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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
3章 自分の都合、他人の都合
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学園内での戦い

 倉庫近辺は、学園内でもほとんど利用されていない場所だ。今後何かの施設を作るときのために空いているらしい。そのため、あまり手入れもされておらず、基本的に草木が伸び放題となっている。


 だから、この辺りは日が暮れると真っ暗だ。街灯として光明ライトさえもないからな。つまり、夜中にここで暴れてもそう簡単には見つからないというわけだ。


 倉庫の裏手には、ぽっかりと穴が空いたようにむき出しの地面が見えている。一体どうしてここだけ約三十アーテム四方の広場ができているのかは、誰も知らない。そもそも、こんな広場があること自体、ほとんどの人が知らないしな。つまり、倉庫裏の広場とは、普段誰も利用しない場所なのだ。


 こんなところに日が沈んでから呼び出すのだ。まともではない。


 近くで捜索サーチをかけてみると、正確に数えて十八人くらいが、倉庫裏の広場を囲うようにして生えている草木の中で待機している。真ん中にある開けた広場には誰もいない。闇討ちする気まんまんだ。


 せめて誰かひとりくらい広間で待っていて、形式的にでも決闘の形にするのかなと思っていたが、どうも最初っからそんな気はないらしい。つまり、連中の脳内では、アリーを十八人がかりで袋叩きにするつもりだったわけだ。


 だったら、こっちも容赦してやる必要はない。


 「みんな、捜索サーチで倉庫近辺を確認してくれ」


 俺達は倉庫へと至る道ではなく、その道につながる小道にいる。この近辺も草木が伸びきっているので周囲からはほとんど見えない。


 ここから倉庫まで約五十アーテムだ。広場はその更に二十アーテム奥、広場が約三十アーテム四方だ。広場の一番奥の様子まで確認するために、百五十アーテムもあれば相手の全容がわかる。


 「うわ、こいつらえぐいな。決闘のそぶりすら見せとらへんやん」

 「広場の奥の方がわからないけど、それ以外はわかるわ」

 「私もクレアと同じだな。奥の方がわからない。が、これだけわかれば充分だろう」

 「わたくしの精度でも問題なくわかりますわね。それにしても、女ひとりに多勢だなんて、貴族の風上にも置けませんわ」


 スカリー、クレア、アリー、シャロンが、俺に続いて指定場所近辺を確認してゆく。カイルはどう頑張っても範囲が届かないので何もしていない。


 「いやぁ、ほんと凄いね。ここまでの動きを見てたけど、こんなに慣れているとは思わなかったよ」

 「まったくですな。これも課外戦闘訓練の成果ですかな」


 アリー達五人の身のこなしに、モーリスとアハーン先生はさっきから驚いている。


 教員宿舎の裏手に再集合した後、俺を先頭に小道を歩いてきた。そのとき、できるだけ物音を立てないように歩いたり、周囲を警戒したりするやり方が、冒険者そのものだったのだ。まだ駆け出し程度とはいえ、他の学生とは雲泥の差である。


 「では、今から作戦を開始する」


 俺が宣言をすると、全員が頷く。


 俺とアリーは必要な魔法を自分にかける。俺は、姿を消す隠蔽ハイディング、音を周囲に漏らさない防音サウンドプルーフィング、そして暗闇でも視界を確保するために暗視ナイトヴィジョンを使った。ちなみに、前二つが無属性で、最後が闇属性だ。一方、アリーは暗視ナイトヴィジョンのみである。


 作戦としては単純なものだ。アリーが囮として広場に出向いて、相手が動き出すとすぐに倉庫前まで逃げる。そこで小道で待機していたスカリー、クレア、シャロン、カイルと合流して襲撃者達と戦う。このとき、少しずつ倉庫とは逆の大通り側へと移動していき、ある程度相手を引きつけたら、今度はモーリスとアハーン先生がその背後へ攻撃を仕掛けるというものだ。


 そして俺は、倉庫前でみんなに合流するまで姿を消してアリーに寄り添い、その身を守る。何やら前世を思い出すな。


 (師匠、聞こえますか?)

