スカリーへのお願い
魔法学園に復帰して、いきなり初日に重そうな仕事を任されてしまった。しかもその日は、手ぐすねを引いて俺を待ち構えていた何人もの先生が、次々に仕事を渡しにやって来た。おかげで俺の机は書類で埋まり、まずはそれを整理するところから始めないといけなかったくらいだ。
「くっそ、みんないい笑顔で仕事を押しつけてくるな」
「そりゃ、自分の仕事がその分だけ減るからね。笑顔にもなるさ」
「お前もそのひとりだろう」
翌日、一緒になって俺へと仕事を振ってきたモーリスへ出会い頭の嫌みを投げかけてやったが、不発に終わってしまった。
「でも、仕事量としては、前とそんなに変わらないんだろう?」
「だからっていきなり前のように働けるわけがないだろう」
俺の反論を聞いて「そりゃそうだ」とモーリスが頷く。わかってくれたようだが、それでも仕事を引き取ってくれる様子は微塵もない。
「ところで、ユージは前期の間は担当授業がないんだよね」
「ああ、そうだな。あの課外戦闘訓練が中途半端だったからなぁ」
どうせなら前期いっぱいあればいいのにと一瞬思ったが、あんなのを四ヵ月もやるところを想像して俺は震え上がった。うん、あれはもっと短くてもいいや。
「そっか。しばらくは事務作業だけなんだね。なら、早めにスカリーのグループの様子を見に行った方がいいよ」
「え、なんで?」
モーリスからスカリーのグループの話が出てくるとは思わなかった俺は、驚いて問い返した。何があったんだろう。
「スカリーのグループが他のグループから良く思われていないってことは、前に話しただろ。そのスカリーが二ヵ月間いない間に、他のグループがメンバーを切り崩していたんだ」
「は? そんなことまですんの?」
単純な仲良しこよしの集団じゃないことは知っていたけど、大人の派閥争いみたいなことまでするのか。また面倒なことをしてくれるな。
「それがするんだよね。普通なら創立者一族という立場が目にちらついてできないだろうけど、その本人がいない間ならいけると思ったんだろう」
「帰ってきたら仕返しをされる可能性は考えていないのか?」
「それがさ、ちゃんと言い訳を用意しているらしいんだ」
「どんな?」
「さぁ、そこまでは知らないけどね。ただ、もしかしたらグループ内で問題が起きているかもしれないから、様子を見に行った方がいいって忠告したのさ」
それが本当なら、確かに様子を見に行くべきだろう。できれば間違いであってほしいが、それを確認するためにもスカリーに会わないといけない。結局、モーリスの言う通りにするしかないわけか。
ああ、もう。どうせすぐ会えるし、さっさとどうなっているのか確認するか。
スカリー達は課外戦闘訓練で約二ヵ月間校外へ出ていたので、前期の授業は半分が欠席である。しかし、七月からは猛烈に勉強して遅れた分を取り戻す努力をしていた。予定では後期までにどうにかなるそうだ。
その中でもスカリーは、入学前から座学の単位を全て取得しているので、最も余裕がある。そうなると、以前と同じように生活できるはずだから、いつどこにいるのかということも把握しやすい。
とある日、仕事を適当なところで切り上げて、俺はその記憶を頼りに庭園の一角へと向かっていた。そこは、スカリーが集まってきた仲間とよく一緒にいる場所だったからだ。
しかし、庭園の一角に着いたとき、俺はスカリーがひとりで本を読んでいる姿を見かけた。事前にモーリスから話を聞いていたので、嫌な状況しか思い浮かばない。
「あれ、スカリー、ひとりなのか?」
「先生かいな。うん、みんなに逃げられてしもたわ」
慎重に挨拶の言葉を選んだつもりだったが、どうも失敗だった模様。けど、力なく苦笑いするだけで、スカリーは特に落ち込んでいる様子はなかった。あれ、思っていたのと違う展開だな。
「みんなに逃げられた? もしかして、グループの仲間がいなくなったのか?」
「そうや。他のグループの学生に誘われて、みんなそっちに行ったんや」
「残っている奴はいないのか?」
「事実上おらんな。二回生に進級できた学生の大半は他に移ったし、残った一部もうちとは距離を置くようになった。集まりかけてた一回生はきれいさっぱりや」
