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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
4章 夜明け前の助走
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補習授業の今後

 後期もいよいよ後半に入った。涼しい秋風が吹く頃になると、さすがに研究室の窓を全開にするのは肌寒い。しかし、完全に締め切るというのは微妙に息苦しい。今はそんな時期だ。


 この頃になると、そろそろ来年の卒業試験や進級試験が、現実のものとして学生の心に重くのしかかってくる。


 研究室の管理者としては卒業試験が気にかかるところだが、作業員に毎年の様子を聞いてみると、ここ数年は毎回全員卒業試験に合格しているらしい。以前残念な学生もいると聞いたが、卒業できないことはないようだ。


 一方、補習授業を担当する身としては、進級試験が気がかりで仕方ない。前回の結果を見る限りでは気を揉む必要はないのだが、今回も同じようにいくとは限らない。それだけに不安が募る。


 しかし、自分の周囲を見ても俺のように不安がっている教師はひとりもいない。以前モーリスが言っていたように、気にしても仕方がないからだ。でも俺はそこまで割り切りたくないなぁ。


 そんな思いを抱きながら、俺は今日も補習授業を終える。授業の終了宣言をして学生を解散させ、教えに来てくれた先生に一言お礼を述べて送り出し、そしてジェニーと一緒に食堂へと向かう。中へ入ると、既にモーリスが食べていた。


 「やあ、今終わったところかい?」

 「そうだよ。やっと終わった」

 「こんにちは、モーリス先生」


 手にした皿をテーブルに置いて椅子に座る。さて、週に一回の報告会を始めようか。


 「だいぶ秋らしくなってきたおかげで、こっちはじっとしていると涼しいよ」

 「そうやって余裕があるということは、実技の補習に問題はないってことでいいのか?」

 「まぁね。留年組なんだから優秀な子はいないけど、逆に特別物覚えが悪い子もいない。教える方としては助かるよ」


 特別手のかかる学生がいないので、淡々と授業を進められるということか。確かに教える側としては楽だよな。


 「そっちはどうなんだい?」

 「蹴躓いている学生は一部いる。でもそれは去年も同じだったから、特別問題っていうわけじゃないな」

 「あたしのところにもひとり困った学生がおったけど、その子はユージ先生に面倒見てもらうことになりました。それ以外は順調です」


 そのジェニーから引き取った学生は、どうやって入学したの? と首をかしげるくらい困った学生だ。時間をかければできるのだが、これだと一学年ごとに三年はかかるんじゃないだろうか。


 そういったことをまとめて話す。この学生のことはモーリスも知っている。何しろ前期に戦闘訓練で教えていたからだ。かなり辟易していたことを思い出す。


 「あの子は座学の方でも駄目だったんだ。まぁ、そんな感じはするよね」

 「あたしと同じ商家、しかも長男って聞いてたまげましたわ。あんなんが後継いだら絶対店が潰れます。何で親御さんはこの学校に入れたんやろう?」


 ジェニーが目の前の更にある料理をつつきながら首をかしげる。


 「たぶん、魔法が使えるから、それに一縷の望みをかけたんだろうね」

 「モーリス、わかるのか?」

 「あー今ので何となく気づきましたわ。長男やのに家を継がせるのは危ない。でも何をやらせても駄目。ところが、魔法が使える。それならその才能を伸ばしてみよう。上手くいけばそれで生活できるかも、ってゆうところですよね」

 「そうだね。ただ、あの様子じゃ無理っぽいけど」


 どうやらあの学生は徹底的に見込みがないらしい。さっきからいい評価がひとつもない。


 「せめて女の子やったら結婚ってゆう選択肢もあったんやろうけど、男の子やもんなぁ」

 「ジェニーと性別を交換したら、ちょうどよかったんだろうね」

 「それたまにゆわれるんですよ、お前が男やったらって」


 モーリスの指摘にジェニーが口をとがらせる。うーん、何とも口を出しづらい。


 「で、他の学生はどうなのさ?」

 「えっとだな、この感触だと大体は進級試験を合格できると思う。さすがに一年間も時間があるっていうのは大きいな」


 話題が変わったのでそのまま乗った。


 今の感想は本当のことだ。去年は後期からだったから時間が足りなかった面が少しあった。しかし、今回は春から補習授業を始められたので時間が不足することはない。多少歩みの遅い学生も時間をかけられるのでとても助かった。


 「あたしもそう思いますわ。結局みんな、わからんところを解決できひんで足踏みしてただけみたいやしね」

 「あとは時間だな。他の人より歩みが遅いから、できるのに時間がかかる」


 そう、結局のところ、大体は時間をかけたら解決できるんだ。普通の学生が一年かけてできることを一年半かけないとできないとしても、逆にそれだけの時間をかけたら普通の学生と同じようにできるということでもある。


