学園裁判
アリーに届けられた果たし状に従って日没後に倉庫へと赴いたところ、多人数に襲われそうになった。それを予想していた俺達は襲撃者を撃退する。
そこまででも大変だったが、戦いが終わってからも大変だった。サラ先生が用意してくれた警備兵に倒れている学生襲撃者を引き渡し、その後事情聴取を受け、とりあえず解放されたのはもう真夜中だった。
事情聴取をされる側になると大変だということはよく聞くが、今回初めて体験してそれが理解できた。何しろ相手が納得できるように説明できなければ、いくらでも同じことを聞き返すんだからたまらない。他のみんなも辟易していた。
ただそれでも、俺達は被害者という扱いだったのでまだましだった。特にこちらには、ペイリン家のご令嬢であるスカリーがいたのは大きい。サラ先生の命令で動いていたんだから尚更だ。
反対に学生襲撃者の取り調べは厳しくなると思う。何しろ、政敵らしいマルサス先生を追い詰めるために、サラ先生が頼んできたことでもあるからだ。俺達としては補習授業の妨害さえされなければいいので、これで事態が終息向かうのならばその後については興味ない。
ということで、もうすっかり事件は終わったという気分でいた。仮にマルサス先生がこの件で無傷だったとしても、手足となって動く教師や学生がいなければ何もできない。自陣を立て直すにしても数年はかかるだろうから、当面は無視してもいいと思う。
しかし襲撃のあった二日後の夕方、俺はサラ先生の教授室へと呼び出された。
「こんにちは~。今日はね、あの襲撃事件についてのお話やねん」
「取り調べの結果を教えてくれるんですね」
「うん、まぁそれもあるんやけど、ちょっと面倒なことになっててな~」
気軽に口を開いた俺だったが、何やら話の雲行きがいきなり怪しい。
「マルサス先生のしっぽが掴めておしまい、ではないんですか」
「それがな~、取り押さえている学生全員が、自分達は被害者だ、ってゆうてんねん」
一瞬、サラ先生が何を言っているのかがわからなかった。
「襲ってきたのはあっちですよ? ご丁寧にアリーへ果たし状まで送りつけて」
「あっちの理屈やと、アレクサンドラちゃんと決闘しようとしたのに、ユージ君達が仲間ごと乱入してきて散々暴れ回ったってことになるんや」
当事者だけしかいない、しかも証拠だってないとなると、後は当事者の証言だけということになる。それって言ったもん勝ちになりかねないってことだよな。
「俺達が十数人と戦ったことは何て言っているんですか?」
「神聖な決闘を汚そうとした乱入者を、心ある見物人が止めようとしたってゆうとったで」
「日没後にあんな人気のないところを指定したことについては?」
「いつどこで決闘するかは当人達の自由なんやって」
俺としてはお話にならない屁理屈だけど、サラ先生がこうやって俺にわざわざ話をしているということは、これを一蹴できないからだろう。貴族の子弟が全員示し合わせて白だと言うと、いくら平民が黒だと主張してもその意見はなかなか通らない。
「一応形式上は、相手の主張にも一理あるように見えるからたちが悪いですね」
「そうやね~ん。取り調べをした全員がおんなじことをゆうんやもんね~。あれって絶対事前に準備した言い訳やで~」
「こっちが決闘に応じなければ悪評を流し、応じて勝てば目的を果たせる。負けて捕縛者が出ても相手は全員貴族となると、その発言は平民よりも重視されるはず。といったところですか」
ということは、こっちが複数人で仕掛けることは最初から予想されていたってわけか。うわ、そうなると、俺達ってまんまとはめられたんじゃないのか?
