週末の決闘
どうしてこうなった、と思わずつぶやいてしまうときがある。今が正にそうだ。
今日は休日だ。授業がないので、いつもなら宿舎と食堂以外の施設は静かなはずである。しかし、ここ、訓練場だけは違った。
白線で直径四十アーテムの円が描かれおり、中央には三人の男が立っている。そして訓練場全体には、三百人くらいの教師や学生があちこちにばらけて見学しようとしていた。ほぼ全員がここ訓練場に来ているらしい。
円内の三人は、二十アーテム離れてアハーン先生とビル先生が向き合って立っている。その中央にはモーリスだ。
「いやぁ、なんかおもろうなってきましたなぁ!」
「まったくや! 決闘なんて久しぶりやん!」
俺も白線の外側二十アーテムくらいのところで決闘の様子をうかがおうとしているが、その隣でカイルとスカリーが暢気に盛り上がっていた。
「でも、原因はアリーなんでしょ? あんまり無邪気に盛り上がるのはどうかしら」
「クレア、確かにアリーの件はきっかけになったそうですけど、元々確執があったそうですわよ。ですから、そこまで神経質になることはないですわ」
どうも当事者以外だとクレアしか心底心配していなみたいだ。俺も直接その場に居合わせなかったら、きっとのんびりと構えていただろうな。
「師匠、話は聞いて理解していますが、やっぱりいたたまれないですね」
「元を正せば、ビル先生が悪いんだから気にすることはないよ」
一応アリーも連れてきたが居心地は悪いらしい。どうせなら見届けたらどうだと誘ったのだ。
「おとーちゃん、珍しいもんが見られそうやね~」
「学園でその呼び方はやめなさいと言っているだろう」
「え~、今日は休みやねんからええやんか~」
そしてなぜか、学園長とサラ先生も俺の近くで見ている。二人とも直接関係ないだろうに。
関係ないといえば周囲の見物人もそうだ。ほとんどが面識の薄い先生や知らない学生ばかりだ。この三日間で噂を聞きつけて学校中からやって来たらしい。娯楽に飢えている人たちにとって、今回の決闘は格好の暇潰しなんだろう。
後で聞いた話だが、円の近くで見学しているのは、流れ魔法を回避や防御できる自信のある者であり、遠くの会場席で見学しているのは、遠視を苦としない者だそうだ。そんな暗黙の了解を知らなかった俺は、みんなと一緒に最前列待機である。
「さて、それでは正午になったので決闘を始めるが、その前に再度確認をしておく!」
だいぶ暑さが和らいだ九月の正午の訓練場に、モーリスの声が響く。
「審判はこのモーリスが務める! 条件は一対一。勝負は、撃った直接攻撃の魔法が相手に当たったら勝ちとする!」
事前に確認して知ったことだが、素手や道具で殴って失神させたとしても勝ちにはならないらしい。あくまでも、魔法を使って勝つというところに意味があるそうだ。さすが魔法学園だけあって細かいところにこだわりがある。
「勝ったときの要求は?」
「私、ビルが勝利した暁には、私の行動に対して、ジャック・アハーン先生が今後一切干渉しないことを要求する!」
「私、ジャック・アハーンが勝利した暁には、ビル先生が今後強引な学生勧誘を行わないことを要求する」
「二人の要求は掲げられた。異議ある者は申し出よ!」
さすがに今更何か言ってくる奴はいない。ざわついていた周囲もこの言葉で静かになる。
「それでは、両者、始め!」
こうして、己の行動をかけた戦いが今始まった。
モーリスが開始の合図と同時に後方へ下がると、やはり同時にアハーン先生とビル先生が呪文を唱える。
「我が下に集いし魔力よ、火となり我が元へ集え、火球」
「我が下に集いし魔力よ、大気をもって我が盾となれ、風壁」
先手を取ったのはビル先生だった。素早く唱えた呪文の後に発動した火球を、まっすぐアハーン先生へと撃ち込む。って、え?! 本気?!
