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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
4章 夜明け前の助走
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アリーの武術鍛錬

 夏休みに入った。期中だと学生がたくさんいる魔法学園だが、長期休暇の期間だと閑散とする。それは同時に教員にとっても休みを意味しているので、モーリスやアハーン先生の姿も学校から消える。


 しかし、例外的に休めない者もいる。その筆頭が、学園長のような学校の運営に携わっている人だ。形式上一般教員と同じように休みとなっているそうだが、学校外の要人との付き合いがあるので、事実上休みはないらしい。


 その次が、食堂の料理人達である。夏期休暇となるものの、帰省せず学校に残った学生や仕事で残っている教員のために、毎日ご飯を作ってくれる人達だ。しかし、食堂を利用する学生や教員の数はずっと減るので、人数を調整して短いながらも休みを取っているらしい。


 他にも、用務員や警備員など、学校の最低限度の設備を維持するために毎日頑張ってくれている人が少なからずいる。本当に皆さんありがとう。感謝しています。


 そして、その感謝されるべき人の中に実は俺も含まれている。去年までは雑用を終わらせたらのほほんと休めたのに、今年はあんまり休めそうにないのだ。うそん。


 どうしてそんなことになってしまったのかというと、研究室の管理者になってしまったからだ。休み中も研究を続けたいという学生のために、この研究室を開放しなければならないのである。去年まで研究室とは縁がなかったので知らなかった。


 十人近い作業員はというと、大半が休んでいますよ。とりあえず三人いたらどうにかなるので、みんな順番で休みに入っている。俺もその中に混ざりたいと遠回しに申し込んだら、やんわりと断られた。ひどい。


 「けど、学校内におって、なおかつ居場所さえはっきりしとってくれましたら、好きにしとってくれてええですよ」

 「え、研究室にいなくてもいいの?」

 「去年までは私らだけでやっとったんですから、今年も実作業にユージ先生はいらんですよ」


 以前、生きた魚を要求してきた作業員-これからはお魚君と呼ぼう-が、俺の希望を退けつつも別の案を提示してくれた。なるほど、何かあったときに責任をすぐ取れたらいいということか。


 作業員達はこの休みの間に、傷んだ備品の修理や不足している材料の購入などを済ませておくらしい。


 ということで、今の俺は場所移動の拘束はあるものの、時間の使い方は自由という状態にある。せっかくの自由な時間なんだから有効に使わなければ、なんて思うが、そう思うほど有意義な使い方を思いつかなくなってしまうのはどうしてだろう。




 今朝は図書館で本を読むことにした。去年までは頻繁に利用していたが、春から忙しくなったので最近はほとんど利用していない。それを思い出したので久しぶりに寄ってみた。


 司書さんに挨拶をして奥へ進むと、ただでさえ閑散としている図書室内に人影は見当たらない。いや、ひとりいた。しかもここで見かけるなんて珍しいな。


 「アリーじゃないか。何の本を読んでいるんだ?」

 「あ、師匠ですか。おはようございます。武術に関する本を読んでいるんです」


 挨拶もろくにしないで質問した俺に、アリーが読んでいた本を差し出してくれた。


 「本当に武術の本だ。魔法学園にもこんな本があったんだな」

 「魔法の書物に比べると微々たる数ですけれど、私にとっては珍しいので読んでいるんです」


 これは俺にとっても珍しいぞ。そもそも武術や体術というものは、本を読んで強くなるものじゃなく体を動かして身につけるものだから、こうして本になっていること自体が珍しい。ただし、読んで理解できるかはまた別の話だが。


 「ライオンズ学園にある本とはまた違うのかな?」

 「はい。そもそも魔族と人族とでは体力も考え方も違いますからね。その差がはっきりと出ているので、読んでいて面白いです」


 同じ書物でも違う人が読めば受け止め方も千差万別だが、なるほど、種族が異なればその差は更に大きくなるわけだ。


 「こういうのって、見ているとやっぱり試したくなるものだよな」

 「師匠もそうですか! 私もそうです。でも、ひとりではできないものばかりなんですよ」


 開かれているページをざっと見たが、二人一組で稽古をしている様子が描かれていた。こういうのは自分と相手がいて初めて成立するんだから当然ともいえる。しかしそうなると、実際に試すときは二人いないと難しい。


