補習授業開始
後期が始まった。今回担当する授業は二つだ。ひとつは戦闘訓練で二回生の授業を担当することになった。一回生のときと同じく週二回ずつ授業がある。もうひとつは補習授業で、こちらは一回生と二回生の両方を担当することになっている。こっちも週二回ずつだ。
どちらも一回三時間でこれを週二回担当しているので、週丸三日は授業をすることになった。いきなり多忙だ。今までとの落差が激しすぎる。
救いは、戦闘訓練で担当するのはスカリー達の五人だ。ほぼ放置してもどうにかなる。あと、全員に補習授業を手伝ってもらうことになったので、相談する時間としても使えた。集まる手間が省けるのは助かる。
そして、俺とモーリスの教師二人に、スカリー達補佐役五人での計七人で補習授業に臨んだ。
「は~い、みんなおはよう!」
モーリスが教室に入って三十人の二回生に挨拶をしたが、反応がえらく鈍い。
教室に入ってすぐに気づいたが、場の空気がすっかり沈んでいる。言っちゃ悪いが、留年している落ちこぼればかりだから、やる気がすっかり削がれているんだろう。
ただ、教壇に七人も立ったのはさすがに意外だったらしく、こちらを驚いて見ていたり、隣同士で囁き合ったりしている。
「ここに集められたみんなも知っての通り、後期から留年した学生のために補習授業をすることになったんだ。ここにいるのは全員二回生ばかりだね。これから半年後の進級試験に向けて勉強してもらうことになるよ」
モーリスの話を聞いて早速反応が二つに分かれた。無反応な学生とやる気を見せた学生だ。比率としては二対一くらいか。
「それと、この授業を担当するのは、私、モーリスとユージ先生だ。更に、私達の補佐として五人の二回生が手伝ってくれるよ。右から順にクレア・ホーリーランド、スカーレット・ペイリン、シャロン・フェアチャイルド、カイル・キースリー、アレクサンドラ・ベック・ライオンズだ」
教室のざわめきが一層大きくなる。いずれも大なり小なり学校で名前を知られている有名人だからだ。その中に俺も入っているらしいというのが何とも居心地が悪い。
「私を除いたこの六人は、半年前の進級試験で、留年しかけた一回生二十人を全員進級させた実績がある。だから、今回もみんなは半年後の進級試験に合格できるだろう」
あ、こいつ俺達に全部押しつける気だな。ひとり頭五人を指導するだけでいいからって勘定しているに違いない。
しかし、対する学生の反応は悪くない。自分達と似た境遇の学生を全員進級させたという言葉にみんなが反応した。そりゃ、自分も進級できるならしたいもんな。
「今回の補習授業は座学の講義だけだと聞いているかもしれないけど、私達は実技の補習もする予定だ。だから安心して授業を受けてほしい」
ここで更に数人が反応した。なるほど、やっぱり実技で蹴躓いている学生もいるのか。
「ということで、最初にみんなの置かれている現状を確認する。ひとりずつ困っているところは違うだろうから、その問題点を把握してみんなに対する授業に反映したい」
半信半疑な学生もまだいるが、それでも全員がとりあえず興味を示してくれたようだ。掴みはこれでいいだろう。
「よし、それじゃ、今からひとりずつ名前を呼ぶから、指示する先生か補佐役のところに行ってくれ」
モーリスが説明している間に、俺達は五ヵ所に散る。聞き取り役は、俺、モーリス、スカリー、クレア、シャロンだ。アリーとカイルはこういったことは苦手ということで、クレアとシャロンの補佐をすることになっている。
そして、最初の授業は面談から始まった。
事前に集めた資料では、留年した学生の落ちた試験と点数あるいは評価がわかる。これで、どの授業をあとどのくらい努力したらいいのかという大雑把なことはわかるが、どうして合格に届かなかったのかということまではわからない。補習授業をするとなると、この原因を取り除かない限りどうにもならないわけだが、この作業がまた面倒だ。
必要だとはいえ、あまり延々と面談を続けるわけにもいかない。手分けして、大体一時間ほどかけて面談を終えた。聞き取った話は、あらかじめ用意しておいた用紙に記入してある。簡単な項目別の欄を作って、そこに必要事項を箇条書きにしたのだ。
