試験の意図
仮設闘技場と呼ばれる円の中でじっと立っている俺は、どう見ても若い戦士にしか見えない。魔法戦士なんてものは、魔法を使わなければそんなもんだ。
動きやすさ重視の革の鎧にむき出しの頭なのは、長時間の活動を想定したものだ。命のやりとりをする戦闘についてあれこれ考えるのはもちろん重要だけど、大半は移動時間や待ち時間なんかで戦うことはない。だから、俺はできるだけ体力の消耗を押さえることを優先したんだ。
そして、普通なら武器は剣や斧などが多いが、俺の場合は鎚矛だ。かつて、勇者ライナス一行の僧侶ローラが持っていたやつより一回り大きい。
もちろん俺としても最初は剣や戦斧に憧れていた。正直今でもそっちの方を使いたい。けど、俺は魔法の扱いに比べて、武器の扱いについてはそんなに才能がないことがわかったから諦めたのだ。何しろ前世では霊体として散々魔法を使った後方支援はやってきたが、物理的には存在していなかったので近接戦闘は全くやっていなかったからなぁ。
更に、転生して肉体を持つようになると、今度は物理攻撃が自分にも通用するようになった。当たり前の話だ。しかし、霊体として二十年くらい生活してから肉体を手に入れたからこそ、より死を身近に感じるようになっていた。有り体に言えば、戦いが怖くなってしまったってわけだ。
ライナスに憧れるものがあって俺も魔法戦士を目指したというのに、途中でそのことを思い知ってからはしばらく何をやってもうまくいかなかった。その結果、俺は腰の引けた魔法戦士になってしまう。仲間選びで問題があった時期とちょうど重なるな。結局のところ、魔法の使い手としての能力が抜きんでているだけじゃ駄目だってことをこのときに思い知った。
それでもどうにかなったのは、自分の戦士としての能力に早々と見切りをつけられたからだろう。魔法使いに転向しなかったのは、意地になっていた面もある。そうして、紆余曲折の末に武器は鎚矛へと落ち着き、一人で仕事をするようになってからは順調に成長することができた。
だからこそ、実際に冒険者を始めてみて、改めてライナス達のすごさがよくわかった。本当に間抜けだよな、俺。
話がだいぶ逸れてしまった。
ともかく、そんなわけで今の俺は外見上どこにでもいるような軽戦士にしか見えない。これで魔法が使えなかったら、本当にお手上げだ。
三体中、真ん中の土人形の両脇にいる男が呪文を唱え終わると、その土人形がゆっくりとこちらへ近づいてくる。歩くその姿は、なんて言うんだろう……ああそうだ、直立したまま歩くゴリラって感じだな。意外と滑らかな動きで地面を踏みしめる度に、鈍い足音が聞こえてくる。こいつ、思った以上に動きがいいのかもしれん。
そして、その土人形の動きに合わせて八人の男達が移動する。円から十アーテムほど離れたところの、東西南北の四ヵ所に二人一組で陣取った。アハーン試験官は他の魔法使いとその場に残っている。死角をなくして見逃しがないようにするんだろう。
「それでは、用意はいいか? よし、始め!」
俺が手を挙げたのを確認したアハーン試験官は、試験開始の宣言をした。
目の前約二十アーテム先に、目測で約三.五アーテムの土人形が直立不動で立っている。
鎚矛一本でどうにかしろと言われたら即座に「無理!」と返事をするところだが、大いに魔法を使ってよいと言われているんだから、まずはいつも通りにやってみるか。
「我が下に集いし魔力よ、彼の物に力を与えよ、魔力付与」
俺の使っている鎚矛はどこにでもあるような代物だから、とりあえず物理攻撃が通用しない相手にも手を出せるようにしないといけない。土人形にどんな仕掛けがあるかわからないからな。更に今回の相手は馬鹿でかいので、効果は強めに設定しておいた。これで相手への損害もより大きくなるはず。
土人形が動き出す。滑らかだが、その動きは速くない。こちら側にまっすぐ近づいてくる。
「まずは様子見か」
独りごちながら、俺も鎚矛を構え、土人形を見据えて真っ正面から近づいてゆく。すぐにお互いの距離が十アーテムを切った。こうやって改めて見ると、でかいな。
土人形は右腕を大きく振り上げると、更に近づいて俺めがけて振り下ろしてきた。
自分にめがけて土の塊が落ちてくるのだからもちろん怖い。けど、動きは早くないので充分に躱せる。俺は左側へ飛ぶことで、土人形の右拳から逃れた。
するとどうだ、土人形は右腕を思いきり地面へと叩きつけた。どちらも土同士だから音は鈍かったが、わずかに地面からその震動を感じ取る。
おい、なんだよあれ。どう見ても殺しにきてるじゃないか。一切手加減なしで地面を殴りやがったぞ、こいつ!
