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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
3章 自分の都合、他人の都合
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果たされた遺言

 サラ先生と話し合ったことをクレアに伝えると、飛び上がらんばかりに喜んでくれた。伝えた内容は、クレアがサラ先生の研究室に入ること、そこで思うように研究できる環境を整えてくれる約束を取り付けたこと、そして俺が手伝うことだ。とりあえず、最低限のことだけを教えて、後はサラ先生のところに行くように促した。


 この時点では、まだ俺が二極系統の魔法を使えることは教えていない。どうせサラ先生がしゃべるだろうから、俺のことは何も説明しなかったのだ。


 そしてそれから間を置かずに、俺は週末にペイリン本邸へ呼び出された。具体的に何を言われるのかはわからないが、おおよその内容は見当がつく。わざわざレサシガムにある本邸にまで呼び出すことはないと思うんだが。


 俺はペイリン本邸へとやって来た。向こうの門番や使用人も既にこちらのことを覚えているので、簡単に中へと入れてくれる。


 案内された応接室には、学園長、サラ先生、スカリー、クレア、アリーが既に座っていた。一瞬俺は驚く。ペイリン一家はともかく、どうしてクレアとアリーがいるんだ?


 「よく来てくれた。そこへ座ってくれ」


 俺はよくわからないまま、学園長に勧められた椅子に座る。その反対側には、中央に学園長、左右にサラ先生とスカリー、そしてスカリー側にクレアとアリーが用意された椅子に座っていた。また、サラ先生側の背後には、何度も見かけたことのある執事が直立不動の姿勢で立っている。


 「本日は、こちらの呼び出しに応じてくれたことに、ペイリン家当主として礼を言う」

 「はぁ」


 学園長による、予想外に堅苦しい挨拶を最初に受けて俺は面食らった。あれ、俺の正体をネタに話をするだけじゃないのか?


 「本来ならば、正式に招待状を届けて格式に見合った場を設けるべきなのだが、我らが先祖メリッサの遺言で、堅苦しいことは省略させてもらう」

 「正確には『いちいち無駄なことはせんでええがな』なんやで~」

 「はは、あいつらしい」


 遺言ということは、晩年の言葉なんだろう。最後まで性格は変わらなかったようだな。


 「さて、念のために確認しておくが、君が勇者ライナスの守護霊ユージかね?」

 「転生した今は元ですけどね」


 やはり改めて面と向かって告げられると多少は驚いたらしく、五人とも息をのんだ。ひとり平気なのは背後に控えた執事だ。


 「失礼な話だが、それを証明してくれないか?」


 まぁ、口では何とでも言えるわな。一応確信があるからわざわざ屋敷に呼んだんだろうけど、最終確認がしたいんだろう。


 そうなると見た目ですぐわかるやつがいい。


 まず俺は手のひらの上に魔法で、火、水、風、土を出現させては消した。


 次に、クレアの武器に光属性魔力付与ライトニングエンチャント、アリーの武器に闇属性魔力付与ダークエンチャントをかける。


 その次に、火の精霊、水の精霊、風の精霊、土の精霊を自分の背後に出現させた。


 そして最後に、天井近くに光明ライトを発動させる。


 これで四系統七属性の魔法を全て使った。無詠唱で。


 四大系統を全て使えることは不可能ではない。かつてはメリッサも使っていたし、今はスカリーが使える。しかし、二極系統は通常どちらかしか使えない。更に突っ込むと、心情的に人間は光属性しか使えないし、魔族は闇属性だけだ。そして、精霊系統に至っては、基本的に妖精が使うものだ。人間で四種とも使える魔法使いはいない。とどめは呪文を省略して魔法を発動させる無詠唱だ。


 つまり、これだけのことを全てできるというのは、ライナスの守護霊だけなのだ。


 誰も言葉を発しない。ずっと昔、メリッサに規格外の化け物って呼ばれたことがあるけど、そうなるとみんなは伝説の化け物を目の当たりにしているわけだ。


 「これでいいですか?」

 「……ああ、ありがとう」


 学園長がため息をついて肩の力を抜くと、他の四人も次々と同じように体をほぐす。

 そうして心身ともに落ち着けてから、全員が改めて居住まいを正した。


 「我が先祖メリッサの友人ユージ様、初めてお目にかかったときからの数々のご無礼、誠に申し訳ありませんでした。このドルフ・ペイリン、深くお詫び申し上げます」

 「必要なこととはいえ、あなた様を試すようなまねをいたしましたこと、このサラ・ペイリン、深くお詫び申し上げます」


 ペイリン夫妻のあまりにも堅苦しい謝罪に、今度は俺がのけぞった。こちらでは余程のことがないとしない頭を下げたお詫びだ。さすがにこんな重い展開は想像していなかったぞ。


