カイルへの冒険者指南
八月の初日、俺はこの暑い中、カイルと一緒に冒険者ギルドの建物内にいる。早朝ではないためむさ苦しい冒険者にもみくちゃにされることはないが、上昇する気温は確実に建物内を暑苦しくしていた。
「ユージ先生、俺もいよいよ冒険者として出発するんやな!」
俺の隣でカイルが喜びに打ち震えている。
今回、二人でここにいるのは、カイルが課外戦闘訓練のときに揃えた装備一式の代金を稼ぐためだ。カイルはもう十五歳なのでひとりでも依頼を引き受けることはできる。しかし、ライナス達だってしばらく師匠の下で修行していたんだから、こいつも同じように修行させないと危ない。
「そんで先生、どんな依頼を引き受けるんでっか?」
「お前がひとりで引き受けられる仕事だよ」
「あれ? ひとりは危ないんとちゃいますのん?」
「今月は便利屋の仕事をするからひとりでいいんだ」
カイルが意外という表情をこちらに向けていた。レサシガム郊外に出る依頼を引き受けるつもりだったんだろうな。
「以前にも言ったが、もう一回説明するぞ。冒険者になる奴ってのは、田舎から都市へ出てきて日銭を稼ぎながら剣術なんかをかじるものなんだ。運が良ければどこかの道場に入ったり弟子にしてもらったりしながら、十五歳から冒険者になるというパターンが多い」
かつてこれをライナス達に教えていた冒険者のことを思い出しながら話を続ける。
「けど、装備一式を最初から揃えられる冒険者はそんなにいない。大抵は街の中限定の依頼を引き受けて小銭を稼ぐ。つまり、最初は便利屋から身を起こさないといけないんだ。お前はその装備を買う金を稼ぐっていう部分をすっ飛ばしている。だからこれから、レサシガムの町中を走り回るんだよ」
ここまで聞いて、カイルはようやく今回の主旨を理解したようだ。
「だから武具なしで来いってゆうたんでっか」
「その通り。順番は逆になったが、手順は全て踏んでもらうぞ」
俺がにやりと笑いかけると、カイルは「うまいこといかんなぁ」とつぶやきながら苦笑いを返してきた。
「わかったで、先生。そんで、どんな依頼を引き受けたらええんでっか?」
「配達と捜索の二つがあるけど、まずは配達だな」
「なんででっか?」
「捜索を効率良くするためには、探す場所をよく知っておいた方がいい。そしてそれなら、配達で街中を走り回って日銭を稼ぎながらの方がいいだろう?」
「確かにそうやな!」
今回はレサシガムの街中限定で仕事をさせるつもりだ。街の外は危険が多いからな。
「それじゃ、配達の仕事について説明するぞ。配達っていうのは、依頼主の所から頼まれた物を指定された場所に届ける仕事のことだ。報酬の高いものほど荷物は重く、運ぶ距離は長く、重要なものを運ぶことになる。ただし、荷馬車を使わず個人で運べて急がないものに限られている」
「なんや最後の条件でえらい限定されたように思えるんですけど」
「これだけ聞いたらな。でも、結構あるんだぞ。例えば、洗濯物、からくりの部品、少量の売り物、それに手紙なんてものもある」
俺の例えを聞いて、カイルはそういえばと納得していた。そう、こういう配達物って意外にあるんだよな。
「ただし、簡単で報酬も低い。だから数をこなさないとまとまった金にならないので、まとめてたくさん引き受けるか、他の依頼の合間に受けることが多い。新人や金に困った冒険者が日銭を稼ぐためによく引き受けるから、実は地味に人気があったりする」
「へぇ、人気があるんでっか」
「稼げない冒険者は多いからな。遠征の合間に引き受けて糊口をしのぐ中堅冒険者なんて珍しくないぞ」
実は俺がそうだったりする。この事実は内緒にしておこう。
「ユージ先生はどうやったんです?」
「俺か? 俺もやってた」
内緒にしておけませんでした。変なところできっちり質問をしてくるな、こいつは。
「ああそれと、取扱注意の品物や期限指定のある依頼もあるから、依頼書を見るときは注意するようにな。これを見落とす間抜けな新人が毎年必ずいる。お前はそうなるなよ」
「わかってますって!」
一通り説明したところで、掲示板群へと二人で向かう。早朝の混雑は既に過ぎ去っており、楽に歩けた。
「この辺りだな」
「結構人はおるし、依頼もありますやん」
街の外に出かける依頼が張り出されている掲示板の辺りに比べて、こちらはまだ人が多いのは確かだ。もちろんこれにも理由はある。
「短時間でできる仕事が大半だから多少遅くてもいいんだ。慣れていたら、今から三つくらい依頼をいっぺんに引き受けることだってできる」
「へぇ、そんなら、俺はまずひとつだけ取ってきたらええんですね」
「昼までに終わりそうで、落としても壊れなさそうな依頼を探すんだ」
「なんでそんな条件つけるんでっか?」
