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結果発表

 体が冷えるとまずいので、俺は背負い袋の上に置いていた外套を身につけた。せっかく体が温まったんだから、寒さをしのぐのに利用したい。


 試合の終わった俺が暢気にアハーン試験官の脇に立つと、まずはマークが仮設闘技場に歩いて行った。


 白い円の周囲には先ほどと同じように二人一組の試験官達が三組だけ立っている。残り一組は動ける土人形ゴーレムのひとつのそばにいた。それが動き始めると、両脇にいた二人も同じように仮設闘技場へと向かう。


 全員の準備が整うと、アハーン試験官の合図で試験が始まった。


 「我が下に集いし魔力マナよ、火となり我が元へ集え、火球ファイアボール!」


 それと同時に、マークが火球ファイアボール土人形ゴーレムの頭部に叩き込んだ。傍目で見ても高濃度な魔力が込められた魔法だ。開始早々勝負をかけてきたな。


 動きの遅い土人形ゴーレムはそれを避けられず、火球ファイアボール土人形ゴーレムの頭部で爆散する。他の部位に比べて最も小さいから、そのまま受けると消し飛ぶはずなんだが。


 土人形ゴーレムはあっさりと頭部を吹き飛ばされた。しかし、全く影響がないらしく、そのままマークへと近づいていく。あ、更に頭部が胴体から生えてきた。こりゃ、魔力を分解しないといくらでも再生しそうだな。


 開始直後の仕掛けが失敗に終わったマークは、距離を保つために土人形ゴーレムから離れようとする。ただ、やはり戦士のような肉体労働者ほどの機敏な動きは望めないため、思うように土人形ゴーレムとの距離が稼げないようだ。


 そうか、今気づいたけど、土人形ゴーレムの動きがあんまり速くないのは、魔法使いと一対一で対決させるためなんだ。マークも魔法使いの割には良い動きをしてる。けど、それでもぎりぎりどうにかならないところを見ると、できるだけ魔法を使って対処するように仕向けているんだろう。更に、あの直径四十アーテムという制限も厄介だ。接近戦をする分には問題ないが、遠距離戦をするとなると少し心許ない。


 なるほど、腕の良い魔法使いが一対一で苦戦するように調整されているのか。周囲の気配りの件といい、いろんなことが見てとれるようになってるんだ。今までの採用試験の経験を活かしているんだろうな。


 「我が下に集いし魔力マナよ、の者を絡め取れ、拘束バインディング


 マークはこのままだとろくに仕掛けられないと判断したらしい。俺と同じように、土人形ゴーレムの動きを止めようとする。素の状態で距離が稼げないなら、それしかないよな。


 土人形ゴーレムの動きは確かに鈍ったが、俺のときほどじゃない。

 それでも一応距離を稼ぐことができたようなので、一定の距離を保ちながら土人形ゴーレムに魔法を当て続けた。


 軟らかい土でできている土人形ゴーレムは、攻撃を受けると傷つくがすぐに回復してしまう。ああ、消耗戦になってきた。


 そうしているうちに、やがて体力と魔力を消耗してきたところで、白線の外側に出てしまった。

 マークもすぐ気づいて慌てて内側に戻ったが、そのわずかな失敗で、土人形ゴーレムに退路を断たれてしまう。

 土人形ゴーレムはそのまま右拳を振り上げたが、そこでアハーン試験官が終了の宣言をした。




 肩で息をしながら戻ってきたマークと入れ替わりに、今度はベンが仮設闘技場へと入る。


 アハーン試験官が合図をすると、ベンの試験が始まった。


 お、いきなり拘束バインディングか。俺達の試験を見ていただけに、脚を鈍らせる重要性を理解したんだろう。それと、開始早々の一撃必殺を打ち込まないということは、一発で倒せないと判断したのか。


 その後のベンは、土属性の魔法である土石散弾アースショット土人形ゴーレムの脚を削る作戦にしたようだ。

 足下から爆発音と共に吹き出す土や石が土人形ゴーレムの脚を削る。俺と同じ行動不能を狙ってるな。


 ただ、この戦い方にはいくつか難点がある。

 まず、土人形ゴーレム拘束バインディングの影響をあまり受けていないらしく、動きがそれほど鈍っていない。つまり呪文を唱える時間をあまり稼げていない。


 次に、土石散弾アースショットの威力がもうひとつだ。派手に土石を打ち上げているから一見すると効果が大きいように思えるが、観察している分には効果が限定的に思える。少なくとも土人形ゴーレムの回復能力の方が高いように見える。


 最後に、その派手に打ち上がった土石だが、仮設闘技場の周囲にいる試験官にもわずかに降りかかっている。打ち上がった土石が引力に引き寄せられて落ちてきているのだが、これはかなりの減点じゃないだろうか。


 やがて、消耗戦になろうかというときになって、アハーン試験官の終了宣言が出た。




 「君たちは、これから三人で土人形ゴーレム二体と戦ってもらう。場所はこの訓練場の中央部分でだ。先ほどのような場所の制限は特にない。強いて挙げれば、訓練場の中で戦うようにということくらいだ」


