闇夜での襲撃
初めて授業妨害があってから数日が過ぎた。モーリス達の話によると、あれから妨害はされていないらしい。サラ先生の威光によるものなのか、それとも妨害したいのがパック先生達だけなのかは判断できないものの、何事もないというのは一安心だ。
しかし、油断はできない。というのも、あれだけあからさまに授業を妨害してきた連中が、一回だけで嫌がらせを諦めるとは思えないからだ。必ず何か仕掛けてくる。ただ、具体的にそれがわからないというのが、とてももどかしかった。
それと、俺達に対する嫌がらせについて、あれから七人で色々と考えてみたところ、俺に対するものだろうということで最終的に意見が一致した。
スカリー、クレア、シャロン、アリーは、実家が出てくると大変なことになるので、直接手を出す馬鹿はいないから除外していい。次にカイルは、貧乏貴族の三男なのでそもそも相手にされていないことが多いため、これも除外だ。モーリスは、これまで何年も学校にいるが、今までそんな嫌がらせを受けたことはないらしい。ということで、最終的に俺が残ったわけだ。
俺、この学校にきてからは、役に立ちこそすれ、迷惑なんてかけたはずないんだけどな。それとも、知らない間にどっかでやらかしていたのだろうか。
いくら考えても原因がわからない。みんなで一緒に噂話なども含めて色々と集めているが、有力な情報はなかなか出てこなかった。
そんなある日、俺は仕事が終わってから図書館へと寄り、本を読んだ。最近はクレアに倣って魔法以外の色々な本にも手を出している。大抵は最初に読んだ時点で眠くなってしまうが、ごくたまに当たりの本もあった。
閉館間際になると図書館を出て、今度は食堂へと向かう。学校内で一杯引っかける場所はない、と思っていたらさにあらず。なんと食堂では酒も出る。そういえば十五歳で成人なんだから、ここの学生って酒も飲めるんだよな。
ただし、俺は基本的に水代わりのエールくらいしか飲まない。酒が好きじゃないという以上に、味なんてさっぱりわからないからだ。まぁ、甘いか辛いかくらいはわかるものの、それ以上は無理。
ということで、俺の晩ご飯は食べることが中心だ。ここの食堂はおいしいものばかりが出るので嬉しい。だから毎日おなかいっぱい食べる。
晩ご飯が終わると、用のなくなった食堂から教員宿舎へと向かう。もう十一月なのでこの頃になると完全に日没後だ。街灯として等間隔に並んでいる光明が淡く輝いているだけである。それも主要道路のみ。脇道は完全に真っ暗だ。
そろそろ吹き付ける風が冷たくなるので室内が恋しくなる。晴れている日ならまだしも、雨の日なんかだと自室に着くまでに体が冷えるから困るんだよな。なんてことを考えながら家路を急ぐ。
すると、何やら風に乗って音が聞こえてきた。最初は風に吹かれて何かが動いた音なのかなと思ったけど、違う。どうも人の声っぽい。俺は尚も耳を澄ませながら捜索を使った。
探索結果を見ると、学園一帯にいる人を表す点があった。条件設定で室外にいる者のみとしているから、点の数はかなり限られている。声が聞こえてきている方向と学園の地理を重ね合わせると、約二百アーテム先に点がいくつか固まっていた。間に遮蔽物もあるというのに、よく聞こえたな。
俺は気になったので近づいてみる。食堂から誰かが友達と帰っている、なんてことはあり得ない。あっちは倉庫があるだけで、夜に人が寄りつくところではないからだ。それだけに、日の暮れた今になって誰が何をしているのかが気になった。
近づくにつれて、複数人の男の声、あるいは悲鳴が聞こえてくる。他にも何かがぶつかる音なんかもだ。喧嘩でもやっているのか?
物陰から現場らしいところを覗くと、街灯以外の光明がいくつか頭上に浮かんでいた。そして、その下は乱闘の真っ最中だ。へぇ、魔法学園の学生でもこんな喧嘩をするんだ、などと一瞬妙な感心をしてしまう。いや、良くも悪くもお上品なところだと思ってたから。
でも、そんな考えもすぐに引っ込む。だって、どうもひとりを複数人で袋叩きにしようとしているみたいなんだよ。そのひとりがすばしっこくて、魔法を使っても複数人側がとらえ切れていないんだが。え、あれ? あれって……
「おい、カイル!」
何暢気に見ているんだ、俺! カイルが囲まれているじゃないか!