「今、面談した結果を基に、これからいくつかのグループに分ける。みんなが不合格になった試験は多岐に渡るから、全員同じ授業を受けてもらうのは非効率だからだ。それと、講義の補習授業は、俺、ペイリン嬢、ホーリーランド嬢、フェアチャイルド嬢が担当する。実技の補習授業は、モーリス先生、キースリー君、ベックライオンズ嬢が担当する」
モーリスの代わりに今度は俺が説明する。
誰がどの授業を担当するのかというところで初めて気づいたんだが、実はモーリスって座学の授業ができない。そこで、俺の他に急遽、スカリー、クレア、シャロンに担当してもらうことにした。くじ引きで決めたことがこんなところで影響するとは思わなかったな。
七人の担当は、スカリーとシャロンが魔法理論をはじめとする魔法関連の講義全般、クレアが歴史と哲学、そして俺が算術と自然科学だ。更に、アリーが魔法実技で、モーリスとカイルが戦闘訓練だ。
ここに学生を振り分けてゆく。その結果、指導員ひとりにつき三人から五人くらいとなった。教室の七ヵ所に先生は分散し、その周囲に学生が集まる。
「全員、各先生のところに集まったな。これから教室のその場所で、座学は週二回補習授業を行う。実技は訓練場へ移動する。複数の授業を受ける必要がある学生は、今受けている授業がある程度できるようになってから、別のところの授業を受けるように」
図らずも少人数制となったことで、教える方はきめ細かく教えられるし、教わる方が質問しやすいだろう。また、各先生には担当する学生の面談で色々と書き込んだ用紙を渡してある。これでどうにかなるはず。
「よし、それじゃ早速授業を始めようか!」
言葉の最後は意識して明るく発すると、俺は各先生に頷いて授業を始めた。
その日の昼休み、俺達は食堂に集まっていた。実技組は訓練場だったので、食堂を集合場所にあらかじめ決めておいたのだ。
「やっぱり留年しただけあって、出来はようないなぁ」
「そうですわね。去年教えていた者達の方がずっとましですわ」
少し疲れた様子のスカリーの言葉に、同じく疲れた様子のシャロンが相槌を打った。授業をした後の報告会の第一声がこれである。
「そうかなぁ。俺からしたら、こんなもんだと思うけどなぁ」
俺の正面で料理をつついているモーリスが、若干否定的な意見を返した。座学と実技では全く違うので、意見が分かれてもおかしくない。
「カイルとアリーはどう感じたのかしら?」
「うん? 俺の見てる範囲やと、このまま続けたら合格できるんと違うかな。他の学生が受けに来たら評価が変わるんかもしれんけど」
「こちらは、あと少しという者と全くできない者の差が激しかった。全くできない者は二人いるが、こちらはかなり時間がかかるだろう」
戦闘訓練については順調で、魔法実技は一部困った学生がいるということか。
「ユージ先生とクレアんとこはどうなん?」
「俺のところは、可もなく不可もなくと言ったところだな。きちんと復習してくれるなら、十月中にどうにかなると思う」
「わたしのところは、三人しかいないから何とかなっているっていう感じね。歩みは少し遅いかもしれない」
俺もクレアのところも表面上はどうにかなっている。できない理由を突き止めて解決するのは大変だが、何とかそれをやりながら進めている。
「ということは、一部問題はあるけど、それ以外は何とかなってるってことか」
「どうにも不安だよねぇ」
モーリスの言う通りだ。通常の授業なら多少の脱落者が出たところで気にする必要はないが、補習授業の場合は受講者を全員合格させるのが基本方針である。そのため、可能な限り歩みの遅れた学生を支援しないといけない。
ところが、学生はいつ、どこで、どのように蹴躓くかがわからない。しかもその原因は多様なので、その都度対応しないといけない厄介さがある。俺とモーリスは教師なので泣き言は言えないが、他の五人がどこまで対応できるのかに不安がある。それについては、俺とモーリスの二人が支えてやる必要があった。
「ああそうだ。平民出身には教わりたくないだとか、魔族は嫌だっていう拒絶反応はなかったか?」
実は内心一番恐れていた事態がこれだ。というのも、こういった反応を示されると、俺、モーリス、アリーは教えられなくなってしまうからだ。留年して後がないんだから我慢しろと言いたいが、理屈抜きの嫌悪感は簡単に扱えるものではない。
