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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
4章 夜明け前の助走
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スカリーの研究のお手伝い

 先月、シャロンの仮説検証実験に付き合った。ぼや騒ぎもあってなかなか騒がしい実験だったが、実施した実験はおおむね成功したので一安心だ。その後、今尚研究に勤しんで理論を洗練し、様々な実験を行っていると聞いている。


 よく研究に詰まることがあるらしいが、毎日のように顔をつきあわせているスカリーやクレアと議論しているそうだ。なので、完全に行き詰まることはないらしい。先日、本人と会って話をしたときにそう聞いた。また実験の協力を頼んでくるのを楽しみに待つとしようか。


 一方、補習授業の方は予想よりも順調なので驚いている。というのも、ジェニーが六月頃に教えるコツというものを掴んだらしく、俺以上の成果を出し始めたのだ。半年前まで留年していたとは思えない成長ぶりである。他に協力してくれている元留年組の三人も、最近になって大体任せられるようになってきた。


 それと、各先生に毎月一回だけ講師として参加してもらっているが、これもなかなか悪くない。一応十人の先生と約束を取り付けられたので、毎回一人か二人の先生に講師として来てもらっている。たまに都合が付かなくなる先生もいるが、そのときは誰か他の先生に来てもらっていた。


 最初は苦し紛れで始めた元留年組の活用と講師の招聘だが、この二つはやって大正解だと思う。これを制度化するように今度サラ先生へ進言してみよう。うまくいけば、留年した学生に対する有効な救済制度になる。


 この次に狙うのは、かつてスカリーがやっていた、留年予備軍に対する補習授業だ。あれもかなり効果があったから、この二つを組み合わせて留年問題の解決策とすればいい。こっちも今度サラ先生に進言してみよう。


 ということを、風の凪いだ研究室でぼんやりと考えていた。時は七月の後半、暑さがうなぎ登りな時期である。室内だというのに陽炎が見えてきそうな状況だ。周囲には何人かの学生と作業員がいる。しかし、誰もまともに動けていない。


 今日は朝から風が全然吹かなくて困ったなと思っていたが、昼になるにつれて気温が上昇し、お昼前には何も考えられなくなっていた。あかん、もう無理。


 「うわ、なんやこれ。ようこんなところにおるな」


 俺達がつらい環境でも頑張って作業をしているというのに、それを全く無視するかのような発言をしながら室内に入ってきた学生がいた。


 全員がそちらに恨めしそうな視線を向ける。しかし、その学生がスカリーだとわかると、ため息をついて作業に戻った。そう、偉い人の娘さんには逆らえないんです。しかもそれが自分の上司や師匠のお子さんなら尚更、ね。


 「お前はいいよな。涼しいところで研究できるんだから」

 「別に涼める場所があるんやからそこでやったらええやん。全員が苦しむ必要なんてないんやし」


 偉い人の娘にでも俺は真正面から敢然と愚痴を言い放ったが、正論によって粉砕されてしまった。確かに、スカリーが俺達と一緒に苦しんだところで、楽になるわけじゃないもんな。


 「なんならユージ先生も一緒に涼むか?」


 そして俺の愚痴を打ち砕いた直後に、実に甘美な誘惑をしてきなさる。ほんとうに悪い笑顔で。


 「ほら、以前シャロンの実験を手伝ったやろ? 今度はうちの実験を手伝ってほしいねん」


 あの空き地でぼや騒ぎを起こしたやつね。あれは外でやったけど、今度は室内で実験か。まぁ、今の時期に屋外で進んで日差しに晒される物好きはいないだろう。


 ああ、ちゃんと理由まで用意されているとなると、これは応じざるを得ない。学生を助けるのは、教員の大切な仕事の一環だしな!


 「もうお昼やし、食堂でご飯を食べてからにしよか、ユージ先生」

 「うん、そうしよう」


 俺は立ち上がって、スカリーと一緒に開けっ放しの扉へと向かって歩く。途中、何人かがこちらを羨ましそうに見ていたが、あえて無視した。スカリーの言う通り、全員が苦しむ必要なんてないんだ。


 そう自分に言い聞かせながら、俺は研究室の外へと出た。




 食堂で昼ご飯を食べた後、俺はスカリーと一緒にペイリン邸へと入った。


 食べているときにスカリーから実験の内容について話を聞いた。それによると、今回は複合魔法の実験データが欲しいらしい。


 複合魔法とは、異なる属性の魔法を組み合わせて作られた魔法だ。通常はひとつの属性だけで使う魔法を複数の属性を組み合わせて使うのだから、さぞ強力だろうと想像するかもしれない。しかし、残念ながら単純に組み合わせたからといって強力になるわけではない。


