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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
3章 自分の都合、他人の都合
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試験の結果と来年の展望

 毎年二月にやる進級試験は学生にとって最大の難関だ。まぁ、これは魔法学園の学生に限った話ではなく、いつの時代でも、どんな場所でも、そして全くの別世界でも、学生という身分の者達にとっては共通といえる。


 そして、そんな魔法学園の学生にとって、その前の月である一月は何ともいえない一ヵ月である。というのも、試験勉強に使うならこのまとまった時間はいくらでも有効に使えるし、逆になまじっか制約がないのでいくらでも遊べてしまうからだ。


 ここで教師が強制的に勉強へ仕向けられたらまだ何とかなるのだが、魔法学園にとって新年最初の月は冬休みだ。つまり、学生は自分の意思で勉強しないといけない。遊び盛りの学生にとってこれはなかなかの難題だ。わかっていても誘惑に抗うのは難しい。


 それだけに、俺は留年した学生について心配していた。誘惑に負けていないか、ということをである。つまるところ、能力ではなく意思の問題なのだ。本当に能力的にどうにもならないという学生は意外に少ないことがこの半年でわかっただけに、何とか関わった学生に試験を突破してほしかった。


 そういった意味では、カイルについては全く心配していない。俺は新年になって数日後にペイリン本邸から離れたが、カイルはあの四人に取り囲まれて勉強している。今やあの屋敷は、カイルにとって豪華な牢獄と言っていいくらいの場所だ。その点については心底同情している。


 一月後半からは進級試験や卒業試験の準備などで忙しくなってきたが、そんなことを思いながら仕事をしていた。




 そうして二月がやって来た。一回生と二回生の進級試験は二月前半に、三回生の卒業試験は後半である。だから、カイル達も留年した学生達もみんな二月前半が勝負だ。


 二月初日から試験は始まり、次々と学生が受験する。試験が終わると、喜びを一杯に表している者や完全に意気消沈している者などが、教室や訓練場から出てきた。


 「いやぁ、心配だよなぁ」

 「ユージは何をそんなに不安がっているんだい」


 近く俺と一緒に答案用紙相手に格闘しているモーリスが、俺のつぶやきを拾って言葉を返してきた。


 「何をって、去年教えていた留年組の学生のことだよ。ちゃんと試験に合格しているか気にならないのか?」

 「ん~、別に気にならないけどなぁ。合格するときはするだろうし、不合格になるときはなるだろう?」


 別に俺は熱血教師というわけではないものの、約四ヵ月間面倒を見てきたのでそれだけ親近感を持っている。だから、ひとりでもたくさん進級してほしいと思う。でも、モーリスをはじめとして、周囲の先生は違うみたいなんだよな。以前はシャロンにも似たようなことを言われた。


 「でも、また留年したら来期に再度教えないといけないんだぞ?」

 「まぁ面倒ではあるけど、学校としてはいい商売になるんじゃないのかな。ここの学費って高いし」


 けど、モーリスはその中でも本当に淡泊だ。いちいち学生のことを考えていたら身が持たないんだろうけど、俺はそこまで割り切れそうにないな。


 「お前そんなに冷淡だから、彼女に振られたんじゃないのか?」

 「……うるさいな。関係ないだろ」


 口をとがらせたモーリスは小さな声で反論してきた。


 一昨年に続いて去年の末に、俺から見たら再び怪しい伝手を使ってモーリスはとある女と会ったそうだ。俺からしたらまた後始末を手伝わされないか不安だったが、今度はうまく付き合うことができたらしい。年が明けてから気持ち悪いくらい上機嫌だった。


 更に随分と気合いが入っていたらしく、週末はレサシガム内の宿に泊まって帰ってこなかった。このとき、春には結婚したいなんて言っていたから、てっきりうまくいっているものだと思ってた。珍しく率先して仕事をしていたくらいだもんなぁ。


 でも、そんなモーリスの幸せは長く続かなかったらしい。二月になる直前になって、急に元気がなくなったんだ。目が虚ろになるっていうのは、ああいうことをいうんだなって久しぶりに思い出した。そして、それ以来付き合っていた彼女の話をしてくれることはなくなった。


 ちなみに、俺はその彼女の姿はおろか名前すら知らない。興味がなかったんじゃなくて、こっちが忙しくて会う機会がなかったのと、いつも「麗しの君」「理想の女性」としか返してくれなかったからだ。だから、非実在彼女エアかのじょの可能性もある。いや、あの浮かれようと落ち込みようから、たぶん本当にいたんだろう。けど、俺からしたら気づいたらいると言われていて、いつの間にか消えていた人だから全然知らないんだよなぁ。


