ゴブリン退治
小鬼退治の仕事を引き受けたケリーのパーティと俺達六人は、握手を交わした翌日にウェストフォートを出発した。
今回は、小鬼の群れを直接目撃した俺達が道中を案内することになっている。依頼書には場所と経路をしっかり描いてあったそうだが、俺達が先導した方が確実だからだ。
今回で三回目の利用となる旧王国公路はすっかり見慣れた道だ。珍しさはもうほとんどない。小森林の境界を北上するのも慣れたものである。
いつもの場所となりつつある森との境界で一泊した翌日は、いよいよ森へと入る。ここから一日半ほどで小鬼の群れと出会うはずだ。
「こんな森の端に小鬼の巣なんてできた日にゃ、近隣の村は畑を耕せなくなっちまう」
ケリーがこの依頼を引き受ける気になったのは、農村出身だったからだそうだ。ウェストフォートへ拠点を移したのも、害獣から村を守りたいからと聞いた。俺よりも立派な志ですごいと思う。
それはともかく、森に入って二日目の昼過ぎに目的の場所近くまでやってきた。捜索をかけると五百アーテム先に小鬼の群れが確認できた。数は十六匹。どうも一部は狩りに出かけているらしい。
俺達は更に進む。監視していたときに休憩場所として使っていたところは、また使えそうだった。今回は十人と大所帯だが、どうにかその中に収める。
そして、ケリー達四人を少し北にある生い茂った木々まで案内する。身振りで慎重に行動するように合図して、ケリー達にはその先を見てもらった。
しばらく観察してから休憩場所に五人で戻る。今度は交代でスカリー達が小鬼の様子を見に行った。
「連中はあそこを根城にするみてぇだな。ベン、数はどうだった?」
「捜索をかけたが、ユージの話よりも六匹少ない。狩りに出てるんだろう」
「どうします? 今のうちに仕掛けますか?」
ケリーが口を開くと、ベンとディアスが次々に意見を出す。作戦を決める流れはパーティ内で大体決まっているようで、全く澱みがなかった。
そのうちスカリー達五人が戻ってくる。こちらは依然と何も変わっていないことを確認してきた。
そして、それに合わせてケリーが俺達に話しかけてきた。なるほど、まずパーティ内の意見を統一していたのか。
「実際にこの場を見て考えたんだが、やっぱり魔法で奇襲攻撃をかけるのが一番だな。さっき様子を見た茂みがいいだろう。そして、その後に俺達戦士が突っ込む。これを基本戦法としよう」
「うん、それでいい。問題は具体的に誰が何をするかだな」
横で話を聞いていた俺は反対する要素もないのですぐに頷く。ケリーは更に言葉を続けた。
「こっち側は、ベンが魔法攻撃をする。ディアスはその護衛と怪我をしたとき治療担当だ。俺とジョンは前に出る。そっちはどうする?」
「魔法攻撃はスカリー、クレア、シャロン、そして俺が担当する。俺はこの三人の指揮と護衛も兼ねる。それで、アリーとカイルを前に出そう」
「妥当だな。奇襲のタイミングはどうする?」
「ベンの攻撃を合図にしよう。正確には、呪文を唱え始めたらだけど。ああそれと、小鬼に突っ込んでいる間は、アリーとカイルはケリーの指示に従うことにしたい。乱戦は初めてだからな」
「あーなるほど。いいぜ」
俺とケリーの間で具体的な作戦内容が決まってゆく。五人から不満の声が上がらないのは、内容に文句がないからだろう。
「先生も突撃して、クレアにうちらの指揮はさせへんの? これも勉強のうちやと思うんやけど」
「さすがに他人を巻き込んで勉強はできないだろう。それに、お前らの護衛はどうするんだ」
話が決まった直後、スカリーが話しかけてきた。顔が幾分かにやけているから本気の提案じゃないことはわかる。
「何ゆーてんの、野犬を鎚矛一発で葬るクレアさんがおるんやで?」
「スカリー?!」
思い切り意地の悪い笑みを浮かべたスカリーに、クレアが慌てて顔を向けた。
「そんな話もありましたね。脳天を一撃でしたっけ?」
「そりゃもう鮮やかにですわ」
あ、ディアスが乗ってきた。
カイルは笑いをこらえている。シャロンは口元に手を当てているが、にやにやしているのは丸わかりだ。アリーは、目を背けているけど、顔の筋肉に力が入っているのがわかる。もちろん、ケリー達もいい笑顔だ。
