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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
2章 小森林への遠征
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森の動物たち

 仕事に明け暮れた休暇が終わる。そして翌日、休む間もなく二回目の遠征の準備をした。今回は準備も二回目なので五人もほとんど迷うことなく作業をする。ちょっとしたことではあるが、こういう小さなところでも教えたことをしっかり実践してくれているとうれしい。


 そんな準備も滞りなく終わらせると、さらにその翌日は二回目の小森林遠征だ。今回は五泊六日の旅、危険付きである。あ、こういうとなんだか旅行っぽくなるな。引率する苦労は変わらないけど。


 俺たちは今、ウェストフォートの東門前にいる。早朝なのに開けられた門から、仕事に出かける冒険者パーティが各地へと三々五々に散っていく。朝日から発せられる陽光がまぶしい。


 「みんな、これから二回目の小森林遠征に出発する。体の調子に問題はないか?」

 「俺は完璧でっせ、先生!」

 「うちもや! もう前の疲れなんてあらへんで!」

 「そうですわ! 前回のような醜態は、もう晒しませんことよ!」

 「はい、大丈夫です」

 「師匠、早く行きましょう」


 全員体調は万全だ。準備に当てた日も休みとすると三日間休んでいたことになるが、体が若いとこれでも充分なのだ。ちなみに、これを見て若いっていいなって思ったら、もうおっちゃんである。


 今回も向かうのは前回と同じ場所だ。旧王国公路に沿って真東に向かい、小森林とのさかいに到達したら北上する。そして、そこで一泊して森の中へと突入だ。


 全員に問題なしと判断すると、俺は旧王国公路に沿って歩き始めた。今日も良い天気だ。


 三日前に今回の遠征の概要を伝えたとき、五人は不安そうな表情を浮かべていた。しかし、今見ている限りではそんなそぶりは見えない。自分の中で整理したのか、それとも単に見せないようにしているだけなのかはわからないが、今はいいだろう。


 昼頃には小森林に到達し、前回と同じ場所で昼ご飯を食べる。そして、そのまま北上し、朱い日差しが差してくる頃に野営することにした。前回とほぼ同じ場所だ。どうせ森に入れば緊張の連続なんだから、それまでは前回のやったことをなぞらせることで、精神上の負担を和らげることにした。




 小森林の境界で一泊して朝を迎えた。いよいよ本格的に森の中で活動することになる。


 今回の遠征では、俺が捜索サーチで手頃な獣を見つけるところから始まる。ところが、これが一番難しい。何しろ、ゲームとは違って相手はこっちの都合などお構いなしだからだ。


 俺の捜索サーチでは探索範囲を広げると色々な獣が引っかかる。しかし、五人に見せたい獣となると思うようには見つからない。


 野犬は前回嫌と言うほど見せたので、今回の遠征ではそれ以外の獣を見せてやりたい。手近な反応から見繕うと、こいつか。


 「よし、まずは北北東に六百アーテム進もう」


 一番近くにいる中で、俺は森と平地の境界に最も近い獣を選んだ。


 隊列を組んで俺の指示通りに歩いてゆく。前回さんざん歩いたせいか、みんなの足取りはしっかりしているように見えた。


 七百アーテムくらい進んだところで、俺はみんなに停止を命じた。最初の距離よりも多く歩いているのは、相手の獣も移動しているからだ。


 「ゆっくりと近づいて。ほら、あそこの大きな木の根をつついている奴だ」


 全員をひとかたまりにさせてもうしばらく近づくと、俺はある大木の根元を指さした。すると、そこには狐が一匹で何かを探している。多少くすんでいるが、上半分は黄土色、下半分は白色の立派な狐だ。


 「わぁ、かわいい」

 「ほんまやなぁ。ちょっとごわごわしてそうやけど」

 「きれいに洗って梳いてやれば、ある程度毛並みも良くなりますわ」


 クレア、スカリー、シャロンは、自分達が森を探索中であるということも忘れて狐に魅入っている。あれが子狐だったら完全に骨抜きにされていただろう。


 「師匠、あの狐は殺すのですか?」

 「え?」


 そして、俺たちと一緒に狐を眺めていたアリーは、特に表情を変えることなく、いつも通り俺へと指示を求めてきた。狐の姿に魅了された三人はその言葉を聞くと、目を剥いてアリーに迫る。


 「アリー、あんなかわいらしい生き物を手にかけるなんていけないわ!」

 「そうや! あれに魔法を打ち込むなんてうちにはできん!」

 「スカーレット様のおっしゃるとおりですわ! あれは愛でるべき生き物ですわよ!」

 「い、いや、私達は探索をしに森へと入っているのではなかったか?」


 三人の剣幕に押されてアリーが一歩下がる。

 ああ、数日前を思い出すなぁ。俺も洗濯の件でああやって迫られたっけ。別に悪いことを言っているわけじゃないのに、反論しにくいんだよな。


 「先生、あれ、止めんでええんでっか?」


 完全に他人事のカイルが声をかけてくる。


 わかってる。単に近づきたくないだけなんだよ。お前だってそうだろ?

