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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
3章 自分の都合、他人の都合
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試験勉強と将来の話

 補習授業の妨害から始まった一連の混乱も、裁判で無罪を勝ち取ったことで終わりを告げた。単純な嫌がらせだと思ってたら実はそうでない部分もあったようだけど、自分には関係ないのでこれで良しとする。でないと際限がない。


 十二月になる頃には関係者に対する処分も大体終わり、サラ先生、というよりもペイリン一族の権勢はますます強化された。有力な敵対者がその派閥ごと消滅したんだから、あちら側さんも大喜びだろう。後ろ盾が強くなると頼りがいはあるのだが、遠慮なしに色々とやらされそうなのが不安だ。その辺りをどうするかは、今後考えないといけないかもしれない。


 俺の身近なところに話を移すと、補習授業では、何とかなる学生とならなさそうな学生の選別をしないといけない時期になった。


 何とかなる学生は、基本的に去年の進級試験で不合格になった試験の数が少ない学生だ。勉強しないといけない量が多くないので、最悪冬休みも使って勉強漬けでどうにかなる。


 これが何とかならなさそうな学生だと、来年に受ける進級試験の範囲を絞らないといけない。特に半分以上落としている学生はどうしようかかなり困った。


 ちなみに、以前少し出てきたジェニー・ドイル嬢は後者側だ。本当にどうにもならない試験は諦めて、何とかなるやつだけに的を絞って進級試験を突破すると決めたところである。


 それと、先月の事件で補習授業に出てこなくなった学生の大半は、授業に復帰してくれた。しかし、一部の学生は学校そのものに嫌気が差して退学してしまったらしい。これはとても後味が悪かったな。


 そうはいってもずっと引きずっているわけにもいかない。気持ちを切り替えて俺達は補習授業を続けた。




 補習授業に関してはこんなふうにやっているわけだが、実を言うとその授業を手伝ってもらっているうちのひとりは、人の面倒を見ている場合ではなかったりする。前の進級試験を泣きながら受けたカイルのことだ。


 前回、何とかぎりぎり合格した魔法理論と魔法実技の試験だが、今回も大きな壁としてカイルの前に立ちはだかっている。補習授業では留年した学生を指導しているので優秀そうに見えるけど、一部の科目は留年した学生とそう大差ない。


 ということで、俺達五人はカイルに対する補習授業も行わなければならなかった。受講生ひとりに対して教師が五人。恵まれた環境と受け取るか、単なるいじめと受け取るかは人それぞれだろう。


 もはや生活サイクルの一部になった食堂での食事会で、このカイルのことが話題に上がった。


 「さて、カイル、来年の進級試験だが、自分ひとりで全ての試験を乗り越えられそうか?」

 「無理」


 即答である。まぁわかっていたことだけど、そう自信満々に答えられると、こっちはがっくりと肩を落としてしまう。


 「で、どれが駄目なんだ?」

 「魔法理論と魔法実技、それに上級算術と上級自然科学なんですわ」


 増えとるやん。というか、上級算術と上級自然科学? 冒険者から騎士団に入ろうとするカイルには必要なさそうに思えるんだけど。


 「なんで上級算術と上級自然科学なんて受けるんだ? 騎士団に入るときの試験にいるのか?」

 「いや、ちゃいますねん。俺、魔法が苦手ですやん。せやから、それを補うために少しでも学を身につけとこうかなって思ったんですわ。ユージ先生みたいに何でもできるんはええなぁって最近思うようになって」


 少し照れた様子でカイルが話してくれる。どうも俺の影響もあるらしい。俺の場合は努力したというよりも、努力するしかなかったという方が正しいので、こういった学を身につけたこと自体に思い入れは特にない。ただ、それが周囲に良い影響を与えているというのは嬉しかった。


