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採用試験、だよな?

 俺は今、白い息を吐き出しながら、ペイリン魔法学園の正門前に立っている。モーリスと魔法学園の採用試験を受ける約束をした俺は、一週間後にここへ来るように指示されたからだ。


 レサシガム共和国の首都であるレサシガムの近郊に敷地を構えるペイリン魔法学園は、それ自体がちょっとした都市くらいの広さを誇る。普通は都市の内部に敷地や居を構えるものだが、この魔法学校はレサシガムの外だ。創立者は、盗賊、魔物、獣などの危険から自力で身を守れると考えたらしい。地球に対する月のような衛星都市といえる。もちろん、外観は砦そのものだ。


 「あ~寒い。早く来ないかなぁ」


 新年最初の月なので寒さもひとしおだ。用事がなければ外出したくない天候といえる。一体いつまで待たされるんだろうか。そろそろ足先が冷え切ってきたから、足踏みをしたくなる。いくら外套をまとっているとはいえ、こんな寒空の中で待つのにも限度がある。


 実は忘れ去られているんじゃないだろうかと不安になってきた頃になって、ようやくモーリスの姿が現れた。魔法使いらしくローブを身につけている上に、温かそうなロングコートを羽織っている。いいなぁ、あれ。でも高そうだよなぁ。


 「いやぁ、待たせたね」

 「こっちはそんな上等な冬着じゃないんだから、もっと早く来てくれ」

 「ああこれ? 暖かそうだろう。結構高かったんだぜ。お前もここに入ったら、すぐ買えるようになるさ」

 「だといいんだけどなぁ。まぁいいや。それより、早く案内してくれよ」


 俺が寒そうにしているのを苦笑しながら眺めていたモーリスは、楽しそうに俺を敷地内へと入れてくれる。


 以前、冒険者ギルドで聞いた話だと、今の学校は冬休み中らしい。そのせいか周囲にほとんど人がいない。元々敷地の割に人の数は少ないと聞いていたが、人気の少ない学校っていうのは寂しく感じるものだなぁ。


 「今は教員館の待合室へと向かっているんだ。全員が集まってから訓練場で試験が実施される。終わったら待合室まで戻って、合否発表があるまで待機っていうことになってるよ」

 「不合格ならそのままさようならなんだろうけど、合格したらどうなるんだ?」

 「翌日改めて来てもらって、必要なことを説明した後に、契約書にサインすることになるはずだよ。ま、その説明をするのは俺なんだろうけどね」


 特に突っ込む点はないな。説明役がこいつなら質問もしやすいし。


 「そうだ、今日は何人くらいが試験を受けるんだ?」

 「ユージを含めて三人、他の二人は現役冒険者の魔法使いって聞いてるね」

 「この試験を受けるってことは、貴族の紹介状はないってことか」


 採用枠があらかじめ決まっているなら蹴落とす相手になるけど、一定水準を満たしていたら何人でも合格って場合だと同じ試験を受ける仲間ともいえる。実際のところはどうなんだろう。


 「ああ見えてきた。あれが教員館だよ」


 モーリスに促されて見た先には、石造りの重厚な建築物があった。貴族の屋敷なんかだと贅を凝らした彫刻がされている場合があるらしいけど、ここは無骨なまでに装飾がないな。質実剛健を目指しているんだろうか。


 煉瓦で立てられていれば赤茶色などの暖色系で見た目は温かそうになるが、ここは灰色の石の色そのままだ。それは中に入っても変わらない。そして、さすがに暖房設備は期待できなかったようで、玄関ホールや廊下は外と同様に寒かった。魔法学園だから魔法で暖めるというようなことを期待していたんだけどなぁ。


 しかし、案内された待合室の中はある程度温かかった。特に床が温かい。これは後で知ったことだが、床下に配管してお湯を通しているそうだ。


 中には先客が二人いた。どちらも冒険者の魔法使いがよく身につけるローブをまとっている。モーリスが話をしていた採用試験を受ける魔法使いなのだろう。


 「あ、全員揃ったんだ。それじゃ、ここで待っててくれ。試験官を呼んでくるから」


 まるで友達の家でお茶菓子を取ってくる間だけ待っていてね、というような気軽さでモーリスは俺に指示を与えると、すぐに待合室から出て行った。ある程度試験内容がわかっているとはいえ、やっぱり試験直前で緊張している俺と違ってあっちは余裕綽々だな。羨ましい。


