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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
3章 自分の都合、他人の都合
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幕間 ご先祖様からのお願い

 ペイリン魔法学園に入学したとき、卒業したらメリッサはんの足跡をたどりたかったから、身を守る術を身につけようとした。けど、最初にうちが選べた先生は、年寄りかろくに戦ったことのない先生ばっかりやった。


 さすがにこれはないやろうとおかーちゃんに抗議したら、モーリスってゆう先生を紹介された。数年前まで冒険者をやっとったらしい。まぁこれでもええやろうと思って挨拶に行ったら、なんとまた別の先生を紹介された。


 「魔法使いより魔法をうまく使えるから、絶対ユージ先生の方がいい」


 初めてユージってゆう名前を聞いたとき、随分と変わった名前やなと思ったもんや。それで次に、一体誰なんやろうって首をかしげた。うちの両親がこの学園で働いているさかい、ここには小さい頃からまるで自分の家にように出入りしてる。そのうちが知らん教師ってゆうことは、新入りってことになるわけや。


 更に話を聞くと、教員採用試験で使われてる土人形ゴーレムを倒したらしい。それを聞いた瞬間、うちは「そいつや!」って即決した。


 このユージってゆう先生に初めてうたとき、ちょっと変わってるなと思った。黒目に黒髪、それに黄色っぽい肌なんてのはここじゃあんまり見かけへんしな。


 でも、それ以上に変わってるんは中身の方やな。うちの周りの大人は、うちがペイリン家の次期当主ってゆうこともあって、丁重に扱ったり腫れ物に触れたりするように接する。けど、ユージ先生だけはうちを対等に扱う。あんなふうに接してくるのはあの先生だけや。モーリス先生も表面上は同じなんやけど、どっか距離を取ってるさかい、ちょっと違うな。クレア以外やと初めてやなぁ。


 また、クレアやシャロンともおんなじように接しとる。ある意味うち以上の家柄やのに、平民となんら変わらん扱いってゆうのは見ててもむっちゃ新鮮や。あの二人も、何でも相談できる大人ができて喜んどったわ。


 あと、面倒見もええことがわかった。クレアやシャロンだけやなくて、アリーとカイルの相談にも乗ってるしな。カイルには課外戦闘訓練の装備を買うためにお金を立て替えてたし、アリーなんかは決闘がしたいって望みを叶えられたやん。しかも、夏休み中の修行にも付き合ってたって聞いたときは驚いたわ。


 それじゃうちの場合はどうなんかってゆうと、一回生の時にやった補習授業に協力してくれたんは嬉しかった。学校の授業は個人授業とは違うから、どうしても落ちこぼれが出てくる。うちはせめて仲間内だけでもそれは防ぎたかったから、みんなに協力してもらって全員を合格させるつもりやった。間接的にとはいえ、それを支えてくれたんはユージ先生だけやったから、この先生は当てになるってこのとき確信したわ。


 そんな先生やから、うちは年末年始のお泊まりに招待した。普通は先生なんて招待せぇへんねんけど、なんや図書館に通い詰めてメリッサ・ペイリン魔法大全を全部読破したって聞いたし、ええかなって思ったんや。ただ、おとーちゃんとおかーちゃんにお願いしたときにあっさり許可が出たんは驚いたな。いつも先生のことを話してたから興味を持ったらしい。


 二月の進級試験のときにうちらのことを気にかけたり、課外戦闘訓練で冒険者としてちゃんと活動していたことを証明してくれたり、他にも色々と頼りになることを示してくれるんは頼もしい限りやわ。


 つい先日も、うちのグループメンバーがほぼおらんようになったときに、うちのことを気にかけてくれた。まぁこんなもんやろうと割り切っとったけど、やっぱり優しくされると嬉しいわ。


 そして、その直後に補習授業を手伝ってほしいってゆわれたときは、「これや!」って思った。振り返ってみると今まで世話になりっぱなしや。ここでひとつ恩を返しておくんもええやろ。学生なんやから教師の世話になりっぱなしでも間違いやないんやけどな。




