クレアの相談、そしてサラ先生にばれた
自分の力だけでは解決しにくい問題が、他人の力でいつの間に片付いてからは、しばらく平穏な日々が続いた。
この頃になると、補習授業もすっかり安定するようになる。一部どうしても習得が遅れる学生がいるが、これはもちろん予想していた。現時点ではまだ余裕があるので、可能な限り重点的に面倒を見るようにしている。
ただし、前期の授業の分はこの補習授業でどうにかできても、後期の授業も指導しないと間違いなく進級試験に合格できない。年末までに補習が間に合う学生はいいとして、間に合わない学生をどうするのかが問題だ。これについては、十二月に入った時点でどうするべきか判断するということで、七人の意見は一致している。
十月になった時点では特に問題は何もなかった。先月の慌ただしさが嘘のようだ。
と思っていたら、今度はクレアの様子がおかしくなる。やることはしっかりやっているんだけども何となく元気がない。ああ、また何かあるんだな。
基本的に最近は五人一組で会うことが圧倒的に多いので、逆に個別で相談に乗ることが難しくなっている。改めて別の場所で話を聞くというのでもいいけど、三日も俺の授業で拘束しているとこちらからは言いづらい。
さてどうしたものかと悩んでいたら、とある昼に食堂で、スカリーにつつかれながらクレア自身がその話題を切り出してきた。
「あの、ユージ先生。相談があるんです」
「珍しいな。どんな相談なんだろう」
「専門課程についてのお話なんです」
担任としてはもちろん相談に乗るが、専門課程の話となるとどこまで力になれるだろうか。いざとなったらモーリスやアハーン先生に相談しよう。
「えっとですね、今月に入ってからマルサス先生に勧誘されたんです」
俺は今、自分の顔が引きつったことを自覚した。よりによって、あの先生絡みか。そういえば、専門課程は魔法技術を選ぶって言ってたな。
「ビル先生みたいにしつこく勧誘されたのか?」
「いえ、そういうわけではないんですけれど、その、ユージ先生とは仲が悪いじゃないですか。それで、どうしようかと悩んでいるんです」
う~ん、それでどうしようかと言われてもなぁ。正直なところ、好きにすればいいとしか言いようがない。
いやもちろん、俺個人の心情からいえば、マルサス先生の研究室に入ってほしくない。これには、何か問題があれば、担任としてマルサス先生と関わらないといけない厄介さを回避したいという思惑もある。何しろ、向こうは俺なんかより圧倒的に俺のことを嫌っているみたいだからだ。接しても絶対にろくなことにならない。
ただし、それはあくまでも俺の事情だ。クレアには関係ない。そして俺としては困ったことに、魔法技術という専門課程だとマルサス先生の研究室が最も優秀だということを知っている。貴族出身ならば選択肢に入れるのはむしろ自然と言えるだろう。
あれ、でもそうなると引っかかる点が二つあるな。
「なぁ、クレア。確認したいことが二つあるんだけど、いいか?」
「はい、何でしょう?」
「まず根本的なことなんだけど、クレアのやりたいこととマルサス先生の研究室って一致しているのか? もし一致しているなら悩むのはわかるけど、そうじゃないなら、そもそも選択肢に入らないんじゃないかな」
「実はそれほど合っていないんです」
「ええ? だったらぴったりと合っている研究室に入ればいいじゃないか」
返事をしながら、そういえばそんな話を以前していたとことを思い出す。あのときは、アリーの話に主題が移ったからほとんど触れてなかったっけ。
「それが、ぴったりと合っている研究室はないんです」
「それじゃ、一番何とかなりそうなところとして、マルサス先生の研究室は有力候補になるの?」
「いえ、どこも似たようなものなんです。ですから、逆にどの研究室に入っても同じなんですよ。それなら、マルサス先生の研究室は優秀と聞きますし、どうしようかなって考えたところで、ユージ先生のことを思い出したんです」
うわぁ、面倒な。どこも合わないから逆に一番ましなところを選ぶつもりなのか。ここしか行くところがないっていうならともかく、こんな後ろ向きな理由じゃ俺も応援しづらいなぁ。
