俺の過去に関連したお話
新年を迎えた。去年に続いてペイリン本邸でだ。ここにはまだ三回しか来ていないのに、もう何度も来ているような気がする。どうしてだろうと考えたところ、前世で散々宿泊していたことを思い出した。ああ、完全に正月ぼけしているな。
学校の仕事が終わってからペイリン本邸へすぐにやってきたので、もう数日ここにいることになる。学校の教員宿舎にあるベッドも安宿に比べたらはるかにいいけど、ここのベッドは更にその上をいく。これに慣れると旅をするのが大変になりそうだ。
ここにいる間、俺は基本的にのんびりとしているわけだが、丸一日暇というわけではない。やることは主に二種類あって、ひとつはスカリー達の相手であり、もうひとつはペイリン夫妻の相手だ。
スカリー達の相手はいつも通りでいいのだが、今年はカイルの勉強を見るという役目がある。スカリーが中心になって教えているわけだが、これが結構容赦ない。
「せ、先生。もうずっと先生が俺の面倒見てくれへんかな?」
などと半分死んだ表情で訴えかけられると引き受けたくなる。しかし、カイルの進級試験合格のためにあえて断り続けていた。ちなみに、スカリー達がどんな教え方をしているのかは知らない。そのときはそこにいないからだ。
他にも、アリーの修行に付き合ったり、みんなで一緒にテラスでお茶会したり、そして図書室で本を読んでいたりしていた。
一方、ペイリン夫妻の相手は、旧年最後の日から始まった。一年前はスカリーの教師という立場で宿泊していたが、今回はペイリン家の客人として招かれているので、実はこの夫婦の相手をするのが本来あるべき姿だったりする。正式すぎて息が詰まりそうだ。
話の内容というのは、学校関係や魔法関連のことが多い。それと、ご先祖のメリッサ・ペイリンがどういう人物だったのかということも、よく話題に上った。何しろ当の本人と一緒に旅をしていたのだ。その人となりは嫌と言うほどよく知っている。
代わりに俺は、魔王討伐後、特に旅を終えてからのメリッサが何をしていたのかということを話してもらった。俺としては、子供を産んで育てたというだけでも意外だが、学校を創立したということも驚きだった。
新年を迎えてからもペイリン本邸での過ごし方に変化はなかった。けど、さすがに数日間も引き籠もって毎回同じ相手と過ごしていると、話す話題というのはなくなってくる。特に三度のご飯時の会話がそうだ。
新年初日の昼ご飯の今もそうである。毎日やっていることが同じだから話に変化をつけるのがしんどい。それじゃ何を話そうかと考えていたら、そういえばとっておきの話をまだしていないことに気づいた。
「ふふふ、カイル君はあと一ヵ月ちょっとの辛抱やね~」
「まだ一ヵ月以上もあるんですよねぇ。あ~もう、いらんもんに手を出すんやなかったわぁ」
「ふむ、苦労しておるようだが、それは将来の役に立つ。頑張りなさい。さて次は、ユージ君、何かあるかね?」
ペイリン夫妻をはじめ、いつもの五人も談笑する中、ついに俺へと話が振られてくる。
「そうですね。いつも似たような話ばかりでも飽きますから、前世の話でもしますか」
「ほう、それは面白そうだね」
全員の視線に力が入るのを感じる。やっぱり食いつきがいいな。
「俺がライナスの守護霊になったのは、あいつが赤ん坊の頃からなんだ。だから最初は本当に見守ることしかしていなかったなぁ」
という形で、本当に最初から話を始めた。残り数日間のご飯時の間を持たせるために話を始めたので、今回だけで話を終わらせるつもりはない。細切れに話をしてつないでゆくつもりだ。
最初はライティア村の話をした。ライナスとローラの幼い頃、ライナスとバリーの修行、ローラとの別れ、そしてその裏で俺が三人の人外の先生に師事していた話などだ。ただし、ペイリン家にとってはメリッサが出てこないのでさらりと流した。クレアとアリーは詳しく聞きたいだろうけど、ここは招待主を優先だ。
一旦話を区切ると、みんなの質問を受けた。
「ねぇ、勇者ライナスと聖女ローラって、一緒に村にいた頃から将来を誓っていたの?」
「オフィーリアお婆様は、師匠をどのように指導していたのですか?」
