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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
2章 小森林への遠征
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意外な再会

 いくつかの例外が起きた小森林の遠征だが、大体のところはうまくいっている。全てが身についているわけではないものの、教えたことをいくつか実際に使ってくれているところを見ると、教師として嬉しい。


 今回は遠征の翌日から四日間を休暇とした。遠征期間を考えると、六月中にレサシガムへと帰るには次を最後としなければならない。そのため、学生達の過去二回の疲れをしっかりと癒やすには、長めの休息が必要と考えたのだ。


 それと、今回四日間も休暇と取ったのはもうひとつ理由がある。それは自分のためだ。前回の休暇は、報告書の作成を書くことに全てを費やしてしまった。今回は報告書の作成する時間と本当に休む時間を、充分に取れるように配慮したのである。いや、この辺りでしっかりと疲れを取っておかないと本当に危ないしね。


 ということで、休みの間は再び学生達とは別行動だ。会うのは朝ご飯の時のみである。今回片付けないといけない報告書は前回の遠征分のみだ。たった五日分しかない! これも前の休暇を全て費やしたおかげである。一週間前の自分を褒めてやりたい。


 まず、休日初日の朝はごろごろしていた。俺だって遠征で疲れているんだ。少しくらいだらけてもいいだろう。昼からは服の洗濯をした。遠征中に使っていた服だ。あの臭いがすごいことになっているやつである。宿の裏庭で洗濯道具一式を借りて丁寧に洗った。ちなみに、スカリー、クレア、シャロンは今回も洗濯屋を使った。代金を支払った俺が言うんだから間違いはない。


 そうして気づいたら昼もだいぶ過ぎていた。おおう、何やら時間の経過が早い。まだ洗濯しかしていないはずなのに、体がやたらと疲れているのは、遠征の疲れが取れていないからだろう。


 その後、休憩してから報告書の作成に取りかかったのは夕方からだ。思ったよりもあんまり進められなかった。まぁ、まだ三日もあるんだし大丈夫だ。


 休日二日目、みんなと朝ご飯を食べた後に、休暇中の報告書も書かないといけないことを思い出した。第二回遠征時の報告書はまだ一日分しか書けていない。つまり、日数という側面から見た場合、作業量は減っていないことになる。まずい。


 あんまりだらだらとしていられないことに気づいた俺は、早速報告書の作成に取りかかった。森に入るまではともかく、入ってからは色々あったよな。狐を見てクレア達がそのかわいらしさに騒いでいたこと、単独行動をしていた狼を見て不思議に思ったこと、獲物を食べた直後の虎の口周りがやたらと赤かったことなど、書いていて何やら日記みたいになったような気がするが、まぁよしとしよう。


 森に入ってから二日目は大変だった。熊に不用意に近づいたせいで、真正面から不意打ちされてしまったからね。あの巨体かあんな速度で襲いかかってくるなんて反則だと思う。三日目は小鬼ゴブリンの監視をずっとしていた。


 二回目の遠征は捜索サーチに引っかかる動物を見せて回ることが目的だったけど、同時に五人が捜索サーチを何とか実用的に使いこなせるようになったのは、結果的に良かった。そんな事態に陥ってしまったのは問題だけど。


 休日三日目、遠征最終日の報告書をまだ書いていなかったので、朝の間に書き上げた。続いて、この二日間の休日の報告書も書いておく。こういう地道かつこまめに作業を消化しておくことこそが、明日の自分を助けるのだ。


 そしてついに、待望の、本当の意味での、休暇が手に入った。三日目の昼にしてだ。今回は書き忘れた報告書もない。ちなみに、旅費滞在費の申請は特にしなくていいので、多彩な領収書と戦う必要はない。そもそも領収証なんてこの世界にはないしな。


 何をして過ごそうかなと思いつつ、何も思い浮かばないまま考え疲れてベッドに転がっていると、意識が飛んだ。それはもう鮮やかに。一体いつ寝てしまったのか思い出せないくらいだ。


 外を見るとまだ日は高い。昼下がりなんだろう。けど、何となく何もする気がなくなってしまった。しかしそうなると、この空いた時間を持て余してしまう。仕方がないので、冒険者ギルドへ行くことにした。二日後の準備の下ごしらえだ。何やら仕事人間みたいになっているな、俺。




 準備の下ごしらえをすると言ったが、実を言うとやることなんてあってないようなものだ。次の遠征もやることはほとんど同じなので、二日後の準備の日だけで間に合う。要は暇潰しみたいなものだ。


 冒険者ギルドの中は、仕事から戻ってきた冒険者がいないのでまだ閑散としている。ちらほらと見かける者達は、休暇で休んでいたり、怪我で仕事が引き受けられなかったり、何らかの交渉ごとをするためだったりと様々だ。中には怠け癖の着いた者や身持ちを崩しそうな者もいるが、そういう連中は早晩ここからいなくなる。