他の四人も難しい顔をしている。最初にスカリーへ相談して、どうにもならないから俺のところへとやってきたんだろうな。
「しっかしなぁ、俺がマルサス先生に相談なんて掛け合っても、絶対逆効果だしなぁ」
俺もしばらく考え込む。だがここで、重要なことを知らないということに気がついた。
「あ、クレアって一体どんなことを専門課程でしたいんだ?」
「あれ、言っていませんでしたか? 四大系統の水属性と二極系統の光属性を使った、効果的な回復魔法を作りたいんです」
「先生、二極系統の魔法って魔力の消費が激しいやろ? そやから、四大系統の魔法を使ってその消費を押さえて、なおかつより効果的な魔法を作りたいんやそうや」
俺の反応が鈍かったので理解していないと気づいたスカリーが、説明をしてくれる。
ああなるほどな。いかにもクレアらしい。
「俺、専門課程の研究室って詳しくないんだけど、水属性と光属性を扱う研究室ってないのか?」
「それがな、光属性の方がほぼないんや。この学園は四大系統と無系統には強いけど、二極系統は弱いねん。そやから、ホーリーランド家やライオンズ学園とのつながりを持ってるんや」
なるほどな。二極系統の光属性はホーリーランド家から、闇属性はライオンズ学園からか。ようやく納得いった。どうりでクレアが困っているはずだ。
「ユージ教諭、それで、もうひとつ確認したいことというのは何ですの?」
「身分の問題だよ。マルサス先生は貴族しか相手にしないけど、クレアの家、ホーリーランド家って貴族なのか?」
ひとつめの確認がクレアにとってのそもそも論なら、もうひとつはマルサス先生側のそもそも論だ。俺が知らないだけだが、クレアの実家というのがよくわからない。マルサス先生が誘ったということは問題ないんだろうけど、この部分もすっきりとしないな。
「えっと、確か貴族ではなかったはずです。だって、ご先祖様からずっとこの方、貴族階級に列せられたことはありませんから」
「けれど、ハーティア王国では、事実上貴族扱いですわね。政治的にも宗教的にもかなり微妙な立ち位置ですわよ、ホーリーランド家は」
今度はシャロンからの補足説明がつく。なるほど、そうなるとマルサス先生もクレアを貴族に準じる者として見ているわけか。
「っちゅーことは、俺は貴族出身やけど、能力面で相手にされなさそうやな」
「私は、そもそも魔族だから論外だな」
すっかり蚊帳の外であるカイルとアリーが、自分ならどうなのかということを想像している。
「これは、俺じゃどうにもならなさそうだなぁ。いっそのこと、サラ先生に相談したらどうだろう」
「うちのおかーちゃん? なんでまた?」
「そもそも、今の研究室にクレアの希望するようなところがないのが問題なんだ。だったら、学園の運営者に希望する研究ができる環境を作ってもらえばいいだろう」
「ユージ先生、それはやりすぎでは……」
ああ、こういうところで弱気になるのは良くないな。はっきりと言ってやらないと絶対後悔することになる。
「気が引けるって? そんなところで尻込みする必要はないだろう。そもそもこの学校は、学生が自由に勉学や研究に励むことを推奨している。だから、その環境がないなら学校に要求するべきだ。最初から学校にあるものに妥協する必要なんてない。正式な手続きを経て入学し、必要な学費は支払い、学業に何も問題ないばかりか、補習授業を手伝うという形で学校に貢献しているクレアには、それを要求する権利がある」
過剰な要求は確かにいけないが、どこまでが可能でどこからが不可能かは相談してみないとわからない。特にクレアのような優等生なら、学校側だって何とかしようと思うだろう。
そう思ってクレアにしゃべったわけだが、なぜか目を見開いて驚いている。静かだなと思って周囲を見ると他の四人もだ。
「いや大したもんやなぁ。俺、そんなんゆう先生初めて見たわ」
「確かに。当然のことなんですけれども、それを学生に面と向かって力説する教諭は初めてですわ」
「さすがです、師匠」
カイルが口を開いたのを皮切りに、シャロン、アリーが俺の言葉に感心する。なんだか面映ゆいな。
「へぇ、先生ゆうなぁ」
スカリーも感心したように独りごちた。けど、その表情は、滅多に見ない品定めをするかのようなものだ。あれ、なんでまたそんな目で見るの?