 「カイルはどうしているんだ?」

 「夏休みに入ってからは、レサシガムで冒険者活動をしています。専門課程の訓練と師匠への借金返済を兼ねているそうですよ」


 あーそっか、まだ全額返してもらってなかったっけ。この前会ったときに、夏休み中に残りを返すって言ってたよなぁ。


 「専門課程の訓練を兼ねているんだったら、アリーも一緒にやったらどうなんだ?」

 「私は人間の世界で冒険者になるつもりはないので、遠慮しました。武術や体術の修行にはあまりならないこともわかりましたし」


 更に話を聞くと、小森林での訓練のような実戦ならばともかく、街中で日銭を稼ぐのは本意ではないらしい。三月の春休みにカイルと一緒にやった日銭稼ぎの冒険者活動と、サラ先生の研究室の依頼を受けてみて、それがわかったそうだ。


 「合わなかったのは残念だな。まぁ、人間社会の勉強くらいにはなったか」

 「はい。ということで、今は図書館で本を読んで、それを実践する稽古をしています」


 こうなると、アリーの専門課程の指導方法はまた考え直さないといけないな。残りは後期だけだから我慢しろとも言えるけど、それじゃかわいそうだよなぁ。


 「師匠、どうされました?」


 俺がこれからのことも考えていると、アリーが不思議そうに声をかけてくる。しまった、話している最中に考え込んでしまった。


 「これからのアリーの指導方法を考えていたんだよ。今のままじゃ良くなさそうだから」


 とは言うものの、良案は思い浮かばない。これはなかなか苦しい。


 「師匠、私の指導方法を考えてくださるというのでしたら、ひとつ提案、というか希望があるのですが」

 「お、なんだろう?」


 いい案があるというのなら是非採用したい。


 「今読んでいる武術の本に書いてある内容を専門課程でやりたいんです」

 「なるほどな、手本通りになぞるだけでも勉強になるし、それを実戦で使える域にまで持っていけたら更に強くなれるわけか」


 俺の言葉にアリーが力強く頷く。これはありだな、というよりも、やらないといけないことだったよな。しまった、魔法ばっかりに気を取られてこっちを見落としていた。


 「わかった。後期に入ったらアハーン先生に相談してみよう。それで、夏休みの間は俺が相手をしようか」

 「え、師匠が相手をしてくださるのですか?!」


 アリーさんここは図書室です。声が大きいですよ。やんわりと注意すると顔を赤くして小さくなる。


 「うん、この内容は俺も気になるからやってみたいしな」

 「それは私も嬉しいですが、研究室の仕事はどうなんでしょう?」

 「居場所さえはっきりとさせておけば、学校内で好きにしていていいそうだ」


 たぶん、研究室を開ける朝一番と閉める日没前に顔を出せばいいんだろう。いくらか仕事をしないと書類がたまるので完全に放っておくことはできないが、大半の時間は好きにできる。


 「ありがとうございます、師匠」

 「それじゃ早速試してみるか?」

 「はい!」


 嬉しそうに返事をしたアリーは同時に立ち上がると、いそいそと本を片付けに行く。


 最近はずっと事務作業ばっかりで体を動かしていないからな。たまには動かさないといけない。俺は戻ってきたアリーと一緒に図書館を出た。




 一度研究室に寄って居場所を告げると、俺達は訓練場の近くまで足を向ける。いつもアリーが修行で使っている場所だ。この暑い夏に木陰が少ないのは難点だが、風通しの良さを考慮すると他に選択肢はない。