「いやぁ、ほんまに困ったことになったな~」
「どうしてそんなに嬉しそうなんですか」
下手をすればこちらが濡れ衣を着せられるかもしれないのに、サラ先生は上機嫌だ。まぁ、サラ先生にとっては俺達なんて手駒のひとつとも受け取れるから、所詮他人事なんだろうけどね。自分の娘や外国の火種を抱えていることに気づいて……
そこまで考えてはたと気づいた。貴族の発言にそこまでの重みがあるのなら、スカリー、クレア、シャロンの発言はどうなるんだろう。いずれも、学園の創立者一族、勇者と聖女の子孫、そして外国の大貴族だ。
俺の表情の変化を読み取ったサラ先生がにんまりと笑う。
「気づいた?」
貴族の中では身分の高低は絶対だから、身分の低い者が多数集まって意見を掲げでも、ひとりの高い身分の貴人に一蹴されることは当たり前だ。そして、あんな闇討ちに参加するような連中に高い身分の学生なんているはずないから、どうにかなるとサラ先生は考えているんだろうな。むしろ、スカリー達があんな戦いに参加していたことの方が、貴族の常識としては予想外なはずだ。
「とりあえず、俺達の身の潔白は証明できそうですね」
「うん、けど、しばらくは我慢してほしいねん」
「どうしてですか?」
「現状やと、まだ襲撃者を操ってる黒幕にまで手を出せてへんからやねん。捕まえたんは、マルサス先生に近い学生ばっかりやから、もう少し待ってあっちを動かそうと考えとるんや」
手足をもがれたマルサス先生が直接動くまで待つってわけか。確かに捕まった学生が特定の集団に所属していたら、そこの指導者は焦って動くかもしれない。
「まぁ、主旨はわかりました。でも、サラ先生、こんなことばっかりやっていると、そのうち誰かに刺されますよ」
「ほんま怖いわ~。うちも気をつけんと」
サラ先生に全然反省した様子はない。最初からそんなことは期待していなかったけど、付き合うこっちの身にもなってほしい。
色々とサラ先生と話はしたけれど、結局、今の俺達にできることは待つだけなんだよな。ただ、拘束していた学生は襲撃の翌日には全員釈放されていたので、色々な噂が流れ始めている。俺が今回の陰謀の首謀者で、仲間の先生と一部の学生を使って蠢動したという類いの噂だ。
ただ、それでもスカリー、クレア、シャロンの名前は出てこない。それに対してアリーとカイルの名前は盛んに出てくる。これはあれか、やっぱり実家の勢力や身分の高低が反映されているんだろうか。噂なんていい加減なもののはずなのに、その辺りだけ妙にしっかりと対策がされているな。よく練り込まれた噂というべきか。
もちろん、最初はそんな噂を一蹴していたスカリー達だったが、あまりにも噂の広がり方が速いので、さすがに意図的に広げられているということに感づく。そこでどうにかしようとする五人であったが、それは俺が止めた。サラ先生の名前を出すと、とりあえずは落ち着いてくれた。
襲撃から一週間後、学園内ではこの襲撃事件の話で持ちきりだ。その都度身の潔白を主張していた俺達だったが、良い話や正しいことというのはなかなか広まってくれない。更に悪い影響も出てきた。補習授業に学生が出てこなくなり始めたのだ。間接的に聞き回った結果、やはり襲撃事件のことで俺達のことが信じられなくなったらしい。わかっていたことだが、これはつらかった。
しかし、この頃になって事態がようやく動いてくれる。マルサス先生が、学園長に襲撃事件の首謀者として俺とアリーのことを糾弾したのだ。学校中に噂が蔓延している今、満を持して動いたつもりなんだろう。
ということで、学園法廷が開かれることになった。最初、裁判が開かれると聞いたときは、レサシガムにある裁判所でやると思っていた。しかし、学校の敷地が街の外にある上に、ある程度の権威もあるということで、かなりのことまでを学校付属の裁判所で裁けるらしいのだ。事実上の治外法権じゃないか、これ。
今回、裁判長は学園長が務め、俺とアリーが、マルサス先生とあっちの学生代表が争った。完全にとばっちりだ。マルサス先生の逆恨みというだけでなく、サラ先生とマルサス先生の権力争いも兼ねているんだもんな。もうため息しかでてこない。
「ではこれより、先日発生した倉庫近辺での乱闘事件についての裁判を行う!」
学園長の渋い声が法廷に響き渡った。傍聴人が静まりかえる。
告訴人であるマルサス先生側は、あちらの学生代表がアリーから侮辱を受けたので決闘を申し込んだところ、卑怯にもアリーはユージと共謀して、決闘相手と見届け人、および周辺の見物人を闇討ちしたと主張する。
それに対してアリーは、目の前の学生を侮辱したことは一度もなく、そればかりか今日初めて会う人物であると反論する。更に、指定された広場は日没後だと何も見えない。それに広場は、当初真っ暗闇で光明などで照らされておらず、こちらが出向いたときには誰もいなかった。また、その後、光明をつけないまま草木の中から多数の襲撃者が現れたとも付け加える。
一方、俺も、果たし状には日時と場所のみが指定されているだけで、差出人も理由も記されておらず、代わりに、受けなければ魔族を侮辱するとまであったと主張する。ついでに、名誉を傷つけられて行う決闘にしては、日没後に人気のない倉庫裏の広場を指定するのはおかしいと付け加えた。
もちろん、マルサス先生側は俺達の反論を一笑に付す。
「さすがに嫌悪すべき魔族と低俗な平民の言葉だ。言い訳にすらなっておらん。しかし、ここは神聖な法廷だ。その決まりに則って一応反論してやろう」
前置きがやたらと長い。いちいちこっちを馬鹿にする言葉を吐かないとしゃべれないらしい。