 ただ、そう思っていても教師という立場上、間に入らないといけない。


 「はいはい。今回は見るだけだから、そんなに騒がないの」

 「あ、逃げた」


 俺が仲裁に入った途端、カイルがぽつりとつぶやく。すると、三人は一斉に先ほどの大木の根元に視線を向けた。


 「「「あ~」」」


 わかりやすく落ち込んだ三人から落胆混じりのため息が漏れた。


 「そりゃあんだけ騒いでたら、こっちに気づくがな」


 カイルが呆れながら三人を見やった。それに対する反論はない。


 「師匠、これは私が悪いのでしょうか?」

 「気にしなくていい。別にお前は悪くないから」


 さすがに三人の様子を見たアリーが気の毒だと思ったようだが、特に気にするようなことじゃない。というか、今後かわいい動物を見るたびにこんな状態になるようじゃ困る。


 「ともかく、全員さっきの狐はちゃんとみたな? それなら次に行くぞ」


 捜索サーチで次の獣を探し出した俺は、全員に隊列を整えるように促して次の移動先を指示した。




 その後、鹿、猿、狸と順番に見せてゆく。まるで安全対策のない動物園内をうろついているようだ。もちろん、その間に栗鼠りす、兎、野鼠のねずみなどの小動物や、雀、鳩、梟などの鳥に多数の虫を見せる。まるで小森林の生態系を調べに来ているみたいだが、今までに見せた動物は他の地域でも見かけるので、知っておいて損はない。


 もちろん、見せる動物はそれだけではない。むしろ本当に見せたいのは危険な動物の方だ。


 最初に見せた危険な獣は狼だった。遠目であまり当てにならないが、目測で一アーテム半くらいの大きさだろうか。それと、見た目は茶色だ。狼といえば白色を思い浮かべるかもしれないが、周囲の景色に溶け込もうとするならば、森の中だとむしろこちらの方がいいのだろう。


 「あれ? 狼って群れるのが普通じゃありませんこと?」

 「たぶん、あいつは群れからはぐれたんやろ」


 シャロンとスカリーが声を低くして話をしていた。


 リーダーの座を巡って争い、負けると群れから追い出されるって話を聞いたことがある。他には群れに居づらくなったという理由かもしれない。


 どういう事情かはわからないが、一匹だけで行動していたので俺たちは近づいて視界に収めた。


 次は虎である。あの黄色と黒色のしましま模様の危ない奴だ。できれば近づきたくないが、捜索サーチで引っかけるためには実物を見ないといけない。


 「うわっ、でっか」


 初めてその姿を見たカイルが、思わずうめくようにつぶやいた。


 目測で約三アーテムくらいある。さっき見た狼の倍くらいだ。そんなしましま模様の虎が地面に寝転がっている。狐と同じように、おなかを中心とした下半分は白い。黒い模様だけ全身にある。口の周りがやたらと赤いと思ったら、近くには食い散らかされた動物の骨と肉の残骸が横たわっていた。


 「なぁ、アリー。お前、あの虎と真っ正面からやり合って勝てる自信あるか?」

 「魔法なしは厳しいかもしれない。大きい割に俊敏だからな」

 「なんでそんなことはっきりと言えるんや?」

 「魔界にも虎はいるからだ。以前、家族と狩りをしたことがある」


 カイルとの会話で、アリーが何でもないように虎と戦ったことがあると話す。大抵のことに動じない度胸があるのはこのせいか。


 幸い、虎は飢えを満たした直後なので動く気配はない。俺としてはむやみに危険を冒したくないので、虎の姿をしばらく見た後に退散した。


 そして、熊も見に行ったのだが、こっちは大変だった。


 まず、熊は嗅覚が優れているということを忘れていた。そのため、風上から近寄るという大変間抜けなことをしてしまう。次に、相手の機嫌が悪かった。一体何があったのか知らないが、こちらを視界に収めた途端に突進してきたのだ。


 「「「「「え?!」」」」」


 距離は七十アーテム以上あるが、足場の悪い森でも全力を出した熊ならば、十秒もあれば駆け抜けてくる。そのため、真っ正面からやって来るというのに、五人が襲われるという事実を認識し切れていないため、こちらは完全に奇襲を受ける形となってしまった。