特にクレアとアリーからはよく質問される。自分に身近な人の話が出てきたからだ。
逆に俺からも質問することがある。例えば、ライナスとローラが文通していたときの手紙は残っているのかとか、俺を指導していたときのオフィーリア先生は何を考えていたのかなどだ。
次は王都ハーティアへ出てからの修業時代の話だ。一人前の冒険者となるためにライナスとバリーが修行していたときの話だが、カイルの食いつきがよかった。
「なんや、ユージ先生に教えてもらったことが、よう出てきますやん」
そりゃ、このときに学んだことをそのまま教えていたしな。二百年前の教えがほとんど通じるなんて、先人の教えが凄いんだか、世の中が全然進歩していないんだか。
この昔の話は、やってみると大好評だった。みんな昼ご飯が終わっても席を立とうとしないくらいだ。カイルの勉強という口実がなければ、ずっと話は続いていただろう。
しかしもちろん、夕飯時になると話を再開するように求められる。
ただ、俺の話があんまりにも評判がいいので、つい気になって尋ねてみた。俺の正体がわかるほどの記録が残っているなら、知っている話ばかりのような気がしたからだ。
「あれ、ライナス達って過去のことは記録に残していないんですか?」
「うちの家の記録は、主に魔王討伐時代と守護霊の解放手段探索時代の話やから、ユージ君が話してくれたことは全然書いてないな~」
「それに、書いてあっても基本的に事実ばかりでね。お話としてはいささか無味乾燥なんだよ」
ペイリン夫妻は、家に伝わる記録について簡単に教えてくれる。なるほど、メリッサは事実を残そうとしたのか。
「私のところにもあります。勇者ライナスは、ライティア村に住んでいたときから勇者の剣をフォレスティアに預けて戻ってきたときまでのことを書き残しています。聖女ローラは、魔王討伐隊に参加してから晩年までについて書いていますよ」
へぇ、あの二人も何か書いているんだ。中身が気になるな。
「私は、オフィーリアお婆様から、初めての弟子として何度か話を聞いたことがあります。ライティア村の時の話ですね」
オフィーリア先生は一体何をしゃべったんだろう。凄く気になる。アリーは一体どんなことを聞いたんだ。
そうやって、食事時の度に俺は魔王を討伐するまでの話をしゃべり続けた。苦し紛れに話のネタとして用意しただけなんだけど、こんなに望まれるとは思わなかった。なかなか食べる間を見つけられなかったのが難点だった。
さて、こうやって昔の話が大好評を得ると、次はそれにまつわる現代の話も出てくる。
現在、俺の前世が守護霊だったことを知っているのは、ペイリン夫妻、スカリー、クレア、シャロン、アリー、カイルの七人、それにクレアとアリーによると、クレアの両親とオフィーリア先生も手紙で知っているそうなので十人となる。
そして、個人ではなく組織として見た場合、ペイリン家のみがこの事実を知っていた。ホーリーランド家とライオンズ家も一番偉い人が知っているが、まだ正式に認めたわけではない。
ということで、この『家として正式に認める』ということについて、俺は話し合いをすることになった。
家同士の話であるため、カイルとシャロンは席を外す。カイルが勉強のため、シャロンがその面倒を見るためでもあった。そしてその後に、俺はペイリン夫妻、スカリー、クレア、アリーとその話を始める。
「クレアとアリーに確認しておきたいんだけど、二人の実家って俺のことをどのくらい知っているんだろう?」
「家にある記録以外ですよね? それでしたら、わたしが手紙で書いた範囲です。内容は、今までユージ先生を観察したことと、去年の十月に守護霊として認めたことが中心です」
「観察って何?」
たぶん俺の外見的な特徴なんかを実家に報告してたんだろう。ちょっと言葉が引っかかったので質問してみたが、クレアは顔を赤くして目をそらす。え、なにこの反応?
「えっと、観察とは、対象物をよく見ることです」
「そりゃ言葉の意味だろう? そうじゃなくて、俺の何を観察していたのかってことなんだけど」
しばらく間を置いてから、「色々です」という一言が返ってきた。スカリーがにやにやして俺達を見ている。何か知っているんだろうか?
