参加交渉
四日間の休暇が終わった。休暇と仕事が入り混じっていたので、あんまり休めた気がしない。それでも、最終日はベンとの話以外に何もなかったので、かろうじて休みだったという認識はある。
今はみんなと恒例の朝ご飯を食べるところだ。みんな昨日の出来事について楽しそうに話をしてくれる。いいな、俺も学生になりたい。
「そうや、先生。昨日の朝に、小鬼退治を引き受けたパーティの人と話をしたんですよね。あれ、どうやったんです?」
そろそろ小鬼退治の話をしないといけないと思っていたところに、カイルから質問がやってきた。ちょうどいいや、これに乗っかろう。
「昨日そのパーティのひとりと会ったんだが、実は以前一緒に魔法学園の教員採用試験を受けた魔法使いだったんだ。驚いたよ」
「え?! そりゃまたえらい偶然ですやん!」
「まったくな。それで、その魔法使い、ベンっていうんだけど、採用試験に落ちてからこっちに拠点を移して、今は別パーティで活動しているそうだ」
「そのベンっていう冒険者のパーティが、小鬼退治をやってくれはるんでっか」
興味津々な様子のカイルに俺は頷く。
「それで、そのベンのパーティは四人編成で、これから別のパーティに呼びかけて、応じたところと退治する予定だったそうだ。だけど、俺達が六人パーティだということを知ったら、一緒にやらないかと誘われた」
「ほう」
カイルに続いてアリーが反応を示す。他の四人も同様だ。一度は諦めろと言っていたのに、今度は俺から小鬼退治に参加すると言い出したからな。
「全員で十人なら、二十二匹の小鬼に対応できるということですか?」
「そうだ。遠距離から魔法で攻撃して数を減らせるだろうから、どうにかなるだろう」
数の不利で前は諦めたことをクレアは覚えていたようなので、今回の人数比なら対応できることを教える。
「相手のパーティはいつ出発するんですか?」
「あー、それ以前の話でな、今日これから冒険者ギルドへ全員で行って、相手の面子と顔合わせすることになっているんだ。それで、俺達が戦力として見込めたら一緒に仕事をするってことになっている」
事前に顔も見ないまま一緒に仕事をするなんてことはさすがにない。それに、主導権は相手にあるので、頼りにならないと判断されたら同行できないことになる。
「なるほど。相手からしたら、うちらなんて駆け出しの冒険者みたいなもんやろうしな。いきなり組むってゆうわけにはいかんか」
「品定めされているようで不愉快ですが、やむを得ないというわけですわね、スカーレット様」
難しい顔をしてつぶやいたスカリーに対して、シャロンが感想を漏らす。
「それで、今回は相手の許可が出たら一緒に小鬼を退治しにいくつもりなんだが、みんなはそれでいいか?」
「行く! 俺、行きまっせ!」
「私も参加します。あのまま人に任せるというのは、どうにも落ち着きませんでしたから」
「うちも行くで。魔物と戦えるええ機会やし」
「そういえば、初めてですわよね。今までは野犬に熊でしたもの」
「わたしも参加します。今度こそ、しっかりと戦いますからね」
全員即答か。まぁ、予想できたことではある。
「よし、それなら食べ終わったらすぐに冒険者ギルドへ行くぞ」
俺の言葉に五人が元気よく応える。これで不採用だったら、みんながっかりするだろうな。どうにか売り込む方法でも考えておくとしよう。
冒険者ギルドには既にベンのパーティが待合場所の一角で待っていた。俺を見つけるとベンが声をかけてくる。
「予想はしていたが、随分と若いな」
「みんな十代半ばだしな」
挨拶の直後、五人を見てベンは思わず素直な感想を漏らした。背後で立ち上がった三人の冒険者も同じ思いなんだろう。
「みんなおはよう。俺はベン、魔法使いだ。今回、君達が見つけた小鬼の討伐依頼を引き受けたパーティの一員だ。俺の後ろにいる三人が仲間で、右から戦士のジョンとケリー、そして僧侶のディアス。リーダーは真ん中のケリーだ」
ベンが仲間の紹介をすると、ひとりずつ挨拶をしてくる。ジョンとケリーはいかにも戦士という風貌だが、ジョンの方が一回り大きい。ディアスは優しそうな顔をしている。五人の若さに驚いているようだが反応は悪くない。
