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転移した前世の心残りを今世で  作者: 佐々木尽左
2章 小森林への遠征
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戦った後

 多少の危険を伴いながらも、スカリー達五人の初戦闘は終わった。


 俺はクレアに手をさしのべて立ち上がらせると、全員に集まるように声をかけた。


 最初に怪我はないか確認をする。特にクレアとカイルは野犬とぶつかったので体の調子を確認させた。その脇でアリーが剣を振るって血糊を払い、簡単に拭って鞘に戻している。


 戦闘直後ということもあって、まだみんな放心状態だ。勝って生き残ったという実感もあまり見られない。


 「全員無事でなによりだ。とはいえ、さすがに野犬十一匹は多かったな」

 「なんでや先生。みんな倒したやん。クレアもカイルも無事やったし」

 「監督役の俺が慌てて動く状況が発生した時点で、もう駄目なんだ。これはあくまで学校の授業だぞ」


 戦うということそのものに危険が伴うとはいえ、どんな危険も同じというわけではない。教師である俺が泰然としていられる範囲でないといけないのだ。


 「この戦闘での落ち度は、相手にする獣を選び間違った俺が悪いということだな」

 「わたし達には何もないのですか?」

 「そりゃ細かい点はあるけど、俺ほどじゃないな」


 そりゃクレアの気にするとおり指摘できる点はある。ただ、初めてパーティ戦をしたということを考えると、大した問題ではない。


 教師の俺が一番酷い失敗をしたという事実に内心落ち込んでいたりするのだが、今はまだのんびりとしていられない。


 「それじゃ、この場から離れようか。血の臭いに誘われて、他の動物が寄ってくる」


 再び隊列を組み直すと、俺達は一旦南へ移動してから真東へと進路を向けた。


 戦闘場所から歩き始めて一時間が経過すると小休止に入る。休憩は十分ほどだ。いずれも砂時計を使って計っているから思ったよりも正確だったりする。


 「師匠、先ほど私達にも指摘するべき点はあるとおっしゃっていましたが、それはどのようなことなんですか?」

 「それはわたくしも気になりますわ。次に戦うまでに直せるのでしたら直しておきたいですし」


 砂時計を眺めながらぼんやりと休んでいると、アリーとシャロンから声をかけられた。今回の歩哨組だ。


 「そうだな。なら、今のうちに言っておくか。まずアリーだけど、お前、基本的にひとりで戦う訓練ばかりしてきただろう。その悪い癖が出ていた。野犬を切り裂いた手並みは大したものだけど、勢い余って野犬の死体が後方のクレアにぶつかる可能性は考えていたか?」

 「っ、いえ、目の前の野犬を倒すことだけしか考えていませんでした」

 「今回のような集団戦のときもそうだが、何かを守って戦うときに、切り伏せた敵を考えなしに周囲へとばらまくのはよくない。今後は周りを見ながら戦うという課題がひとつ増えたな」

 「そうですね。戦いながら魔法を使う訓練よりも難しそうです」


 しょんぼりとしながら答えるアリーだったが、実際には難しいと思う。命のやり取りをしている以上、どうしたって自分本位に考えてしまうからな。


 「次にカイルだけど、お前は相手の攻撃を避けるのはうまいのに、自分が攻撃すると避けられなくなるんだな」

 「いやぁ、実を言いますと、学校での訓練ではうまくごまかしてたんですわ。けどそのせいで、相手に決定打を打ち込めんで困ってたんです。けど、逆にさっきみたいに攻撃に集中すると、今度は体がうまく動かせんで……」

 「意外だな。体術は得意なのに」

 「どうも攻撃と回避は、どっちかしかできひんみたいですねん」


 なるほどな。カイルの新たな問題点が今回浮かび上がったわけだ。


 「次はシャロンだけど、ここ一番っていうときに魔法の攻撃が外れてしまうよな」

 「そうなんですの。普段はそれほどではないですのに」


 木々の間から飛び出してきた野犬を迎撃したとき、シャロンは魔法の攻撃を上方に外している。それより遠方の初撃はきっちりと当てたのにだ。魔法攻撃による面制圧専門家に特化してもいいんだろうけど、可能なら命中精度も矯正したい。これも課題だな。