「さて、そもそも事の発端は、そこにいるライオンズ君が、我らの学生であるアパネシー君を往来で侮辱したことに始まる。それなのに、その事実すら認めないというのは人間では考えられない放言だ! さすが魔族、息をするように嘘をつくというのは事実のようだな!」
という言葉から始まって、指定した広場は最初から決闘のために完璧に整えられており、日没後でも戦えるようになっていた。もちろんアリーの対戦相手、見届け人、そして見物人は最初から広場にいたという主張が続く。それと、果たし状については論外と切って捨てられた。なんでも、口頭でアリーに対して申し込んだのであり、果たし状など送ったことはないということだからだ。
全体的に裁判の流れはこちら側が不利だ。俺達が最低限の反論しかしていないというのもあるが、何しろ物的証拠がなく、当事者の証言しかないから勢いのある方が正しいように見えてくる。
なにより、あちらは、アリーが侮辱をしたところを見た者、アパネシーが口頭で決闘を申し込んだところを見た者、そして決闘会場の広場で俺達が暴れたときの被害者など、証人全てが貴族でもある程度高い身分出身の学生だった。
それに対して、こちらの証言者は、カイル、モーリス、アハーン先生の三人だ。唯一カイルが貴族出身だが、実家の力が弱いので太刀打ちできない。
こうして裁判を眺めていると、どうして噂話でアリーとカイルの名前は盛んに出てきたのに、あの三人の名前は全然出てこないのかよくわかる。ということは、相手以上の身分の者を出せば、逆転できるわけだ。それって裁判なのか疑問に思えるけど。
何にせよ、マルサス先生側の主張も一段落ついたことだし、そろそろ頃合いだろう。
「マルサス先生の主張はわかりました。そこで確認をしておきたいことがあります」
「答えてやる必要はないだろうが、一応聞いてやるぞ、平民」
「そちらの主張では、広場で最初の乱闘が始まったのですよね? そのとき、アレクサンドラさんと一緒に襲撃してきた人物は他に誰がいましたか?」
「都合のいい頭だな。自分のしたことも覚えていないのか?」
「それで、アレクサンドラさん以外は誰が襲撃してきたんです? まさかひとりに十八人がやられたなんて情けないことはないでしょう?」
俺の安い挑発にマルサス先生が眉をひそめる。
「お前とそこのキースリーとかいう貧乏貴族の小倅だろう!」
「それで、襲撃に失敗して私達三人が倉庫前まで逃げた。そして、そちらはそこで私達に追いついて捕まえようとしたところ、背後からモーリス先生とアハーン先生に襲いかかられてしまった」
「そうだ! あの二人も所詮は平民上がり! 高貴な身分の学生を背後から襲うとは言語道断! 教師の風上にも置けん!」
うん、今のマルサス先生って、最高にノッてると思う。
でも、こっちも必要な言質は取れた。さっさと反撃して終わらせよう。
「そうですか。とりあえず、マルサス先生が詐欺師だということはよくわかりました」
「なっ?!」
「今から説明をしますので、そこの詐欺師もとりあえずは黙って聞きなさい」
おー、さすがに目を見開いて呆然としているな。こっちは今まで散々言われ続けたんだ。一言くらい言い返したい。
「決闘の場所として指定された広場へ赴いたのは、アレクサンドラさんひとりです。最初そこは真っ暗で何も見えませんでした。しかし、魔族であるアレクサンドラさんは、二極系統の闇属性の魔法である暗視を使って周囲を確認したそうです」
実際は俺もいたけれど説明からは省く。話としては重要じゃないしな。
「すると、広場には最初誰もいなかったそうです。そして、広場が明るくなる前に、周囲の草むらから襲撃者が次々と出てきて、襲撃されそうになってやむなく反撃をしました」
本当のところは、最初に光明を発動させようとしたんだと思う。でもこちらとしてはどんな魔法を使うのかわからないことにして、正当防衛を強調する。
「そうして倉庫前で私を始め、カイル・キースリー君、スカーレット・ペイリンさん、クレア・ホーリーランドさん、シャロン・フェアチャイルドさんと合流して、襲撃者達と戦ったのです。ああ、ちなみに、モーリス先生とアハーン先生は、事が終わってから駆けつけてくださったんですよ」
あの三人の名前を聞いた途端に、マルサス先生とアパネシーが愕然とした表情を見せる。もちろん、傍聴席も騒然となった。
「それでは証人として、スカーレットさん、クレアさん、シャロンさんに証言していただきます」
こうしてしゃべっている最中にふと思いついたのだが、もしかして相手側は、本当にこの三人があの戦いに参加していたことに気づいていなかったのかもしれない。
というのも、この三人は後衛として俺達前衛の背後にいたし、襲撃者は目の前に現れた端から倒していた。しかも、最後に俺が眠らせていたし。そうなると、暗い場所で四十アーテム以上離れたところにいる後衛の三人が、スカリー、クレア、シャロンだとは気づいていなかった可能性がある。
だから、次々と三人が証言していくにつれて、あちら側の顔が青くなってゆく。証人として証言した連中も含めてだ。貴族の発言は何にも勝ると散々言ってきた手前、より高い身分の発言者に反論できない。
元々矛盾ある主張を身分差によって押し通そうとしていたので、その身分差が通じなくなると途端に弱くなる。俺達の主張が正しいとなると、マルサス先生達の主張は全ておかしくなるからだ。
とどめは、現場の処理をしてくれた警備兵の隊長がしてくれた。といっても、その場に誰がいたのかということを証言してくれただけなんだけど、こちらの主張を補強することになった。仲間内で示し合わせたという疑惑を晴らせたわけだ。
こうして流れは一気にこちらへと傾く。最終的には俺達には無罪という判決がくだされた。これにより、自動的に俺達の主張が通ることになって、マルサス先生達は処分されることになった。