「どう見ても今の一撃を受けたら死ぬぞ!? どんな調整してんだよ!」
「調整に問題はない。それは確認済みである」
「その証拠を最初に見せろってんだよな!」
俺の抗議にアハーン試験官は涼しい顔をして返事をしてくる。そばにいるマークとベンの顔色が劇的に変わったが一切無視だ。
くっそ、あの言葉が本当かどうかを試すなんてまねは怖くてできない。こりゃ本気でやらないとまずいな。
ああそうか、受験者の本気を見たいってことか。なかなか合理的でいやらしい試験じゃないか。
地面に叩きつけた土人形の右拳は地面の固さに負けて潰れていたが、再生能力があるらしく、すぐに復元した。意外と軟らかいが回復も速いのか。
俺は土人形の後ろに回り込もうと時計回りに走る。しかし、さすがにそれを見逃すほど間抜けではないらしい。きっちりこっちに正面を向けてくる。
そうなると、もうひとつ試したいことがあるので、俺は再度土人形へと真っ正面から突っ込んでいく。今度は左腕を使って迎撃してきた。
振り下ろす速度も、迎撃の仕方も一切同じ。いや、今度は左腕でだが、それは俺がわずかに右へと向きを変えたからだろう。
今度は右側へと転ぶ。その後に、土人形の左拳が俺の元いた場所の地面を叩く。相変わらず全力で殺しにきている。
それを見た俺は、土人形が左拳を動かす前に全力で飛びかかり、鎚矛をその左拳に打ちつけた。
「はっ!」
短いかけ声と共に振り抜いた鎚矛は、確かに土人形へと当たった。予想以上に軟らかい感触と共に、鎚矛は思い切りめり込む。
土人形が右腕を振り上げたので、俺は慌てて一旦後退した。
そして、土人形の様子をうかがいながら、今の出来事について考える。
相手は物理的に存在するものの、こちらと比べて遙かに大きいので、魔力付与を使って攻撃力も上げておいた。でもあの様子だと、素の状態の鎚矛でも凹ませることくらいはできるだろう。
土人形は、俺の見ている前で凹んだはずの左拳をすぐに復元する。
これは殴って削り取るというのは無理そうだな。確実にこっちの体力が先に尽きる。
再び土人形がこちらにやって来た。そりゃじっとしているわけはないわな。
俺は白線の内側を小走りで反時計回りに回る。幸い土人形の動きが速くないので、つかず離れずの距離を保つことで考える時間を稼いだ。
遠距離から魔法を使って攻撃し続けることも考えたが、鎚矛が魔法に置き換わっただけで削り取る作戦には違いない。手数の多さで回復能力以上に削りきれるなら、そのやり方もいいかもしれないだろう。ただし、それでも一発の魔法の威力はある程度ないと駄目だよな。見極めるまでの手間とそれからの作業の労力、あと倒しきるまでの時間を考えると、やりたいとは思わない。
そうなると、今度は一撃で土人形を粉砕できる魔法をぶつければいいという考えに至る。周りの被害を考えなくていいなら確かにできるけど、東西南北の四ヵ所に二人一組で陣取ってる試験官達が邪魔になる。白線の円から十アーテムほど離れたところにいるから充分な距離といえなくもないが、加減を間違えると危ない。そういう意味では、流れ魔法に当たる可能性がある手数の作戦も危ないか。
倒す方法は思いつくし実行も可能だが、周りのことを考えるとやりにくい。もどかしいな。どうせならアハーン試験官と同じところにいてほしかった。
そこまで考えたとき、ふと、二人一組の試験官達の配置にも、何か意味があるのではないかという疑問が浮かんだ。
漏らさず受験者の手の内を全て見たいならば、全力を出せるような環境を用意すべきだ。なのに、この状況だと周囲のことが気になる奴だと充分に力が発揮できない。今まで何度も試験をしているはずだから、試験官側だってそんなことは知っているはず。ということは、この制限された環境でどう戦うのかということを見たいとうことか?
