 そんな疑問を思い浮かべたものの、おいしいご飯をお腹いっぱいに食べられ、ふかふかのベッドで眠れる誘いを断れるわけがない。今年はスカリーだけでなくサラ先生からも誘われたけど、二人とも最初から来る前提で話をしていたなぁ。


 ただ、今年のお泊まり会は以前とは雰囲気が違う。理由は卒業試験を控えているからだ。ただし、研究系と戦闘系の専門課程ではその様相はまるで違う。


 研究系であるスカリー、クレア、シャロンの三人は、今月末に論文を提出しなければならない。そのため、例え正月の三が日に当たる今でも論文を書く手を緩めるわけにはいかなかった。三人とも執筆予定量に対して時間がぎりぎりらしいので余裕がない。


 一方、戦闘系であるアリーとカイルの二人は、試験が二月後半ということもあってまだ三人よりは余裕がある。ただ、アリーがまじめだということもあって鍛錬に余念がない。付き合うカイルは苦笑するばかりだ。


 そんな状態なので、俺は自然に学園長とサラ先生の二人と話をする時間が長くなる。けど、最近のサラ先生は何か話しづらいんだよなぁ。いや、何がというわけではないんだけれど、何となく自分のところに引き込もうとする雰囲気がちらちら見えて、どうしても身構えてしまうんだ。


 それが嫌だったので、俺はできるだけアリーとカイルの鍛錬に付き合っていた。二人は喜んで俺を加えてくれたので、俺達はペイリン本邸の庭先で修行する。


 「二人とも、卒業試験を合格できる自信はあるか?」


 とある休憩時、俺は二人に何気なく聞いてみた。実力に関しては文句なしだが、一般の学生とはかなり異なる指導をしてきたので、その辺りに何となく俺が不安を感じたからだ。


 「土人形ゴーレムとの対戦ですよね。具体的な試験内容はわからないのではっきりとは言えませんが、少なくともひとりで戦うぶんには問題ないと思います。パーティを組んでとなりますと、組む相手によりますが」


 なるほど。アリー個人の能力は折り紙付きだけど、誰かと組んでとなると総合力となる。だから、パーティメンバーとの相性が悪かったり能力が低すぎたりすると、アリーひとりではどうにもならない場合があるわけか。言われてみれば確かにそうだな。


 「俺の場合やと、土人形ゴーレムが魔法を使ってくるかどうかで変わってくんなぁ。遠距離戦になると、ひとりで戦うんは結構厳しいんとちゃうかな。逆にパーティメンバーがいたらその辺を任せられるし、どうにかできると思う」


 カイルは、やっぱり魔法を使った戦いをどうするかで頭を悩ませることになりそうだ。パーティを組めるとその苦手な部分を他のメンバーで補えるので、何とかなると考えているらしい。


 「そういえば、師匠は教員採用試験で土人形ゴーレムを倒したんですよね。そのときの様子を教えてもらえますか?」

 「そうやん、単独でもパーティ戦でも戦ったんでしたっけ。絶対参考になるやん!」


 二人が期待のまなざしを向けてくる。


 「どうなんだろう。どれだけ参考になるかな。何しろ俺が戦ったのは、身長三アーテム以上の土人形ゴーレムだぞ」

 「むっちゃでかいですやん。アリー、俺らの相手になる土人形ゴーレムってその半分くらいやんな?」

 「話に聞いている分にはそうだが、今回の試験がどうなるかはわからんぞ」


 俺の話を聞いたカイルが、思わずアリーに卒業試験の情報を確認していた。こういった話が学生の間に広まるのは速い。たぶん、去年の詳細な試験内容を大半の学生は知っているんだろうな。


 「そんで、教員採用試験で土人形ゴーレムと戦ったときはどうやったんです?」

 「うーん、それ、教えてもいいのかなぁ」


 恐らく土人形ゴーレムの基本的な能力は、教員採用試験のやつと卒業試験のやつは同じなんだと思う。そうなると、俺が自分の話をするということは、試験内容をしゃべるということも同然なんだよなぁ。なんかまずい気がする。


 「師匠、差し支えがあるなら話さなくても構いません」

 「えー、何ゆうとるんや、アリー。教えてもろた方が絶対ええやん」


 この辺に二人の違いがはっきりと現れていて面白いな。俺としても何かしら話をしてやりたいけど、どうしようか。


 「そうだ。二人がどこまで卒業試験のことを知っているか教えてくれないか? それが正しいかどうかくらいなら教えてもいいだろう」


 厳密には駄目なんだけど、内緒話ということにしておこう。


 俺の提案に納得した二人は、自分の知っている卒業試験の内容について語った。それを聞いた俺の感想は、だだ漏れじゃないかというものだ。しかもご丁寧に対策まで知り合いに教えてもらっているらしい。まぁ、箝口令を敷いているわけじゃないし、別にいいんだろうけど。