「ほら、その辺にしておこう。あんまり肩の力を抜きすぎると、戦いに差し支える」
口をとがらせて拗ねるクレアを尻目に、俺は他のみんなに声をかけた。ケリーは肩をすくめる。
さて、ほどよく精神的に楽になったところで、目の前の小鬼を片付けるとしよう。
作戦が決まってから一時間が経過した。戦う条件が揃ったのを確認できたので、俺達は配置につく。
その条件とは、足りない六匹が合流することだ。どうせなら一網打尽にしてしまおうというケリーからの提案だった。
第一陣の魔法攻撃組は、俺、スカリー、クレア、シャロン、そしてベンの五人だ。護衛役のディアスも含めて、比較的視界の良い場所に隠れて待機している。
第二陣の突撃組は、ケリー、ジョン、アリー、カイルの四人だ。魔法攻撃組の脇で待機している。小鬼がこちらに気づいた時点で突撃する。
そして、今ようやくそのときがやって来た。以前見たときと同様に、何やら動物の体の一部を手にした小鬼の一団が騒がしく合流してきた。
ベンが何かをつぶやき始めた。魔法の呪文だ。始まった!
「我が下に集いし魔力よ、風の刃となり我が元で舞え、風刃」
俺が呪文を唱えきる前に、一匹の小鬼の足下が爆ぜた。ベンがやったんだ。
わずかに上方へと浮き上がってから地面へと投げ出された仲間を見て、他の小鬼が凍り付く。俺はそのうちの一匹、土石散弾の餌食となった奴の隣に狙いを定めた。
俺の撃った風刃は、約四十アーテム先にいる体を硬直させた小鬼の胸へと命中した。そいつは悲鳴を上げるまもなく二つに切断されて崩れ落ちる。
続いて、スカリーの氷槍、クレアの土槍、シャロンの風刃が次々と撃ち込まれてゆく。それぞれ、動物の一部を持った奴の頭、一番左端にいた奴の胸、一番近い奴の腹に命中した。三匹ともほとんど声も出せずに息絶える。
幸先がいい。全て命中した。今になって小鬼達はようやく騒ぎ出す。しかし、まだこちらを見つけたわけじゃない。攻撃は続行だ。
「我が下に集いし魔力よ、大地より吹き出し敵を穿て、土石散弾」
必死になって周囲に敵がいないか探している小鬼が、主にこちらの方へと視線を向けている。その中の一匹の足下が再び爆ぜた。これは俺のじゃない、ベンだ。
そのとき、一匹が俺達を見つけたらしくこちらへと指さしてきた。俺はそいつを狙って呪文を発動させる。狙い通りその小鬼を打ち倒したが、他の連中も次々とこちらに気づく。ここまでか。
再びスカリーの氷槍、クレアの土槍、シャロンの風刃が飛来してゆく。先の二本は回避されて外れ、風刃は一匹の腹を半分切断した。生きていても長くないだろう。
「行くぞ!」
声を上げたケリーを先頭に、ジョン、アリー、カイルが小鬼へと向かって駆けてゆく。
もう一回くらい魔法を撃ち込みたかったが、彼我の距離が四十アーテム程度しかないので諦める。あまり遠距離攻撃にこだわりすぎると、俺達後衛の六人が乱戦へと巻き込まれてしまうからだ。
現時点で小鬼は十四匹にまで減っている。魔法攻撃の命中率が八割だったのだから、上出来といえよう。
「クレア、用意しろ」
「はい!」
俺は自分の鎚矛を手にしてスカリーとシャロンの前へと出る。それにクレアも続いた。
「さて、こちらへは何匹来るでしょうね」
「出来れば三匹ずつ来てくれると嬉しいんだけどな」
「まったく」
俺の隣で前衛組四人の活躍を注意深く眺めているディアスが話しかけてきた。盾役の俺達と同じ人数ならどうにでもなると返すと苦笑を返してくる。
ケリー達が小鬼に突入した時点で、魔法による攻撃は中止していた。同士討ちを避けるためだ。その代わり、切れ味の増す無属性の魔力付与や相手の攻撃から身を守る光属性の祝福などで四人を支援している。
こちらから様子を見ていると、人数比は一対三以上だが危なげがない。ケリーは囲まれないように動きながら一対一で戦い、ジョンは斧を振り回して当たるを幸いに小鬼を吹き飛ばしていた。また、アリーは相変わらず巧みな剣捌きで相手を切り伏せている。カイルは一番地味な戦い方ではあるものの、堅実に戦っているため安心して見ていられた。
「このまま全部殺してくれたら楽でいいんだけどな。あ」
「あーあ。余計なことを言うから、こっちに来ましたね」
え、俺が悪いの?!