「次はこっちだな。俺はユージ、ペイリン魔法学園で教師をしている。魔法戦士だ。今回は学校の課外授業の一環として、この五人を引率して小森林に入っている。俺の後ろにいる五人は、右からアリー、クレア、スカリー、シャロン、カイルだ」
「アレクサンドラ・ベック・ライオンズだ。アリーでいい」
「えっと、クレア・ホーリーランドです。クレアと呼んでください」
「うちは、スカーレット・ペイリンや。よろしゅうにな!」
「ご機嫌よう。シャロン・フェアチャイルドですわ」
「俺はカイル・キースリーっていいます。これから頼んます」
こちらも俺が紹介したあとに、ひとりずつ挨拶をする。
そして、その挨拶を聞いて、あちらはジョン以外の三人がうめく。
「ホーリーランドって、あのノースフォートのですか……」
「いやいや、なんでペイリン家の一人娘がこんなところにいるんだ」
「フェアチャイルドって、ハーティア王国の大貴族じゃねぇか」
本来なら雲の上の階級に所属しているはずの子女が、自分達と同じ冒険者として活動していることが信じられないようだ。気持ちはよくわかる。俺もできれば信じたくない。
「お前ら、本当に有名なんだな」
「ふふん、ようやくうちらの凄さがわかったようやな!」
「おーっほっほっ! 今からひれ伏しても構いませんわよ?」
「二人とも騒がしいよ」
ひとりよくわかっていないジョンを置き去りに、ケリー、ディアス、ベンの三人は視線を交わす。ベンが肩をすくめて首を横に振った。先に教えろと責められているのだろう。俺が教えていないので無理な話だが。
「おい、ユージ。この三人がこれだったら、残り二人も何かあるのか?」
「アリーは魔族ということくらいかな。カイルは貧乏貴族出身だって聞いている」
「レサシガムで何度か見かけたことはあるが、これはまた……」
ベンが途中で言葉を切る。今度はジョンも興味を引かれたらしく、四人でアリーを見た。対するアリーは無表情だ。黙って座っていると出来の良い人形みたいに見える。
「はぁ、五人の中で私達の理解の範疇にあるのは、カイルだけだってことはよくわかりました」
ディアスが諦めたように天を仰いだ。この相手の態度を見ていると、今更ながらにとんでもない面子が揃っていると思い知らされた。何かあったらタダじゃ済まない。
「はぁ、思いっきり不意打ちを食らっちまったな。まぁいい、それじゃ全員座ってくれ」
ケリーが俺達にも椅子を勧めてきた。あらかじめ六人だと伝えていたので、椅子がちゃんと用意されている。
「今回この小鬼討伐の依頼を引き受けた俺達なんだが、見ての通り四人しかいねぇ。だから他にも面子を揃えようとしていたわけだが、そんときにベンがユージ達を勧めてきたってわけだ。そっちは全員魔法が使えるがユージ以外は駆け出し同然、そして戦士役をできるのが二人いるって聞いてるんだが、それで合ってるか?」
リーダーのケリーは自分達の事情を手短に話し、こっちの能力について確認してきた。昨日話した内容と同じなのですぐに俺は頷く。
「次に、実際に戦い始めてどのくらいになるんだ? 駆け出しってんだから長くはないんだろうが」
「先月半ばから小森林に二回入っている。戦闘は二回経験していて、野犬十一匹と熊一匹を倒している」
「本当に駆け出しなんだな……それじゃ、その戦ったときのことを教えてくれ」
ケリーの要求に応じて、俺が中心となって説明を始める。途中、それぞれの意見を聞くときに指名して五人にはしゃべってもらったが、できるだけ事実のみを話す。結果的に真正面から熊に奇襲されたこともだ。
俺達の話が終わっても、ケリー達はしばらく黙っている。正確には、微妙な表情をして考え込んでいるというべきか。
「戦力としては当てになるとは思います。けど、死んでも責任は負えません、というのが正直な感想ですね」
最初に口を開いたのはディアスだった。風貌通り優しい声だ。しかし、発言の内容はなかなか厳しい。カイル以外の四人の出自を考えると、おかしな言い分ではない。