 七月のある日、うちはペイリン本邸に帰ってた。実技の授業だけしか取っとらん上に、五月と六月分の内容を先にやらんと七月分の授業内容まで進められへん。そやから、授業に出席する意味がなかったから早めに夏休みとしたんや。


 クレア達には既に連絡してある。勉強の目処がつき次第うちの家に来るように伝えておいた。クレアはまじめに授業へ出てるから、今月の終わりまでうちには来うへん。シャロンは他の付き合いがあるらしぃて、家に来るのは来月の中頃って聞いてる。アリーは八月に入ってすぐに来るそうや。そしてカイルは、ユージ先生に立て替えてもろた装備の費用を返すために働くんやって。倒れん程度に気張りや。


 ということで、うちは今、自分の部屋で実技の練習をしてる。うちにとっては簡単な内容やからこの調子やと来月上旬には終わるんと違うやろか。みんなが来るまでにできるだけ片付けて、後は遊び倒してやろうっと。


 そう考えながら調子よく練習をしてると、扉を控えめな音で叩く音がした。うちが入るように促すと、使用人のひとりが静かに入室して一礼する。


 「お嬢様。奥様がお呼びです。図書室へお越しください」

 「へ? 図書室?」


 言葉は標準語やのに発音は方言ってゆう器用な話し方をする使用人から伝えられた言葉を聞いて、うちは思わず聞き返した。けど、使用人は「はい」と答えるだけやった。


 「わかった。すぐ行くわ」


 一礼して退出する使用人には目もくれず、うちは教科書を片付けながら尚も首をかしげてた。食堂でも研究室でもおかーちゃんの部屋でもない。図書室って本があるだけなんやけど、何かうちに見せたい本でもあるんやろか?


 とりあえず部屋を出て図書室へと向かう。その間もどんな話なんか考え続ける。


 そういえば、今日おかーちゃんが帰ってくるなんて聞いてへんかったな。いつもなら大抵連絡があるはずやのに。うちに急ぎの用事があるんか? けどそれが図書室とは結びつかへん。


 図書室の中へと入ると、奥に誰か人のいる気配がした。うちはそこへまっすぐに向かう。


 「あ、スカーレットやん。やっぱりすぐ来てくれたな~」

 「おかーちゃん、こんなところで何してんの?」


 おかーちゃんはいつものように、にこにこ笑顔でうちを待ってた。そして、両手で一冊の本を抱え込むようにして持ってる。


 「あのな、今日はスカーレットにこれを読んでほしぃて思って呼んだんや」


 そう言いながら、おかーちゃんは大切そうに両手でうちにその本を差し出す。思わずうちも両手で受け取ったけど、意外と重いな。結構厚い。それにこんな本、この図書室で見たことないな。どっから持ってきたんやろ?


 「これ、何の本やの?」

 「ご先祖様のメリッサはんが書いた、自分達の冒険者パーティに関する軌跡や」

 「へ?!」


 うちは思わず手にした本を見直す。題名は『ライナス率いる五人の冒険者とその目的について』とあった。


 かつて、魔王討伐隊に参加したメリッサ・ペイリンが、その道中に何があったのかを克明に記したとされる本。そこには勇者ライナス、英雄バリー、聖女ローラ、そして大魔道士メリッサ・ペイリンについての事実が全て記されてるって聞いた。世間に出回っているような噂やのうて、参加した本人が書いた本や。


 でも、この題名は変や。魔王討伐隊ってゆう言葉が入っとらん。しかも、なんで五人なんや? 四人と違うのん?