 「今度はクレアだけど、さっきの戦闘のとき、真正面から野犬の死体が飛んでくるのに直前まで気づかなかったようだけど、あれはどうして?」

 「回り込んでくる野犬に気を取られていたんです」

 「つまり、乱戦になると周囲が見えなくなるみたいだな。仕方がない面もあるけど、指示を出す立場の場合、それは困るよな」

 「はい、これから気をつけます」


 まぁ、アリーの戦いぶりが予想外だったのが間接的な原因だったんだけど、それを克服できたらクレアはさらに大きく伸びそうだ。


 「最後にスカリーだけど、俺がシャロンの支援を頼むまで固まっていたように見える。もしかして、クレアとシャロンのどちらを助けるかで迷ってた?」

 「うん。ほぼ同時に見えたさかい、迷ったんや」

 「そういうことはよくあるから一概には責められないけど、戦っている最中はその迷いが致命的になるかもしれない。スカリーは、とっさの判断ができるようになるのが今後の課題だな」

 「そうやな。うちもそう思う」


 自覚のあるスカリーは難しい顔をして黙る。これまでのこととこれからのことを考えているのだろう。


 五人とも何かしらの克服するべき問題を抱えているものの、それはどうにか直せると思っているので俺はそんなに心配していない。これから卒業するまでにどうにかすればいいだろう。


 そんなことを考えながら砂時計をふと見ると、とうの昔に休憩時間が終わっていることに気づく。俺は驚きつつも、みんなに休憩時間の終了を告げると出発を促した。




 この日、少し早めに野営することにした。もちろん、五人はまだ動けると反論してくる。しかし、みんな気にもしていないようだが、初めての戦闘で精神的にも肉体的にも思っている以上に疲れているはずだ。不寝番のことも考えると、早めに休んでおくべきだろう。理由を説明して納得させると、俺はみんなに野営準備をするように指示する。


 不寝番の組は前回と同じで、俺とクレア、アリーとシャロン、そしてカイルとスカリーだ。順番も同様だ。またしてもクレアが割を食うわけだが、その分ほかの作業を免除して休ませることにした。