 幸い、この世界では留年についてはそこまで厳しく問われない。さすがに三年で卒業できるところを六年も七年もかかっていたらわからないけど、留年も二回程度までなら気にする人も少ないと聞く。そもそも、十五歳で成人して働くのが普通なんだから、この年になってまだ学校に通っているというのはエリートなのだ。


 ちなみに、途中で退学した学生はどういう扱いなのかというと、それは理由によって様々だ。問題を起こして退学させられた場合はもちろん後ろ指を指されてしまうが、やむを得ない事情がある場合はその限りではない。例えば、学費を払えない、急遽親の後を継がなければならない、といった場合である。こういう事情は魔法学園に限った話ではなく、どこにでもよくあるからだ。


 それでは学力不足という理由はどうなのかというと評価は二分する。研究施設や貴族の子弟を相手に教鞭を執る教育機関だと、相手にされない。学校を卒業した学生の中でも特に優秀な者から採用していくのだから、無理もないだろう。逆に都市部の塾や地方にある村などでは重宝される。最低でも読み書き計算は教えられるので、そういった人材は逆に貴重なのだ。


 話がそれたが、要するに、多少留年しても卒業してしまえばどうにかなるし、退学してもやっぱりどうにかなるということである。知識というのはそれだけ武器になるのだ。


 「やっぱり一年は必要ってことか。俺なんかは半年で充分だって思ってたんだけどねぇ」

 「そうか? かけられる時間は多い方がいいだろう?」

 「そりゃ学生から見たらそうだろうけどね。教師の方だって無限に負担を抱え込めるわけじゃないんだよ、ユージ」


 確かにその通りだ。その負担が嫌で補習授業の講師を断った先生もいたしな。


 「あたしらからしたら、随分と助かってるんで、こうゆう制度は嬉しいですわ」

 「だろうね。俺が学生だったとしてもそう思うだろうさ」


 前回は成果を出せたし、次の試験も恐らく結果を出せると思う。これだけ学校のためになっているんだったら、きっちりとした制度にしてもいいよな。


 「制度か。そういえば、この補習授業って正式な制度じゃないんだったかな?」

 「え? そうなんですか? あたしてっきり学校の救済制度やとおもうてましたけど」

 「去年の秋から、ユージと二人で始めたのさ」


 そうなんだよな。まだ一年とちょっとしかやっていない新しい試みだ。何しろ先生のひとりはくじ引きで決まったくらいだし、学生に指導を手伝ってもらっていたし。始まりはぐだぐだだったなぁ。


 「そうなると、この補習授業って来年はあるんかわからへんのですか?」

 「ユージ、その辺どうなのさ?」


 二人して俺に質問をしてくる。サラ先生から直接仰せつかったのは俺だから、そうなるのか。というか、俺って補習授業の責任者なのか?


 「どうなんだろうな。たぶん学校の制度じゃないから、いつなくなってもおかしくはないと思う。ただ、サラ先生の命令でやっているから、勝手にやめるわけにもいかないはず」


 こうやって口にすると、この補習授業って実に不安定な存在なんだな。俺としては、この補習授業は必要なことだと思う。


 「つまり、サラ先生次第だってことかな?」

 「その通り。今のところは続けるつもりのようだけど」


 学校の収支面から見て黒字なのかはわからない。でも、退学することなく学業を続ける学生が増えるということは、収入面からすると確実にプラスだ。そういったことを評価してもらえているんだと思う。


 「なぁなぁ先生、補習授業って学校の制度ってゆうやつにできひんのですか?」


 ジェニーからの素朴な疑問が俺とモーリスに投げかけられる。そして、モーリスが俺に視線を向けてきた。


 「提案したら実現する可能性は高いと思う」

 「へぇ、それじゃユージからサラ先生へ提案したら解決だね」

 「いや、モーリス、お前からサラ先生へ提案してくれ」


 俺の言葉に、モーリスとジェニーが首をかしげる。


 「ユージ先生ってサラ先生と仲ええって聞いてますけど、なんでモーリス先生なんです?」

 「理由はいくつかある。ひとつは、今の補習授業の形態は俺とモーリスの二人で作ったからだ。確かに俺からサラ先生へ提案したら受け入れてくれるのは確実だけど、それをしたら手柄を独り占めする形になるからな」


 サラ先生の中では、娘のスカリーが原型を作り、娘と仲のいい俺が今の補習授業を作ったということになっているはず。そしてモーリスは完全におまけだ。くじ引きで決まったという経緯を知っているだけに尚更だろう。