「私が魔族であることに驚いている学生はいましたが、拒絶反応は今のところありません」
「俺もないなぁ。まぁ、そんなことがあったとしたら、全部カイルにお任せだね」
「うわ、学生に丸投げするんですかいな。しゃあないことはわかるんですけど、そんな堂々とゆわれるとなぁ」
今のところは何もないらしい。そうなると当面は大丈夫か。
「あと、気になることがあるとすれば、来年の進級試験までに補習が間に合うのかだよな」
「それは学生次第ではありませんこと?」
「質問を変えよう。来年進級できなさそうな学生はいるか?」
あんまりにもはっきりと質問しすぎたのか、六人が全員黙る。まぁ、言いにくいことではあるよな。
「私のところの全くできない者二名は、このままでは危ないです」
「モーリス先生、俺らのところは大丈夫ですよね?」
「ああ。十月くらいにはどうにかなるんじゃないかな」
「うちのところはどうにかなるかなぁ。悪いなりに進んでるし」
「わたくしのところもスカーレット様と同じですわ。さすがにどうにもならない学生はおりません」
「わたしのところは、時間がかかるっていう以外は何とかなると思います」
「俺のところも問題なしだ」
そうなると、当面危ないのはアリーのところの二人だな。この二人をどうにかしないといけない。
「さて、となるとアリーのところの二人だね。全くできないって言ってたけど、どうしたものかなぁ」
「カイルが今年の魔法実技をどう乗り切るつもりなのか聞いてみようか。一回生のときはぎりぎりで、来年どうしようって言ってたよな?」
モーリスが思案顔で天井を見たとき、俺がカイルに質問を投げかける。カイルも魔法実技を苦手としているから、その対策を使えないかと思ったのだ。
「あーあーあー、確かにせやな。俺のがそのまま使えんでも、参考になるかもしれんっちゅうことですか」
「カイル、それは是非教えてほしい。何なら、担当を変わってもいい」
「いや、担当を変わるんじゃなくて、カイルも魔法実技の担当になればいいんだよ。それで、その二人に教えればいい。モーリス、そっちはひとりで面倒見られるだろう?」
「もちろん。五人程度なら大丈夫さ」
普段は二十人くらいを担当しているんだからな。できないはずはない。
「よし、なら決まりだな」
「とりあえず、目の前にある問題は片付けられたっと。この調子で、明日の一回生もどうにかなってほしいものだねぇ」
のんきにモーリスが希望を口にしたけど、こっちはどうにかなるんじゃないだろうか。基本的には今日やったことと同じだからだ。
「あとは、今みたいに全員が集まって話をする機会が、定期的にほしいよな」
「確かにそうですね。今回私が助けてもらったみたいに、何か困ったことがあったら相談できる場は必要です」
真っ先にアリーが同意してきた。最初にこの会合の恩恵を受けたわけだから当然だろう。
「今週は毎回開いた方がいいんじゃないですか? 始まったばかりで、何が起きるのかわからないですし。その後、問題がなければ週に一回くらいにするとか」
「あ、ええやん、クレア。うちもそれに賛成や」
なるほどな。ある程度慣れてからは定期的に話をするだけでいいってわけか。うん、妥当だな。他のみんなも賛成している。
「なら、クレアの案を採用しよう。あと、話すことは何かあるかな?」
みんなの顔を見るが全員首を横に振っている。もうないか。
「よし、なら補習授業の話はこれまでだな」
「みんなはこの前の演舞会は見たかな? 来年はどこの研究室に入るんだい?」
俺が締めの言葉を言い終えると同時に、モーリスは五人に話しかける。話題転換してくれるのはいいけど、なんだか急だな。
「うちはもう決めてんで! おかーちゃんのところや!」
「わたくしもサラ先生のところですわ。スカーレット様と同じですの」
「ああ、専門課程は魔法探求を選ぶんだ」
「俺は護身教練ですわ。アハーン先生も担当してはるんですよね?」
「うん、そうだよ。まぁ、君なら行けるだろうね。進級試験に合格したらだけど」
「ああ! そんなことゆわんとってくださいな!」
思わぬモーリスの一撃にカイルが頭を抱えて崩れ落ちた。
こうして、補習授業の話し合いの後は、普通の雑談と変わらなくなる。結局、このときはこの話題で最後まで盛り上がった。