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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
2章 小森林への遠征
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遠征の終わり

 俺達が発見した小鬼ゴブリンの群れは、ケリー達の協力によって全て退治できた。これで終わりといきたいところだが、残念ながら事後処理がある。依頼を出した冒険者ギルドへの報告だ。


 まずは小鬼ゴブリン二十二匹を倒したという証拠がいる。死体をそのまま持って帰るわけにはいかないので、体の一部だけを切り取って持って帰らないといけない。今回の場合だと犬歯か小指かのどちらかだ。俺達は小指にした。


 「……二十、二十一、二十二っと。よし、全部揃ったな」


 ベンが小指をひとつずつ並べて数え終えた。アリーが最後に殺した小鬼ゴブリンは離れた場所にあったが、本人が律儀に取りに行ったのでその分もある。改めて客観的に見ると、二十二本の小指が並んでいるなんて異様だよな。慣れた今でもたまにそう思う。


 「それじゃ、クレア、処理を頼む」

 「はい。我が下に集いし魔力マナよ、水を奪いのものを干せ、水吸収ウォーターアブソービング


 俺の指示を聞いたクレアが、並んでいる小指を干からびさせてゆく。


 証拠を持って帰るとき、特に生き物の一部だと腐敗が問題となる。その日に持って帰ることができるならともかく、そうでなければ証拠品が腐ってしまい、最悪役に立たなくなってしまう。


 そこで、犬歯のように痛まない部位か、あるいは腐敗対策するなどして、討伐の証拠品を持って帰るようにしないといけない。今回、犬歯は取り出すのが面倒なので小指を切り落とし、水吸収ウォーターアブソービングで強制的に乾燥させることで腐敗を防止した。


 「へぇ、便利だねぇ。おい、ディアスとベン、どっちでもいいからこれ覚えろよ」

 「簡単に言ってくれるな。複数の属性を扱えるようになるなんてのは、そう簡単にはいかないんだぞ」

 「全くですよ。覚えられるものなら覚えてますって」


 これだから脳筋は、というような表情を浮かべて、二人はお互いの顔を見る。まぁ、ケリーも本気で言っているわけじゃないようだし、いつもの冗談なんだろうな。


 完全に乾燥しきった二十二本の小指は、ベンによって皮の小袋へと収められる。今回依頼を受けたのはケリー達なので、届ける責任はあちらにあった。


 「しかし、見事に乾燥しているな。水気が全くない。羨ましいね。俺もこれだけの才能があったらな」

 「比較する相手が悪すぎますよ。聖女と勇者の子孫なんですから」


 ベンとディアスの会話を聞いていたクレアは居心地が悪そうに身じろぎする。逆にスカリーは親友が褒められてご機嫌のようだ。


 「もうここに用はねぇな。よし、戻るか」


 ケリーの言葉に全員が頷いた。


 これで気になっていた小鬼ゴブリンの問題は片付いた。そのおかげか、みんなの表情はとても明るかった。


 帰りは来たときと同じだ。森の中を一日半くらい歩き、その後平地を移動して夕方にはウェストフォートへと到着する。


 「ああ、やっと帰ってきた」


 感無量のあまり思わず言葉が漏れた。


 まだ全てが終わったわけではないが、とりあえず、最も危険な小森林の遠征というのは終わった。少なくとも死の危険はこれで激減する。


 「さて、これで街に戻ってきたわけだが、ユージ達はどうすんだ? 俺達はこれから冒険者ギルドへ依頼の報告をしに行くんだが」

 「宿に行くよ。俺達の用は済んだしな」


 今は一刻も早く休みたい。ベッドでごろごろしたい。いやその前に、腹一杯まともなご飯が食べたい。あ、体も洗いたいな。


 「そうか、それならここでお別れだな。今回は助かった。また機会があったら、一緒に仕事をしようぜ」

 「そうだな。安心して一緒に戦えるパーティは貴重だしな」


 だらけていた精神をしゃんとさせ、ケリーの差し出した手を握る。こういう信頼できるパーティと知り合えたのは貴重な財産だ。ウェストフォートで仕事をする機会があるなら、また組みたい。


 「ユージ、お前がしっかりやっていけているところを見て安心したよ。今度再会したら飲みにいこう」

 「ああ。ウェストフォートのうまい店を教えてくれ」


 今度はベンと握手を交わす。思えば一年半前の教員採用試験で一緒になったのが縁だった。あのときはそれっきりだと思っていたけど、誰とどこで会うかなんてわからないものだな。また会う機会もあるだろう。


 俺が二人と順番に言葉を交わしている間に、他のみんなもそれぞれ別れの挨拶をしていた。カイルとケリー、クレアとディアス、そしてスカリーとベンは他よりも少し長めに話をしたようだ。