「小鬼の数が二十二匹のままだとして、人数比は一対二だから奇襲を受けてもどうにかなるだろ」
それに対して、ケリーはもう少し楽観しているようだ。単純に頭数だけで考えている。
「そういえば、全員が魔法を使えるって言っていたが、みんな遠距離攻撃ができるのか? それによって話は変わってくる」
ベンが重要な点を尋ねてきた。恐らく、できるだけ数を減らしてから、近接戦闘に持ち込みたいということだろう。
「実際に使えるのは四人、いや、アリーもできたよな?」
「はい、スカリーやシャロンほどではありませんが」
「ということで、そこのカイル以外の五人だ。ベンも合わせると六人になるな」
俺の言葉にベンが呆れたように首を振った。ディアスも小さくため息をつく。
「それだけの火力があるんなら、使わない手はないな。最初に魔法で遠距離攻撃をすれば、うまくいけば半分以上は近づける前に殺せる。悪くても五匹か六匹はいける」
「そうですね。ベンの知り合いですから信用できるでしょうし、こちらとしては参加をお願いしたいですね」
ベンとディアスは俺達との共同討伐に乗り気だ。さっきのディアスは、何かあったときの問題に巻き込まれたくないような感じだった。しかし、多人数で魔法攻撃ができると知ると態度を変えてきた。
それを見てケリーは何度か頷く。
「ジョンにも不満はなさそうだし、こっちとしては戦力面では言うことはなさそうだな。あと気になることっていやぁ、報酬についてなんだが」
「それに関して、こちらには不要だよ。学校の授業の一環だからな。全額そっちが受け取ってもらっていい」
こちらの様子を伺おうとしていたケリーに対して、俺ははっきりと言い返す。一瞬面食らった様子だったが、理由が理解できると笑顔になった。
「そいつぁ嬉しいね。タダでパーティひとつをまるまる借りられるわけか」
「できすぎた話に聞こえますけど、なるほど、授業だからですか」
ディアスも納得した様子だ。気づけば、先ほどから無口のジョンもにっこりと笑顔だ。
カイル以外は実家が金持ちだから必要としていないというのが現実なんだが、恐らくケリー達も気づいているだろう。
「となると、こっちとしてはむしろお願いしたいくらいだな」
「まったくだ! 俺達としては文句なしだ。あとはそっち次第だが?」
ベンの言葉に続けて、ケリーがこちらに意思確認をしてきた。もとより参加するつもりだったのだから、もちろん頷く。
「なら決まりだ。こっちは今日中に準備して、明日には出発できるようにするつもりだけど、そっちは?」
「ああ、明日で問題ねぇ。明日の朝一に東門で合流しようぜ!」
俺はケリーと契約成立の握手を交わした。それを機に全員の緊張が全て解ける。
「それにしてもユージ、お前はとんでもない学生の面倒を見ているんだな」
「気づいたら、全員俺のところに集められていたんだ」
「先生、明らかに扱いの厄介な学生を押しつけられてますやん」
俺とベンの会話にスカリーがにやにやしながら口を挟んでくる。
「なぁ、嬢ちゃん……おっと、スカリーだったか。このユージって先生は、学校じゃどんな扱いなんだ?」
「便利な何でも屋と違うかなぁ」
スカリーの返答にケリーが苦笑しつつ俺を見た。それに対して俺は疲れた表情でため息をつく。
そこから去年一年間の俺の授業について五人が話し始めた。自分の評価を他人、特に授業を受けた学生から直接聞かされるというのは、色々な意味でいたたまれない。
「ははは、この五人の話を聞いていると、どうして俺が試験に落ちたのか、改めて納得できたよ。これは無理だな」
「あーうん」
くっそう、にやにや笑いながら言われても素直に受け止められんぞ。何か反撃の材料はないかと考えるが、更に五人が俺を背中から言葉で刺してくる。ああもう、お前達は俺を追い込んでいることに早く気づくんだ! ってあれ、どうもみんな気づいているっぽい?!
この後しばらく、八人で俺をいじる会は続いた。唯一参加していなかったのはジョンだけだ。無言の優しさというものを、俺はこのとき初めて知った。