慌てて声をかけながら、乱闘の中に飛び込む。
カイルの姿を見ると、かなり転げ回っていたのか砂埃が全身に付いているが、無傷のようだ。
「先生?!」
そのカイルの目の前に俺は立つ。包囲されているから大して意味はないが、他人が割って入ったということを態度で示した。
カイルに襲いかかっているのは全部で四人だ。いずれも知らない顔である。しかし、どうも向こうは俺のことを知っているらしい。
「チッ、平民の教師かいな」
「こいつもやっちまおうぜ!」
教師がやって来たというのに全く恐れる様子がない。なるほど、教師・学生という立場よりも貴族・平民という階級の方を重視するのか。わかっていたけど再確認できた。
「我が下に集いし魔力よ、炎となり姿を現せ、炎」
周囲の学生が正に動き出そうとした瞬間、俺は正面の学生の足下から大きな火柱を立たせる。それは、すっぽりと学生を包んだ。
「え?! ああああぁぁあぁあぁあぁあああ!!」
いきなり炎に包まれた学生は、最初何が起きたのか気づかなかったようだ。しかし、それを理解した瞬間、悲鳴を上げながら炎の範囲外へと飛び退く。髪の毛はちりちり、服は焼け焦げ、所々がわずかに燃えている。その学生はすっかり恐慌をきたして地面を転げ回った。
「我が下に集いし魔力よ、水となり我が元へ集え、水球」
今度は大きな水玉を作り出して、その転げ回っている学生にぶつける。結構な水量なので相手の学生と地面にぶつかって弾けると、周囲数アーテムを水浸しにした。自分が水を被せられたことに気づくと、泥だらけの学生は呆然としつつその場にうずくまっている。
俺とカイルを囲んでいた他の学生三人は、呆然とそれを見ていた。中には呪文を詠唱しようとして固まったままの学生もいる。
炎は既に消したので跡形もないが、頭上で輝く光明が周囲の惨状をはっきりと照らしていた。
「恐らく、誰も見ていないから好き勝手できると思っていたんだろうな。でもそれは、こっちだって同じなんだぜ?」
少し格好をつけてぶっきらぼうに言い放つと、薄笑いを浮かべながら順番に周囲の三人へと視線を向ける。遙か昔の黒い歴史を思い出しそうになって内心身もだえるが、今は我慢だ。
問答無用で襲いかかられかけたときに、こちらも問答無用でひとりを丸焼きにしかけたわけだが、怒りに任せてやったわけじゃない。冒険者時代の経験を活かしたんだ。
ひとりで活動することの多かった冒険者だった頃、一対多の戦いになることが多かった。大体は逃げ回っていたが、たまに機先を制することで勝つことがあった。今回の場合、とりあえず話ができる状態にしたかったので、いきなり派手なことをしたのだ。
「さて、それじゃまずは……」
「「「ひぃぃぃ!」」」
俺が話しかけようとすると、無事な三人が一斉に逃げ出す。それこそ蜘蛛の子を散らすように、そして脱兎のごとく。声をかける暇もない。
「いや! 死ぬ! 殺されるぅ!!」
三人に気を取られているうちに、泥だらけの学生が転げるように逃げ去って行った。
後に残るのは、俺とカイルと頭上の光明のみ。
そして、このときになってようやく気づいた。やり過ぎたことに。
「しまった。ひとりでも捕まえておくんだった」
カイルを助けたのだからもちろん俺のやったことに意味はあったんだけど、残念なことにせっかくの原因を追及できる機会を逃してしまった。
あーやってしまった。完全に後の祭りだな。俺はがっくりと肩を落とした。
翌日の朝一番に教員室でモーリスに会うと、別室に移動してから昨晩あった出来事を説明した。すると、さすがに炎で人ひとりを包むのはやり過ぎだと苦言を呈されてしまう。うん、そうだよな。冒険者のときの感覚でやったんだけど、学生相手にあれは駄目だと今なら思う。
「ともかく、このことは学生が騒がない限りそのままにしておこう。冒険者の感覚だと正当防衛だけど、学生相手だと過剰防衛と受け取られかねない。追いかけて捕まえなくて正解だったよ。下手に騒ぐとユージも不利になるからね」
モーリスの考えでは、水をかけて大した怪我もしていないのなら、相手も表沙汰にしないという。四人で一人を闇討ちしたという後ろめたさと、平民に完敗したという情けなさで騒げないからということだった。
せっかく授業妨害の原因を掴めるかもしれなかった機会を逃した上に、追求できないというのは何とも悔しい。
一方、この日の朝は二回生の戦闘訓練、つまり、いつもの五人と会う日だ。
モーリスとの相談が終わると、俺は訓練場へと向かう。最近は教えることがほとんどなくて本当に困っている。
そして、訓練場に着くと珍しい光景を目にした。今朝はカイルを中心に何やら話が盛り上がっているようなのだ。
「おはよう。一体何の話をしているんだ?」
「あ、ユージ先生! おはようございます!」
最初に気づいたカイルが一番に手を振ってくる。そして続いて他の四人も俺に挨拶をしてくれた。のだが、なんだか少しだけいつもと様子が違う。えっと、何かを期待しているような目?
