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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
4章 夜明け前の助走
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カイルの卒業後について

 後期が始まって一ヵ月が過ぎた。夏が終わりこれから秋になろうというこの時期は過ごしやすくて好きだ。日差しもかなり柔らかくなってきて、外で体を動かしてもつらくない。


 週に一回の武術鍛錬はアリーだけでなくカイルにも好評だ。前の夏休みで冒険者としての活動はある程度わかったらしく、今はちょうど残りの期間を使って自分を鍛えることがしたかったようだ。最近では頻繁にアリーと練習していると聞く。


 それはそれで結構なことなのだが、気になることがひとつあった。そこで、武術鍛錬が終わった後に、アリーも含めて三人で夕飯を食べながらそのことを話し合うことにした。


 食堂に着くと、何はともあれまずはおなかを満たさなければならない。なので俺達は、最初に料理を取りに行く。この面子でご飯を食べる場合、席取りをするのは必ず俺の役目だ。学生にパシらされているわけではなく、単に取ってくる料理の量がずっと少ないからである。次にアリーで、最後は山盛りの皿を持ってくるカイルだ。


 「相変わらず胸焼けしそうな量だな。減ったはず腹が膨れたように思えるぞ」

 「大丈夫ですって。水でも飲んだら、すぐに気のせいやってわかりますがな」


 俺の言葉を軽く聞き流しながら、カイルは早速料理に手を付ける。


 「まぁ俺の胃袋はともかくだ、お前、来年学校を卒業してからも同じ量を食べ続けるつもりなのか? 相当稼がないとだめだぞ?」


 便利屋みたいな仕事はたくさんあるけど、数をこなしてやっとまとまった小銭になる程度だ。これが冒険者らしい仕事になると報酬額は増えるが、同時に出費も跳ね上がる。しかもその収入は安定していない。そんな状況で今まで通りの量を食べることはまず無理だ。


 「さすがにそれはわかっとりますがな。残念ですけど、卒業したらもうこんなええもんは食べられんでしょうね。あ、たまに研究室の仕事を引き受けて関係者になったら、食堂は使えるんかなぁ?」

 「そりゃたまにならできるだろうけど、お前毎日来る気だろう? さすがにそれは出入り禁止になると思うぞ」


 カイルは苦笑して何も言わない。どうも図星だったようだ。


 「カイルは卒業したら、どこかの冒険者パーティに入るんじゃなかったのか? 師匠からもそう聞いているぞ」

 「カイルひとりならまだしも、さすがに無関係な人間にただ食いさせるわけにはいかないな」


 そうだ、アリーに言われるまで忘れていたが、カイルってどこかの冒険者パーティに入るつもりなんだよな。


 「あー、その冒険者パーティに入る話なんやけどな、これが案外難しいねん」

 「確か、卒業生のいるパーティに入れてもらうように頼んでいるんだよな」


 俺はすぐさま指摘した。入学した手の頃から手広く人に会って卒業後に備えていたカイルだったから、もう入るパーティを決めていてもおかしくないと思っていた。しかし、どうも様子が違うらしい。


 「私はてっきり、もう入るパーティは決まっていると思っていたぞ」

 「いや、ほんまは決まっとったんやけどな、その話がなくなってしもたんや」

 「どうしてまた? カイルなら能力に問題はないだろうに」

 「実はな、そのパーティ、八月に壊滅してしもてん」


 アリーとカイルの話を聞いて、内心よくあることだなと納得してしまった。危険と隣り合わせの仕事だから、相手が死んでしまって話はおしまい、ということは珍しくない。


 「今年の三月に卒業した先輩が入ったパーティでな、夏休みに入ってすぐに一回会って入れてもらう約束してもらえたんや。けど、ノースタウンへ向かう隊商護衛をしてたら、盗賊に襲われて五人中三人が殺されたんやって」


 それはまた他人事とは思えない話だな。半年後には旅をする俺にとっては聞き捨てならない。俺は二人の会話に口を挟む。


 「どの辺りで襲われたんだ?」

 「ノースフォートへと向かう道の手前ってゆうてました」


 あそこか。幹線道路じゃないか。今はあんなところでも襲われるのか?