 突然襲いかかってくる熊を見て硬直している五人に対して、指示をする暇もない。とりあえず、あの二アーテム以上あるばかでかい熊の突進を止めなければならなかった。


 「我が下に集いし魔力マナよ、大地をもって我が盾となれ、土壁アースウォール


 前衛二人の三アーテム先に、二アーテム四方の土壁アースウォールを出現させた。厚さは一アーテムとかなり厚めにした。ちょうどアリーに襲いかかろうと飛び上がる寸前だったので、熊は避けられずに頭からぶつかる。


 「ギャウン!!」


 数百マーゴリクもありそうな茶色い塊が、土壁アースウォールにぶつかって悲鳴を上げた。そりゃ不意にぶつかったんだから痛いだろう。でも、この程度で死ぬことはない。


 「後衛は魔法攻撃、クレアはカイルに祝福ブレッシング、前衛は左右から回り込んで攻撃!」


 全員に対する指示を出し、邪魔になる土壁アースウォールをすぐに消滅させて、俺は鎚矛メイスを片手に前へ出る。前衛の二人が抜剣して左右から切り込むので、代わりに俺が後衛の盾役になるのだ。生身で熊と真正面から対決なんて嫌過ぎる。


 熊が怒りに燃えた目をこちらに向けてくる。先に襲ってきたのはそっちなのに、という正当な抗議なんて通じるはずもなく、殺るきまんまんのガンを飛ばしてきた。


 「我が下に集いし魔力マナよ、神の祝福を我らにもたらせ、祝福ブレッシング


 俺の背後でクレアが呪文を唱えた。


 二極系統の光属性である祝福ブレッシングの魔法は、相手の攻撃を当たりにくくする魔法だ。また、例え不運にも攻撃が当たることがあっても、その威力をいくらか押さえてくれる。人間よりも身体能力がはるかに優れる熊と対決する、カイルの身を守るためだ。


 「我が下に集いし魔力マナよ、大地より吹き出し敵を穿うがて、土石散弾アースショット


 俺に向かって攻撃しようとした熊に、まずはスカリーの土石散弾アースショットが襲いかかった。乾いた音とともに地面が爆ぜる。明らかに普段よりも威力が高いので、周囲にいる俺、アリー、カイルも少しばかり危険だ。


 しかし、雄叫びを上げた熊は大した傷を受けたように見えなかった。どうも厚い皮が攻撃を防いだようである。ただし、俺に向かって歩くのは止めて、二本脚で立ち上がった。


 「我が下に集いし魔力マナよ、風の刃となり我が元で舞え、風刃エアカッター


 今度はそこへシャロンの魔法攻撃が撃ち込まれる。熊の胸から腹にかけて大きな傷ができた。だが、それでもまだまだ元気だ。くっそ、どうしてこんなにしぶといんだよ!


 しかし、熊の意識が俺以下四人に対して向けられたことで、左右に展開している前衛二人への注意はそれた。


 「はっ!」


 最初に動いたのはアリーだ。黒い長剣ロングソードを抜剣して熊の様子を探っていたところ、俺達が作った隙に乗じて、右側面から素早く近づいて熊の右脚を切りつける。すると、野犬のときと同様に、嘘みたいにすっぱりと右脚が切断された。


 片脚をなくした熊は絶叫しながらその場でのたうち回る。そりゃ痛いんだろうけど、これじゃ近づけない。


 「よっしゃ!」


 なんて思っていたら、カイルが横合いから飛び込んで熊の頭に斬りかかった。


 危ない、と一瞬思ったが、祝福ブレッシングの効果か、暴れる熊の手はカイルに当たらない。逆にカイルの長剣ロングソードは熊の脳天にしっかりと当たった。もちろんそれだけでは死なないが、明らかに弱った。


 その後、隙を見計らったアリーが再度近づいて首を切断した。大量の血が溢れ出てカイル達は少し驚いていた。


 「はぁ~、驚いたぁ。まさかいきなりやってくるとはなぁ。剣を抜くのを忘れてたわ」

 「うん、私も油断していた。失態だな」

 「熊って走ると速いのね。あんなに大きいのに」

 「突っ込んできたときは、凍り付いてなんも考えられへんかったわ」

 「わたくしもですわ。あんな巨体がいきなり迫ってくるとは思いませんでした」


 正直なところ俺も驚いていたが、さすがに踏んでる場数がみんなとは違うから咄嗟に反応はできた。ただ、野犬のときもそうだったけど、俺ってもうひとつ抜けているよなぁ。


 とりあえず今回は切り抜けたけど、次からはもっと気をつけないといけないな。

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