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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
1章 ユージ、教師になる
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噂の人物たち

 新年早々、知り合いの元冒険者に勧められてペイリン魔法学園の教員採用試験を受けた。幸い合格できたが、翌日以降、勧めた本人に研修という名目でいいように使われる日々が続いている。まさかこのために試験を受けろと言ったんじゃないだろうか、と疑えるくらいにあいつは俺に指示を出す。


 「なぁ、実技担当で雇うってのは、単なる口実ってわけじゃないよな?」

 「もちろんさ! 担当する授業をこの前教えただろう?」

 「それ以外はずっとお前の召使い状態だぞ、モーリス」

 「いやだなぁ、人聞きの悪い。これも早く学校に慣れてもらうためさ」


 その言葉が嘘じゃないことは俺にもわかるが、そのにやにやした顔が俺の言葉を全力で肯定しているじゃねぇか。


 この二ヵ月半、実に色々と作業をこなしたおかげで確かに学校には慣れた。けど、俺のための作業に自分の作業を大量に混ぜるのはどうなんだ。最近は全く遠慮ってのがなくて腹が立つ。


 「俸給が良くなけりゃ、とっくに辞めているんだけどなぁ」

 「すごいだろ? 下っ端の教員にさえ気前がいいからな。冒険者になんてもう戻れないよ」


 始めて自分の俸給額を聞いたときは一瞬冗談かと思ったが、本当にそれだけくれるとわかったときは心底驚いた。冒険者として危険な思いをして稼いだ年収の約六倍ってなんだよ。更にこれで一番下。そりゃみんな憧れるわなぁ。


 もうすぐ新学期が始まるこの時期に、俺はモーリスと一緒に教員館の一室で休憩していた。


 三月に入ってからは、四月に入学している新入生、進級する在学生、留年した学生などの手続きを色々とこなしていた。それに授業の準備も重なったので、学校に慣れていない俺はかなり右往左往していた。

 しかし、それも昨日でおしまいだ。とりあえず、今手持ちの作業で進められるものは全部やっておいた。後は新学期を待つだけである。


 「そういえば、今度入学してくる学生で癖のある娘が何人かいるらしいね」

 「癖のある子? 貴族っていうだけで俺には充分だけどな」


 モーリスの手伝いをする中で何人もの学生と会うことになったわけだが、十代にしてふんぞり返るような態度の奴が何人もいた。人の上に立つ階級だからそう躾けられている面もあるのは理解できる。でも、もっと丁寧な接し方をしてもいいと思うんだけどなぁ。


 「確かに面倒だよね」

 「いちいち貴族出身かどうかなんて聞かなくてもいいだろうに。こっちは一応先生なんだぞ?」


 そう、貴族の子弟というのは、貴族であるかどうか、貴族なら爵位や親の勢力などを必ず聞いてくる。俺の場合は貴族出身じゃないから、それだけで論外らしい。平民だとわかるとこっちを召し使い扱いしようとする奴もいるもんな。


 「たちの悪い貴族の子弟は、大抵貴族出身の先生が相手をしてくれるから、あんまり深刻にならなくてもいいんじゃない?」

 「その先生は先生で困ったもんなんだけどな」


 学生ほど露骨ではないものの、教員の間でも貴族出身と平民出身で微妙な壁がある。冒険者をやったことのある先生は貴族出身でも問題ないんだけど、そうじゃなければ、学生がそのまま大人になったような先生もいるわけだ。実にめんどくさい。


 「まぁ、これでも以前よりはましになったらしいけどね」

 「できれば、これからもどんどん改善していってほしいよな」


 実力や実績の上下で見下されるのはまだ諦めもつくが、身分だけで見下されるのは気分がよろしくない。これからも実力主義、実績主義に学校が変わってゆくというのならば、俺はこっそり応援するぞ。


 「それで、今度入ってくる癖のある娘なんだけどさ、ある意味一番厄介なのが学園長の娘だよな」

 「あー」


 その話は聞いたことがある。学校が家みたいなものだから、小さい頃からこの魔法学園のあちこちに顔を出してるらしい。しかも才能もあるらしく、入学を前にして既に卒業できるくらいの知識と経験があるそうだ。


 「確か、入学する意味のない子だったっけ? 何のために入ってくるんだ?」

 「創立者一族の直系が卒業していないってのはまずいってことじゃないかな。それは冗談にしても、同級生の友達をたくさん作るっていうのも、将来を見据えた大切な仕事だろうしね」