 「試験内容から対策まで全部知っているじゃないか。教えられることがないぞ」

 「え、そうなんでっか?」

 「ふむ。そうなると、土人形ゴーレムは想定の範囲内ということか」


 拍子抜けした様子のカイルがいる一方で、アリーは思案顔で物思いに耽っている。後は、その知識をどう活かすかだな。




 「お、なんや、そっちは外で休憩かいな。寒ないんか?」


 日の差す庭先で休憩していると、同じように息抜きをするために自室から出てきたスカリーが屋内から声をかけてきた。しゃべる度にはき出される白い息が寒そうだ。


 「あれ、クレアとシャロンはどうしたん?」

 「二人は別室やからわからへん。後で声をかけてみるつもりやけど」


 カイルののんびりとした声にスカリーが応じる。いつも三人で見かけることが多いから、カイルにとっては意外だったようだ。


 「スカリー、論文の執筆は順調なのか?」

 「まぁな。うちは去年から少しずつ書いてたから、どうにかなるで。これ今年から書き始めとったら絶対間に合わんかったけどな」


 スカリーはアリーに向かって苦笑いをする。自分の論文の分量がどのくらいになるのか予想していたからこそ、先手を打てたわけだ。たぶん俺にはできない。


 「ご機嫌よう。皆さん」


 そのとき、廊下の奥からシャロンがやって来た。何となくだか疲れているように見える。


 「シャロン、あんたなんか疲れとらんか?」

 「ええ。魔法操作マジカルコントロールの調整に時間を割きすぎて、論文を書く時間が少なくなってしまいましたの」

 「あんたも魔法探求なんやから、きりのええところで止めたらよかったのに」

 「そうなんですけれども、あそこまで作りましたから、逆に止められなくなってしまったんですのよ」


 屋内の会話が聞こえてくる。そうだよな、途中で止められなくなることってあるよな。


 「けれど、その甲斐あって魔法操作マジカルコントロールは実用化できたんだろう?」

 「確かに一応は使えるようになりましたわ。ただ、やっぱり不満は残っておりますのよ」


 俺の声にシャロンが反応する。教えてもらって使ってみたが、なかなか有用だと思う。乱戦なんかでは使えないが、空中にいる敵や障害物の多い場所に潜んでいる相手を攻撃するのに使えると思う。


 「シャロンも来たんやったら、クレアも呼んでこよか」

 「来ましたわ、スカーレット様」


 スカリーとシャロンの奥からクレアが現れた。こちらはシャロン以上に疲れている。というかやつれているぞ。


 「なんや、クレアが大変なことになっとらんか?」

 「そうなんや、カイル。クレアは実験結果のまとめに手間取っとるから、今大変やねん」

 「スカリーに手伝ってもらえなかったら、完成させられなかったかも」


 おお、声にまで疲労感がにじみ出てる。さすがにきつそうだな。


 「俺も手伝ってやりたいんだけどな。さすがに先生が手を出すわけにはいかないし」

 「ええ、わかっています。ユージ先生」


 さっきの卒業試験の内容をしゃべるというやつと通じるところがある。一線は越えちゃいけない。


 「クレアの回復魔法はどのくらいの完成度なのですか、師匠?」

 「実際に広めても差し支えがないくらいだな」


 以前にも説明したが、今回クレアが開発した回復魔法は、ひたすら回復能力を高めた魔法じゃない。水属性を使って魔力の消費を押さえつつ、光属性の魔法の効果を相応のものにする魔法だ。これにより、治療回数を増やして多くの患者を救うのが目的だ。


 そして、一応その目的を果たせる水準にまでは完成度は高められたらしい。既に世話になった治療院にはその完成版の魔法を伝授したそうだ。


 「俺らも使えたらええんやろうけどなぁ」

 「私達は水属性も光属性も使えないからな」


 目下最大の難点はそこだ。複合魔法にしては使い勝手がなかなかいいのに、それ自体を扱える人が限られてしまっている。まぁ、二極系統の光属性という時点で、結構限られてしまうわけだが。