 思い出しているうちにかわいそうになってきた。この話題はやめておこう。




 二月に入って一週間が過ぎた。大体半分の試験が終わったことになる。以前にも説明したと思うが、紙に解答を書き込む形式の試験は採点が面倒だ。ひとつずつ正解と不正解を確認しないといけないからだが、もうひとつ、字の上手下手というのも大きく関係している。


 下手な場合はすぐわかると思う。本来伝えたいことを他者に示すための記号なのに、その役目を全く果たしていないのだ。あんまり酷い場合だと、不正解にされかねないので学生は要注意だ。


 逆に達筆すぎる場合もたまに問題になる。日本だと書道というのがあって、草書体というわざと崩した文字を筆で書くことがある。あれは素人には何が書いてあるのか全くわからないけど、要は先生がその素人側の立場に立たされてしまうのだ。これは大抵成績優秀な学生の場合が多いので、解読できる先生に採点をお願いする場合がある。


 このように、試験とは直接関係ないところでも、先生は苦労しないといけないのだ。マークシート式の試験を普及させたくなる。


 話が逸れた。二月も一週間が過ぎると、毎日答案用紙を採点し続けなければならないが、そのうち見知った名前の答案用紙を見かける機会も増えてくる。特に留年した学生のものはつい緊張してしまう。


 「モーリス、見知った名前を見つけた。そっちは?」

 「さっきから何人か見かけるね。受かってたり落ちてたり色々さ」


 さすがに全ての試験が受かっているとは思わないが、落ちているという話を聞くと残念に思う。


 見知らぬ学生よりも慎重に採点しているのが自分でもわかる。他人の答案なのに、合っていたら安心して間違っていたら肩を落とす。もちろん内心での話だが、こんなふうに一喜一憂していると疲れる。


 この学生はぎりぎり不合格だった。あと二問正解していたら合格だっただけに残念だ。点数を書き込んで次の答案用紙に移る。


 毎日これを繰り返していくわけだ。今の俺はひとりでも多く試験に合格していることを祈りながら、採点するしかなかった。




 二月に入って三週間が過ぎた。


 三回生の卒業試験がまだ終わっていないので試験期間は続いている。しかし、二回生までの進級試験の結果は既に出ているので、俺は今、いつもの五人と食堂にいる。


 「はい、お疲れ様~。みんなよく頑張ったな~」


 様々な料理を乗せた取り皿を取り込んだみんなが、椅子に座ったのを確認してから俺は声をかけた。


 ひとりカイルだけが突っ伏している。去年もこんな感じだったか。正しく、全力を出して力尽きたのだ。


 「精も根も尽き果てた感じだな、お前は」

 「もう試験は嫌や」


 世の学生はみんな同じだぞ、カイル。ついでに先生もな。いやだって準備も採点も面倒なんだもん。


 「やっと試験も終わったなぁ。これからいよいよ三回生や。本番やで」

 「スカーレット様のおっしゃる通りなんですが、そのための準備をこの半年間でしないといけないとは、思いもしませんでしたわ。それを教えていただかなければ、春から大変な目にあっていたところです」


 脳天気にスカリーが気勢を上げている隣で、シャロンがしみじみとこの半年間を振り返っていた。


 魔法探求や魔法技術のような研究系専門課程の場合だと、しっかりとした研究をするなら一年では時間が足りない。毎年十二月まで研究をして翌年の一月に論文としてまとめることが多いので、春から研究を始めると実質九ヵ月しかないからだ。


 そのため、スカリーが言うには、できる学生は二回生の後期から準備をするものらしい。知らなかった。


 「クレアは入学したときから少しずつ準備しとったし、うちはもう何年も用意してたから問題ないわ。シャロンは間に合いそうなんか?」

 「ええ、なんとか。三月には全て揃えられますわ」


 嬉しそうにシャロンがその内容を話し始める。何もしていないように見えて、水面下ではしっかりと動いていたようだ。


 「アリーとカイルはどうなの? 護身教練の卒業試験は研究じゃないそうだけど」

 「護身教練の場合は、冒険者として活動したことも評価されるそうだ。私とカイルは去年課外戦闘訓練をこなしたから、かなり有利らしい」


 護身教練の専門課程では、課外戦闘訓練と似たようなことをすることもあるそうだ。冒険者として活動するというよりも、学校の外で授業をするというような感じらしい。だから、小森林で冒険者として活動したというのはかなり評価が高いと後で聞いた。この場合、俺の詳細な報告書も役に立っていると聞いている。よかった、無駄じゃなかったんだ、あれ。