 最後にジョンとディアスが俺とも挨拶を交わすと、四人は雑踏の中へと消えてゆく。あっさりしたところは実に冒険者らしい。


 「さて、それじゃ宿に行くか」

 「「「「「はい!」」」」」


 元気な五つの声が返ってくる。それに頷いて応えると、いつもの宿へと向かった。




 「さぁ、みんな食べるぞー!」

 「「「「「おー!」」」」」


 俺のかけ声とともに、目の前のテーブルにみんなが一斉に手を出した。出てきた料理は、固いパン、豚肉を焼いたもの、鶏の丸焼き、ソーセージ、いくつかの青野菜、スープ、それにエールだ。


 ちなみに、この世界で一般的に出されているエールの類いは、ほとんどアルコール成分がないせいでいくら飲んでも簡単には酔えない。生水が危険な場合もあるので、むしろ殺菌された水として飲まれる。そのため、子供でも飲んでいるのを初めて見たときは衝撃を受けた。だから、五人が飲んでいても誰も見とがめないのだ。


 それはともかく、今日一日歩きづめだったので空腹感が強烈だ。俺達は宿の食堂で、久しぶりのまともなご飯をひたすら食べ始めた。俺の倍以上食べるカイルはもちろん、あのシャロンでさえも今回ばかりはよく食べる。


 「はぁ、これやこれ! やっぱり冒険から帰ってきたときは、これが一番やなぁ! あの塩辛いだけの肉とは全然ちゃうわ!」


 そう言ってカイルは真っ先に豚肉へと手を出した。そして、口に放り込むように突っ込む。また、のどに詰まりそうになるとエールで流し込んでいた。お前は貧乏とはいえ貴族の出だろう。それでいいのか。


 「ん~、やっぱりおいしいわぁ。遠征先やと絶対こんなん無理やし~」

 「本当ですわね。んふふ~、こうしてっと、はむ」


 スカリーとシャロンの二人は、鶏の丸焼きから肉を削り取り、それを青野菜で巻いて食べている。カイルみたいにがっつりと肉ではないようだ。


 「ああ、スープの味がちゃんとしているわ!」


 スープに感動しているのはクレアである。俺達が遠征先で作っていたのは、水っぽい上に味がばらばらだったもんな。気持ちはよくわかる。パンを浸して食べてもふやけただけじゃないのは嬉しい。


 「やはり、店で出される料理は、私達が作るものとは違いますね。安心して食べられます」


 以前、一度だけ調理に失敗したことのあるアリーが、穏やかな表情でソーセージにかぶりついていた。あのときは酷く悲しそうだったよな。思わず俺のと交換してしまった。その直後少し後悔したのは内緒だが。


 そして、みんなの様子を伝えている俺はというと、固いパンをスープにたっぷりと浸して食べ、豚肉と鶏肉を削って野菜で巻いて食べ、ソーセージをエールで流し込んでいた。みんなに劣らず食べているのだ。


 「それにしても、遠征三回目にしてやっと冒険らしいなったなぁ」


 ある程度食べて満足したスカリーが、エールを口に含んでから課外戦闘訓練の感想を漏らした。横でシャロンが頷いている。


 「え、二回目までだって充分に冒険だろう。何が違うんだ?」

 「そりゃぁ、なんちゅうても、魔物を相手にしたっちゅうことですやん」


 今度はカイルが口を開く。同時に鶏の脚をちぎっていた。太ももを丸々食べるのか。


 「小鬼ゴブリン退治といえば、駆け出しの冒険者が引き受ける依頼の定番って聞いたことがありますよ」

 「あー、うん。それは俺も知っている」


 クレアはカイルに続いてしゃべると、三杯目のスープを口に含む。確かエールも二杯目だったよな。夜中に小用を足したくなるんじゃないのかと、いらぬ心配をしてしまう。


 それで、小鬼ゴブリン退治の話だが、厳密には、これをやってようやく冒険者として認められると言った方が正しい。というのも、装備一式を最初から揃えられる冒険者なんてそんなにいないので、大抵は街の中限定の依頼を引き受けて小銭を稼がないといけないからだ。つまり、最初は便利屋から始まる。そうやって装備を調えてから、パーティを結成したりどこかに入ったりして、最初に引き受けられる手頃な依頼が小鬼ゴブリン退治なのだ。だからこの依頼を成功させると、本当の意味で冒険者として認められるというわけである。最初から当たり前のように装備を調達するカイルを除いた四人が珍しいのだ。