 他人のことは置いておくとして、俺は奥にある受付カウンターへとまっすぐ向かった。


 「用件は?」

 「小森林の旧王国公路近辺の状況を教えてください。二日後にあの辺りへ行く予定なんです」

 「あー、ちょっと待ってな」


 依頼関連の受付をする左側カウンターの職員は言葉が荒い。毎日冒険者の相手をしていたらこんなものだろう。


 「旧王国公路近辺は、特にこれといった異常はないね。今なら経験の少ない新人でもやっているだろうさ」


 肩をすくめて職員は情報を教えてくれる。そりゃ、いいことを聞いた。これで安心して遠征に行けるってもんだ。


 俺は礼を言ってカウンターを離れる。さて、これでもう用は済んでしまったわけだが、あまりにもあっさりしすぎているな。どうしてものか。


 何か用事はないか考え事をしながら待合場所へと足を向ける。そうして手近な椅子に座ろうとして、先日、小鬼ゴブリンの目撃報告をしたことを思い出した。あれって今どうなっているんだろう。


 気になった俺は、依頼を出したときの職員がいないか受付カウンターに視線を向けた。お、いた。


 「あー、ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

 「はい?」


 その職員がいる受付カウンターまで寄った俺は気軽に声をかけた。やっていた作業を中断してこちらに顔を向けてくれる。


 「三日前の夕方に、小森林に小鬼ゴブリンの群れが現れたと報告した者ですけど、あれからあの依頼を引き受けたパーティってあります?」

 「あのときの方ですね。覚えていますよ。それで、あの依頼を受けたパーティですか? 少し待ってください」


 興味本位の質問にも律儀に対応してくれて内心恐縮しつつも、だんだんとその後の推移が本当に知りたくなってくる。


 しばらくすると職員は戻ってきた。


 「お待たせしました。お話の件ですが、既に依頼を引き受けたパーティがあるようですね」

 「そりゃまた早いですね」


 酷いときには何ヶ月経っても放置される場合があるだけに、数日と間を置かずに誰かが引き受けてくれていたというのは俺としても嬉しい。


 「それでなんですが、その依頼を引き受けたパーティから、あなたに面会要求があるみたいですよ、ユージさん」

 「え? 俺に?」


 依頼書に書かれた内容があんまりにも雑だったり、もっと知りたい情報があったりする場合、目撃報告をした人物に話を聞く場合がある。ただし、旅人からの報告だったりするともう話を聞けないので、追加で情報を得られるかは運に左右される。なので、今回は幸運な場合だ。相手がだが。


 「恐らく小鬼ゴブリンに関することを聞きたいのだと思いますが、会われますか? 毎朝一時間ほど待合場所で待っているそうですよ」

 「代表者の名前は?」

 「ベンという方です」


 ベン? どこかで聞いたことがあるような名前だな。でも、どこにでもいるような名前だし。誰なんだろう?


 ただ、せっかく俺達の代わりに小鬼ゴブリンを退治してくれるパーティなんだし、会って話をするくらいならいいか。


 「わかりました。明日の朝に会います」

 「はい。それでは、一度ここのカウンターまで来てください」


 俺は職員の言葉に頷くとカウンターを離れた。


 必要な情報は全部伝えているはずなんだけど、一体何を聞きたいんだろう。気になるな。




 休日四日目、六人揃って朝ご飯を食べているときに昨日の出来事を聞く。どうも大道芸を見物していたらしい。今日は武具屋などを冷やかしに行くそうだ。


 そういえば今気づいたけど、事情を知らない第三者から見たら、カイルって四人の女の子を連れ回して遊んでいるように見えるんだよな。二日前も絡まれたそうだけど、これが原因かもしれない。あー、うん、俺も赤の他人として男一人に女四人なんて集団を見たら、どんな女たらしなんだって思うもんなぁ。特に冒険者なんて男ばっかりでつるんでるし。


 それと、珍しくこのときは俺からも話題提供をひとつした。小鬼ゴブリンの退治の依頼の話だ。依頼を引き受けたパーティがいたこと、そのパーティの代表者と話をすることだ。みんな興味を引かれたようだが、さすがに五人揃ってぞろぞろと赴くようなことじゃない。どんな話をしたのか後で教えるということを約束して、同席を諦めさせた。


 朝ご飯を食べ終わると、五人と別れて冒険者ギルドへと向かう。あっちの代表者は毎朝待っているらしいから、すれ違いはないだろう。


 建物に入って広間を通り抜けると、向かって受付カウンターの右側へと向かう。そして、昨日対応してくれた職員に挨拶をした。


 「昨日面会をするって約束していたユージです」

 「既に向こうの代表者は来ていますよ」


 職員は大声でベンという名前を呼んだ。数人がこちらに視線を向けるが、すぐに興味をなくす。しかし、その中でひとりだけ、立ち上がってこちらに向かってくる男がいた。


 「あれ? あんたは、教員採用試験を一緒に受けた?」

 「ははっ、やっぱりな! 珍しい名前だったから覚えてたぞ、ユージ!」


 やっぱりそうだ。一緒に魔法学園の採用試験を受けたひとりだ。尚も驚いている俺にベンは近づいて肩を叩く。あの短い時間に一緒にいただけだが、こうして再会すると妙に懐かしく思えた。