 改めて室内を見回すとあまり大きくない。二十人分の椅子が二列で並べられていた。

 魔法使いの二人は近くに座っていて、俺が入ってくるまでは談笑していたようだが、今はこちらの様子をうかがっている。


 「どうも。お二人も採用試験を受けるので?」

 「ああ、そうだ。俺はマーク。見ての通り魔法使いだ」

 「俺はユージ。魔法戦士だよ」

 「へぇ、随分と若く見えるんだが……っとそうだ、申し遅れた。私はベン。マークと同じ魔法使いだ」


 最初は怪訝そうに俺を見ていたマークとベンは、俺の短い名乗りを受けて驚きつつも納得してくれた。そりゃまぁ、俺の見た目は戦士に近いもんな。

 俺は外套を外し、中身は少ないが全財産の入った背負い袋を下ろすと、二人の後ろにある椅子に座った。


 とりあえず暇つぶしに三人で色々と話をした。マークとベンは冒険者歴十年以上の熟練者で、そろそろ引退後のことを考えているときに、冒険者ギルドからこの採用試験の話を持ちかけられたらしい。さすがに腕前について具体的なことは聞けなかったものの、ギルドから話を持ちかけられるくらいだから、弱いということはないだろう。


 ちなみに、俺が独りぼっちロンリーボーイと呼ばれていることを知ると、二人は微妙な表情を浮かべた。まぁ、変わり者だという噂が流れていることは知っているので、今更動じることはないが。




 だんだんと話に興が乗ってきた俺達は、それぞれ自分達の仕事の話をおもしろおかしく語るようになっていた。二人とも人並みに社交性があるようなので、こっちが隔意を持たない限りは普通に話ができるようで助かる。


 そうやって暇を潰していたが、待合室の扉が開いたことで話を中断することになった。

 三人して扉の方に視線を向けると、中年らしき男が一人だけ入ってくる。モーリスじゃないのか。その中年の男は俺達の目の前までやってくると、一呼吸置いて口を開いた。


 「本日は寒い中、よくペイリン魔法学園まで来てくれた。私は本日の試験官を務める一人、ジャック・アハーンだ」


 現代日本の知識と感覚がある俺は、試験官のファミリーネームで思わず吹き出しかけた。いや、ほら、ね? 名字とは別のものを連想しちゃったから。


 「今回、君たち三人は魔法学園の実技担当の採用試験に臨んでもらうことになっている。採用された場合は、学生の戦闘訓練、及び課外戦闘訓練という遠征を担当してもらう予定だ」


 課外戦闘訓練というのは初めて聞いたけど、それ以外はモーリスの話と同じだな。マークとベンも表情を変えていないから既に知っている内容なんだろう。


 「試験内容は、個人戦と団体戦の二種類を受けてもらうことになる。個人戦は一人で、団体戦はそちらの三人で即席パーティを組んで戦ってもらう。対戦相手はいずれも土人形ゴーレムだ」


 これも事前に聞いていたことから想像できる範囲だな。強いて気にする点を挙げるとしたら、即席パーティのところくらいか。今回は俺が前衛になれるからいいけど、これ、全員が魔法使いだったらどうなるんだろう。


 「この試験は、君たちがどのようなことをできるのか、あるいはどのように戦うのかということを推し量るものだから、自己アピールの場として活用してもらって構わない」

 「つまり、場合によっては土人形ゴーレムに負けても採用されるかもしれないと?」

 「その通りだ。我々はこの試験の勝敗にはこだわっていない」


 説明の途中に口を挟んだベンに対して、アハーン試験官は嫌がるそぶりを見せずに回答する。

 意外な返事だな。てっきり勝つことが合格水準だと思っていたのに。


 「ちなみに、この採用試験の勝率だが、一割もない。個人戦と団体戦のどちらか片方だけでも勝てたら、その時点で採用となるだろう。これは君たちの能力を測るための試験だ。まぁ、私も派手にやられたクチだから、君たちも是非同じ目に遭ってほしい」


 そう言って、アハーン試験官は初めて表情を崩してにやりと笑った。

 くそ、なかなか良い性格していやがるな。他の二人も多少引きつっているものの、苦笑している。


 「そうだ、採用人数に限りはあるんですか?」

 「いや、ない。こちらが採用水準を満たしていると判断すれば、全員合格もありえる」


 俺の質問にアハーン試験官は断言した。

 そうなると、マークとベンは少ない椅子を取り合う競争相手じゃなくて、同じ目的を達成するための仲間ということか。


 「試験は校内にある訓練場で行う。質問がなければ、今からそこへ案内しよう」


 アハーン試験官は俺達を見回すが、誰も口を開かない。他の二人はどうかわからないが、俺としてはその訓練場で何が待ち構えているのか見てから質問しようと思っている。


 結局、しばらく待っても誰も質問しなかったことから、アハーン試験官は俺達を訓練場へと案内するため、扉へと向かって歩き始めた。

 俺はそれを見ながら慌てて外套を身につけ、背負い袋を右肩にひっさげてその後に続いた。




 アハーン試験官に続いて教員館を出て校内を歩いていると、あのローマの競技場の外観みたいな建築物が見えてきた。さすがにあそこまで精巧な装飾はなされていないものの、レサシガム内にはない建物なのでとても珍しい。


 「こりゃ大したもんだな」


 思わずマークが呟いた。それは俺も同じだ。こんな石造りの歴史的建造物っぽい建物が現実に使われているところに入る機会なんてそうないから、ちょっと嬉しい。


 それはともかく、しばらく暗い通路を歩いて訓練場内へと入った。

 外観からある程度想像できたが、中は広い。テニスコートがいくつも入るくらいだ。そして驚いたことに、周囲には観客席らしきものがしつらえてあった。授業で使うだけでなく、何かの催し物でも使うのか。