「昼までに終わりそうっていうのは、多少道に迷っても半日仕事ならその日のうちに終わらせられるからだ。落としても壊れないやつっていうのは、運んでいる最中に何が起きるかわからないから、弁償せずに済むやつを最初は選ぶべきってことだよ」
今のカイルは生活費のことを気にしなくてもいいからかなり楽だが、これが普通の冒険者なら依頼の失敗はそのまま生活に響く。だから、最初のうちは確実にこなせるものを選ぶべきなんだよな。
「は~、さすがは元冒険者やなぁ。そこまでは気が回りませんでしたわ」
カイルが尊敬の目を向けてくるが俺としてはこそばゆい。何しろ、まるっきりの受け売りだから。
「とりあえず、今言った条件でやれそうなやつを、いくつか見繕ってくるんだ」
「はい!」
元気よく返事をしたカイルが、手近な掲示板の依頼書から順番に見ていく。慣れると素早く見分けられるようになるけど、それができるのはもう少し後になってからだろう。
しばらく待っていると、カイルが二つの依頼書を持ってきた。
「先生、思ったよりも安いのばっかりやなぁ」
「ん~、まぁ、これならこんなもんだな。可もなく不可もなくってところだが、最初からこういうのを見つけられるっていうのは、いいことだぞ」
「はぁ、そうなんや」
「割りの悪い外れな依頼を弾く能力があるってことだ。これは地味に重要なんだ」
いくら優秀な能力があっても、足が出るような依頼ばかり引き受けていたら生活ができない。だからこそ、カイルのこういった地味な能力も伸ばしてやる必要がある。
まだその重要性がよくわかっていないようだけど、いきなり全部を理解しろなんていうのは酷だな。おいおい気づいていけばいいだろう。
「先生、どっち選んだらいいんでっしゃろ?」
「う~ん、どっちも捨てがたいよなぁ」
ひとつは職人へ原材料を運ぶ依頼、もうひとつは研究所へ道具を運ぶ依頼だ。どちらも引き受けていいように思える。
「職人街の道は入り組んでいるから、多少手間がかかるかもしれないな。けど、それ以外は特に問題なさそうだ」
「そんなら、これのうちどっちか片方を選んだらええんですね」
「二つとも引き受けて、先に研究所の方を片付けたらいい。お前ならできるだろう」
「そんなら、どっちも引き受けてきますわ!」
カイルは嬉しそうに依頼書二枚を手にして、奥の受付カウンターへと向かっていった。
この後、戻ってきたカイルにいくつか注意事項を教えておくと、俺達は一旦別れた。夕方に再会する頃には、結果が判明しているだろう。
そろそろ日も暮れようかという頃、俺はカイルと学校の食堂にいた。自分の好きな料理を選んで目の前に置き、口へと運ぶ。カイルは山のように積み上げた料理を猛烈な勢いで食べていた。
「お前それ、料理の味が混ざらないか?」
「ちょっとくらい混ざっても関係ないですって」
異なるソースのたっぷりとかかった複数の肉を積み上げた部分を眺めながら、俺は呆れた口調で尋ねた。だが、カイルは気にした様子もなく、忙しそうに手と口を動かしている。
「そういうところを見ていると、俺より冒険者に向いているよな」
「先生はこういうなん気にするんでっか?」
「自分から進んではしないな。食べ物の取り合いをしているときなんかは別だが」
そういえば、カイルって兄弟姉妹がいたよな。大皿から自分のを分捕る形式だったんだろうか。
「それよりも、今日の成果を聞かせてくれ。依頼を二つともこなせたんだろ?」
「そうやねん、先生! 商家から原材料を運ぶ仕事と、工房から道具を運ぶ仕事、どっちもちゃんとやり遂げたで!」
嬉しそうに報告を始めるカイルを俺はほほえましく眺める。
「何も問題はなかったのか?」
「原材料が重たぁて苦労したなぁ。さすがに背負い袋を借りたけど、あれには参りましたわ」
依頼書には金属と書いてあったのを覚えている。鉄か何かはわからないが、それを加工業者に運んだわけだ。
「それと、職人街って狭い上に道が無茶苦茶でんな。先生から話聞いてたけど、まさかあそこまで酷いとは思いませんでしたわ」
原材料の話のときは苦笑いだったのが、今度は辟易とした表情に変わった。
「うん、まぁ、あそこは初めて行ったら絶対迷うよな」
「おんなじ道を何度か行ったり来たりしてたら、それ見てたおっちゃんから迷子かってゆわれました」
その様子を思い浮かべて思わず俺も笑ってしまった。カイルは憮然としたが、俺も別の街で似たような経験があるからな。それを思い出したんだよ。
「配達がどういった仕事なのかは、これでわかったようだな。もうひとりでも怖くないだろう?」
「いや、別に最初から怖がってませんって。けど、どんな仕事なんかはわかりましたで」
