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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
3章 自分の都合、他人の都合
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突然の授業妨害

 一部の人に何もかもがばれて一ヵ月が過ぎた。もう隠す必要がなくなったので楽になったとも言えるが、だったら今まで隠してきた努力は何だったのかということになる。うん、この辺りは考えない方がいいだろう。


 シャロンとカイルへの説明は、学校内にあるペイリン邸の一室を借りてすることになった。この話を聞いたときの態度はまるで正反対で、シャロンは冷静に、カイルは動揺しながら受け止めた。カイルはいきなり話を聞かされたのだから、仕方のない面はあるが。


 ともかく、これで一緒に行動することの多い人物と秘密の共有はできた。俺が一方的に秘密を握られているだけのような気がするけど、もうそれは諦めるしかない。その代わり、学園長が言ってくれたように、強力な後ろ盾を得られたと思うことにしよう。


 これ以後、より結束が強くなった俺達なわけだが、行動にも微妙な変化が現れてきた。特にスカリーとクレアとの距離が近くなったようだ。精神的にだけでなく、物理的にも。


 具体的には、スカリーは肩を叩くなどたまに体へと触れてくるようになった。一方、クレアは話をするときなどに、その大きな胸を強調してくるようになったような気がする。いや、俺が気にしすぎなのかもしれないが、たまに意識がそこから離せなくなるんだ。これは仕方ないと思う。


 そんな悩ましい事態に陥ることになりつつも、俺の周辺はあれ以来穏やかになった。




 ところが、ある日突然、予想もしなかったことが起きる。


 「ユージ先生、大変やで!」


 いつものように補習授業を始めてしばらくすると、訓練場にいるはずのジェニー・ドイルが息を切らせて教室に入ってきた。一回生の女の子だ。


 「どうした? そんなに急いで」

 「はぁはぁ、先生。あたしらが訓練場で授業しようとしたら、他の先生や学生に出て行けってゆわれてん」

 「え、なんでまた?」

 「知らへん。モーリス先生がいくら理由を聞いても、出て行けの一点張りなんやもん。話にならへんわ!」


 ジェニーの言葉に教室がざわつく。いっつも遠慮なく大きな声でしゃべるから、隠し事が苦手なんだよな、この子。


 それはともかく、わざわざジェニーがこっちに来たってことは、モーリスだけじゃ埒が明かないんだな。ということは、俺が行かないといけないのか。


 「文句を言ってきている先生って誰?」

 「パック先生や。あたしらから一番離れたところで授業してて、今までなんも文句ゆうてこうへんかったのに、突然学生を連れて追い出そうとするんやで」


 俺とは接点のない先生だな。モーリスなら知っているのかもしれないが、確執でもあったのか?


 「わかった。そっちに行こう」

 「あ、うちが行くわ。ユージ先生はそのまま授業しといて。どうもまともな話し合いは無理そうやしな」

 「どうしてそれでスカリーなんだ?」

 「ふふん、こんな難癖をつけてくる奴を黙らせるためやん。こうゆうときは、うちの方が役に立つんや」


 なんだろう。凄く不安になる。


 「まぁええやん。急がなあかんねやろ? そんならほら、早う行こうや」

 「え? あ、うん」


 間違いなく予想外の人物が出てきてジェニーが戸惑っている。思わず俺の方に顔を向けてくるが、黙って頷いてやると、諦めたかのようにスカリーに続いて教室を出て行った。


 見たところ、あれだけ自信たっぷりに言うってことは、何らかの打算があるんだろう。


 教室内は尚もざわついている。スカリーが教えていたグループは特にだ。どうせ待つしかないんだから、こっちは授業を続けておくしかないだろう。


 「はいみんな、静かにして。結果は授業が終わってから、訓練場にいる知り合いに聞けばいい。ここでいくらしゃべっていても、何もわからないままだからな」

 「ユージ先生も、ああおっしゃっているわ。さぁ、勉強を再開しましょう」

 「せっかくの時間なのですから、有効に使わなくてはなりませんわよ。おしゃべりは後にしましょう」


 俺に続いてクレアとシャロンが学生をなだめにかかる。その間に、俺は自分のところとスカリーのところを勉強するように仕向けた。




 補習授業が終わってすぐの昼休み、俺達七人は食堂に集まっていた。もちろん、さっきあった訓練場の件を話し合うためだ。


 集まった七人のうち、最も疲れた表情をしていたのはモーリスだった。その場に居合わせたアリーは渋い表情を、カイルは怒りの表情を浮かべている。


 「で、まずは順を追って何があったのか説明してくれ、モーリス」

 「いいよ。とはいっても、俺達もよくわかっていないからあんまり話せることはないんだけどさ。最初、俺達がいつもと同じように訓練場へと入って補習授業をしようとしたら、突然パック先生が学生を連れてやって来たんだ。そして、今訓練場を使えるのは正規の授業の者達だけだから出て行け、って言われたんだよ」