 俺はその間に捜索サーチを使って周囲の確認をした。周囲五百アーテムに魔物はいない。ただ、獣の数が朝の時よりも若干増えている。これは森の奥へと進んだからだろう。


 「師匠、周囲の様子はどうでしょうか?」

 「今のところ問題はないな。森の生き物に大きな動きはない」


 こういった冒険で一番恐ろしいのは奇襲を受けることだ。俺ももちろんそんな事態に陥るのは嫌だから、不寝番に関しては捜索サーチの情報も全員で共有している。


 この夜は、寝床という点では最悪だったが、外敵の襲撃という点では問題なかった。全員揃って虫除けの香水をかけ忘れて酷い目に遭った以外はだが。


 翌日、やはりというか、今ひとつ体調が優れない者が出てきた。昨日の疲れがとれないのだろう。


 「おはよう。みんな、よく眠れたか?」

 「おはようございます、師匠。まだ少し昨日の疲れが残っているみたいですが、問題ありません」

 「アリーは問題なしなんか。うちは大ありやで。頭だけやなくて、体も鉛が入ってるみたいや」

 「今日一日ずっと横になっていたい気分だわ」

 「クレア、こんな地面で横になるのはお勧めしませんわよ。どうせなら、街に帰ってから休みましょう。宿のベッドもここよりはましですわ」

 「俺はまだましやなぁ。それでも、早う街に帰りたいんはおんなじやけど」


 さすがに前衛の二人は体力がある。アリーは訓練を受けていたらしいから当然だが、カイルも野外活動は平気な部類らしい。


 そのほかの三人は、さすがにきついようだ。昨日は戦いが終わっても気が張っていたからまだ何とかなっていたが、そのつけは翌日一気に来る。


 「昨日早めに休もうと言った理由がよくわかったと思う。今の体の調子が、本来の自分の状態だと思っておくように」

 「うち、動けへぇん」

 「大丈夫やって。動いてたらある程度ましになるさかいに。ユージ先生はああゆうたはるけど、寝起きのときが特にきついだけや」

 「そ、それはわかってるんやけどな……」


 泣き言を漏らしたスカリーをカイルが慰めるという珍しい構図が見られた。座学のときとは正反対だ。


 「まずは朝食を食べよう。そうすればみんなも元気になるぞ」

 「アリーの言うとおりね。こんな状態でもおなかは減っちゃってるみたい」

 「ううっ、体は浅ましいくらいに正直ですわ」


 アリーの言葉に従って、クレアとシャロンがのろのろと朝ご飯を作り始める。それにスカリーも続いた。




 ともかく、体の軋みと戦いながら朝ご飯を食べた五人と一緒に、今度は真西へと進む。今日の予定は小森林から出て一泊することだ。


 一夜明けて二日目の森も前日と変化はない。相変わらず空気に重さを感じる。


 その中を歩く三人の顔は優れない。アリーとカイルはすぐいつも通りとなったが、クレア、スカリー、シャロンは体を動かしても復調しきらないようだ。


 「三人ともきついか?」

 「そこまでは。わたしはだいぶ慣れました。カイルの言うとおりでしたね」

 「うちは、きついけど、まだ動けるわ。ただ、昨日みたいな、余裕は、ないけど」

 「わたくしも、ですわ。この後、慣れるのかも、しれませんけど」


 クレアはまだましなようだが、スカリーとシャロンは少し息が荒い。これはよくないな。


 「全員、一旦停止! 話がある」


 何事かとみんなが俺の元に集まってくる。


 「スカリーとシャロンの体調が本調子じゃないから、速度を落とす。それと一時間ごとの休憩を二十分にする」

 「あー、うん。その様子やとしゃぁないな」

 「一日では体力が回復しなかったか。無理をするのはよくないから、師匠の言うとおりにした方がいい」

 「スカリーとシャロン、つらそうだものね」


 まだ体力に余裕のある三人が俺の言葉にうなずいた。こんなところで無理をしても仕方がないことをわかっている。


 「そうやな。ここで意地張ってもしょうがないし。うちもそうしてくれると助かるわ」

 「でも、そうなりますと、今日中に森から出られないのではありませんこと?」

 「この程度の問題は織り込み済みだ。そのために保存食を余分に持ってきているだろう。遅れると言ってもせいぜい半日もないから、気にしなくていいよ」


 四日間の行程に対して、一週間分の食料を持ってきている。何があるかわからないので、常に予備は用意しておかないといけない。これは冒険者としての常識だ。


 話が終わると、俺たちは再び西に向かって歩き始める。休憩ごとに捜索サーチで周囲を確認しているが、今のところ脅威となるような動物はいない。


 ただ、何度か休憩を繰り返して進んでゆくと、北側に獣の往来がやや多い場所を見つける。確か昨日野犬を殺した場所だ。


 「ありゃ、ここって北側に行くと、昨日の野犬と戦ったところに着くんとちゃうんか」

 「そうね。あの木に見覚えがあるわ」


 昨日のことを思い出したカイルとクレアが、周囲を見回しながらつぶやく。


 「昨日のあそこって、今どうなってんねんやろ」

 「どうも他の獣が出入りしているようだ。他の場所よりも獣の往来が多い」

 「わん公の死体でも漁っとるんですか?」

 「それもあるだろうけど、縄張り争いでもしているんじゃないかな」


 カイルの疑問に俺が答える。誰かから返事があるとは思わなかったのか、カイルは少し目をむいてこちらを見た。


 あの野犬の群れがこの小森林でどのような立場にあったのかは知らないが、生きていくためには縄張りを持っていたはずだ。何らかのきっかけで野犬が全滅したということを他の獣が知ったとき、野犬の縄張りを欲しがる奴は絶対に出てくる。


 例えば、野犬の縄張りと隣接する縄張りを持っている獣、縄張りを持てずに流浪していた獣、たまたま血のにおいに惹かれてやってきてそこが気に入った獣などだ。


 「それほど他の獣を呼び寄せるのでしたら、この付近も安全とは言えないですね、師匠」

 「ユージ先生、この周囲は大丈夫なんですか?」


 俺の話を聞いていたアリーとクレアも関心を寄せてくる。野犬の縄張りに向かっている途中の獣と遭遇しないか不安なのだろう。気持ちはわかる。


 「今のところ、近くに獣はいないよ。このままやり過ごせるだろう」


 俺はあえて楽観的な返事をした。可能性を論じたらゼロではないが、細かいことを気にしすぎると何もできないからだ。特に今は、スカリーとシャロンがへばっている。あまりこの二人に余計な負担をかけたくはなかった。


 二十分の休憩が終わると、俺たちは再び西へと向かって歩いた。


 結局、この日は獣と出会うことなく夕刻まで歩き続けた。残念ながら森の外へは到達できなかったものの、予想通りだったので誰も落ち込むことはなかった。ただし、翌日一時間半ほど歩いたら森の外へ着いたので、もう少しがんばったらよかったかなと内心思ったが。


 最終的には、当初の予定通り四日間で初めての小森林遠征を終えた。ウェストフォートへ着いたときは日没寸前で門が閉まりかかっていたのには慌てたが、何とか間に合ってよかった。

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