強引な勧誘
いよいよ魔法学園の後期が始まったわけだが、幸いにして補習授業はどうにかやり繰りしている。とはいっても、スカリー達五人の学生に大きく依存しているので、教師としては威張れたものではないが。
それでも一応授業を進める目処はついたので一安心だ。学生もやればできるということが理解できると、進んで授業に出てくるようになってきた。中には、通常授業のわからない点を質問する学生も現れる。進級させるのが目的だから、俺達としてはこういった変化は歓迎だ。
九月も後半になるとさすがに生活は落ち着いてくる。このままの状態が続くのなら、年内は平穏に過ごせそうと期待していたが、火種は思わぬところで燻っていた。
三回生になると専門課程を選択することになるが、どこを選ぶかは二回生の後期に決める学生が多い。当然、専門課程を担当している教師もそれを承知しているので、毎年この時期になると学生の取り合いが激しくなる。
あの五人のうち、スカリーとシャロンはサラ先生の研究室に入ると早々に決めているし、カイルもアハーン先生を選ぶと言っている。問題は残る二人、クレアとアリーだ。クレアは既にやることを決めているらしいが、まだ入る研究室は決めていないらしい。一方、アリーは護身教練に入ることは決めたようだが、どの先生に師事するかはまだ決めていないそうだ。
そのため、担任の俺は自然と相談に乗ることとなる。
とある昼休み、補習授業後の恒例行事となった昼食会のときに、専門課程の話が話題となった。
「なぁ、クレアってどこの研究室に入るかまだ決めてへんのん?」
「うん。やりたいことと合うところがなくて、どうしようか困ってるの」
苦笑いしながらクレアは、フォークを使って皿の料理を口へと運ぶ。
「けれど、クレアほどの逸材でしたら、研究室から引く手数多ではなくて?」
「うんうん、そうやろな。もう実際に声がかかってるんと違うか?」
普通の笑顔のシャロンに対して、スカリーはなぜかにやにやと笑っている。どうしてお前はそんな笑い方ばっかりするんだ。クレアが困っているだろうに。
「アリーはどうなんや? 俺と一緒の護身教練にするってとこまでは聞いたけど、先生は誰を選ぶん?」
「師匠が選べるのなら迷う必要はないのだが、他の先生はあいにくよく知らないのだ」
「なんや、そうやったんか。それやったら俺が教えたるやん」
あー、カイルはその辺り詳しそうだよなぁ。ちなみに俺は、教師のくせにほとんど知らなかったりする。
「しかし、最近困ったことがあってな。そちらの対処に苦慮している」
「なんやのん、それ?」
クレアをいじっていたスカリーとシャロンも、気になったのかアリーに顔を向ける。
「ビル殿が、最近何度も勧誘をしてくるのだ」
たまに雑用を頼まれることはあるけど、ほとんど接点のない先生だ。元魔法使いの冒険者で火属性の魔法が得意って聞いたことがある。そういえば、何事も強気、強引な先生なんだよな。
「あ~、俺知ってるわ。そんな性格の悪い先生とちゃうんやけど、思い込んだら一直線ってゆう性格やしなぁ」
「まぁ、はた迷惑な教諭ですわね」
シャロンの感想を聞いたスカリーが半目で見つめる。うん、ほんと、こういうのって困るよな。
「それで、アリーはどうしているの?」
「さすがに強引に思うから、途中から断っている。しかし、なかなか諦めてもらえなくて辟易している」
「それは嫌ね」
さすがにクレアもその強引さに眉をひそめた。
「なぁ先生、教員室でそんな話は聞かへんのん?」
「ビル先生はそんな話、一回もしたことがないな。でも、なんで今になってアリーなんだろう?」
アリーのことは入学当初から知っていたはずだから、あの先生の性格からすると、誘うなら一回生の時から強引に勧誘してくるはずだ。それが最近からということは、何か興味を示すものがあったからなんだろう。
「師匠から勧誘を止めてもらえるように言ってもらえませんか?」
「え、あの先生に関わるのか」
正直なところ、暑苦しくて嫌なんだけどなぁ。大体、何度断られても迫ってくるっていうんなら、一回張り倒すしかないんじゃないだろうか。
アリーのお願いには、とりあえず善処するとだけ言ってその場は切り上げた。何しろいきなりビル先生に止めるように言っても、聞くとは思えないからだ。