 更に不思議なことに、この本は門外不出扱いになってる。メリッサ・ペイリン魔法大全は積極的に公開したのに、こっちは秘密にするってゆう理由が前からわからんかった。代々この本を読めるんは当主のみのはず。扱いがまるっきり逆や。


 「な、なんでいきなり見せてくれるなんてゆうんや? これって当主になってから読むもんと違ったん?」

 「事情が変わってん。せやから、スカーレットには今すぐ読んでもらわんとあかんねん」


 おかーちゃんの言葉を聞いたうちは、本から思わずその顔に視線を向けた。うちが今すぐ読まんといかんの?


 「おかーちゃん、それどういうこと? それに、この本の題名……」

 「まずは読んでみて。話はそれからや」


 いつもと同じ笑顔やのに、今は有無を言わせん静かな迫力があった。こういうときのおかーちゃんは絶対に引かへん。


 「わかった。それじゃ読むけど」

 「うん、三日後にまた会おな」


 そうゆうと、おかーちゃんはいつもの様子に戻って図書室から出て行った。


 今まで見たいっていくらせがんでも見せてもらえへんかった本が、うちの手元にある。ほんまやったら嬉しすぎてはしゃいでるはずなんやけど、なんやおかーちゃんの態度がいつもと違ったってゆうのもあって、今ひとつ喜べへん。


 なんやようわからへんけど、とりあえず部屋に戻って本を読んでみることにした。




 おかーちゃんに門外不出の本を渡されてから三日が過ぎた。うちはあれから、ずっとあの本を読み続けて何とか読破する。


 これはご先祖様達が考えたことやしたことを詳細に記したものや。おかーちゃんが軌跡ってゆうた意味がようわかった。


 本は二部構成になってる。前半はうちも知ってる魔王討伐の話で、後半はライナスの守護霊を助けるための話やった。驚いたんは、前半よりも後半の方がずっとぎょうさん書かれてるってことやな。そこには、仮説を立て、そのための準備をし、検証してその結果と考察が延々と書かれていた。よっぽどこの守護霊を助けたかったんやろう。


 けど、この本でそれ以上に驚いたんは、勇者ライナスに守護霊がいたことやな。しかもその守護霊を五人目の冒険者、つまり、自分達の同格の仲間として扱ってることや。そんな話は今まで見たことも聞いたこともない。


 そして何より衝撃を受けたことは、その守護霊の名前が『ユージ』ってゆうことや。あの先生とおんなじ名前。しかも、霊体と人間という違いを除いたら、黒目に黒髪、それに黄色っぽい肌と色々条件が一致する。


 「まさか、おかーちゃんはこの守護霊と先生が関係あるってゆうんか?」


 恐らく、おかーちゃんはこの本の記述と実際に先生を見て同一人物って疑ってるんやろうな。けど、先生がこの守護霊であるかどうかって、今更そんなに大切なことなんやろか?


 うちが疲れた目をほぐしながら脱力してると、使用人が本を持って図書室へ来るように伝えてきた。おかーちゃんや。


 図書室の中へと入ると、おかーちゃんは三日前と同じ場所に立ってた。なんかそこにあるんかな?


 「あ、来た来た~。その本読んだ?」

 「うん、全部読んだで。衝撃の話ばっかりやったわ。噂なんてほんまに当てにならへんな」

 「そうやね。うちも初めて読んだときは驚いたもんやわ」

 「この本が門外不出扱いってゆうのも何となくわかったわ。守護霊の能力が凄すぎて奪い合いが発生せぇへんようにしたかったんと、ペイリン家に守護霊を解放してほしかったからなんやな」


 記録によるとこの守護霊は、魔法は四系統七属性全てを使えて威力は通常の四倍、魔力は常時周囲から吸収してため込んでいる上に限界はないし、魔力は無色透明な上に密度が非常に高い、って無茶苦茶な存在やったらしい。


 それと、魔法学園の創立と魔法大全の普及目的に、守護霊解放の魔法を開発できるようにするためなんてゆう理由があったことには驚いた。元々の夢に目的をひとつ加えたらしいけど。