ここまで考えたとき、俺はこれが教員採用試験だということを思い出した。合格したら学生に戦闘訓練を施すことになる。当然、最初は例を示してやり、手取り足取り教えないといけないだろう。そのとき、周囲にいる学生のことを考えずに魔法をぶっ放したらどうなる?
「そんな危ない奴は雇いたくないよなぁ」
思わず苦笑しながら独りごちる。
アハーン試験官が試験の勝敗にはこだわっていないって言ってた理由がわかったぞ。単純に強いってだけじゃ駄目なわけだな。
周囲に気を配りながら戦闘訓練ができる人材がほしいんだ。中には力業で土人形に勝てる奴がいるかもしれないが、そういう奴は魔法の才能を買われて、入ってから矯正させられるか、別の仕事をさせられるのかもしれん。でもそこまでの能力がないときはお引き取り願うわけか。
そうなると、土人形を派手に倒すという選択肢はなくなる。周囲にできるだけ影響を与えずに倒すにはどうするべきか。
「我が下に集いし魔力よ、彼の者を絡め取れ、拘束」
まずは動きを止める。今のところ殴りかかってくるだけで遠距離攻撃をしてこないので、動けなくしてしまえばどうにかなるはず、だと思ったんだけど。
「うわ、動けるのか、こいつ」
自分の倍もある相手なのでかなり強めに魔法をかけたんだけど、かろうじて動けるみたいだ。まだまだ見切りが甘いな、反省。
それでも、ほとんど動けなくなったので目的は果たせる。更に、拘束の効きで土人形の魔法抵抗の強さも目算がついた。
俺はまともに動けない土人形の左脇を抜けると、背後から左脚の根元に手を添えた。離れていても魔法の効果はある。けど、より正確な位置に効果を及ぼしたいのならば接触するのが一番だ。
「我が下に集いし魔力よ、彼に集いし魔力を解きほぐせ、魔力分解」
充分に魔力を使って放った魔法によって、俺が手を添えた部分を中心に、土人形の土が崩れてゆく。
土でできているとはいえ、土人形は魔法によって動いている。だから、その源である魔力を消し去ってやれば体を維持できないってわけだ。ちなみに、魔力分解は魔力の通りも極端に悪くするので、しばらく左脚は回復しない。
こちら側に倒れ込んでくる土人形を避けるために俺が安全圏まで退くと、どすんという鈍い音と振動が体を突き抜けていった。
土人形は左の腰の部分から左脚をなくした状態だ。短足なので失った土の量はそこまででないかもしれないが、これで歩き回ることはほぼ不可能だろう。
「そこまで! ユージの勝利と判定する!」
再び土人形へと向かおうとした瞬間に、アハーン試験官が試験終了を宣言した。それと同時に、土人形が動かなくなる。
完全に動かなくなるまでかなと思っていたが、歩けなくするだけでもいいのか。ともかく、これで試験の目的は果たせたはず。説明を受けた範囲では採用決定だろう。
用のなくなった仮設闘技場からアハーン試験官のところへ歩いている間、八人の男達は忙しく動いていた。俺の倒した土人形の動作確認、他の土人形二体による破損した土人形の撤去などだ。
呼吸はだいぶ落ち着いたとはいえ、まだ体の興奮状態が抜けきっていない俺は、上気した顔をアハーン試験官へと向ける。
「驚いたな。まさか倒すとは思っていなかったぞ」
「そりゃどうも。けど、あの一撃は当たったら洒落にならないですよ?」
「さっきから繰り返しているが、問題はない。大体、そんな事故が起きていたら、冒険者ギルドとの間で大問題になっているだろう」
「まぁ、確かに」
はき出す白い息に強い湿り気を感じながら、俺はアハーン試験官の言葉に少し納得した。
冒険者ギルドを通して人材確保をしてるんだから、確かに説明におかしな点はない。ないんだが、あの土人形を目の前にすると、理屈抜きで怖いんだよな。
「なぁ、ユージ。あの土人形と戦った感触はどうだった?」
「何でもいいから教えてほしい」
マークとベンが土人形を一瞥してから俺に助言を求めてきた。普通なら教えるところなんだけど、これ、試験だしなぁ。
俺は視線をアハーン試験官に向けた。すると、
「土人形に関してなら問題ない」
実に微妙な言い回しだな。暗に採用試験の意図は語るなって言ってきている。ああ、ということは、俺がそれに気づいていることに気づいているってことか。さすがに試験官だけあるな。
苦笑しつつ頷くと、俺はマークとベンに土人形のことを全て話した。