 その一角に、三体の土人形ゴーレムと十人近い男達が立っていた。まだ百アーテムくらい離れているというのに、土人形ゴーレムがやたらと近くにいるみたいに思えた。


 「え、あれ、土人形ゴーレムなのか?」

 「嘘だろ、でかすぎるぞ」


 マークとベンが呻くように呟くのが聞こえた。気持ちは俺も同じだ。

 そばに立っている男達の倍近いの背丈がある。少なく見積もっても三アーテムはあるな。前世で単眼巨人サイクロプスと戦ったことがあるけど、あれより少し大きいくらいか。


 直立不動の姿勢で待機している土人形ゴーレムは思い切り胴長短足で腕も長い。こりゃ走るとなると両手も使った四足走行になるんじゃないかな。それでも一応人型らしく、手足だけじゃなくて頭もちゃんと付いていた。ただし、顔はない。あと、材質は土人形ゴーレムというだけあって土のようだ。攻撃したらぼろぼろと崩れてくれると楽でいいんだが、さすがにそれはないだろう。


 整備はされているものの、むき出しの地面を踏みしめて近づいてそれ見てみると、まるで壁のような圧迫感があるな。マークとベンもしきりに対戦相手となる土人形ゴーレムを気にしている。


 土人形ゴーレムばかりに気を取られていても仕方ないので、その周囲にいる男達に視線を移した。ざっと見回すと、周囲にいる男達は全員で八人だ。一体の土人形ゴーレムにつき二人が両脇におり、残りの二人はアハーン試験官の後ろにいる。


 「さて、ここが今回の試験を行う場所であり、君たちが気にしているそこの土人形ゴーレムが対戦相手だ」


 応募者の意識がしばらく土人形ゴーレムに向けられることに慣れているのだろう、到着してからしばらくしてからアハーン試験官が口を開いた。そして、俺達三人は黙って視線の向きを変える。


 「最初に個人戦、次に団体戦を実施する。試験を行うのはそこの仮設闘技場だ」


 土人形ゴーレムとは正反対の場所に顔を向けると、そこには直径四十アーテムの白線で描かれた円があった。ああ、本当に即席らしい。学校の運動会で白線を引いたことを思い出すな。


 「試験は一人ずつ行う。我々の開始の合図で試験を開始する。終了条件は、土人形ゴーレムを行動不能に陥れたと我々が判断した場合、受験者が降参の意思を示した場合、そしてこれ以上の試験続行が無理、あるいは不要と我々が判断した場合だ。それまで、あの土人形ゴーレムと戦ってもらう」


 説明自体に何ら不審なところはない。けれど、あの土人形ゴーレムを見る限り、どう考えてもこちらを殺しにかかってきているようにしか思えない。他の二人も同様らしく、その表情は硬かった。


 「こいつの一撃で俺達は簡単に死にそうなんだが、死なない保証はあるのか?」

 「俺もそれが知りたい。ユージみたいな魔法戦士ならまだしも、こっちは魔法使いだぞ。さすがに殴り合いはできん」


 マークとベンが最も気になる点を突いてくる。

 一人で倍する大きさの相手と戦えって言ってるんだもんな。しかも仕事じゃなくて教員試験でだ。なんでそんなことで命をかけなきゃいけないのかわからん。


 「受験者が死ぬことはないように調整してあるので、そこは不安がらなくてもいい。それに怪我をした場合に備えて、こちらは水魔法と光魔法の使い手を用意している」


 アハーン試験官が言葉を一旦句切ると、背後の二人がしっかりと頷いた。この二人がそうなのか。

 それでもマークとベンはまだ信じ切れない様子だ。まぁ、気持ちはよくわかる。俺も未だに信じられんしな。ただ、こんな吐く息が真っ白になるような寒い中でいつまでも押し問答をしていたくない。


 「俺が最初に試験を受けよう」


 俺がそう口にすると全員の視線が集まった。アハーン試験官は大きく頷いてその意見を受け入れる。


 「よろしい。では、魔法戦士であるユージの試験から行う。あの白い円の中へ移るように。どこで待機していても構わん」


 右肩に掛けていた背負い袋を下ろし、外套を適当に畳んでその上に置く。そして、アハーン試験官に言われた通り、俺は円の中へと入った。そのまま円の奥の方の縁から五アーテムくらいのところで止まり、円の内側へ体の正面を向ける。


 改めて土人形ゴーレムを視界に入れると、何かモーリスに騙されたような気がしてきた。実はあいつに恨まれていて、事故に見せかけて始末するとかな。そういえば、あいつが試験を受けたときは同じくらいの背丈の土人形ゴーレムって言ってなかったか? あれ、もしかして本当にはめられた?


 信じていいんだよな。これ、本当に採用試験、だよな?

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