 というのも、複数の属性の魔法を使うということは、それだけたくさんの呪文を扱わなければならないし、魔法の効果は消費魔力と術者力量に左右されるし、相性の悪い属性を組み合わせると威力が半減したりすることもある。実に取り扱いの厄介な魔法なのだ。


 ただし、うまく組み合わせて上手に使うと効果は絶大である。例えば、火属性の魔法攻撃を防ぐときは水属性の防御魔法を使うことが一般的だ。しかし、火属性と風属性を組み合わせた複合魔法を使うと、単純に水属性の防御魔法では防ぎきれない。こういった利点を生かすため、複合魔法について研究をしている魔法使いは多い。


 それでは複合魔法の分野は発達しているのかというと、実はそんなに発達していなかったりする。その理由は、能力不足と秘密主義だ。


 複数の属性を使って魔法を発動させる場合、必要な属性を使いこなせないといけない。ところが、三属性使えれば優秀、四属性なら天才、五属性以上だと歴史に名を残すと言われる状態では、ひとりの魔法使いが研究できる分野は限られてしまう。二属性以下しか扱えない魔法使いが一般的だからだ。


 ではみんなで協力すればいいではないかということになるが、こういった成果というのは、基本的にどの魔法使いも人に教えたがらない。現役の魔法使いなら切り札として使いたいだろうし、そうでなくても、苦労して完成させた魔法を簡単に教えてくれる魔法使いなどいないというわけである。


 そんな中でペイリン魔法学園というのは、かなりの部分まで周囲に成果を公開しているので非常に珍しいし、そんな校風を残したメリッサ・ペイリンは尊敬されているのだ。


 話が逸れた。


 それで、スカリーが今回欲しがっている実験データというのは、四大系統の各属性を掛け合わせた結果だそうだ。あと、複合魔法の知見も欲しいらしい。スカリーも四大系統と無系統の合計五属性を使えるが、俺はそれ以上に使えるから協力してほしいのだという。


 スカリーの部屋に案内されると、先客としてクレアとシャロンがいた。


 「こんにちは、ユージ先生」

 「ご機嫌よう」


 俺も二人に挨拶を返して、勧められた椅子に座った。


 「今回は、四大系統の各属性を組み合わせた複合魔法を披露するのが、最初の要望だったよな」

 「そうや。うちも一通りやってみたんやけど、うまくいかんかった組み合わせがあったし、それにうち以外の人が発動させたときの結果も知りたいねん」


 実験データは多い方がいいもんな。だから俺に頼んだのか。


 「それじゃ、早速始めたらいいのか? あ、でも、ここ室内だよな。そうなると、発動させるときは小さくまとめないといけないか」

 「そうやね。あと、どの程度の魔力を使うとか、発動させるときのこつなんかもあったら教えてほしいねんけど」


 さすがに何を言っているのかわかっているだけに、スカリーも遠慮がちな態度だ。何しろ俺の秘伝も全部教えろと言っているわけだからな。他の魔法使いにそんなことを言ったら、殺されても文句は言えない。


 しかし、俺は了承した。俺が寛大なんじゃなく、かつてそうやって俺も三人の師匠から教えてもらったからだ。それなのに、自分だけ秘密主義を貫くというのはおかしいだろう。


 「魔力量は別にいいけど、こつなんかは俺が死んでから公開してくれないか。生きている間に手の内を全部晒されるのは、さすがに困る」

 「これは基礎資料やさかい、別に公開する気はないで。発表するのは完成した論文だけやし」


 スカリーは嬉しそうに頷いた。それならいいだろう。


 ということで、俺は四大系統の各属性を組み合わせてゆく。


 火と水、火と風、火と土というように、相性など考えずに機械的に組み合わせていく。もちろん、火と水のように正反対の性質のものを組み合わせたときは、非常に不安定で制御も難しい。逆に火と風だと過去に経験があるので楽に発動させられる。ちなみに、火と土は土を火で焼いているだけだった。


 続いて、水と風、水と土、風と土の順に組み合わせていった。水と土の組み合わせでは泥水ができあがり、水と風、風と土の場合だと、たくさんの小さい水玉と細かい土が風によって攪拌されているだけだった。