 「カイル、それで、その先輩はどうなったのだ?」

 「生き残ることはできたらしいけど、片腕をなくしたさかい引退やそうや。卒業して半年やのに」

 「その後はどうやって生きていくのだ?」

 「幸い読み書きはできるし魔法も使えるから、どこかの街か村で塾でも開くつもりらしい。ただ、先立つものがいるから、しばらくは冒険者ギルドで便利屋の仕事をするらしいけど」


 その先輩は、一応魔法学園を卒業できたから最低限の学はある。それが引退後の生活の支えになってくれるようだ。これが冒険者になるしか取り柄のない奴だったら、もうどうにもならない。


 二人の話を聞いて冒険者の儚さに震え上がっていたが、一旦それは置いておこう。問題はカイルの卒業後だ。


 「カイル、他に入れてくれそうなパーティはあるのか?」

 「単に入れてもらうパーティがあるかどうかってゆうことなら、あります。ただ、どこも一長一短でもうひとつ入る気にはなれんのですわ」


 俺の問いかけに答えるカイルはしかめっ面をしている。第二志望以下は即断できるようなところじゃないのか。


 「ユージ先生、今から先生の伝手って使えます? 俺も他に探しますけど、こうなったら先生にも頼りたいんですわ」

 「そりゃそうだよなぁ」


 別に卒業してから日銭を稼ぎつつ、入り込むパーティを探してもいいと思うが、使える伝手があるなら使うべきだろう。問題なのは、俺が伝手としては大して役に立たないということだ。独りぼっちロンリーボーイなんてあだ名を付けられたのは伊達ではないということである。うーん、困った。


 「師匠、小森林で共に戦ったケリー殿のパーティはどうでしょう? あそこにはベン殿もおられますし、あちらもカイルについてよく知っているはずです。受け入れてもらえるのではないですか?」

 「うん、確かにそれは考えているんだけどな」


 アリーの提案に俺の返答は歯切れが悪い。


 冒険者としてのカイルは魔法戦士という分類になる。だから、戦士二人に僧侶と魔法使いの四人編成であるケリーのパーティに、一見すると入りやすいように見えるだろう。ところが、カイルが使える魔法は、四大系統の土属性と無系統の二属性なのだ。これは魔法使いのベンと全く同じである。まぁ、魔法戦士という時点で充分なのだが、無条件に推薦するにはちょっと引っかかるんだよな。


 あと、いずれは騎士団に入ることを希望しているカイルだが、相手がそれをどう思うかだな。結果的にはベン達を踏み台みたいにするわけなんだけど、それを踏まえた上で入れてくれるか。平均して十歳くらいの年齢差があるから、もしかしたらいけるかもしれないけど、やっぱり微妙だ。


 その辺りをカイルに説明する。すると、やっぱり眉をひそめた。


 「なかなか厳しいでんな」

 「お前、どこか入る当てのある騎士団ってあるのか? あるいは狙っている騎士団なんかでもいいけど」


 そういえば、騎士団に入りたいとは聞いたことはあるけど、具体的には何の話も聞いていないよな。


 「いや、取り立ててどこというのはないです。あえてゆえば、できるだけ大きな街に拠点があって、待遇のええところですけど」

 「漠然としすぎだな」


 誰しも思っていることを真っ正面から聞いて、俺は思わず苦笑してしまう。


 「レサシガムには知り合いのパーティはないんでっか?」


 なかなか痛いところを突いてくる。はっきりいうと、ない。仕事で付き合いのあったパーティは確かにあるが、それは最低限の付き合いでしかない。とてもじゃないが、安心してカイルを送り込めなかった。


 「うーん、俺の知り合いはやめておいた方がいいなぁ。みんな仕事で何度か付き合ったことがあるっていうだけだし。俺としても安心して送り出せない」


 そういえば、俺を使い捨てにしようとした連中もいたな。あー嫌なことを思い出した。


 「そうなると、ケリーはんのところに入れてもらうか、自分で探すかの二択でっか」

 「いや、待て。どうにかしてくれそうな奴がひとりいた」


 渋面を作ってつぶやいたカイルに俺は待ったをかける。ひとり頼りになりそうな奴がいるじゃないか。


 「誰でっか?」

 「モーリスだよ。あいつならどうにかしてくれるかもしれない」


 確か冒険者だった頃は、いろんなパーティに出入りしていたんだから伝手は多いはず。もちろん、もう何年も前の話だから当時のパーティがそのまま残っているとは限らない。でも、あのときの若い冒険者は今じゃ中堅になっているだろうから、もしかしたらパーティリーダーになっていて受け入れてくれるかもしれないぞ。


 「モーリス殿には伝手があるのですか?」

 「あいつ、冒険者だった頃はいろんなパーティに出入りしていたんだよ。そのときのパーティか生き残りに声をかけたら、ひとつくらい受け入れてくれるところがあるんじゃないか?」


 俺の話にカイルは俄然活気づく。


 「確かにそうでんな! なるほど、モーリス先生かぁ。盲点やったなぁ」

 「ああでも、まずはアハーン先生に頼った方がいいな。お前の専門課程の担当なんだから。ちなみに、アハーン先生にはもう頼ったのか?」

 「そうゆうたらまだ何も頼んでませんでしたわ。あれ、なんでやろ?」


 意外なところで見落としってあるもんだな。


 「それじゃまず、アハーン先生に受け入れ先のパーティを探してもらえ。それで思うようなところがなければ、アハーン先生からモーリスに探してもらうように言ってもらえ。それでもどうにもならなかったら、俺がベンのところに手紙を書いてやろう」