 「待って、いくら何でもそこまでしなくてもいいから!」


 もしかして俺を呼びつけたのって、この謝罪をするためなのか? もっといつも通りの俺が追い詰められる展開になると思っていたのに。


 しかし何が驚いたのって、サラ先生、標準語が使えるんだ。俺は方言だけだと思っていただけに、これが一番驚いた。


 「えっと、ユージ様があの守護霊の生まれ変わりって、うち、ほんまに驚きましたわ」

 「待てスカリー。なんだそのユージ様って」

 「な、何って、ご先祖様の友人やさかい……」

 「いや今まで通りでいいって。お前、学校でもユージ様なんて呼ぶつもりか?」


 それは俺が耐えられそうにない。正直なところ、居心地が悪すぎる。


 「それでは、今まで通りでもよろしいのですか?」

 「私としては、師匠にそうおっしゃってもらえると嬉しいですが」

 「クレアとアリーは普段と変わらないな」


 それだけいつもの言葉遣いが丁寧だということか。


 「ともかく、俺としては今まで通りに接してもらってほしいです。急に持ち上げられても落ち着かないですから」

 「そう言ってもらえると助かるよ、ユージ君」

 「ほんまやわ~。やっぱりこっちの方が楽でええもんね~」

 「あ~やっぱり肩の凝るしゃべりかたはしんどいわぁ」

 「スカリーって、名前の呼び方以外は何も変わってなかったじゃないのよ」

 「言葉遣いは同じでも、精神的には全然違います。うん、こちらの方が気が楽だ」


 あ、やっとみんな元に戻った。


 「けど、どうして俺の正体なんて探ろうとしたんですか。確かにライナス達と一緒に旅をしていましたけど、今はもう関係ないでしょう」

 「そうでもないのだよ。我々の先祖メリッサを始め、当時の魔王討伐隊の面々は、ユージ君を勇者の剣から解放できなかったことをかなり後悔していたんだ。魔王を討った後も色々とその方法を探したようだが、結局見つからなくてね。どうにかするようにと代々伝えられているんだよ」


 うわぁ、律儀にそれを守っていたんだ。しかしそうか、俺の意識が途切れてから、みんな色々と手を尽くしてくれていたんだな。


 「あれ、でもそうなると、もうペイリン家は俺に関する研究をしなくてもいいってことですよね?」

 「そうやねん。しかも、なんか気づいたら、うちらの知らんところで転生してたし~」


 サラ先生が口をとがらせながら俺のことを睨めつける。ご先祖様の言いつけを守って難題に取り組んでいたのに、いつの間にか必要なくなっていたんだもんな。文句のひとつもいいたくなるだろう。こっちとしては、そんなことを言われても困るが。


 「師匠、師匠は勇者の剣というものの中にいたのですか?」

 「当時はそんな呼び方じゃなかった。単なる真銀製長剣ミスリルロングソードだ。最後の魔王との決戦で、この中に入って魔王を倒したんだよ」

 「それ以来、フォレスティアに剣は預けられているって、わたしの実家の記録にありましたが」

 「今もあると思う。転生直前にジルとレティシアさんに会ったから」


 さすがに捨てられてはいないと思うぞ。どんな扱われ方をしているかまではわからないけど。


 「でも先生、どうやって勇者の剣から出て転生できたん? 自力でなんとかなったんか?」

 「結果的にはそうなんだけど、実際のところはよくわからないことが多い」


 俺は、眠りから覚めるように目覚めたこと、そのとき剣が輝いていたこと、自力で剣から抜け出せたこと、抜け出した途端に転生したらしいことを話した。何しろ客観的に状況を見ていたわけじゃないから、わからないことは本当にさっぱりだ。ジルやレティシアさんに聞けば何かわかるかもしれない。


 「後は以前話した通り、農村に生まれて冒険者になったんだよ。あ、ついでだから言っておくと、俺七歳くらいさば読んでるから今は二十一歳だ」

 「え?! 先生うちと五つしか変わらへんの?!」

 「わたしの四つ年上……」


 スカリーとクレアは、転生直前のことよりもこっちの方が衝撃的だったらしい。


 「ということは~、ユージ君っていくつから冒険者になったん?」

 「八歳です。見た目が幼かったんでごまかすのが相当大変でしたけど」


 身寄りがいなかったんだからしょうがない。引き取ってくれる大人もいなかったから、働いて稼がないといけなかったんだ。当初の予定では十二歳で冒険者になる予定だったことを強調しておく。