 とりあえず発動できればいいということだったのでやってみたが、全体的に発想が貧困だったせいか凄いことはできなかった。


 「こんなのでいいのか?」

 「うん! ありがとう、先生! しっかし凄いな、こんなにあっさりとやってしまうなんて」


 俺の感想なんかも全て記録し終えたスカリーが手放しで賞賛してくれる。それは嬉しいが、今ひとつ凄いという実感は湧かない。


 「今回初めて拝見しましたけれども、本当に何でもなく四大系統の魔法を使われるのですわね。スカーレット様以外では初めてこの目で見ましたわ」

 「使えない属性だと、本当に全く発動できないことも珍しくないのにね」

 「この調子で二極系統や精霊系統も使えるんですの?」

 「うん。どれも均等に使えるらしいわよ」


 隣で、驚いた様子のシャロンと冷静な様子のクレアが俺について話をしていた。そういえば、クレアはともかく、シャロンには全部を使うところは見せてなかったんだっけ。


 「それで、ユージ先生。使える属性の数以外で、複合魔法の要点となるところってゆうんは知ったはるよね?」

 「確か、詠唱する呪文の効率化、消費魔力と威力の変化、それに相性の問題だったよな」


 魔法を使うときは、原則としてその魔法の呪文を唱えないといけない。しかしこの原則に従うと、二種類の属性から成る複合魔法の場合、二つの呪文を唱えないといけない。しかし、さすがにそれではあまりにも長すぎるので、呪文でも共通する部分は省略するなどして、効率的に発動させようと工夫が凝らされる。これが詠唱する呪文の効率化だ。


 次に、二種類の属性から成る複合魔法を使う場合、原則として魔法二つ分の魔力を消費することになる。更に各属性の得手不得手によっては、消費する魔力やその威力も変化してしまう。これが消費魔力と威力の変化だ。


 最後に、相性の悪い属性同士を複合させた場合、威力は相殺されるか半減することになる。これが相性の問題だ。


 複合魔法を使う場合、この辺りで引っかかることが多い。そのため世間一般では、使えたとしても気軽に使えないのが難点だ。


 「ユージ先生の場合、これってどうやって克服してるん?」


 スカリーの質問に俺はしばらく考え込む。さて、どうやって答えたものか。


 「うーん、呪文の効率化については、同じ文言は統一する程度だな。俺の場合は目の前の問題を解決できればよかったから、しっかりと研究したことがないんだ。それに、前世は霊体だったから、基本的に敵も俺のことはほとんど認識していなかったもんな。わざわざ姿を現して戦っていたわけじゃないから、隠れてゆっくり呪文を唱える時間があったんだよ。それに、無詠唱でも使えるし」


 あと、ライナス達が優秀だったから、時間稼ぎしてくれるのをいつも期待できたというのもある。


 「次の消費魔力と威力の変化だけど、俺って今もほぼ無尽蔵に魔力を使えるから、消費魔力については考えなくてよかったな。それと得手不得手もなかったから、それで困ったこともない。威力の問題についても、魔力をいくらでも使えたから調整することくらいしか考えたことがなかったよ」


 こうやって話していると改めて気づいたが、本当に俺って規格外だったんだな。


 「最後の相性の問題は、そういった相性の悪い属性を組み合わせたことがないからよくわからん。ただ、たぶんやるときは必要なだけ魔力を使うっていう力押しになるんだろうな」


 結論として、複合魔法の問題が消し飛ぶくらいの魔力を注ぎ込んで解決をしていたということになる。全然参考にならないな、これ。


 「能力で問題全部を帳消しにしてたんや。こりゃ出鱈目やな」


 半笑いのスカリーのつぶやきが聞こえた。


 「それだけの魔法の才能があれば、普通はいくらでも研究ができていたはずなのにって思います。でも全く研究しなかったのは、正にそのあまりある魔法の才能のせいというわけなんですね」

 「さすが、魔王討伐隊の守護霊なだけありますわ」


 クレアとシャロンがため息をついた。妬む気力も失せたような様子だ。


 「こうなると、ユージ先生には今後、実験の協力をしてもらった方がええなぁ」

 「そうですわね。いくらでも魔法を使えるというのであれば、こちらも遠慮なしに頼めますものね」

 「丸一日使っても平気なんですか?」


 何やらクレアさんが最後に恐ろしいことをさらっと質問してくる。一体何をさせる気なんだろうか。


 「ということで、今後も色々と実験に付きうてください」

 「うん、わかった。できることならな」


 気を取り直したスカリーが改めて俺に実験の協力を求めてくる。他の二人も同じようだ。俺としても断る理由はないので引き受けようと思う。


 「さて、それじゃ休憩しよか!」

 「今日はどんなお茶菓子なのかしら。楽しみね」


 スカリーの宣言と共にクレアが喜びの声を上げた。口にこそ出さないが、どうもシャロンも楽しみにしているらしい。そんなにおいしいのか。


 使用人を呼ぶスカリーを尻目に、どんなお茶菓子が出てくるのか俺も楽しみにしながら待つことにした。

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