 「うん、スカーレットのゆう通りやね。で、ここからが本題なんやけど、あんたにな、ユージ君がこの守護霊と関係があるか調べてほしいねん」


 おかーちゃんの発言にうちは驚かんかった。予想できたからや。わざわざ予定を繰り上げてまでこの本を見せたんやから、疑惑の人に近いうちに望むことなんて限られてくる。ただ、気になることがある。


 「仮に先生と守護霊が同一人物やったとして、一体どうするつもりなんや? 今更そんなことを知ってもどうなるもんでもないやろ?」

 「そうでもないねん。何しろ、ご先祖様の心残りがきちんと成就できてるか確認せんといかんし、それにご先祖様からの手紙も渡さんといかんしね」

 「手紙?」

 「うん。中は誰も見てへんからうちもわからへんよ。でも、これは必ず本人に渡すように言い伝えられてるねん」


 むむ、ご先祖様からの手紙か。中身が気になるけど、こればっかりは渡されても読んだらまずいなぁ。


 「はぁ、わかった。なんや大役っぽいけど、なんとかやってみるわ」

 「やったぁ! ありがとうなぁ、スカーレット!」


 おかーちゃんがこんなに嬉しそうにするなんて珍しいなぁ。ご先祖様の期待に応えるためにも、何とかせんと。


 「けど、おかーちゃん。なんで先生が怪しいって思ったん?」

 「まず名前やね。あんな珍しい名前を使うなんて普通ないやん。それに見た目も記録と一緒となるとね~」

 「うちが先生の話をしたことで、なんか引っかかることってあったん?」

 「貴族出身でもない冒険者が、上級算術と上級自然科学を学ぶなんて普通はないで。しかも聞いたら農村出身やろ? 引退後を見据えて教えてもらったってゆう話は自然でも、そもそもそんな上級の学を身につけようなんてゆうこと自体が不自然やわ」


 大体、知的な仕事は貴族や学者、あるいは商家出身に限られるらしい。というのも、ある程度出自がはっきりしとらんと採用してもらえへんからや。そやから、農民出身ではいくら学を身につけても、冒険者を引退後にそれを生かす機会が少ないらしい。そんなん知らんかったわ。


 「他にはなんかあるん?」

 「んー、他には、魔術の使い方かなぁ。ほら、小森林で課外戦闘訓練をしてもらったやろ。例えば、捜索サーチの探索範囲が五百アーテムちょうどってゆうのもな、いかにも揃えましたよって感じに思えへん?」


 捜索サーチの平均探索範囲は百アーテムで、五百アーテムなら非常に優秀ってゆうのはうちも知ってる。けど、五百アーテムちょうどってゆうのはできすぎやって、おかーちゃんは言いたいらしい。


 「けど、疑ったらきりないようにも思えるけどな」

 「まぁね~。大体、守護霊は聖なる大木ってゆう小森林の管理人から首飾りをもらったそうやけど、それを持ってたら小森林で生き物に襲われることはないらしいしな~」

 「うちら思いっきり襲われとったで」


 熊に奇襲されたくらいやからな。確か『ヤーグの首飾り』ってゆうんやったっけ。


 「そうなんや~。せやからうちも、あれ?って思ったんや。なぁ、なんか首飾り隠すところ見てへん?」

 「そんなんゆわれても、見えへんもんなんてどう確認したらええのん」


 あの『ヤーグの首飾り』ってゆうやつは、守護霊が消えると見えんようになり、現れると見えるようになっとったらしい。そやから、もし今も見られたくなかったら、消えたままにしてると思うねんな。


 「う~ん、残念。というわけで、これからユージ君が守護霊か確かめてほしいんや」


 ご先祖様の手紙を渡すためにか。もういっそ、さっさと渡してしもてもええような気がするなぁ。


 うちは若干面倒に思えたけど、さすがに家の大事とあってはええ加減なこともできひん。おかーちゃんがにこにこと笑う様子を見ながら、うちはどうやって先生のことを調べたらええんか頭を捻った。

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