 今の説明を聞いただけでも、色々疑問が湧いてくるな。ひとつずつ潰していくか。


 「モーリス、いつものようにってことは、前回までは何も言われたことはないってことなのか?」

 「もちろん。九月に初めて授業をするときに、同じ時間帯に訓練場を使う先生にはちゃんと話は通しておいたさ」

 「パック先生以外にも、同じ時間帯に授業をしている先生は……」

 「ビル先生だよ。前にアハーン先生と決闘した先生だね。でも不思議なのは、あの先生は何も言ってこないんだ」


 今朝、同じ時間帯に訓練場を使っていたのはパック先生とビル先生の二人で、パック先生は出て行けと言ってきたのに、ビル先生は何も言ってこないのか。


 「こっちの補習授業だって正式な授業なんだけどな」

 「そうだよね。それに、訓練場はあれだけ広いんだから、俺達が隅っこを使ったくらいでどうにかなるわけじゃないのに」


 これでビル先生もこっちに抗議していたら、何かしらの不備が俺達にある可能性も考えられるんだけど、今のところパック先生の嫌がらせくらいしか思い浮かばない。


 「次に気になったのは、どうして学生を一緒に連れてきたのかってことだよな。単に授業をやる資格がないって言うだけなら、自分ひとりで話をしに来たらいいだけなのに」

 「確かにね。しかも、俺とパック先生が話をしている最中に、その学生がこっちの学生を追い払おうとするんだ。しかも、パック先生に抗議しても無視されるし」


 まともな話じゃないな。明らかにこっちの授業を妨害しにきている。でも、パック先生にそんなことをされる理由がわからない。


 「しかもあいつら、こっちのこと思いっきり馬鹿にしよんねん! 最初は平民風情がってゆうてたけど、留年した中に貴族出身がおるのがわかったら、貴族の面汚しとか言いよんねんで! なんやあいつら、自分らかてそんな大したことないっちゅーのに!」


 カイルがここまで怒るなんて珍しいな。しかし、相手の学生の口ぶりからすると、貴族ばかりのようだな。


 「この様子だと、アリーも何か言われたのか?」

 「ええ。魔族風情だの魔界に帰れだの言われましたが、睨み返してやるとある程度おとなしくなりました」


 口では罵っていても、やっぱり魔族に対する恐怖心というものがどこかにあるらしい。噂でアリーの強さが広まっているとしたら尚更だろう。


 「なぁ、モーリス。パック先生って貴族出身の先生なのか? 学生はそうみたいだけど」

 「ああそうだよ。推薦で教員になったらしいね」


 ということは、元々貴族以外とは関わろうとしない連中のはず。少なくとも、平民や落ちこぼれとの接点はますますないな。陰で馬鹿にすることはあっても、いきなり手を出してくる理由が見当たらない。


 「妨害してくる理由は見当たらないなぁ」

 「そうなんだよねぇ」

 「でもその後、スカリーが出向いたら、急に抗議を止めたんですよね?」


 クレアが不思議そうに首をかしげる。


 ここからの話は帰ってきたスカリーからある程度聞いている。何でも、スカリーが現れてサラ先生の許可を得て補習授業をしていると説明したら、渋々引き上げたそうだ。教師であるモーリスの言うことは聞かないのに、学生であるスカリーの言うことはあっさり聞いたんだよな。


 「今の話を聞いて改めて気づいたけど、連中はほんまに単なる嫌がらせをしてるみたいやなぁ。うちが出てきて一発で引き下がるってゆうんがええ証拠や」

 「スカーレット様、どういうことですの?」


 シャロンが眉を寄せて質問する。結論に至るまでの説明が丸々抜けているからな。


 「うちは創立者一族の娘やさかいな、連中にしたら権威者であり権力者なわけや。もし正当な理由があったら、それをうちに突きつけて直訴するやろう。けど、そうせぇへんかったってゆうことは、まともな理由でやってるわけやないってゆうことや」