「なら、先生もおかーちゃんに話を持ちかけるくらいはするんやろ?」
「え? ああ、うん。俺からもサラ先生に相談してみる。だから、マルサス先生への返答はもうちょっと待って」
「はい!」
本当に嬉しそうに笑みを浮かべながら、クレアは俺に返事をする。結局、直接関わることになってしまったが、マルサス先生本人には当たらないのでよしとしよう。それだけは何とか回避したいな。
翌日の夕方、サラ先生が教授室にいそうな時間を狙って会いに行く。子供っぽく見えるが基本的に忙しい先生なので、会える時間は限られているのだ。
「あ、よう来たね~」
部屋に入ると、にぱっとした笑いで迎えてくれる。たまにこちらを探ってくるので困るけど、基本的には良い人なんだよなぁ。
「こんにちは。今日はクレアのことについて相談しにきました」
「クレアちゃんのことで?」
前置き抜きで、俺は先日食堂でクレアからの話を伝えた。学校での研究環境を整えるということになると、俺が奔走するよりもサラ先生に動いてもらった方が絶対にいい。
そうして俺の説明を聞き終えたサラ先生だったが、意外にも難しい顔をして黙り込む。てっきり「ええよ~」といつもの調子で即答してくれると思っていたんだけどな。
「クレアの研究環境を用意するのは難しいですか?」
「う~ん、そうやね~。難しいな~。何しろ光属性をきちんと扱える人がおらんし」
今度は俺が顔をしかめた。やっぱりそこが問題になるか。
「一応扱える先生はいるんですか?」
「クレアちゃんの方が上手に使えるし、よう知ってるで。何しろ、本場で徹底的に修行したんやもん」
確かになぁ。光の教団の売りでもあるんだから、この分野でこの学校に負けるわけにはいかないだろう。
「ということは、最悪独学でやってもらう?」
「それはあかんよ。それやったら、何のためにこの学園があるかわからへんやん」
そりゃそうだ。それを許すと専門課程の意味がなくなるか。う~ん、これはいよいよ困ったな。
「なぁなぁ。ちょっと聞いておきたいことがあるんやけど」
「なんですか?」
どことなく探るような顔つきでサラ先生が声をかけてくる。うっ、きたぞ。
「ユージ君って、無系統だけやなくて、四大系統の水、風、土を使えるそうやん。もしかして、火も扱える?」
うわ、その質問か。どうしよう。
守護霊だったときと同様に、今の俺も四系統七属性全ての魔法が扱える。扱えるんだが、五つの属性を使えることが知られると、どんな扱いを受けるかわからない。歴史に名を残すなんて言われるくらいだから引く手数多だ。それを望むかどうかは別にして。
俺としては、一匹狼で優秀な奴が理不尽な最期を遂げた例をよく知っているだけに、あんまり公開したくないんだけどな。小森林で久しぶりに冒険者に戻ったからって、頑張りすぎたのが悪かったのかもしれない。いや、そんなにばれるのが嫌なら、そもそもこの学校に入らなきゃよかったんだ。本当に今更だよなぁ。
「ええ、使えますよ」
そう俺が答えると、サラ先生は文字通り満面の笑みを浮かべた。あーあ、言っちゃった。
どうしてばらしたのか? それは、本命の質問が別にあることに気づいたからだ。今はクレアの研究環境についての話をしているんだからな。
「それなら、二極系統も使えるんやね?」
「光属性のことですか?」
「二、極、系、統」
あかん、完全にばれてるっぽい。頑張って抵抗しようとしたけど無駄でした。
どうしてここまで俺の正体にこだわるのかさっぱりわからないが、クレアの話にかこつけて追い詰められてしまった。話を持ちかけてきて「使えません」とは言いづらいところを突かれた形だ。
まぁでも、ここでクレアの研究に協力しないっていう選択肢はないしなぁ。昨日あんな啖呵切ったし。
そういえば、スカリーがこっちを探るように見てたけど、もしかしてサラ先生とつるんでいたのか? だとしたら、俺って誘い込まれたのか。
「それじゃ、クレアちゃんはうちが面倒見るさかいに、ユージ君はうちの補佐をお願いするな~」
「補佐ですか?」
「うん、さすがに専門課程の指導はできひんやろ? せやから、うちの手伝いってゆう立場になってもらうねん」
普通の授業でも補佐役はいるから、こういった形ならサラ先生の一存で決められるそうだ。
「でも、魔法探求の専門課程の先生が、魔法技術関連の指導をしてもいいんですか?」
「できるんやったら別にええんやで。過去にもあったし。それに今回の場合やと、魔法技術担当の先生に適任者がおらへんねんから、しょうがないやん」
なるほど。前例があって正当な理由もあるってことなのか。なら、非難されることもないだろう。
ということで、クレアの専門課程の問題は一応解決の目処がついた。高い確率で俺の正体も知られたっぽいけど。