俺はとりあえず、どうしてビル先生が積極的に動いているのかを調べることにした。可能性としては低いが、何か誤解をしてアリーを勧誘しているとも考えられる。
「ビル先生が強引にライオンズ君を勧誘している原因ですか」
こういったときは、よく事情を知っていそうな人に聞くのが一番手っ取り早い。なので、俺はアハーン先生に尋ねてみた。
「アリーがとても困っていると相談しに来たんです。話を聞いていると、さすがに放っておけなくて」
「まったく、あの先生は」
どうも色々と手を焼いているらしいアハーン先生は、俺の話を聞いてため息をついた。ああ、苦労してそうだなぁ。
「心当たりならひとつあります。ユージ先生がペイリン先生に提出した、課外戦闘訓練の報告書を読んだからでしょうな」
「え、あれですか?」
「はい。普通なら必要がなければ、他人の書いた報告書など読みません。しかし、今回は報告書のできが良いということで、ペイリン先生が他の先生に読むよう勧めているのです」
なんてことをしてくれたんだ。まさか、あれだけの報告書を読むのがつらかったから、他の先生も同じ目に遭わせたかったんじゃないだろうな。
「ビル先生もあの報告書を読んだんですか?」
「ええ。珍しく他人の書いた報告書を熱心に読んでいるのを見かけましたからな」
ということは、これって俺の自業自得なのか。そんな馬鹿な。
そのとき、噂の人物が入ってきた。そして室内を見回して何かを探している。珍しいな、いつもならまっすぐ自分の席に向かうのに。
なんて考えていたら、俺のところにまっすぐと向かってきた。え、俺を探していたの?
「いやぁ! ユージ先生! お願いがあるんですよ!」
近くにいるというのに、やたらと大きな声で話しかけられる。周りにいる先生はすっかり慣れていて振り向きもしない。
「なんでしょう?」
「実は、ライオンズ君に専門課程を選択するときに、私を指名するよう説得してほしいんですよ!」
できれば雑用であってほしい、という俺の願いはあっさりと打ち砕かれた。正面から何度話をしても埒があかないと判断したのだろう。
「どうして俺なんですか?」
「だって、ユージ先生はライオンズ君の担任でしょう? ならば、学生のためを思って説得するのは当然ではないですか!」
なんでビル先生のところを選ぶように説得するのが当然なんだ。自分の中で解決していることが自明の理になっちゃってるのか。
「ライオンズさんからは何度も断ったのに、全然話を聞いてくれないって相談を受けていますけど?」
「なんとそのような話をですか?! どうも私の誠意が通じていないようだ!」
ビル先生の誠意というのがどういうものかはわからない。けど、押し売りみたいなことをしていたら、通じるものも通じなくなると思うんだけどな。
「大体、前期までは何も言っていなかったのに、どうして今になってライオンズさんを勧誘するんですか?」
「おお、よくぞ聞いてくれました! それはですね、ユージ先生の課外戦闘訓練の報告書を読んだからです!」
あ、アハーン先生の言う通りだった。
そしてここから、ビル先生が報告書を読んで、いかにあの四人が冒険者としてすばらしい資質があるのかということを力説し始める。優秀な冒険者を育てるのが目的であるビル先生からすると、自分こそが指導者としてふさわしいらしい。ちなみに、ひとり少ないのはカイルが省かれているからだ。その時点で俺としては論外である。
学生の要望よりも先生の意見が正しいというのは確かにある。でも、少なくともビル先生の意見は思い込みによるものだろう。特にアリーの最適な指導者というのがビル先生とは思えない。
「でもどうしてライオンズさんなんですか? 今のビル先生の話を聞いていると、他の三人でもいいように思えますよ」
「私も、本当ならペイリン君とシャロン君を指導したかったのですが、あの二人は研究の道を選ぶと聞いています。そして、ホーリーランド君も魔法技術の専門課程を選ぶみたいなんですよ。そうなると、護身教練を選びそうで、なおかつ魔法戦士としての資質があるライオンズ君という選択肢になるでしょう」
俺はその話を聞いて目眩がした。消去法で選んでいたのかよ。
話を聞いている分には確かにそうだろう。元魔法使いなんだから、スカリーとシャロンが指導する上では一番ぴったりとくるだろうよ。次にクレアを選ぼうしたのも、単に後衛職の僧侶に適正があるからに違いない。