 「師匠が苦労されていることは知っていましたが、そんなに幼い頃からだとは思いませんでした。私がそんな幼い頃に独り身になったら、生きていける自信がありません」

 「まぁ、魔界はまた全然環境が違うからな。それより、ペイリン家が俺を探していた理由はわかったけど、クレアとアリーはどうしてここにいるんだ?」


 当初の疑問を二人にぶつけてみる。すると、ある意味当然の内容が返ってきた。


 「わたしは、勇者ライナスと聖女ローラの子孫です。ですから、ペイリン家と同様にホーリーランド家もユージ先生のことを気にかけていたんですよ。ユージ先生のことを書いた手紙を実家に送ったら、調べるように命じられて、スカリーやアリー達と一緒に調べていたんです」

 「私も手紙に師匠のことを書いたら、オフィーリアお婆様から調べるように命じられました。恐らくクレアの実家と同様に、一度招待されるでしょう」


 招待かぁ。オフィーリア先生もまだ生きているんだよなぁ。会えるものなら会ってみたい。


 「あ、そうだ。シャロンとカイルは、このことをどのくらい知っているんだ?」

 「シャロンには一通りしゃべってるで。協力してもらうためにな。アリー、カイルにはしゃべったんか?」

 「いや何も。しかし、これから二人には説明しないといけないだろう。五人で行動をすることが多いのだから、隠し通すのは難しい」


 そうした方がいいだろう。不用意に隠してばれたときも問題だしな。


 「ああそうだ! 大切なことを忘れていた」


 何やら思い出した学園長が執事に目配せすると、音もせずに寄ってきて一通の手紙を手渡してくれる。割と厚い。表には『我が友人ユージへ』とあり、裏にはメリッサ・ペイリンと書いてある。


 「え、メリッサからの手紙?」

 「もし本人に出会ったら渡してほしいと、代々受け継いでいたのだよ」


 学園長が静かに説明してくれた。あいつからの手紙か。何が書いてあるんだろうな。


 「わかりました。後で読みます」

 「ふぅ、これで我がペイリン家はメリッサ様の約束を全て果たした。感無量とはこのことだな」

 「ほんまやね~。肩の荷が下りたわ~」


 夫妻は背もたれに深くもたれかかった。自分の代で終わらせることができたから、すっかり安心している。


 「あ、そうや。おとーちゃん、おかーちゃん。ユージ先生って、今教員宿舎に住んでるんやろ? それってええのん?」

 「ん? おおそうか。客人を宿舎に住まわせるわけにはいかん。学園内の我が屋敷に移ってもらおう」

 「待って止めてください。みんなに何事かと疑われてしまうでしょう」


 平社員が独身寮から、いきなり社長の家に引っ越すようなものだ。どう見ても噂の種にしかならない。


 「俺は今まで通りでいいです。目立ってもいいことなんてないですから」

 「そういえば、なんでユージ君は正体だけやなくて、使える魔法も隠そうとしたん? あれだけの魔法の才覚があったら、引く手数多やんか。どこかの貴族のお抱えになったら食べるのに困らへんやん」


 サラ先生は、俺が正体を隠そうとしていたことを一番知っているだけに、不思議がっているようだな。


 「確かにそうなんですが、その貴族と敵対している相手や妬んでいる連中と、延々と争うことになりますよ。しかも、下手に一匹狼のままでいようとしたら、寄ってたかって潰されますし」

 「ユージ先生、実際にそんな人がいたんですか?」

 「知り合いにな。かわいそうな奴もいれば、自業自得な奴もいたけど」


 ああいったことを実例として目の当たりにして以来、下手に目立つようなことはしないようにしている。


 「なるほどな。なかなかうまくはいかないわけだ。ただ、ユージ君は我々という後ろ盾があるから、今後はそこまで怯えなくてもいいだろう」


 とはいえ、その後ろ盾を使う機会がないに越したことはないのだが。


 こうして、ペイリン家は俺に対する責任から解放されることになった。クレアとアリーの実家も半分は解放されたようなものだけど、実際に一度は赴かなければならないだろう。




 この日の夜、俺は手渡されたメリッサからの手紙を読んだ。一緒に旅をしてくれたことへの感謝の気持ち、魔王討伐後に努力したが助けられなかったことへの謝罪、そして、いつの日にか解放されて自由の身になっていることを願う、ということが書いてあった。


 この手紙を読んで、俺はあの四人の仲間だったんだなと実感できて、本当に嬉しい。そして、そんな仲間にもう会うことができないということが、悲しかった。


 そうだ、せめて墓参りくらいは行くとしよう。

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