 (ああ、聞こえる)


 更に会話は精神感応テレパシーだ。ますます昔を思い出す。前はこれが当たり前だったんだよなぁ。


 「それでは、行ってくる」


 アリーがみんなに向かって一言挨拶をすると、全員が暗闇の中ではっきりと頷いた。


 こうして俺達を襲おうとしている連中をいぶり出す作戦が始まった。これで何かを掴めるといいのだが。




 もし魔法を使わずに素のままで今の周囲を見たら、間違いなく黒一色だ。倉庫に連なる道へ出ると大通り側がかすかに明るいが、詩的な言い方をすると幻想的な別世界に思える。


 しかし、暗視ナイトヴィジョンの魔法を使っている俺とアリーに見えるのは、昼間に近い風景だ。ただし多少暗いが。


 そんな状態だから、俺達二人の歩みはしっかりとしたものだ。周囲にはアリーの足音が規則正しく聞こえているだろう。俺の足音は防音サウンドプルーフィングによって遮られている。範囲設定は自分を中心に歩幅くらいにしたから、アリーの邪魔にはならない。


 (師匠、もうすぐ広場に入ります)


 倉庫の横手から奥へと進んでいくと、急に視界が開ける。指定された場所だ。


 (倉庫を背にして止まれ。それで様子を見る)


 広場に来いと指定はされたが、どこに立てとまでは指示されていない。だったら、奇襲を受けても対応しやすいところに陣取るべきだろう。とりあえず、背後の安全は確保したかった。


 アリーが俺の指示通りに倉庫を背にして立ち止まる。そして、二人して周囲に視線を向けた。特に何も変化はない。今度は捜索サーチで周囲の様子を探ってみた。確かに十八人いる。もしかして、広場の中央に来るのを待っているのか?


 (師匠、相手が出てきます!)

 (え?!)


 もう少し先に進もうか考えている最中に、広場の周囲の草木をかき分けて次々と学生が出てきた。その足下はかなりおぼつかない。暗闇の中なんだから当然だ。


 と、そこまで考えて、相手が広場に出てきた理由がわかった。あっちは光明ライト以外に視界を確保する手段がないんだ。だから攻撃するためには、一旦広場に出ないといけない。ただし、奇襲するためには明かりをつける前に行動する必要があった、というところだろう。つけいる隙が見つかった。


 (アリー、あっちが光明ライトで視界を確保する前にこっちから奇襲してやろう!)

 (はい!)


 事前の打ち合わせでは、相手の第一撃をしのいでから逃げることにしていた。けど、こんな隙を見せている連中なら、逆に一撃を食らわせて混乱させてやろう。


 「我が下に集いし魔力マナよ、魔の敵討つ礫をこれに示せ、闇散弾ダークショット

 「我が下に集いし魔力マナよ、氷となり敵を穿うがて、ヘイル


 相手の出鼻をくじくのが目的なので、どちらも範囲は広く、威力は低めに設定して魔法を撃ち込む。すると、広場に出てきて右も左もわからないままの襲撃者達は、まともに魔法を受けて転げ回る。


 「いてぇ?!」

 「うわぁ!!!」

 「な、何が一体?!」


 まさか先制攻撃されるとは思っていなかったであろう相手は、最初の一撃だけで十人近くが地面に転がった。無防備なところに食らったんだ、威力が低くてもかなり痛いだろう。


 ここでようやく、光明ライトの輝きが頭上約十アーテムのところに三つ現れた。この混乱の中示し合わせたわけではないんだろうけど、広場全域が見渡せるようになる。


 「あそこにいたぞ!」


 立っている学生のひとりがアリーに向けて指さした。俺はそいつ近辺にヘイルを叩き込んで周辺の数人と一緒に地面へ転がす。


 しかしそれでも、全員の目は眩ませられない。数人は怒りと憎しみの籠もった視線をアリーへと向ける。


 (アリー、倉庫前まで引き上げるぞ!)

 (はい!)


 二回目の闇散弾ダークショットを撃ったアリーが俺の指示に従って、今来た道を走って戻る。俺もそれに続いて倉庫の脇を走った。


 「逃げたぞ! 追え!」

 「魔族風情を殺せ!」


 物騒なことを叫ぶ輩がいたので、俺は先頭を走っている学生に合わせて土石散弾アースショットを発動させた。威力は弱かったのでこける程度だが、後続が次々と転んだ学生に蹴躓いて更に地面を転がっていく。


 倉庫前に出ると、光明ライトで行く先を照らして、ちょうどカイルを先頭に、クレア、スカリー、シャロンがこちらに走ってきた。


 「アリー、どやった?!」

 「うまくいった! 隊形を整えるぞ!」


 カイルの質問に一言返すと、アリーは四人に次の手順を踏むように急かす。


 「ユージ先生はどこなん?!」

 「ここ!」


 ここまで来るともう隠れる必要はない。潜伏用の魔法を全て解除して姿を現す。意外と近くから現れてスカリーが驚いたみたいだが、気にしている余裕はない。


 「どこで迎え撃つんでっか?!」

 「そこだ! 前衛と後衛の二列隊形!」


 草木が生い茂っているとはいえ、倉庫へ続く道とその縁に遮蔽物はない。大体八アーテムくらいだ。そのため、小森林のときと違って簡単に回り込まれないように、横長の隊形にしないといけなかった。