 訓練場に備え付けられた倉庫から木剣を借りると、俺達はいつもの場所に行く。


 「それで、一体何をやりたいんだ?」

 「最初は受け流しの型をやりたいです」


 話をするときくらいはと思って木陰に入ると、何をするのか相談を始める。それで出てきた言葉が受け流しだ。


 「受け流し?」

 「はい。本に書いてあった型のひとつをやってみたいんです」

 「もっと攻撃的な型をすると思っていただけに意外だな」

 「私の経験則なんですが、魔族の場合ですと、避けるか武器で受け止めるのが主流なので、受け流すのは珍しいんです」


 それは初めて聞いた。驚いた俺は思わず聞き返す。


 「あれ、でもアリーって受け流しを使ってなかったっけ?」

 「使えないわけではないですよ? ただ、珍しいのでもっと知りたいんです」


 そういうことか。魔界で受け流しが珍しいのならば、確かにこっちで身につけて帰ったら有利だよな。


 「よしわかった。それじゃ始めようか。最初はどんな型なんだ?」

 「えっとですね、こうやって……」


 俺はアリーに教えられるがままに木剣と体を動かす。やりたいことは既に頭の中でしっかりと想像できているらしく、教え方に澱みがない。


 「以上です」

 「何をしたいのかはわかった。わかったけど、これって上段のからの攻撃を受け流すだけだよな?」


 今アリーに示されたのは、頭部めがけて振り下ろされる木剣を、手にした木剣で受け流すというものだ。基本が大切なのは俺もよく知っているが、今更アリーに必要なんだろうか。


 「今の受け流しは実際に使ったことがあります。しかし、私のやり方と本に書いてあるやり方が同じなのか確認したいのです」


 俺が怪訝そうな表情を浮かべていると、アリーが理由を教えてくれた。なるほど、そういうことか。


 更にアリーは、本に書いてあった今の型の説明を教えてくれる。ふむ、要は柔らかく受け流せばいいんだな。


 「わかった。それじゃやってみようか。どっちが先に攻撃する?」

 「それでは私から」


 俺達二人は木剣の先が触れあう程度に間を空けて立ち向かう。そしてしばらく静止した後に、アリーが木剣を振りかぶって一歩踏み込んできた。その剣先はきれいに弧を描いて俺の頭へと向かってくる。


 一方、俺もそれに合わせて頭上に木剣を横に構える。そのわずかな後に、俺の手にしている木剣の中央付近にアリーの振り下ろした剣先がぶつかった。次の瞬間、俺は力を抜いて自分の剣先を下げる。すると、アリーの木剣は俺の剣の上を滑るようになぞって、左側へと逸れていった。まぁ、こんなものだろう。


 再び間合いを仕切り直す。今度は俺が打ち込む番だ。


 しばらく静止して呼吸を整えた後、木剣を振りかぶって一歩踏み込む。狙いは同じようにアリーの頭だ。すると、アリーも先ほどの俺と同じように木剣を横に構える。俺の剣先はそのアリーの木剣にぶつかった。


 あれ?


 ぶつかった瞬間、俺は違和感を覚える。なんだろう、思っていた感触と違う。


 「師匠、どうされました?」

 「あ、いや、うん。もう一回やってみよう」


 剣を使い慣れていたらすぐにわかったのかもしれないが、俺の武器は鎚矛メイスだからな。こういうときはもどかしい。


 そして再度お互いに打ち込んで受け流す。うん、何となくわかってきた。


 ということでもう一回同じ動作を繰り返す。ああそうか、わかった。


 「アリーの受け流しに違和感があったんだけど、その理由がわかった」

 「え、本当ですか?」


 アリーの表情が一層真剣なものに変わる。こういうときのアリーは、見方によっては鬼気迫るともいえる態度だ。


 「アリーの受け流しは固いんだ。大げさに言ったら、一旦相手の剣先をきっちりと受け止めてから、自分の木剣の上を滑らせているんだよ」


 さっきアリーが言っていたけど、魔族は避けるか武器で受け止めるのが主流だから、アリーもその癖が抜けていないんだろう。


 「どうしても最初の一瞬は体に力が入ってしまうんです」

 「小さいときから剣を受け止める練習を散々やってたのか?」

 「ええ。たぶんそれが原因でしょう」


 心底悔しそうに顔をしかめてアリーは黙る。どうしたらいいのか考えているのかもしれない。アリーくらいの才能があるなら、こつさえ掴めたらすぐにできるようになると思うんだけどな。


 それにしても、アリーができることでも再確認したいと言ってきた理由をようやく俺も実感できた。なるほど、これはいい勉強になる。去年までの戦闘訓練でこれをやっていたらよかった。


 そんなことを考えながら、俺はアリーとどうすればいいのかを話し合い、そして思いついたことを試してゆく。これは俺にとってもいい鍛錬になるから、これからも積極的にやっていくことにしよう。

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