 「そうか。それでどのくらい進んでいるんだ?」


 俺は他の四人と一緒にカイルの説明を聞く。すると、全員からため息が出た。


 「スカリー、これってどうなんだ? 具体的には、試験で何点くらい取れると思う?」

 「そうやなぁ。算術の方はよくて五十点、自然科学の方は四十点いかへんのと違うかな」


 かなり道のりは厳しいようだ。それを聞いたカイルはがっくりとうなだれる。


 「やっぱりあかんかぁ」

 「いや、算術の方は頑張ったらどうにかなるんとちゃうか? 自然科学の方は、何がどうあかんのか確認せんとわからんわ」


 諦めかけたカイルに対して、スカリーが励ましになるかどうか微妙な声をかける。困ったことに実際その通りなんだから、俺としては黙っているしかなかった。


 「カイルは授業以外でどのくらい勉強しているんだ?」

 「え? あーうん、そんな大してやっとらんけど」

 「しかし、以前と同じように武術や体術の修行をしているようだが、そんな時間があるのか?」

 「最近は人と会う時間が減ってきてるさかい、その分を充てとるんや」


 俺の代わりにアリーがカイルに声をかけた。そうか、苦手なのを自覚していたら、余計に時間を割いて勉強するよな。


 「なんだか友達が減ってきているみたいに聞こえるわ」

 「あほなことゆわんといてや、って言いたいねんけど、実は間違いやないな」


 冗談っぽく尋ねたクレアをはじめ、全員がその言葉を聞いて驚いた。


 「お友達と喧嘩別れでもしたんですの?」

 「ちゃうちゃう。俺、一回生のときからいろんな学生に会ってきたけど、大体どんな奴と付き合えばええんかわかってきたってことや。ええ奴悪い奴、馬の合う奴合わん奴っておるやろ?」


 たくさんの人と会っているうちに、だんだんと人との付き合い方がわかってきたということらしい。


 「それで、どんな者と付き合っているんだ?」

 「お、食いついてくるな、アリー。冒険者になったときに一緒に戦えそうな奴に、協力してくれそうな奴やな」

 「いっそ清々しいほど打算的よね」


 クレアの評価に全員が頷いた。ただ、ちょっと気になったことがあるので口を出してみる。


 「カイル、お前の最終的な目標って、どこかの騎士団に入ることなんだろう? だったら、騎士団に伝手のある奴はどうなんだ?」

 「それがですねぇ、そういった将来が約束された奴って、そんな連中とばっかりつるんで、俺みたいなんは相手してくれへんのですわ」

 「あー、そうやろうなぁ。学園を卒業してすぐ騎士団に入れるのって、有力貴族の子弟か、よっぽど秀でた能力がないとあかんもんな」


 スカリーの話を聞いてなるほどと思う。そこでまたもや気になったことが出てきたので尋ねてみた。


 「そういえば、カイル以外の四人は有力者一族の娘なんだよな。カイルに騎士団を紹介ってできないのか?」


 俺の質問を聞いた四人は全員微妙な表情を浮かべる。なんだろう、聞いちゃまずかったんだろうか。


 「ペイリン家自体は騎士団は持っとらんけど、魔法学園はいろんな騎士団とつながりはあるなぁ。そやから軍事教練の担当に元騎士なんておるし、警備兵も色々融通できとるんやけど。でも紹介かぁ。おとーちゃんを説得できるんなら、いけるんとちゃうかな」

 「わたしのところも似たようなものかな。ホーリーランド家に騎士団はないけど、ノースフォート教会になら騎士団はあるわね。ただ、わたしのところだと宗教的な色彩が強くなるわよ? あと、わたしのところもお父様を説得しないといけないわね」