 個人戦が終わると次は団体戦、俺とマークとベンの三人で戦うわけなんだが、注意事項の説明がすぐに始まる。

 少し前にベンが肩で息をしていたが、光属性の魔法で体力を回復してもらっていた。それを見たマークも同じように魔法をかけてもらっているのを横目で見る。俺はそこまで疲れていなかったので断った。


 「我々の開始の合図で試験を開始する。終了条件は、土人形ゴーレムを行動不能に陥れたと我々が判断した場合、受験者が降参の意思を示した場合、そしてこれ以上の試験続行が無理、あるいは不要と我々が判断した場合だ」


 基本的に個人戦とは変わらないんだなと思って聞いていたが、この次に、アハーン試験官から俺に対して追加条件が出された。


 「尚、今回の団体戦では、ユージのみ土人形ゴーレムへの手出しを禁じる」

 「え、なんでまた俺だけ?」

 「君は既に土人形ゴーレムを倒せることを証明したからだ。それにあの様子だと、君一人で土人形ゴーレム二体を倒してしまいかねん。それでは試験の意味が半減してしまうからだ」


 ということは、純粋な盾役になれってことか。重戦士でもないのに? きっついなぁ。

 今度はどのくらい他人を支援できるのかを知りたいからなんだろうけど、それならせめて後衛にしてほしい。


 結局その願いは叶うことなく、俺達三人は土人形ゴーレム二体と対峙することになった。場所は訓練場の真ん中だ。アハーン試験官達は、少し離れた場所で俺達を囲むようにして立っている。


 目の前には土人形ゴーレムが二体いるけど、今度は三人で対戦だ。けど、ものすごく心細い。だって今回、俺って一方的に殴られるだけなんだもん。


 「それでは、用意はいいか? よし、始め!」


 心の中でかわいく言っても、現実の状況は無情にも進んでゆく。

 アハーン試験官の合図と同時に、土人形ゴーレムが歩き始めた。距離は約四十アーテムだ。


 俺は自分の鎚矛メイス魔力付与エンチャントをかけて前に出る。万が一攻撃を受けたときに盾代わりにするためだ。気休めともいう。ただ、盾役とはいえ、馬鹿正直に殴られてやる必要はない。足を使って攪乱すればいい。


 マークとベンは、どちらも土人形ゴーレム拘束バインディングをかけた。とりあえず脚は鈍るんだから、かけておいて損はない。


 土人形ゴーレムは二体ともこちらへまっすぐやって来ている。歩みは遅くなったとはいえ、同時にマークとベンを攻撃されるとまずいので、最初は右側の土人形ゴーレムを別の方向へ誘導するために相手の腕の届く範囲まで近づいた。


 素の状態の土人形ゴーレムでも充分にその攻撃を躱せたので、個人戦のときのような怖さはあまり感じない。右腕と左腕をゆっくりと振り回しながら、土人形ゴーレムは律儀に俺の後をついてきた。


 その間に、マークとベンはもう一方の土人形ゴーレムに攻撃魔法を集中させる。しかもきっちり脚を狙ってた。さすがに二対一なら勝てるか。


 なんて思ってたら、土人形ゴーレムの前方に土の壁が現れた。土壁アースウォールだ。なんとしっかり自分の脚を守ってやがる。

 その結果、マークとベンの攻撃魔法は全て土壁アースウォールに阻まれてしまった。


 「おお?! さっきと違う!」


 あ、これまずい展開だ。これ絶対攻撃魔法を使うぞ。


 「攻撃魔法に注意しろ!」


 思わず声を出して二人に注意した。

 俺は目の前の土人形ゴーレムを放り出して、すぐに二人のところへ駆け寄ろうとする。その距離五十アーテムくらい。くそ、暢気に土人形ゴーレムを分断したと思ってたら、こっちが分断されてた。


 しかし、ただでは行かせてくれないらしい。俺が放り出した土人形ゴーレムは、小ぶりな水球ウォーターボールを俺の背中めがけて撃ってくる。当然自分にも何かされることは予想していたので、これは何とか避けられた。


 一方、マークとベンにも同じように、もう一体の土人形ゴーレムから小ぶりな水球ウォーターボールがひとつずつ放たれる。単なる水の塊なので当たっても死ぬことはなさそうだが、間違いなく減点になるだろうな。


 これに対して、マークは火球ファイアボールをぶつけて相殺し、ベンは横に転げて避けた。さすがにこれは対処できるか。


 「危ないな! 魔法を使うなんて聞いてねぇぞ!」

 「まったくだ! どうする?」

 「今度はこっちの奴を土壁アースウォールの外へ誘導する。その間にあっちの奴を頼む」

 「わかった!」


 合流してすぐ、俺達は素早く起き上がったベンも合わせて急いで打ち合わせを済ませると、次の行動に移る。ろくな打ち合わせもしていないせいで、まともな連携ができない。


 さっきから見ていると、どうも一番近い相手を追いかけるみたいだ。その習性を利用しよう。


 土人形ゴーレムの動作の遅さに助けられつつも、俺は土壁アースウォールで脚を隠している奴に正面から突っ込む。すると、今度は俺に向かって小ぶりな水球ウォーターボールを撃ってきた。