 こうやって整理してみると、まだまだ使える伝手ってあったじゃないか。


 「師匠、師匠からではなく、アハーン殿からモーリス殿へ頼むのですか?」

 「モーリスとアハーン先生だと、どうもアハーン先生の方が上っぽい立場なんだよな。地位っていうか、あれだ、何となく先輩後輩のような関係に見えないか?」


 冒険者時代からの知り合いだとは聞いていたが、具体的なところは知らない。というか、可能性としては俺も会っていておかしくないんだけど、この学校に来るまではアハーン先生のことは知らなかったんだよなぁ。一体どこでどんなことをしていたんだろう。


 「うーん、私にはよくわかりません、師匠」

 「ゆわれてみたら、そんな気がしますなぁ」


 残念ながら、二人にはあんまり伝わらなかった模様。まぁいいや。


 あと、これは二人に言うつもりはないことなんだが、俺からモーリスに頼まない理由はもうひとつある。俺がサラ先生の研究室の管理者だからだ。あいつのことだから、絶対に交換条件を出してくるはず。俺が去年までの平教員だったら、単に雑用を頼まれるだけで終わったと思う。でも、今の俺はそうじゃないから、権限を利用されかねない。条件によっては困ることになりかねないから、直接頼むことを避けたんだ。


 何とも嫌な話だが、厄介事を避けるためにも色々と手順は考えないといけないのだ。


 「ということで、モーリスに頼み事をするならアハーン先生経由でした方がいいぞ」

 「そういうことなら、そうしますわ、ユージ先生」


 カイルはもう問題が解決したかのように晴れ晴れとした表情となり、更にあった山積みの料理を全て平らげた。うぉ、俺なんてまだろくに食べていないのに。


 「カイル、今まで不思議に思っていたのだが、冒険者になった後は、どうやって騎士団に入るのだ?」


 とりあえず目先の話が一段落すると、アリーが更にその先の話を持ちだしてきた。


 「あれ、前にゆわんかったっけ? えっとな、騎士団で欠員が出たら募集が出るさかい、それに応募するんや。いつどこで募集がでるかなんてわからへんけど、冒険者ギルドにも話が回ることがあるから、俺はそれを狙ってんねん」

 「初めて聞いたな、その話」


 そもそも騎士団に入るつもりなんてなかったから、仕組みを調べようともしなかったしな。


 「カイルはどうしてそんな話を知っているのだ?」

 「アリー、何ゆうてんねん。俺って貴族出身なんやで? 実家で似たようなことやっとるんや」

 「なるほどな。だから冒険者になるのか。でもそうなると、相当な腕利きじゃないと駄目なんじゃないのか?」


 騎士団だってどうせ雇うなら優秀な奴の方がいいだろう。


 「もちろんですやん。せやから、入るパーティは慎重に選ばんといかんのですわ」


 さっき第二希望以下のパーティに入るのを躊躇っていたのはそのせいか。なるほど、よく考えている。


 「それにしても、騎士団と冒険者ギルドがそんなつながり方をしているのか」

 「普段は大した交流なんてないですけど、魔物や盗賊の討伐で頭数が足りひんときに、冒険者を雇うことがあるんです。そのときに目立った功績を挙げた冒険者を召し抱えたんが始まりやったそうでっせ」


 カイルの話を聞いて前世のことを思い出した。確かに魔物討伐で、騎士団だけじゃなくて冒険者も駆り出されていたっけ。あのときは教会の騎士団も出てたな。ああ、やっと納得できた。


 「そうゆうたら、伝説の魔王討伐隊も魔物討伐で功績を挙げて領主から褒められたんでしたっけ? 芝居でそんな場面を見たことがあるんですけど」


 続けてカイルが俺に質問してきた。うん、そうだった。あのときもらった感状が、後々役に立ったんだよな。


 「領主から感状をもらえるくらい活躍したら、引く手数多なんだろうな」

 「先生、いくらなんでもそれは無茶すぎまっせ! 一介の冒険者に領主がそんなん渡すわけないですやん」


 自分の親のことを想像しながらカイルは話をしているのだろう。頭から本気にしていない。あのときの俺達だって、そんなご大層なものをもらえるとは思っていなかったしなぁ。


 「それでも、何か活躍できれば、召し抱えてもらえるかもしれないぞ。希望は簡単に捨てるべきではないだろう」

 「お、今日のアリーは随分と語るやん」


 カイルがアリーを茶化す。しかし、何となく嬉しそうにしているのはわかった。俺もカイルが誰かの目にとまればいいと思う。


 その後も、冒険者になったときや騎士団に入ったときの抱負をカイルから色々と聞く。将来を語るときのように、前向きな話というのは聞いていて本当に楽しい。この話は、カイルが料理のおかわりを食べ終わるまで続いた。

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