おおぅ、これはなかなかにきついな。どう声をかけていいのか判断に苦しむ。ただ、無言でいるのはつらいので、不自然な間を空けた後に俺は更に言葉をかける。
「あれだけ進級試験の面倒を見たのに、随分とあっさり移るものなんだな」
「うちも最初は気になって理由を聞いたんやけど、みんな判を押したように、うちがおらん間に世話になったから移ったんやって。何の世話をしてもろたんかまでは聞かんかったけど」
モーリスの言っていた言い訳ってのはこれか。今までスカリーにしてもらった世話は都合良く無視しているわけだ。
「この二ヵ月でよっぽど世話になったんだな」
「そうやね。気になることがあるとしたら、次の進級試験に合格できるんかってゆうことやな」
「離れた連中の心配をしてやるんだ。随分と優しいな」
少なくとも俺だったらさっさと忘れるなぁ。責めることまではしないけど。
「んー、優しいってゆうか、うちは基本的に『来る者拒まず、去る者追わず』やからね。みんなそれぞれ事情があるんやろうし、そんなこといちいち聞くようなことはしたないもん」
「さっぱりとした性格なのか、単に面倒くさがり屋なのか、微妙だな」
俺は思わず苦笑した。俺も人との距離の測り方は似たようなものだから、その気持ちはある程度わかる。
「それに、元々うちのグループは、締め付けの緩さが売りのひとつやったやんか。それやのに無理に引き留めたり連れ戻したりするのはおかしいやろ?」
「あー、そうだったなぁ」
言われてみればその通りだ。そんなスカリーだからこそ学生が集まって来たんだしな。ただ、そのせいでみんな簡単にばらばらになってしまったが。
「と、ゆうことで、うちはまたひとりで本を読むことになったんや」
「仲間外れにされたというようにしか聞こえないぞ」
「あはは、うちは元々ひとりやったさかいな。特にどうってことはないで。あ、クレアとはよう文通しとったけど」
「うん、それは想像できる。頻繁にやりとりしてそう」
俺の返答にスカリーが笑った。
しかしそうか、スカリーはひとりになったのか。本人は平気そうだけど、春までは学生にいつも囲まれていた様子を見ていただけに、何とも言えない寂しさを感じる。事実上、友達をなくしたのと同じだからな。
何とかできないものかと色々考えていたが、そこでふと、補習授業のことを思い出す。現時点では俺とモーリスの二人で六十人くらいを担当することになっている。これにスカリーを加えてみてはどうか。
どうかも何も、本来ならば学生に手伝わせることじゃない。でも、元々スカリーは仲間相手に同じことをしようとしていたんだから、こっちを手伝ってもらってもいいんじゃないだろうか。ちょうどグループを去った学生とは別の層の学生を、新たに友達とするきっかけにもなる。
「先生、どうしたん?」
「ああ、いや。ちょっと考え事をしていたんだよ。なぁ、スカリー。俺、後期から補習授業を担当することになったんだ」
「え? 補習授業?」
「そうだよ。サラ先生から頼まれて、モーリスと一緒にすることになったんだ」
「おかーちゃん、うちのまねしたな」
いきなり持ちかけられた話に驚いていたスカリーだったが、サラ先生の名前を聞くと苦笑いした。
「一回生三十人と二回生三十人の合計六十人くらいって聞いている。詳しいことはまだだけど」
「そっか。また面倒な授業を担当することになったなぁ。それって、留年した学生なんやろ? 以前、うちが先生に話した気がするんやけど」
「何年か前までだと、素行不良の学生を押しつけられていたって話だったっけ」
そういった連中は学園長がまとめて放校にしたって、スカリーが言っていたよな。
「まぁ、今は単純に成績が悪い学生が集められるだけなんやろうけど。先生も貧乏くじ引いたなぁ」
「引いたのはモーリスの方だけどな」
「え? どうゆうことなん?」
俺の返しに疑問を持ったスカリーが不思議そうに問い返してくる。それに対して、モーリスがくじ引きで当たりを引いてしまった話をしてやると、スカリーは笑った。
「あはは! なんやそうやったんか。運がないのはモーリス先生の方なんか。あの先生もいよいよ追い詰められてきたなぁ」
「それを言ったら、俺も同じだろう」