 俺は右側に避けると、小ぶりな水球ウォーターボールが左側を通り過ぎてゆく。

 そしてそのまま俺は、土壁アースウォールの脇を抜けて土人形ゴーレムの左側へと近づいた。すると、腕の届く範囲になると拳を叩きつけてくる。更に、体をこちらに向けて動き出した。


 やっぱり、魔法攻撃よりも接近戦を優先するのか。こいつのもうひとつの習性だ。なら、これも利用してやれ。


 俺はさっきの要領で、目の前の土人形ゴーレムが俺を殴りに来るよう調整しつつ、もう一体と魔法使い二人の間に割り込ませるように誘導した。攻撃魔法の射線上に入るのはぞっとしたが、密度は低かったのでどうにかなった。


 もう一体の土人形ゴーレムは既に土壁アースウォールを盾に足下を守りつつ、水球ウォーターボールをマークとベンに打ち続けていた。それに対して二人も応戦していたわけだが、その間にこの土人形ゴーレムを誘導したものだから、両方の魔法を左右から喰らうという珍事が発生する。


 「ははっ! 間抜け!」


 思わず笑ってしまった。ちらりと見たマークとベンも笑っている。ちょっとすっきりとしたよな。


 ただ、問題はここからだ。

 誘導するこつはわかったものの、土人形ゴーレムが魔法を使ってくるようになったせいで、倒す決め手がなくなってしまった。あの二人の火力ではどう見ても不足だ。個人戦で魔力を消耗しすぎているのが響いてきている。俺も攻撃できればいいんだけど、禁止されているしなぁ。どうしたものか。


 「そこまで! 試験終了!」


 これからのことを考えているときに、アハーン試験官の終了宣言が耳に届いた。同時に土人形ゴーレムが停止する。


 とりあえず、これで団体戦も終わった。後は結果待ちだな。




 訓練場での採用試験が終わった後、俺達は再び教員館の待合室へと戻ってきている。アハーン試験官と一緒にだ。


 「さて、本日は教員採用試験を受けてもらいご苦労だった。これから結果を発表する」


 アハーン試験官は、俺達が着席すると今までと同じ調子で話しかけてきた。

 俺はてっきり別室であの八人と協議してから決めるものだと思っていたが、どうも一人で判断するらしい。そういう決まりなのか、それとも考えるまでもなかったのか。


 「三人のうち、ユージのみを採用とする。マークとベンは不採用だ」


 ある程度予想できたことなので、俺に驚きはなかった。二人は個人戦で減点されることをやっていたしな。ただ、さすがに決定的な理由まではわからないが。


 「結果に関しては受け入れる。が、不採用の理由を聞かせてもらいたい」

 「俺も。自分の考えと一致しているのか知りたいんだ」


 マークとベンはこの結果を素直に受け入れるようだ。ベンに至っては思い至るところがあるらしい。


 「わかった。まず、個人戦だが、マークは白線の外側へと出ていること、そして土人形ゴーレムに追い詰められたことが減点理由だ。ベンは土石散弾アースショットの余波が仮設闘技場外の試験官にも届いていた上に、それを知りながら最後まで同じ手段を使い続けていたことが減点理由だ」


 勝敗は気にしないって言ってたけど、土人形ゴーレムに追い詰められたことは減点だったのか。


 「次に、団体戦だが、マークとベンは最初から最後までユージに頼り切っていたことが減点理由だ。前衛のユージが囮役や攪乱役になるのは当然のことだが、君たち二人からユージに対する連携がまるで見受けられなかった」


 まぁ、確かに。あの状況でできることは限られていただろうが、もうちょっとこの二人から俺に対して何かあってもよかったんじゃないのかということか。さすがに試験官だけあってよく見てるよな。


 マークとベンは指摘されたことに自覚があるらしく、反論せずに渋い表情をするだけだ。

 その二人に対して、アハーン試験官はこの採用試験の意義について簡単に説明する。予想通り、採用後のことを考えて、周囲に気を配りながら戦闘訓練ができる人材がほしいということだった。それなら最初に説明してほしいところだけど、それを自分で気づくのも試験のうちなんだろうな。


 不採用に納得した二人は、俺に「おめでとう、がんばれよ」と声をかけると、そのまま待合室から出て行った。


 「私からもおめでとうと言わせてもらおう。ユージ、君も今から我々の仲間だ。これから一緒に、学生を鍛えていこうじゃないか」


 そう言うと、アハーン試験官はにこやかに俺に右手を差し出してくる。俺は立ち上がって、その手を握った。


 「詳しい説明は、明日改めてここに来てもらったときにするので、今日は一旦帰ってもらいたい」

 「説明はモーリスがするんですか?」

 「そうだ。確か知り合いだったか? 遠慮なく何でも聞くといい」


 握手した右手を話しながら、俺達は話をする。

 言われなくても余計なことまで聞くつもりだ。たぶん、あいつは口を滑らせてくれるはず。


 とりあえず教員に採用された。これでモーリスに笑われずにすむなと内心で思いながら、俺も一旦ペイリン魔法学園から去った。

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