「スカリーは何か知っているのか?」
「まさか。クレアの頭の中までわかるわけないやん」
それじゃどうしてにやにや笑ってるんだよ。半目で睨み返すが目をそらされる。
「まぁいいや。それで、アリーの方は?」
「私の実家は師匠に興味を抱いていないようです。あくまでもオフィーリアお婆様が望まれていることなんです。ですから、私の実家は師匠について何も知らないと思います。逆に、お婆様でしたら、最も師匠をよく知っているのではないですか?」
そうでした。現状こそよく知らないだろうけど、俺そのものについて知らないはずがない。
「そうなると、俺って二人の実家に行った方がいいんだろうか?」
家を代表してか個人的にかの違いはあっても、たぶん行った方がいいとは思う。が念のために二人の意見を聞く。
「わたしは、ユージ先生に一度ノースフォートへと来てほしいです。実家からはまだ正式な話はきていませんけど、ペイリン家が正式に認めた以上、ホーリーランド家としても無視するわけにはいかないですし」
「クレアちゃん、うちらからもお手紙出しといた方がええかな?」
「たぶん、確認の手紙がペイリン家に届けられると思います。まずは、わたしから話をしっかり聞いてからですね」
家同士のやり取りで、いい加減なことはできないだろうしな。
「私のところへも師匠に来ていただきたい。オフィーリアお婆様が会いたがっておられますから。ライオンズ家としては、恐らく何もないでしょう」
「おや、ライオンズ家としても、少しくらいは興味があると思っていたんだが、全くかね?」
「はい。オフィーリアお婆様にとってはとても縁が深いですが、ライオンズ家としてはほぼ無関係なんです。それに、守護霊は魔王と呼ばれた魔族を殺していますし、今の師匠は人間でしょう? 家としては正式につながりを持っても利益がありません」
言われてみるとその通りだな。当時魔王に反感を持っていた魔族はいたけど、だからといってその魔王を倒した人間に好意なんて抱けるとは思えない。ライオンズ家が魔族の中でどんな立場なのかはわからないけれど、俺を認めてもいいことがあるとは思えないよなぁ。
それでも二人の話を聞いていると、一回は赴いた方がいいように思える。
「とりあえず一回は行った方がいいということはわかった。問題は、いつ行くかなんだよな」
今の俺はペイリン魔法学園で教師をしている。前期後期と授業をしているのだ。そのため、おいそれと旅に出かけるわけにはいかない。しかもだ、どちらも馬を使っても旅程が月単位になる。どちらにも顔を見せるとなると、最低半年は休まなければならない。
「う~ん、今年一年は学園におってほしいな~。ほら、クレアちゃんの研究のお手伝いもあるし~」
「確かにそうだが、あまり長く待たせるのも良くないぞ、サラ」
むむ、どちらの言い分もわかるので俺としては何も言えない。最近は担当する授業の数も増えてきたしな。
「なぁ、ユージ先生、来期も補習授業はするんやろ?」
「たぶん。今回の留年生が全員進級できるかどうかなんてわからないし、新たに留年する学生もいるだろうしな」
俺はちらりとサラ先生に視線を向ける。すると、少し首をかしげていた。あれ、違うの?
「留年する学生の数によるな~。あんまり少ないと、モーリス先生ひとりに任せてもええやろうし~」
「モーリスは座学の講義は全くできないですよ? 今回はスカリー達に手伝ってもらったから問題になりませんでしたけど」
そもそも、くじ引きで決めた人選に全部を押しつけるのは危険だろうに。
「来期は、俺とモーリスの二人でやることになるのが常識的でしょうね」
「そっか~。うちもちょっと考えとくわな~」
サラ先生は何を悩んでいるんだろう。そんなにクレア達の実家に早く行かせたいのか? それとも、研究の手伝いで何かあるんだろうか?
「ということは、少なくとも一年間は学園を離れられないということね」
「理由があるのでしたら仕方ない。お婆様も納得してくださるはず。そうなると、一番いいのは、私達が卒業するときだな」
クレアと話をしていたアリーの何気ない言葉に、サラ先生が反応する。
「そっか、来年みんなが卒業する時期に合わせばええんか~」
「おかーちゃん、それやったらええの?」
「うん、そっちの方がうちは都合ええわ~」
何の都合なのかは聞かない方がいいんだろうな。
「そうなると、来年クレアとアリーが実家が帰るときに、同行すればいいんですね」
この一年間に何をさせられるのかがわからなくて不安だけど、とりあえず重要なことは決まった。
二人の実家に行って何があるのかはわからない。しかし、前世に縁のある場所に赴き、同じく縁のある人物に会うのは少し楽しみだ。
ちなみに、この年末年始に勉強していたカイルの成果だが、シャロン曰く「神のみぞ知る」ということだった。匙を投げたと受け取るか、当落線上まで這い上がってきたと受け取るかは、聞いた人次第だ。