「みんなどうしたんだ?」
「師匠! 昨晩カイルを助けたときの武勇伝を聞きました!」
いきなり目眩がするようなことをアリーの口から聞いてしまった。珍しく身を乗り出すように迫ってきたと思ったらこれだ。ああもう、そんな目をきらきらさせて。
「危険をものともせずに包囲の中へ飛び込み、己の弟子を助けるその勇姿! 私もその場で見たかったです!」
「それにしても驚いたで! まさか炎で人ひとり包み込むなんて! あんな初級の魔法でも、出力が桁違いやと出鱈目なことになるんやなぁ」
「大したものですわ。しかも、薄笑いを浮かべながら決め台詞を叩きつけるなんて! それで、どんな台詞でしたの?」
「でも、ちゃんと水球で火を消してあげたんですよね。ユージ先生は暴漢にも優しいんですね!」
「待って、お願いちょっと黙って! いろんな意味で大変なことになるから!」
輪の中央で得意げに胸を反らしているカイルの頭をはたきながら、俺はみんなにそれ以上はしゃべらないように懇願した。せっかく黙ってやり過ごすってモーリスと決めたのに、無駄になってしまう!
「昨日の件は、学校内基準だとやり過ぎの可能性があるから、できればやり過ごしたいんだよ」
俺は声を低くしてみんなにモーリスとの話を説明した。ばれるとまずい面があるということを強調しておく。
「何ゆうてんの! そんなん正当防衛やん! 文句のある奴はうちが……」
「待てって! 最初から最終手段を使うこと前提にしたら駄目だろう。伝家の宝刀ってのはな、そうやたらと抜くものじゃないぞ」
ペイリン家の権力は確かに学校では絶大だが、使いすぎるのは良くない。それに、当たり前のように学内の規則や習慣をねじ曲げると、肝心なときに自分達も困ることになる。そこは細心の注意を払うべきだ。
「ユージ先生は慎重やなぁ。これくらい大丈夫やと思うんやけどなぁ」
尚も納得いかないスカリーだったが、とりあえず黙ってくれることには同意してくれた。あー危なかった。
「いやぁ、ユージ先生もやるときはやるんですねぇ。俺、まさかあんな思い切ったことをするとは思いませんでしたわ」
「暢気に言ってくれるな。そもそも、お前が恋文なんぞに釣られなかったら、こんなことにはなってなかっただろう」
そう、あの晩の騒ぎが終わったとに事のあらましを本人から聞いたのだが、発端はカイルが渡された手紙をそのまま信じて日没後に倉庫へ行ったことなのだ。この辺は大いに同情できるものの、思わず言わずにはいられなかった。
「「「「え?!」」」」
すると、俺とカイル以外の四人が目を剥いて俺達を見る。あれ、どうしたんだ?
「カイル、あなた、さっき決闘を申し込まれたって言っていたわよね?」
「クレアの言う通りだ。一対一だと思っていたら四人に襲われたと話していたはず」
え、何それ?
今度は俺がカイルに視線を向けた。すると動揺しっぱなしだ。
「ユージ教諭の話が本当なら、あなた、嘘をついていましたわね!」
「カイル、あんた、何しょうもない嘘ついてんの!」
「先生ぇ、ばらさんといてぇなぁ!」
カイルは情けない顔で俺に抗議してくるが、そんなものは知らん。というか、どうしてそんなすぐにばれる嘘をつくんだよ。
四人から吊し上げを食らっているカイルが俺に助けを求めてくるが、同情できないのでしばらく放っておくことにする。授業時間がどんどん削れてゆくが、まぁいいだろう。