前衛組四人に勝てないと判断した小鬼は判断したのだろう。生き残っている六匹は散り散りになって逃げようとする。
そのうちの三匹がこちらに向かってきた。俺達を狙ってというよりも、単に選んだ逃走経路に俺達がいただけだ。
「スカリー、シャロン、ベンは奥に逃げる奴を狙ってくれ!」
「来ますよ!」
武器を構えたディアスが正面を見据えながら短く叫ぶ。もちろん、俺も目を離していたわけではないのでわかっている。
「キエエェェェ!!」
不快な金切り声を上げて一匹の小鬼が俺に向かってくる。
俺の半分くらいの大きさで、がりがりの小人みたいな姿が視界の主要部分を占める。手にしているのは折れた長剣みたいだ。どこで手に入れたんだか。
小鬼は無造作に折れた剣を俺へと突き出す。さすがにこんな見え透いた攻撃では動じない。鎚矛で軽く左へと弾いてやる。
「ギ?!」
すると、元の体重差もあって、俺の左側へと体をよろめかせた小鬼が、その無防備な姿を晒す。その脳天めがけて、俺は鎚矛を思い切り振り抜いた。
「ギャッ!」
重要な部位に致命的な一撃を食らった小鬼は、短い悲鳴を上げて俺の左脇へと倒れる。そして、痙攣しているその後頭部にとどめの一撃を入れてしっかりと殺した。
周囲を見ると、クレアもディアスも小鬼を倒していた。クレアの方は多少荒い息をしていたが、ディアスは慣れたもので表情ひとつ変わっていない。
「さすが」
「はは、いつものことですから」
お世辞を軽く受け流されつつも、今度はケリー達の方に視線を向ける。するとアリーとカイルがいない。
「あれ、アリーとカイルは?」
「一匹逃げた奴を追いかけてったんや」
「わたくしが最後に外してしまいましたの」
なるほど。だからいないのか。
声に元気のなかったシャロンの方に目を向けると、落ち込んでいるシャロンをスカリーが慰めていた。
とりあえずそれは置いておくとして、俺はケリーに近づく。
「全部終わったみたいだな」
「ああ。そっちの二人が逃した奴を追っかけて行ったが。魔族の嬢ちゃんは、猟犬みたいな奴だな。こっちが声をかける暇もなかったぜ」
呆れ混じりの苦笑をケリーに向けられる。
ということは、カイルは小鬼じゃなくてアリーを追いかけていったのか。
「先生! 最後の小鬼、仕留めたでぇ!」
さて俺も追いかけようかなと思った矢先に、カイルの声が聞こえてきた。ああ、終わったのか。
「アリーは?」
「すぐに来る!」
その言葉通り、カイルの後ろからアリーが姿を現した。黒系統の装束を身につけた右手には黒い剣を持ち、左手には小鬼の首を手にしている。
「師匠、討ち取りました!」
そして、その頭を鷲掴みにして俺達へと突き出した。表情は満面の笑みだ。その左手のやつさえなければ、実に魅力的に見えただろう。みんなどん引きである。
俺は、さっきケリーがアリーを評して言った猟犬という言葉に思い切り納得する。今ならアリーのお尻に思い切り振り回しているしっぽを幻視できるぞ。
ともかく、何か声をかけてやらないといけない。さてどうしたものかと悩みながら、俺はアリーに近づいていった。