 しかし実際はそうじゃない。少なくとも今年の補習授業を始めるにあたって、モーリスは元留年組を指導員として起用し、それでも不足する分を月一回だけという約束で他の教員を講師にさせるという仕組みを提案してくれた。これがなかったら、補習授業はここまで上手く運営できていない。


 そうなると、この辺りでモーリスが自分の手柄をサラ先生に主張する機会を与えるべきだろう。この話をそのまますると、二人とも目を見開いた。


 「うわ、ユージ先生物好きやな。そんな理由で手柄を譲るなんて」

 「理由は他にもあるんだろう? 聞かせてくれよ」


 俺は頷くと再び口を開く。


 「次の理由は、派閥の問題だ。今はサラ先生の命令で、俺が中心になって補習授業をしているということになっている。でも、先生の中にはそれが嫌いな人もいるだろう。そういう先生にも講師になってもらうためには、無所属でふらふらしているお前が中心になるのがいいからだ」


 補習授業の講師を断った先生の中には、首をかしげてしまう理由を挙げる人がいた。そのときは変だなとしか思わなかったけど、後で他ならぬモーリスにそういうことを教えてもらった。


 あくまでてっぺんにサラ先生がいるから派閥色は完全になくならない。けど、少なくとも俺が中心になってやるよりも、モーリスが中心になった方が声をかけたときに応じてもらいやすいと思った。


 これも細かい説明をすると、今度は二人とも何度も頷いた。


 「確かにそれは言えてるね。でもそうなると、サラ先生の手柄にはなりにくいよ?」

 「別にそんなことを気にするような人じゃないよ。それに、落第者が減るのは学校全体の利益になるだろう? この学校はペイリン家のものなんだから、最終的にはペイリン家のためにもなるし」

 「うわぁ」


 あまりの生々しさにジェニーが引く。商家出身とはいえ、まだ初心うぶな娘さんには刺激が強すぎたか。一方のモーリスは苦笑している。


 「でも、今度は俺がサラ先生に取り込まれたと思われるんじゃないかな?」

 「それはお前の振るまい次第だろう」

 「難しいことを気軽に言ってくれるねぇ」


 頭をかきながら渋い表情をしているけど、本当は嬉しいんじゃないのか。


 (それにお前、以前『俺を研究室で使ってくれ』って言ってきたろう? サラ先生に渡りはつけるから、直接使ってもらえよ)


 俺は精神感応テレパシーの魔法を使って、直接モーリスに語りかける。さすがにジェニーに聞かれると体裁が悪いだろうからな。


 完全に不意を突かれたモーリスは驚いて俺を見た後、大きなため息をついた。


 「まいったね。そこまで言われると断れないじゃないか」


 ジェニーにとっては何となく話が飛んでしまっているので、首をかしげるばかりだ。


 「そんで、結局どうなったんです?」

 「モーリス先生が来年から制度化してくれるように、サラ先生へ提案してくれるってさ」

 「どうもそうなったみたいだねぇ」


 よし、ようやくモーリスがやる気になった。後は自分で動いてくれるだろう。


 ついでに言っておくと、実はもうひとつ、現時点ではモーリスにも話せない理由がある。それは、クレアとアリーの実家へ行くことだ。最低半年は学校から離れることになるので、その間はどう頑張っても手を出すことすらできない。だから、俺としてはモーリスに任せるしかなかった。


 「それじゃ、これで補習授業は来年もあるんですね!」

 「たぶんね」


 嬉しそうにジェニーがうんうんと頷いた。どうも補習授業に思い入れがあるみたいだ。自分が世話になったから続いてほしいと思っているのかもしれない。


 「そうだ、ユージ。ひとつ確認しておきたいんだけど」

 「なんだ?」

 「俺から今の話を提案するのはいいんだけどさ、たぶん俺だけじゃ押しが弱いと思うんだよね。そこで追求されたときに、お前と一緒に考えたって言うつもりなんだが、いいかい?」


 確かに、そういう状況になる可能性はあるな。


 「いいよ。一緒に考えたのは本当のことだしな」

 「よし、わかった。それじゃ近いうちにサラ先生へ提案しておくよ」

 「夕方の教授室へ行ったら会える確率は高いよ」


 俺からの情報を聞いたモーリスは、すました顔で「ありがとう」と返してきた。これで本当に終わりだな。


 「ふふふ、今日はええこと聞けました。あたしは次の授業があるんで、これで失礼しますね」

 「なら、俺達も解散するか」

 「そうだね。そろそろ時間だし」


 ジェニーの言葉をきっかけに俺達は席を立つ。


 補習授業については、これで来年以後もどうにかなりそうだ。

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