対するアハーン先生は、一瞬遅れて風壁を出現させた。ただし、出現のさせ方が一風変わっていて、地面に対して斜め四十五度だ。
二十アーテムの距離をあらかじめ計算していたのだろう、アハーン先生の風壁が発動すると同時に火球が着弾した。すると、火球は滑るようにして上方へと向きを変えて、アハーン先生の後方へと飛び去ってゆく。
「師匠、あれは?」
「風壁で発生した風の向きを一定にして、火球の軌道を上に逸らしたんだ」
「よく火球が爆発しませんでしたね」
「うまく滑らせたんだろう。面白いことをするなぁ。そういえば、アリーは火と風が使えるんだったよな。よく見ておくといい」
「はい」
アリーは素直に頷いて決闘の様子を眺める。
って、そうじゃない! 暢気に解説している場合じゃないぞ。
「学園長、サラ先生! あれ、いいんですか?! 火属性の魔法なんて使ったら危ないでしょう!」
「何を言っておるのだ。確か、ビル先生が得意な魔法は、四大系統の火属性のはず。火属性を禁じては、充分に戦えないではないか」
「あ、そっか~。ユージ君は、授業のときと勘違いしてるんやな。決闘の条件に使ったあかん魔法なんてなんもなかったんやし、好きな魔法使ったらええんやで~」
意外な返答に愕然とする。どうも決闘の場合は対戦者の安全が二の次になるらしい。
「これ、大怪我しませんか?」
「治療する者も控えているから、余程のことがなければ問題あるまい」
いやだから、その余程のことがあったらどうするんですかね?
俺はそんな不安を抱えているが、周囲でそんなことを気にしている人は全くいない。みんな対戦している二人に声援を送って煽っていた。
不安な気持ちのまま決闘場に視線を戻すと、膠着状態となっているようだ。
「ちっ、そういえば、水と風が得意だったな」
「そういうことは、事前に確認するべきですぞ」
お互い開始位置から全く動かずに睨み合ったままだったが、もちろんいつまでもそうしているわけではない。
「我が下に集いし魔力よ、水となり我が元へ集え、水球」
「我が下に集いし魔力よ、彼に集いし魔力を解きほぐせ……」
今度は攻守が入れ替わった。アハーン先生が水球を撃ち出し、ビル先生は無属性の魔力分解で迎え撃つ。しかし、アハーン先生の呪文詠唱の方がずっと速い。最後まで詠唱できなかったビル先生は、詠唱を中断して横っ飛びに水球を避けた。
水球の射線上にいた観客が次々と飛び退いてゆくのを無視して、俺は二人の様子を眺め続ける。すると立ち上がったビル先生は、一言発した。
「魔力分解」
その瞬間、アハーン先生の前に展開していた風壁が急速に弱まっていく。
しかし、驚いている暇はない。両者は再び同時に魔法を唱える。
「我が下に集いし魔力よ、明く輝け、光明」
「我が下に集いし魔力よ、火となり我が元へ集え、火球」
先に魔法が発動したのはアハーン先生だった。光明の魔法がビル先生の頭を包み込むようにして現れた。うわ、熱くはないだろうけど、あれは眩しそうだ。
一方のビル先生はそれに怯まず火球を完成させて撃ち出す。しかし、一時的に盲目となった状態では、走り出したアハーン先生の位置を正確に捉えられない。アハーン先生が最後に立ち止まっていた場所に向かって火球は進むが、既にそこには誰もいない。
「くそっ!」
さすがにそのままではいけないことを承知しているビル先生も急いでその場から動く。しかし、半盲目状態ではほぼ何もできない。
「我が下に集いし魔力よ、氷となり敵を穿て、雹」
「我が下に集いし魔力よ、火をもって我が盾……」
小粒な雹が広範囲にわたってばらまかれる。
ビル先生も何とか対抗しようとするが、間に合わなかった。火壁が完成する前に、小さな雹がビル先生へと無数に当たる。
「そこまで! 勝者、ジャック・アハーン先生!」
その瞬間、周囲からひときわ大きな歓声が上がった。
アハーン先生が勝利したことにより、今後ビル先生は学生に対して強引な勧誘ができなくなった。
「あれ? でもどこまでが強引な勧誘っていう線引きはどうやってするんだ?」
ビル先生が「これは強引な勧誘ではない!」って押し通す可能性だってある。というより、あの先生ならそうしかねない。
「先生、それは勧誘された相手が強引やって感じたらその時点であかんねん」
「それって下手するとビル先生は今後勧誘ができなくなるんじゃないのか?」