「それじゃ、これから二週間は、ひたすら配達の仕事をするんだ。それでレサシガムの街の中がどうなっているのか覚えるんだぞ」
「慣れたら、一日に三つか四つくらいいけそうですわ」
そろそろ空になりそうな皿の上を尚もつつきながら、カイルは思案顔で自分の能力と仕事量を比べる。俺もそう思う。
「それで、二週間後からは探索の仕事もやってみることにしよう。捜索を使うとかなり楽になるんだ」
「捜索かぁ。あんまり得意とちゃうんですけどねぇ」
難しそうな表情を浮かべてカイルが唸る。そういえば、課外戦闘訓練のときもほとんど使っていなかったな。
「けど、捜索が使えると、捜索の依頼は割のいい仕事になることが多いぞ。ほとんど探し回らなくても一発で見つかることも珍しくないしな」
「へぇ、そうなんや。でも、見たこともないやつは探せへんかったんですよね?」
「だったら設定する条件を甘くすればいいだろ。例えば、金細工の首輪をした黒猫の場合だと、金細工の首輪っていうのがわからなくても、首輪をした黒猫で捜索をかけてみるんだ」
「あ、そっか。それなら数は限られますわな。捜索って条件が二つ以上になるとかなり絞り込めることが多いし、そうやって探せばええんかぁ」
「捜索を使うのに慣れるのはいいことだから、これはやっておくべき仕事だな」
すっかり空になった皿をフォークでつつきながらカイルは考え事を始めた。自分なりに事例を思い浮かべているのだろう。
「そうや先生、ついでに捜索の仕事について教えてぇな。今でもええんでっしゃろ?」
「あー、うん。まぁいいけど。捜索の仕事っていうのは、人間、動物、物、情報の四種類がある。人間関連の捜索っていうのは、基本的に街の警備隊の仕事だ。だから俺達に回ってくるような仕事は、事件性の低い行方不明者の捜索が中心だな」
どうやって説明しようか考えながら話をしているから、少し説明が途切れ途切れになる。それでもカイルは身を乗り出して聞いていた。
「次に動物は、飼っている動物がいなくなったから探して欲しいというものと、実験なんかで使う動物を捕獲して欲しいというものがある。その次は物だけど、落とし物やすられた物を取り戻してほしいという依頼だ。最後に情報は、特定の情報を調べてほしいという依頼のことだな」
さて、ここからが大切だ。これを知っておかないと厄介なことになる。
「ただし、どれも気をつけないといけないことがある。まず、人間関連の依頼だが、余程有力な情報がない限りは、恐ろしく手間がかかる上に無駄骨になることが多い。それに、首尾良く見つけても本人に抵抗される場合がある。俺達捜索者は失踪した事情を知らないから、理由を聞いたら見逃した方がいいっていうこともよくある」
「うわ、やりにくそうやなぁ」
カイルは顔をしかめた。うん、だから俺も基本的に手を出さない。
「次に動物関連の依頼は、捜索対象が生き物だから、発見時に負傷していたり死亡していたりすると厄介だ。依頼主にその責任を問われることがある。また、攫った動物を転売する輩や組織もあるので、捜索期間が長くなると発見が不可能になることもある」
だから、掲示板に貼り出されている依頼の中で、時間の経過しているものほど避けないといけない。これは後で教えてやろう。
「その次は物関連の依頼だが、一度紛失した物は基本的に見つからない。理由は、それを拾った第三者が大抵は自分のものにするためだ。もし発見してそいつを問い詰めても、自分が買ったと言い張ることが多い。他に、踏みつけられて壊れたり、どこかの溝に落ちて見つけられなかったりすることも珍しくない。酷いときには、苦労して見つけて返しても、傷付いているから弁償するように言われることもある」
「物関連は楽やと思ったんやけどな。そうでもないんや」
何にでも落とし穴っていうのはある。安易に飛びつかないようにしよう。
「最後に情報関連の依頼だけど、依頼主との交渉が面倒すぎる。例えば、調査範囲の指定が曖昧で、それにかこつけて広大な範囲を調べさせようとするなんてこともある。浮気調査や交友関係の調査というのもあるが、こじれた人間関係に関わって刺されたという冒険者もいる」
「え、こっちが刺されんの?」
身を乗り出して聞いていたカイルが体をのけぞらせる。追い詰められた人間ってのは何をするかわからない。気をつけよう。
「問題点はそんなところかな。それを踏まえた上で、どんな依頼を受けたらいいかはあとで教えるよ」
「頼んますわ、先生。弁償したり刺されたりするんは勘弁ですわ」
俺の話を聞いてため息をついたカイルが、首を横に振りながら心底嫌そうに頼んできた。
こうして、俺達は尚も依頼の話について色々と話し合った。大変なことも多いが、知っていれば回避できる厄介事も多い。今からそれらをひとつずつ身につければいいだろう。