 前衛は中央が俺、右がカイル、左がアリーだ。後衛は中央がスカリー、右がシャロン、左がクレアである。


 陣取っている位置は、広場へと通じる倉庫の側面とは反対側の側面だ。倉庫の横幅が約四十アーテムなので、とりあえず最初は優勢に戦えるだろう。


 それほど間を置かずして、襲撃者である学生の第一集団が姿を現した。その数は六人。あらかじめ用意していた光明ライトに照らされたその姿は土埃まみれである。そして、もちろん表情は悪鬼のごとくというやつだ。


 「いたぞぉ!」


 こちらを見つけてより興奮したひとりが叫ぶ。その指さした先にいた俺達を見て、ようやくまともに戦えるという喜びから、全員がどこに出しても恥ずかしくない程の悪い笑顔を浮かべた。


 ただ、こっちはそれに付き合ってやる必要などこにもない。


 「我が下に集いし魔力マナよ、大地より吹き出し敵を穿うがて、土石散弾アースショット

 「我が下に集いし魔力マナよ、氷となり敵を穿うがて、ヘイル

 「我が下に集いし魔力マナよ、神敵討つ礫をこれに示せ、光散弾ライトニングショット

 「我が下に集いし魔力マナよ、魔の敵討つ礫をこれに示せ、闇散弾ダークショット


 スカリー、シャロン、クレア、アリーの順で、次々に魔法が撃ち込まれてゆく。頭に血が上って、こちらを攻撃することばかり考えていた相手は、比較的固まっていたせいで、ひとり当たり二発か三発も同時に食らってしまう。いくら手加減するように言い含めていたとしても、これだけ集中して食らっては厳しい。


 たちまち四人が地面にうずくまり、二人も立っているとはいえ息も絶え絶えだ。とても魔法を使うどころではない。


 「我が下に集いし魔力マナよ、者を眠りに誘え、睡眠スリープ


 そこへ俺が眠りへと誘う。抵抗する余裕もない六人は、あっという間に眠りに落ちた。


 「すげぇ」


 その様子を見ていたカイルが隣でつぶやいているのを聞いて、俺も内心同意した。いや、もっと苦労するのかと思ってたけど、思った以上に何とかなった。


 「師匠、次が来ます!」


 アリーの言葉に促されて前方に視線を移すと、次々と敵対する学生が出てくる。五人、六人、七人、まだ現れる。


 「もう一度迎え撃て! カイルは防御用意!」


 先ほどと同じように四人が相手に向かって攻撃する。それによって何人も倒れるが、数が優勢な相手の中には攻撃を免れた者もいた。そういった連中から火球ファイアボール風刃エアカッターが撃ち込まれてくる。当たったらただでは済まない。


 「我が下に集いし魔力マナよ、大地をもって我が盾となれ、土壁アースウォール


 あらかじめ呪文を唱えていたカイルが、俺達の全面に土壁アースウォールを展開する。それは攻撃を受けると破砕してしまったが、役目は果たした。


 そしてその隙を突いて俺は睡眠スリープを広範囲にわたってかける。こっちは攻撃するわけじゃないのでかなり強力に仕掛けた。すると、次々と相手は崩れ落ちていく。


 「ひぅ、わ!」

 「死ぬ、殺される!」


 さてそろそろ一旦後退しようかと思ったところで、相手は戦意を喪失したらしい。数人が逃げ去って行く。さすがに十人以上の仲間が倒れたら耐えられないか。


 「お、よっしゃ、勝ったで!」

 「ふふん、まぁ、うちらの実力からしたら、当然やな!」

 「ええ、そうですわ、スカーレット様!」


 いつも真っ先に喜ぶ三人が、今回も戦いが終わると声を上げた。さっきまでやっていたことを考えると、乱闘の域を超えているように思うのだが、この三人には関係ないようだ。


 「はぁ、怖かった」


 一方のクレアは、全身の力を抜いてへたれている。うん、俺も気分は一番近い。


 「師匠、やりましたね!」


 そして、珍しくアリーは感情を露わにしていた。喜びのあまり俺の手を握ってくる。

 思わず固まる俺。


 そうやってみんなで喜んでいると、小道からモーリスとアハーン先生が出てきた。結局出番はなかったなぁ。


 俺はアリーの手を離すと、二人の先生に何を言われてもすぐに言い返せるよう、頭の中に言葉を用意して待った。

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