 「へー、てっきり更に腕を磨いて上を目指すのかなって思ったんだけどな」


 友達を作るのも仕事ねぇ。そんなこといちいち考えたくないなぁ。


 「けど話題性なら、なんと言っても勇者ライナスと聖女ローラの子孫がやって来るってことだろうさ」

 「あーあーあー」


 かつて一緒に旅をしていた学園創立者のことを思い出していたら、今度は別の仲間の名前が飛び出してきた。

 魔王討伐隊のリーダーとそれに参加していた光の教団の敬遠な信徒で、後に結婚して光の教団内に聖女派という派閥を築いたそうだ。実際に二人を知っている身としては、気づいたらそんな立場に追い込まれていたんだろうなということが簡単に想像できる。


 「前から気になってたんだけど、なんで宗教の有力者が魔法学園に入学するんだ? 光の教団にも学校ってあるんだろう?」


 確かローラが幼い頃に王都の学舎へ行っていた。普通ならそっちへ入るだろうに。


 「それがさ、何でも学園の創立者メリッサ・ペイリンと聖女ローラの約束らしいよ。お互い子供ができたら一緒に入学させようってね」

 「へぇ、そんな理由があったのか」


 仲良かったもんなぁ、あの二人。


 「他にも、魔界から魔族も留学生としてやって来るって聞いている」

 「えっと、確か、魔界の学校と提携しているんだったよな?」


 いつから提携しているのかまでは知らないけど、何でもライオンズ学園というところと交換留学生制度というのを実施しているらしい。何とも強そうな名前だが、どこかで聞いたことのある名前だよなと思っていたら、こっちはかつての俺の先生だった一人、オフィーリア先生が創立したそうだ。始めて聞いたときは本当に驚いた。そして、まだ生きていらっしゃるらしいと知って二度びっくりだった。


 そういえば、魔族は人間よりずっと長生きするんだっけ? 教えてもらったときは何とも思わなかったけど、今は実感している。


 「それで、今年はその学園長の孫娘がやって来るそうなんだ」

 「なんか流行ってんのか?」


 どんな流行かは知らないが、学園長の娘に孫娘とは、また随分とかち合うじゃないか。


 「流行ってのが何かわからないけど、曰く付きの娘が入学してくるのは確かだね」

 「対応ひとつ間違うだけで、首が飛ぶどころじゃないよな」


 せっかく就職できたっていうのにすぐに退職っていうのはかっこ悪すぎる。少なくとも、当面の生活費に困らないくらいの財産を稼いでから辞めたい。


 「あとは、ハーティア王国の大貴族令嬢様かな」

 「なんかすごいのが出てきたな。っていうか、なんでわざわざハーティアからこっちに来るの?」


 昔は人間の住む地域を全て支配していた王国だったが、長年にわたる魔族との戦争で疲弊してしまい、西の端はレサシガムを中心としたレサシガム共和国、南東はラレニムを中心としたラレニム連合に分離独立されてしまう。そのため、今はハーティア王国と名乗るようになったが、昔日のような勢いはない。


 それでも大国には違いなく、王都ハーティアには様々な優れた教育機関がある。なので、ハーティア王国貴族ならば王都に向かうのが普通だ。


 「『メリッサ・ペイリン魔法大全』に感動して、魔術を極めるためにわざわざこっちへやってきたんだってさ」

 「あれか。たまにいるらしいな」


 魔法学園の創立者は、もうひとつ、魔法をしっかりと体系化した学者という側面もある。更にメリッサは、この『メリッサ・ペイリン魔法大全』を一般公開した。魔法使いに限った話ではないが、大抵の研究者は自分の発見したものや構築した理論を秘匿しがちだ。しかし、それでは進歩がないと考えたメリッサは、自分が体系化した理論を書物に記し、それを積極的に広めたのだ。


 これを実施した当時の反響はすさまじく、無償で一般公開したことについては賛否両論だったらしい。ただ、印刷技術なんてろくにないから、基本的に写本を望んだ人物に快く認める程度だけどな。まぁ、部分的な写本も含めると結構な数が出回っているそうだから、製本技術があればベストセラーになっていたと思う。