 「では、後はお二人でお話ください」

 「そうするよ。さ、ユージ、こっちに行こう」


 職員に礼を述べると、俺はベンに従って待合場所の一角に座る。俺は次第に気持ちが落ち着いてきているが、ベンはまだ嬉しそうだ。


 「試験に落ちてから冒険者に戻ったってことは想像できたけど、まさかここにいるとは思わなかったな」

 「あれから、ウェストフォートに活動拠点を移すパーティに入ったんだよ。もうすぐ一年半くらいになる」


 ああ、あれからもうそんなに経つのか。何というか、あっという間だな。


 「試験で土魔法を使っていたのはベンの方だったよな。そうなると、森と相性はいいんだ」

 「そうだな。気兼ねなく得意な属性を使えるっていうのはいいことだ。それより、ユージはどうしてここにいる? あんたは魔法学園に採用されたんだろう?」

 「ああ、今でも教師だよ。学生を引率してあの森に入っているんだ」


 雑談がてら今の状態を簡潔に話すと、ベンは目を剥いた。


 「魔法学園の学生って、まだお子様だろ? 何人いるんだ? 大丈夫なのか?」

 「年齢で言えば、五人全員が十五歳以上だから、駆け出しの冒険者みたいなものだ。やっぱり、全員魔法を使えるというのは大きいな」

 「ひとりで五人の面倒を見ているのか。大変だな。それにしても、いくら全員魔法を使えても盾役がいないと……」

 「いやそれが、前衛職の戦士系が二人いる」

 「ほんとか?! 魔法が使えるってんなら魔法戦士じゃないか。さすが魔法学園の学生ってところか」


 やっぱり驚くよな。俺だって最初は全員魔法使いばっかりだと思っていた。


 「それで、会って話したいことってのはなんだ? 世間話がしたかったわけじゃないだろう?」

 「いや、実はそれが理由の半分なんだが、小鬼ゴブリンの情報でもっと詳しい話が聞けたらと思ったんだ」


 苦笑するベンにどんなことを知りたいのか聞きながら、相手の求めている情報を伝えてゆく。この辺りはさすがにお互い冒険者歴が長いので、流れるような会話だった。


 「しかし、ちゃんと教師ができているみたいだな。普通なら五人の駆け出しなんて面倒見てられないぞ」

 「これに関しては俺も最初無茶だと思ったんだけどな。元々学生が優秀だから、それに俺が乗っかっているだけのようなものなんだ」

 「それでもだ。大抵新入りなんてやんちゃな奴ばっかりだろう」

 「それが五人とも聞き分けがいいんだ。少なくとも馬鹿なまねはしない」

 「うらやましいな」


 再び雑談へと戻る。引率している学生の話になったが、俺もベンのパーティのことが気になったので聞いてみる。


 「ところで、今度あの小鬼ゴブリン退治の依頼を引き受けたそうだけど、パーティ編成はどうなっているんだ?」

 「俺のところは、戦士二人に僧侶一人、そして魔法使いの俺で四人だ」

 「小鬼ゴブリンは二十二匹いるから、あとひとつパーティはほしいよな、その編成なら」


 恐らく冒険者として全員がある程度経験は積んでいるんだろうけど、さすがに四人だけでは苦しいだろう。


 「ああ。ちょうど募集をかけようとしていたところなんだ、が、そっちはユージ含めて六人いるんだろ? なら、一緒にやらないか?」

 「そうきたか。ただ、さっきも言ったけど、こっちは五人が学生だぞ」

 「それなんだよな……ユージを疑うわけじゃないが、一回面通しさせてくれないか? 誘っておいて言うのも気が引けるが」


 多少ばつが悪そうにベンは話してくる。ただ、その不安は当然だろう。立場が逆なら俺も同じようにする。


 「明日の朝、同じ時間に五人を連れてこようか?」

 「助かる! それじゃ、こっちも全員連れてくるよ」

 「あ、駆け出しばっかりのパーティと組むなんて、そっちの仲間は納得するのか?」

 「そのための面通しじゃないか。期待しているぞ」


 嬉しそうに笑ってベンは握手を求めてきた。


 まだあの五人には何も話をしていないが、小鬼ゴブリンを自分で倒せない不満を覗かせていたから、たぶん話を振ったらみんな乗ってくるだろう。俺としても、こちらの数さえ揃うのなら悪くない魔物だと思うので、この話を引き受けてもいいと思う。ベンがいるから相手のパーティも信用できそうだしな。


 俺はこれからこの話をどうやって五人に話そうかと考えながら、ベンと握手を交わした。

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