 そういった理由で、正確にはみんなの認識はおかしいのだが、まぁ祝いの席なので黙っておくとしよう。


 「今回は、野犬、熊、小鬼ゴブリンと三回戦いましたが、師匠としてはどれが一番苦労されましたか?」

 「え、そりゃ熊だろう。小鬼ゴブリンより厄介だったぞ」

 「あー、そりゃ俺ら奇襲食らいましたもんなぁ」

 「奇襲がなくても一番厄介だぞ。一撃を食らえば即死も珍しくないんだからな」

 「え?! 熊ってそんなに強いんですの?!」


 シャロンの言葉に俺はテーブルへ突っ伏しそうになる。熊の恐ろしさを知らないまま戦っていたのか。


 そんなシャロンに俺は懇切丁寧な熊談義をしてやった。すると、カイルも一緒になって青ざめる。


 「お、俺、熊の手に当たりかけてたんやけど……」

 「クレアに感謝しとけよ。祝福ブレッシングがなかったら絶対死んでたから」


 本当にあのときはどうなるかと思ったぞ。今度からは気をつけるように。


 「では、野犬と小鬼ゴブリンではどちらが苦労しましたか?」

 「次は野犬だな。もう少し数が少なかった方がよかったと反省している」

 「師匠が反省ですか?」

 「みんなの初めての相手にと選んだのは俺だからな」


 あれが十匹未満だったらよかったんだろう。あのときは、俺も学生五人にどんな相手が適切だなんてよくわからなかったもんなぁ。


 「野犬ゆうたら、クレアさんが鎚矛メイス一発で殺ったアレか」

 「スカリーまだ引っぱるの、それ?!」


 飲みかけのスープを吹き出しそうになったクレアが、目を剥いてスカリーを睨む。しかし悪いが全然怖くない。顔が真っ赤だからな。睨まれている本人もにやにや笑っている。


 「そういえば、小鬼ゴブリンにも脳天に鎚矛メイスをぶち込んどったやん」

 「あれだって呪文を唱えている暇がなかったからじゃないの!」


 お、スカリーさんの追撃が入った。別にディアスもやっていたんだから僧侶としておかしくはないんだけど、今のクレアは精神的な余裕がないため気づかない。体全体を使って抗議しているせいで、お胸さんが揺れていらっしゃるのをわざわざ止める必要もないだろう。


 「クレアは、鎚矛メイスの扱いを実家で習っていたのか?」

 「え? ええ。街の外に出るなら、必ず必要になるって教えてもらったの」


 アリーが横合いから突然訪ねてきたことに驚きつつも、クレアは言葉を返す。魔法だけでは頼りないということなんだろうか。クレアくらいになると、護衛が何人も付きそうな気がするんだけどな。


 「ということは、野犬、熊、小鬼ゴブリンと戦ったわたくし達は、胸を張って冒険者と名乗れるのですか?」

 「うん、駆け出しって付くけど、間違いなく冒険者だ」


 俺は断言した。まだ危なっかしいところはあるものの、これならどこのパーティに入っても期待の新人として受け入れてもらえる。


 「よっしゃ! これでまた泊が付いたで!」

 「カイルは冒険者志望やから、これだけの戦歴を披露したら引っ張りだことちゃうんか?」

 「その話が本当だって信用してもらえたらな。売り込むときって、大抵みんな誇張して話をするのが当たり前だから、そこが難しいんだよな」


 俺はそんなことはしなかったが、そのせいで損をしたことはたまにあった。やっぱり威勢のいい方が受け入れやすいらしい。ただ、酷いのになると、できないのにできると言う奴がいる。あんなのが当たり前にいるから、話を聞く方もなかなか信用できないんだよな。


 「先生、そうゆうときってどうしたらええんですか?」

 「大抵は知り合いの紹介ってのを頼ることになる。これで出鱈目な奴はまず来なくなるからな」


 紹介なしで赤の他人を雇う場合っていうのは、戦争のときの傭兵みたいに頭数を揃えないといけないときや、よっぽど切羽詰まったときくらいだ。でなきゃ、わざわざそんな危なっかしいことなんて誰もやりたがらない。


 「先生、卒業後の紹介、頼んます!」

 「まぁ、できる範囲では協力するよ」

 「やったぁ!」


 ただ、俺ってあんまり知り合いがいないんだよなぁ。喜んでいるカイルには悪いんだが。




 この後、俺達はウェストフォートで四日間休む。五人は休暇、俺は報告書の作成や馬車の手配などの作業である。もちろん、預けていたヤーグの首飾りもちゃんと帰ってきた。そうして六月半ばに開拓都市を出発し、往路と同様に十六日間かけてレサシガムへと戻ってきた。


 約二ヵ月ぶりの魔法学園は夏の景色が色濃くなりつつあったため、少し暑苦しく感じた。しかし、その程度の気候の変化はすぐに慣れるだろう。待ち構えている学内業務に比べれば、はるかにましである。


 俺は、これからまとまって降りかかってくる仕事を想像して憂鬱になりながら、五人の学生とともに学園の正門をくぐった。

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