「何ゆうてんの。おかーちゃんから直々に頼まれたってゆうことは、学校として期待してるってゆうことやんか。くじで選ばれた先生とは全然ちゃうで」
モーリスが聞いたら泣いてしまいそうな発言だな。慰める気にはなれないが。
「それでな、できればスカリーにも手伝ってほしいと思ってるんだけど、どうだろう?」
「え、うち?」
楽しそうに笑っていたスカリーの表情が固まる。
「去年グループメンバー全員を進級試験に合格させた実績があるだろう?」
「そりゃあるけど……おかーちゃんにゆわれたんか?」
「いや、スカリーに会ってから考えてた」
「あー、さっき思案顔やったんはそうゆうことかいな」
変に間が開いたことの理由がわかったスカリーは何度が頷いた。そして、少し考える様子を見せると俺に返事をする。
「なぁ先生。それって、うちがおらんと厳しいんか?」
「そうだなぁ。モーリスと二人で六十人というのはさすがに厳しいと思う。しかも座学全般って頼まれたし。だから、スカリーがいるのといないのとじゃ全然違う」
苦しいと思ったからこそ、スカリーに声をかける気になったんだもんな。残念ながら決して善意からだけじゃない。
「へぇ、うちがおらんと厳しいんかぁ」
思案顔だったスカリーの表情が、少しずつ笑顔になっていく。ただ、その笑顔はさっきのようなものじゃなく、にやにやとしたものだ。お前は一体何を考えているんだ?
「スカーレット君、キミは何を考えているのかね?」
「ぶはっ! 先生なにその口調!」
半目で堅苦しい言葉を投げかけたら吹き出された。くそ、ちょっと恥ずかしいな。やるんじゃなかった。
「まぁええわ。先生大変そうやし、しょうがないから引き受けたるわ!」
「お、そうか。よかった」
俺は安心した。スカリーの仲間作りもそうだが、授業についてもだ。とりあえず、何とかできる目処はつけられるだろう。
「そうや、どうせやったらクレアやシャロンも呼ぼか。座学なんやったらあの二人もいた方が絶対ええで」
やる気になったスカリーは、早速どういう陣容で補習授業に臨むのか考え始めたようだ。やる気があるのは嬉しいが、まだ詳細がわかっていないから大したことは決められない。気が早いな。
俺はスカリーの質問攻めにされながら、早めに詳しい内容をアハーン先生から聞くことにした。
すっかり暑くなったある夏の日、俺は教員室でモーリスと補習授業の打ち合わせをしていた。六十人分の名簿が手に入ったからだ。
「ユージ、どうだい?」
「どうだいって言われても、知った名前はひとつもないしな。何ともいえないぞ」
手渡された名簿をひらひらとさせながら、俺はモーリスに返答する。質問が漠然としすぎて何を答えていいのかも判然としない。
「ああそうだ。誰がどの授業の試験に落ちたのかが、これじゃわからないな」
「それはこっちだってさ」
机の上を滑らせるようにして差し出された紙の束は、個人の成績表だ。以前サラ先生に提出した報告書を思い出す。これを全部見ろというのか。
「自分で調べなきゃいけないのか。面倒だな」
「俺もそう思うね。でも、やらないと何をどれだけすればいいのかわからない。あーあ、誰か手伝ってくれる心優しい人はいないかなぁ」
夏の暑さにかなりやられているモーリスは、疲れ切った表情のまま口から願望を垂れ流す。
「それが、何人かいるんだよな」
「え?! ほんとに?!」
死にかかっていた表情がたちまち蘇る。モーリスを喜ばせることは不本意だが、自分が楽をするためでもあるので仕方ない。
「スカリーが手伝ってくれるんだ」
「あーあの子がか。去年補習授業をしていたよね。うってつけじゃないか!」
「更に、クレアやシャロンにも声をかけてくれているそうだ。少なくとも、二人だけで授業をすることはなくなった」
「いいね、いいね!」
この暑苦しい中、モーリスは上機嫌になった。ついさっきまでだらけきっていたのが嘘のようだ。
「それで、近いうちに補習授業をする面子を全員集めて、打ち合わせをしようと思う。どうせ来月は夏休みで全員が揃うことなんてないから、今月中に全部決めてしまうぞ」
「ああ、もちろんさ!」
こいつ、本当に現金な奴だな。
俺は呆れつつも、モーリスがやる気のあるうちに、できるだけ物事を決めておくために手早く話を進めた。あとは、集められる学生次第である。