 「なるほど、正当な理由に権威で泊付けできれば、これに勝るものはありませんものね」


 二人の言う通りだ。しかしそれだけに、一層パック先生とその学生が文句を言ってくる理由が見当たらない。留年した奴って後ろ指を指してくるくらいは想像していたけど、こんな形で直接手を出してくるなんて思いもしなかった。


 「これ、誰かが裏で糸を引いているんじゃないかな?」

 「は? なんだよ、俺達を陥れようとしている奴がいるってのか?」


 思わず素で返してしまった。しかし、珍しくモーリスの表情は真剣だ。


 「いやだってさ、ある日突然こんな授業妨害をしても、パック先生にもその学生にも得をすることがないじゃないか。誰かに頼まれて、急にやり出したって考えた方が自然じゃないか?」

 「誰かって誰だよ?」


 自分で言うのも何だけど、俺の交友範囲は狭い。その範囲の中で、こんな直接行動を仕向けるほど俺を恨んでいる人物は思い当たらないぞ。


 「ユージ先生の評判を妬んでいる人とか、かなぁ」


 クレアが首をかしげながら独りごちる。え、全く関係のないところで恨まれてるの?


 「俺の評判って、どうなってるんだ?」

 「学生の間ですと、実力のある面倒見のいい平民出身の先生です。二回生の中には、一回生のときに授業を選択しなかったことを後悔している学生もいるくらいなんですよ」

 「評判がようなったんは今年の春くらいからやったかな。ほら、うちらが本格的に目立ってきた頃や。更に小森林での評判が広まった後期からは急にやで。そんなうちらを育てたって知ったら、評判が良うなるやろ?」

 「ほらって言われても、お前らは元々有名じゃなかったのか?」


 クレアとスカリーが説明してくれたが、どうにも納得できない。基本的に俺のところにはそんな話は入ってこないんだよな。


 「実家が実家ですし、わたくし達は元々有名でしたけど、そこに実力も伴っているということが知れ渡ったということですわ、ユージ教諭」

 「特に小森林での話はよう聞かれるんでっせ、先生」


 シャロンの一言に続いて口を挟んだカイルが、不穏なことを漏らす。


 「え、お前らあのときの話を言いふらしてんのか?」

 「聞かれて断る理由はそもそもありません、師匠」


 いや、確かにそうなんだけどな。自分の知らないところでそんなことになっているとは思わなかった。あれ、そういえば、春頃に別の先生からもそんな話を聞いた記憶があるような。


 「教員の間でも話はたまに出てくるねぇ。ただ、肯定的な話はあんまりないけど」

 「ええ? なんでまた?」

 「冒険者としての実力はある程度あるかもしれないけど、それ以上に創立者一族にうまく取り入ったっていうのが、みんなの認識かな?」


 俺は絶句した。こっちは回ってくる仕事を片付けるのに必死なだけなのに、どうしてそんな評判になるんだよ。


 「俺がいつ創立者一族に取り入ったんだ?」

 「ほら、学園長やサラさんと仲がいいじゃないか。しかもその娘さんとも」


 スカリーがにやにやこちらに視線を向ける。すっげぇ腹立つな、その笑顔。


 「元はといえば、お前が実家の厄介な奴を全部俺に押しつけてきたのが原因だろう」

 「ひ、酷いな。そんな言い方はあんまりだろう?」


 急速に温度の下がった五人分の視線がモーリスに突き刺さる。楽しんだ分はきっちり追い込んでやるからな?


 「なんならそのときの台詞を一挙公開してやろうか?」

 「なんでそんなことを覚えているんだよ?! あ、すみません、やめてください」


 学生からの視線が更に冷たくなったことに気づいたモーリスが、俺に謝ってくる。


 「ともかくだ。現状だと、俺達が授業妨害を受ける理由ってのは、わからないままなんだな」

 「そうだね、まだ具体的な行動を初めてされただけだから」


 俺とモーリスは内心で頭を抱える。邪魔したところで自分達が得するわけでもないのに、どうしていらんことをするんだろうね。


 「ということは、これからも授業妨害はあるということですか?」

 「そうだよ。あの手この手でちょっかいをかけてくるだろうさ」


 クレアに対してモーリスが軽い調子で返す。


 「しばらくは何が起きてもおかしくないみたいだから、とりあえず、自分達でできる対策を取るとしようか」


 根本的な原因を取り除けないというのはもどかしいが、今は我慢するしかない。

 俺達は今後の簡単な対応策を話し合ってから、この日は解散した。

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