 「俺は去年の夏休みに冒険者活動をしとったから、評価は更に上や。ユージ先生ちゃんと学校に報告してくれてたんやな」


 後でアハーン先生に聞いて慌てて書いたんだよ。小森林のときと同じように、メモ書きしておいて良かった。


 「でも、お前ら二人だけそんなことをしたもんだから、来年は何をさせようかアハーン先生は頭を抱えていたぞ」


 授業の内容を先取りされたようなものだからな。この二人に今更同じことをさせてもあまり意味がない。というより、小森林での活動なんて場所が遠すぎて無理だ。


 「冒険者としての心得や仲間との連携について、アハーン先生から教えてもらうのではないのですか?」

 「アリー、それ全部ユージ先生がやってもうたんや、去年」


 カイルがアハーン先生に聞いたそうだ。確かに、今すぐにでもどこかの冒険者パーティに入れても通用するだろうしな。


 「酷い言い方になるが、学ぶことがあるとすれば、自分よりも格下の奴と組む勉強はできるだろうな」


 去年この五人と一緒に小森林へと入ったが、あれは一種のドリームチームと思わないといけない。魔法学園の中を探してもこれ以上のパーティは組めないだろうし、冒険者ギルドの中でも似たようなものだ。長くても二年も経験を積めば、大陸有数の冒険者パーティになるだろう。


 それだけに、特にカイルは格下の仲間とうまくやる方法を学ぶ必要がある。冒険者になることを希望しているのだから、今度は自分が引っぱっていく側にならないといけない。


 「もし冒険者パーティのような活動を授業ですることがあったら、要注意だぞ。去年小森林で活動したときの感覚で動いたら絶対に失敗する。魔法の支援はあんなにないし、周囲との連携は期待するな」

 「あーやっぱり難しいでっか」

 「年季の入った冒険者パーティのメンバーなら、新人ひとりの面倒は見られるだろう。でも、学生同士だと基本的に自分のことで精一杯だろうしな。先生がいない場合、お前やアリーが俺の立場になるんだ」


 カイルが眉をひそめて渋い顔をする。さすがにそこまでの自信はないらしい。


 「責任重大ですね」

 「規格外として二人だけでまとめられるか、パーティリーダーとして起用されるか、俺だったら二人をそういうふうに扱うな」


 他に比べて能力が高すぎて中途半端な使い方ができないからな。ある意味使い勝手が悪いともいえるけど。


 「そうだ、留年した学生はどうだったんですか? わたし、まだ結果を聞いていないんです」

 「うちもや。去年あれだけ教えたんやし、結果が気になっとってん」


 クレアが話題を変えてきた。そういえばまだ教えていなかったな。


 「聞いて驚け。なんと、八割が進級したんだ。例年なら一割くらいらしいぞ」


 俺の言葉を聞いて五人が驚く。なんと例年の八倍も成果があったのだ。初めて知ったときは俺も驚いた。


 「まぁ、ぎりぎり進級できた奴も結構いるから、来年はどうなるかわからないけどな」

 「それでも大成果やん! 留年組の大半が学校を辞めていくんやさかい、そこから抜け出せたんは大きいで!」


 スカリーの話では、毎年三十人程度の学生が留年しているが、留年した学生の数はずっと六十人で一定しているらしい。つまり、毎年三十人が退学しているのだ。その辞める学生を引き留められたのだから効果は絶大ということだ。


 「そうなると、来期の留年組の学生数はいつもより少ないのね」

 「今回留年したのは二十人程度だから、合計で三十人程度になるって聞いている」


 どうも、かつてスカリーのグループメンバーだった連中が踏ん張ったかららしい。こんなところで影響があるとは思わなかった。


 「いずれにせよ、わたくしたちの肩の荷は下りたのですわね」

 「そういうことだな。いくら何でも来期も補習授業をさせられないしな」


 研究活動の邪魔はさすがにできない。


 「そうなんや。うちらお役御免なんやな」

 「よろしいじゃありませんか。一緒に研究活動に勤しみましょう、スカーレット様」

 「楽しみね。これから一年間頑張らないと」

 「早く新学期を迎えたいものだ。専門課程では何をさせてもらえるのだろう」

 「みんなやる気あるなぁ」


 ある者は希望に満ちた顔、ある者はあきれ顔と、色々な表情を五人は浮かべている。ただ、これからの一年間で何をするのかを話している姿は、とても楽しそうだ。


 気がつけば、みんなとはもう二年近くの付き合いがあるんだな。途中で縁が切れるんじゃないかと思っていた時期もあったけど、年々絆は深まるばかりだ。俺としては残り一年間も頑張ってもらって、気持ちよく卒業してほしいと思う。

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