 そんなわけで、時代が下るにつれて支持する者が増えてゆき、たまにその開明的な思想や多大な功績に心酔する者が出てくるのだそうだ。それで、希にそういう人物が遠路はるばるレサシガムにまでやって来るのである。


 「この学校は『メリッサ・ペイリン魔法大全』学ぶには最適な場所だし、魔法研究においても大陸随一だから、そういった関係者が来るのはわかるさ」

 「でも聞いている範囲だと、その子はその本を暗記するくらい繰り返し読んで、全部身につけている気がするんだけどな。大貴族のご令嬢が来るほどのことか?」

 「勢いだけで決めたんじゃなければ、魔法研究に打ち込みたいんじゃないのかな」


 うーん、本人に会って話をしてみないとわからんな。あ、俺の場合は平民だから無視されるのか。


 「しっかし、さっきから女の子の話ばっかりだな。男の子の話はないのか?」

 「癖のある娘の話って最初に断ったじゃないか」

 「いやそうなんだけど。扱いに困る子は女の子に限った話じゃないだろう」


 貴族の跡取り息子なんかがやって来た場合、将来のことを考えると、むしろこっちの方が対応を慎重にしないとまずいんじゃなかろうか。


 「そりゃそうなんだけどさ、男の子の方は別に珍しい子はいなさそうなんだよ」

 「つまり、性格の悪さは例年通りってことなのか?」

 「そういうこと」


 その例年通りが俺にはわからないんだけどな。まぁ、いい奴も多少入ってくることを期待しよう。


 「だったら、注意すべき先生っているの?」

 「あれ、知らなかったっけ? 実際に会って嫌な目に遭ってなかった?」

 「……他にいたら教えてもらいたいんだよ」


 俺は渋い顔をしながらモーリスに言葉を返した。

 さすがに二ヵ月半も校内をあっちこっち行っていると、いろんな先生に会う。そうなると、中には性格が合わない先生もいるわけだ。それだけなら、できるだけ会わないようにすればいいだけなんだけど、中には積極的に嫌がらせをしてくる奴もいる。そんなことをする暇があったら、仕事に打ち込んだらいいのに。


 「他にかぁ。俺達平民出身にとったら、貴族出身の先生は大抵微妙だねぇ」

 「冒険者をやったことがある貴族出身の先生がいるのには本当に助かるよな」

 「平民出身者と貴族出身者の間を取り持ってくれるからね」


 そういう貴重な先生は学内における潤滑油みたいな存在だ。とても貴重な方々である。


 「しっかし、いきなりマルサス先生に目を付けられたのは困ったよなぁ」

 「採用試験を好成績で突破したせいだよ」

 「事前に教えてくれないと、学校の内情なんて知るわけないだろう。でも、あれで冒険者の経験があるんだよなぁ。何か嫌な経験でもしたのかな?」

 「冒険者になって嫌な経験をしたことがない奴なんていないよ。だから、最初っからあんな感じだったんだろうさ」


 この魔法学園の教員の一人に、ローレンス・マルサスという先生がいる。実家が貴族でその家督を継げなかったので冒険者になった後、その実家の推薦で教員になったそうだ。


 この経歴だけを見たら俺達にも平等に接してくれそうに思えるんだが、現実はばりばりのお貴族様だ。冒険者だったときはどうやって周囲と折り合いをつけていたんだろう。


 「しかも、なぜか俺だけ特別扱いが悪いように思う。気のせいか?」

 「いや、たぶん特別に嫌われているね。何が気に入らないのかまではわからないけど」


 俺はため息をひとつ吐く。


 冒険者ならば依頼が終わるとどんな相手でも一旦縁が切れる。だから嫌な相手とはそれっきりになるけど、組織に属するとずっと付き合わなきゃいけないのが面倒だよなぁ。


 「さて、それじゃ休憩はおしまいにしようか。あと少し作業をしたら、今日は引き上げよう。明日は何もないから、今晩は街で飲み明かすかい?」

 「お、いいねぇ」


 学校がレサシガムの校外にあるせいで、気軽に歓楽街へと繰り出せないのが難点だ。しかし、仕事が終わると好きにしていいので、休みの前日は街に繰り出して一泊することも認められている。来月からは忙しくてしばらくそんなこともできないらしいので、今のうちに飲み溜めておくとしようか。


 俺はモーリスに続いて立ち上がると、作業を手伝うためにその後に続いた。

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