でも、魔法の才覚ならビル先生よりもはるかに高い三人を本気で育てたいならば、方法は二つだ。ひとつは、同格以上の魔法の能力を持っている先生に教わる。もうひとつは、優秀な現役パーティにさっさと放り込む。このどちらかしかない。
ビル先生がどの程度の冒険者だったのかは知らないが、冒険者として有名だった話は聞いたことがない。つまり、この学校に採用される程度には優秀だが、それ以上じゃないということだ。とてもあの三人を導けるとは思えない。
それならアリーはというと、あいつは典型的な魔法戦士だ。魔族だからかは知らないけど、魔法の才能が目立つだけで本質は魔法使いじゃない。そこをわかっていないと育成に失敗する。
そして困ったことに、そんなことを言ったら、アリーを任せられる先生はいなくなってしまう。ここは魔法学園で、教師は魔法使いがほとんどだからだ。そのため、育て方を間違えなければ誰でもいいと俺は思っていた。
それが、かなりしつこく勧誘しているって聞いていたから、かなり暑苦しい一直線な理由だって思ってたのに、こんな人を馬鹿にした理由だなんてな。担任として、とても学生を任せられない。
「そんな余り物を選ぶような理由で学生を求められても、応じるわけにはいきません」
色々頭の中を巡っていたのを凝縮して、俺ははっきりと断った。
ビル先生の指導を受けてもアリーは伸びない。それが明確にわかった以上、ここは絶対に応じるわけにはいかない。
「余り物を選ぶだなんてとんでもない! 私に選択肢がなかっただけではないですか!」
うわ、こいつ、自分が何を言ったのか根本的にわかってないぞ。
「ビル先生、いい加減にするべきですぞ。先生の態度はあまりにも一方的です」
さてどう言い返そうかと考えていたら、脇からアハーン先生が口を出してきた。さすがにビル先生の言い分が無茶だと思ったらしい。
「アハーン先生は関係ないでしょう!」
「大ありです。毎年その強引さの苦情が私のところに来るのです。しかも今回は、自分の都合だけで学生を選んでいる。いくら何でも見逃せませんぞ」
二人は俺を挟んで睨み合う。
ここで俺が女なら、「私のために争わないで!」なんてことを思うのかもしれない。けど、そんなことを考えているのは、きっと俺が現実逃避がしたいからだろう。
「いいでしょう。そこまで言うのでしたら、決闘でどちらが正しいのかを決めよう!」
え、決闘? なんで? というのが俺の正直な感想だ。いやだって、主張の正しさと決闘の勝敗なんて何の関係もないだろう。どうしてそうなるんだよ。
「仕方ありませんな。今まで穏便に済ませようとしていましたが、もう限界です。ここはひとつ、どちらが正しいのかはっきりとさせておくべきでしょう」
ええ?! 応じちゃうの?! アハーン先生の発言からすると前から問題にしていたことはわかるけど、力で解決するようなことじゃないだろうに。
二人の売り言葉に買い言葉を聞いてから、教員室は静まりかえっている。そして、誰もがこちらに注目していた。もちろん、当事者の俺も。
「じゃぁ、しょうがないね。俺が見届け人になるよ」
いつの間にか近くにいたモーリスが、いきなり言葉を投げかけてきた。お前、どこから湧いてきた?
「三日後の正午、訓練場で決闘を行う。条件は一対一。勝負は、自分の撃った直接攻撃の魔法を相手に当てたら勝ちとする」
流れるようにモーリスが説明をする。どうもこれが決闘の作法らしく、みんな眺めているだけで止めようとしない。驚いているのは俺ひとりっぽいな。
「勝ったときの要求は?」
「私、ビルが勝利した暁には、私の行動に対して、ジャック・アハーン先生が今後一切干渉しないことを要求する!」
「私、ジャック・アハーンが勝利した暁には、ビル先生が今後強引な学生勧誘を行わないことを要求する」
「二人の要求は掲げられた。異議ある者は申し出よ!」
何やら芝居がかった調子でモーリスが周囲に問いかけるが、誰も口を開かない。
「それでは、約定の日に二人の決闘を行う!」
モーリスが宣言をすると、ビル先生がひとつ頷いてその場を去った。
あれ、いつの間に俺は蚊帳の外になっていたんだろう?
モーリスに目を向けると、やたらと上機嫌な様子だ。こいつ、楽しんでいやがるな。
こちらが見ているのに気づいて手を振ってきたが、そんな気にはなれず、俺は渋い表情を返すだけだった。