 スカリーとクレアの場合は一応伝手があるらしい。ただし、紹介状をもらう条件がいささか厳しいように思えるが。


 「私のところは一応ライオンズ家として配下の兵はありますが、魔族ですから人間はちょっと無理ですね」

 「わたくしの家ですと、いくつか騎士団がありますわ。紹介状一枚で入団はできないでしょうけど、試験を受けるくらいでしたらお力になれますわよ」


 アリーのところは仕方がないとして、シャロンからは意外に協力的な発言が出てきて驚く。さすが大国の大貴族ご令嬢様だな。すげぇ。


 「え、シャロンの紹介だけで試験が受けられるんか?」


 お、カイルが俄然食いついてくる。ここだけ条件が緩そうだもんな。


 「ただし、地方の小さい騎士団ですわよ? さすがに本領の騎士団となりますと、わたくしではどうにもなりませんわ」

 「せやろなぁ」


 あ、カイルがしおれた。残念ながら、世の中そんなに甘くないということだな。


 「ただ、カイルの場合は、紹介状のあるなし以前に、入団は難しいかもしれませんわね」

 「え? なんでなん?」

 「だって、カイルの戦い方って、騎士の戦い方とはかけ離れているんですもの」


 シャロンの容赦ない指摘にカイルが固まった。


 実を言うと、それは俺も気にしていたことだ。ただ、最初は冒険者としてやっていくと聞いていたので、当面はこれでいいだろうとあえて指摘していなかった。


 「う~ん、ゆわれてみるとそうやなぁ。騎士ってこう、相手の攻撃を受けて反撃するってゆう印象があるけど、カイルって地面をごろごろ転がって避けてるもんなぁ」

 「あ~、スカリーの言ってることってよくわかる! アリーの方が断然騎士っぽいわよね!」

 「これで男装して夜会にでも出れば、深窓のご令嬢は全てアリーのものですわね」


 何やら最後は話が変わってきているが、カイルが騎士らしくないということは共通しているようだ。それを聞いたカイルは涙目、担ぎ出されたアリーは困惑している。


 「お、俺、ぼろくそにゆわれてるやん」

 「でもこれ、どうやって矯正すればいいんだろうな」


 俺としては、今の戦い方がカイルにとって一番いいと思っている。けど、騎士団に入るという目標を達成するために戦い方を矯正するとなると、早いほうがいい。でも、矯正する方法は限られているんだよな。


 「カイル、あんた軍事教練を選んだ方がええんと違う?」

 「それは俺も考えたんやけどな、さっきもゆうたけど、俺じゃあそこやと誰にも相手されへんのですわ。戦い方がどうってゆうよりも、貴族としての立場が弱いんで」


 スカリーの提案にカイルは否定的だ。恐らく感触を確かめた結果なんだろう。


 「しかし、カイルなら戦えばかなり上位になるのではないのか?」

 「そりゃ、好きなように戦えるんならな。けど、騎士としての戦い方に則ってってことになると、かなり厳しいんとちゃうやろか」


 さすがにその辺りの自己分析はしっかりとしているようだ。アリーの質問に対して冷静に答えている。


 「ユージ先生くらい戦えたら、文句なしなのにね」

 「正体をばらさなくても、入団くらいならできそうですわね」


 クレアとシャロンがお互いの意見に頷き合っている。

 どうなんだろう。魔法抜きだとどこまで戦えるか自信がないんだけど。


 「そうか、だから上級算術と上級自然科学の勉強をやる意味があるのか」

 「師匠、どういうことですか?」

 「騎士団に入れなくても、魔法学園で雇ってもらえる可能性が高くなるだろう?」


 俺の突然のひらめきに、全員が「あ」と短く声を出す。


 「そやな。冒険者として経験を積んで戦闘訓練の教員として雇われてから、座学の方も教えたらええんか。かなり便利そうな先生やなぁ」


 未来の学園長様がにやりと笑う。こいつ、友達を使い潰す気か。


 「ともかく、将来役に立つ可能性があるわけだから、今のうちにしっかりと勉強しないといけないわよね」

 「そうですわ。悪くても、二回生は上級算術だけに的を絞って、三回生に上級自然科学を受験すればいいんですし」


 おお、クレアとシャロンがやる気になってきた。何やらカイルの顔が引きつってきたけど、次第に逃げられなくなってきている模様。


 「俺、来年受けてあかんかったら諦めるつもりなんやけど」

 「あかん、あかんでぇ! そんなへたれた考え方しとるから、全然身につかへんねやないか! もっと気合いを入れな!」


 弱気なカイルのケツをひっぱたくような感じでスカリーが活を入れる。ああ、これは詰んだっぽいな。


 「進級試験までまだ二ヵ月あるが、これで何とかなるのか?」

 「アリー、『何となる』なんて甘いことをゆうてたらあかん。『何とかする』んや!」


 ばしばしとカイルの肩を叩きながらスカリーが力説している横で、当のカイルは半分死んだ表情になっていた。


 「そうなると、この二ヵ月間でどれだけ詰め込めるのか、とりあえずやってみないといけないわね」

 「そうですわね。原則として休みなしで」

 「しゅ、修行する時間は……」

 「心配せんでええって、カイル。休憩の時間くらいあるさかいに、な?」


 顔面蒼白なカイルをクレア、シャロン、スカリーが取り囲んで話を進めている。ああなるともう拒否はできない。そしてなぜか、アリーはその様子に怯えた視線を向けていた。何かあったんだろうか?


 俺としても巻き込まれるのはいやだったので、四人の話が終わるまで静かに待った。

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