 「それでも、月末までには何とか書けると思うわ。うん、今のところ立てた計画では書けるのよ」


 俺達に説明しているというより、自分に言い聞かせているように見える。


 「その様子を見ていると不安になってくるな。誰か手伝った方がいいんじゃないのか?」

 「俺もそう思う。俺は無理やけど」

 「資料をまとめる手伝いくらいなら、私にもできそうか?」

 「申し訳ないですけれど、わたくしは自分のことで精一杯ですわ」

 「うちはもう手伝ってるし」


 俺の遠慮がちな提案に、他の四人がそれぞれ返答する。残念ながら追加で手伝えるのはアリーのみらしい。


 「うん、ありがとう。でも、スカリーがいるから大丈夫よ。いざとなったら丸投げするから」

 「何気に笑顔ですごいことゆうとるな」


 さすがに今の発言は意外だったのか、スカリーも少し驚いている。ああ、だいぶ追い詰められているんだな。


 「スカリー、シャロン。クレアを休ませた方がいい。結構追い込まれているように見えるから」

 「やっぱりユージ先生もそう見えるんか。よし、それならみんなでテラスに行こか」

 「そうですわ。気分転換は必要ですわよ」


 そう言いながら三人は廊下を歩き始める。そして何歩か歩いてからスカリーがこちらへと振り向いた。


 「何してんの。早うおいでぇや」

 「え、俺らも?」


 練習を再開しようと立ち上がった俺は、予想外なお誘いに目を見開いた。


 「よっしゃ、行こか!」

 「そうだな。師匠、行きましょう」


 む、どうも鍛錬を再開するつもりだったのは俺だけだったようだ。あれ、おかしいな。まぁいいや。




 テラスに移ってから六人でのお茶会が始まったわけだが、話題の中心はカイルの卒業後についてだった。スカリー、クレア、アリーの三人は既に決まっているし、シャロンの話は少し重すぎるので、息抜きとしての話題はカイルのものしかなかったのだ。


 「それで、アハーン先生に紹介してもろたところって、どんなパーティやのん?」


 スカリーがカップを片手に口火を切った。全員の視線がカイルに集まる。


 「それがな、アハーン先生の後輩がリーダーを務めるパーティで、戦士二人、僧侶ひとり、魔法使いひとりの四人パーティなんや。来月いっぱいで魔法使いが引退して三人になるから、その穴埋めに入ることになってん」

 「ということは、魔法使いとして参加するの?」

 「当面はな。アハーン先生の話やと、俺くらいの能力でも一時的な穴埋め要員としてなら充分らしいんや」


 質問をしたクレアをはじめとして他の三人も首をかしげたが、俺にはぴんときた。魔法使いの選定が難航しているんだ。


 どんなパーティでも優秀な人材がほしいとは考えているが、あまりにも極端な能力差の者を仲間にするのは基本的に避けられる傾向にある。というのも、新規メンバーの能力が高すぎるとその人物に頼りすぎになってしまうし、低すぎると足手まといになってしまう。それに、報酬の分配についても偏りが多くなってしまうからだ。


 例外は、特定の依頼を達成するために一時的に戦力を補強する場合だ。


 そのため、欠員が生じて新たな仲間を募る場合は、大体似たような実力の人物が選ばれることが多い。このパーティは今回、それがうまくいっていないというわけだ。新しい仲間の選定が長期化し、いつまでも活動できないままだと生活費が稼げない。それでは困るので、例えば魔法使いが欲しいならば、それに近いことができる魔法戦士で代替して当面をしのぐわけだ。


 「新しい魔法使いが決まったらどうなるんだ?」

 「魔法戦士として前で戦うことになるって聞いてまっせ。いやぁ、楽しみですわ!」


 アハーン先生の紹介なら、カイルの特性も伝えられているだろうし、上手く使いこなすんじゃないだろうか。


 「ぎりぎり潜り込む先が見つかったな。これで俺も一安心だ」

 「へへ、これから大活躍しますさかいね!」


 一時は行く先がなかっただけに今は本当に嬉しそうだ。俺の肩の荷も下りたってもんである。


 「後は、卒業試験に合格するだけですわね」

 「おう、どうにかしたるで!」

 「シャロンの皮肉も通じないか」


 二人の様子を見ていたアリーが嬉しそうにつぶやく。三年間でカイルと最もよく付き合っていただけに、仲間の前途が開けたのが嬉しいのだろう。俺も嬉しい。


 そうして会話はのんびりと流れてゆく。俺達はお茶会を解散するまで、カイルの将来の話で盛り上がった。

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