「アリーが辟易するほど迫ったのですから、当然の報いですわ」
教師の立場からすると何も言えなくなるビル先生に同情してしまうが、スカリーとシャロンの意見は厳しい。
「あ、でも陰でこっそりと勧誘すれば、ばれないよな?」
「学園のほぼ全員がこれを観戦していましたから、それは無理でしょう。例え誰も見ていないところで強引に迫ったとしても、その学生が騒げばそれだけでビル先生は追い詰められてしまいます」
クレアが当然のように説明する。つまり、学生の勧誘ということに関しては、ビル先生の信用は全くないってことか。恐ろしいな。
「それで、決闘の約束を破ったら、具体的にどんな罰があるんだ?」
「ユージ先生、これって紳士協定ですねん。せやから、もし破ったら社会的信用ってやつがなくなるんでっせ。もう誰にも相手にされへんってのは、かなりきついでっしゃろ?」
ということは、この結果を知らない場所に移ったら、また強引な勧誘ができるのか。ただ、この話を知っている奴がやって来て決闘の結果を言いふらすと、同じことになるんだろうな。まぁ、この学校でできなくなれば、俺としてはそれでいいや。
「カイル君の説明をもっと具体的にゆうと、ビル先生が約束を破ったら、学園としては追放することになるねんな~」
「社会的に信用のおけない人物を教員とするわけにはいかんからな」
背後からサラ先生と学園長が説明を補足してくれる。おぅ、たかが口約束と思っていたら大間違いなのか。
「ユージ教諭、何のために大勢の見物人がいると思いますの? この方達全員が証人ですわよ」
「ああ、そういう意味もあったのか」
単に暇潰しで来ていたわけじゃないのか。決闘なんてしたことなかったから知らなかった。
「でもそうなると、もうアリーは強引な勧誘をされないってことになるんだな」
「はい、そのようですね」
決闘が始まる前よりもアリーの表情は幾分か和らいでいる。そりゃ開放感溢れるわな。
「いや、ユージ先生、学園長にペイリン先生も、観戦してくださっていましたか」
「いやぁ、終わった終わった」
尚も膝をついて崩れ落ちたままのビル先生を残して、アハーン先生とモーリスがこちらにやってくる。
「お前楽しそうだったよな、モーリス」
「何を言っているんだい。神聖な決闘を全うしてもらうのに大変だったんだよ」
嘘つけ。満面の笑みを浮かべて言われても説得力なんてないぞ。
「これでビル先生もおとなしくなるでしょう。私としては問題がひとつなくなってすっきりしました」
「なんか俺、うまく利用されたみたいですね」
「はっはっは! 結果的にはそうなってしまいましたかな!」
そんなふうに開けっぴろげに言われると何も言い返せないな。こっちも助かったし。
「なんにせよ、これでアリーは自由の身やな! よかったやん!」
「カイル、その言い方じゃ、まるでビル先生がアリーを拘束していたみたいじゃないのよ」
「いや、それでも気分は楽になった。アハーン殿には感謝します」
「なんのなんの。困ったことがあったら、いつでも相談しに来なさい。ユージ先生ほどではなくても、役に立ってみせますぞ」
まじめに礼をするアリーに対して、決闘に勝ったアハーン先生は実に鷹揚に応えていた。珍しい、なんだかアハーン先生が浮かれているように見える。
「よっしゃ、それじゃこれから食堂で解放祝いでもしよか!」
「アリーのですわね!」
「そうや! まだ昼ご飯食べてへんこと今になって思い出したんや!」
「ふふふ、スカーレット様のおなかの音はとてもかわいらしかったですわ」
「余計なことはゆわんといてや?!」
お、スカリーとシャロンの漫才が始まった。スカリーが受け身とは珍しい。周囲にいた俺達はそれを面白そうにはやし立てながら、食堂へと足を向ける。
そのときふと、決闘場へと視線を向ける。ビル先生が立ち上がったところだ。三々五々に観客は散っているが、誰もビル先生に声をかけない。中には世話になっている者もいるはずなのに。なかなか敗者には厳しい。あの様子を見ると、改めて敗者にならないように気をつけないといけないと思う。
ビル先生のアリーに対する勧誘は、決闘の約束通りこの後ぴったりなくなった。そして、専門課程の護身教練を選ぶアリーは、アハーン先生に師事することにしたそうだ。この決闘騒ぎで信用したようである。あの先生なら大丈夫だろう。